なんだ、ただの猫か
最後の戦いを前に、私たちは英気を養うことにした。主にハリー君たちが。
私はハリー君たちと『貝殻の家』で別れ、ソルジェラホルイルに連れられて自宅に戻った。自分でも『姿現し』くらいなら出来るんだけど、"付き添って"くれるというのなら断る理由もない。
両腕をソルジェラに抱えられるようにして家に戻ると、あっギアッチョ大丈夫だった、のギア、の辺りでギアッチョに思いっきり足を踏まれた。ホグワーツから遅れて戻っていたメローネに抱き付かれ、私の一大事に貴重なクリスマス休暇を消費して戻って来てくれたリゾットに頬の治療をしてもらい、ソルジェラの作るおいしいクリスマスディナーに舌鼓を打ちつつ心を休める。はー、これだよ、私が求めていた癒しというのは。
ディナーの時間から少し過ぎた頃、ペッシとプロシュートから電話が入った。魔法の携帯電話はとても便利だ。私も欲しいなあと思うのは何度目だろうか。解るよ、逆に利用されないために渡さないっていうのは解るんだけど、私これハブられてね?もっと元上司だったよしみで優しくしてよお!
「あいつは?飯食ってるか?」
「あぁ。今はドルチェだ」
漏れ聞こえて来た会話に泣いた。何だよその心配の仕方は。ご飯くらい心配されなくてもちゃんと食べられるよお。
でも心配してくれている気持ちは解る。リゾットが電話を替わってくれたので直接会話をする。プロシュートからのわざと解りづらくされている思いやりのことを考えるとへらへらとした笑みが浮かんだ。イカンなあ、締まりがなくて。
「うん、ちゃんと食べたよ。プロシュートこそご飯食べてる?仕事に忙殺されてない?」
「食ってるぜ。多少は忙しいかもしれねぇが、"チーム"をやってた頃に比べりゃあ楽なもんだ。この時期は特に"書き入れ時"だったからな」
ははは。プロシュートのスタンドが便利すぎてリゾットとプロシュートにはナターレに相応しくないほどえげつねえ仕事をお願いしていたことがあったからね。ははは。すみません、全部ボスが悪いんですよ。
「戻って来んのか、テメーは?カローの奴は兄貴が連絡に応えねえっつってブチ切れてんぞ。戻って来りゃあ都合の悪ィことになるんじゃねぇのか?」
「ん、そうねえ……」
カローの兄ってどうなったんだっけ。あの混戦の中で一人一人の状態を完璧に把握するのは難しかったから目視での判断しか行っていないが、完全に昏倒してぐるぐるにふん縛られていたような。妹さんは助けに行ってあげなくていいのかな。スネイプ校長先生にメッて怒られて止められているのかもしれない。
「戻らない訳にも行かないじゃない?一応、私はホグワーツを卒業してホグ卒の資格を手に入れたいのよ」
「こんな状況で出席日数気にしてんのはテメーくらいだな。休学届もいくつか届いてるっつうのに」
休学届とは、そんな手があったか。私もそうしてしまいたいよ。でも、そうしない理由が出来てしまった今となっては甘い誘いには勧誘禁止だぜ。
私の決意かっこ笑いかっことじなどを白状するのは、"こいつ急にどうした気持ち悪いな"なんてつらすぎる空気を呼び起こしかねない危険な行為なので、適当にそれっぽい言葉をひねり出す。
「なんてね。プロシュートたちはホグワーツにいるんでしょう?君たちがいるなら、私だって戻るわよ」
「……はん」
プロシュートは私の尊い言葉を鼻先でせせら笑った。嘘だと思われたのかな。本当だよ、三割くらいは。どうして割合としてそんなに少ないのかと言うと、それは彼らなら即座に身を翻してホグワーツを見捨て、私と一緒にイタリアかジャパンか他のどこかか、ほとぼりが冷めるまで違う場所にエスケープすることが出来るからである。それだけの技量と度胸と冷静さがある。狭い世界で生きているとダンブルドアは言ったが、まことにその通りだと思います。プロシュートやペッシはそれを少し嫌がりそうだから提案はしないけど、いざという時に私がその手を使おうと思っていたことは(過去形にしてしまう辺り、私も相当ハリー君たちに思い入れを持ってしまっているような)知っているだろう。だからこそ私の言葉を嗤ったのだ。
「よく言うぜ。痛ェことも面倒なことも嫌いなくせしやがって」
「あとしんどいこともノーセンキューです」
「そうかよ」
「返事が雑じゃない?」
「そうかもな」
プロシュートは電話の向こうで「ちょっと待ってろ」と誰かに言った。仕事があるのに電話に付き合わせちゃってごめん、無駄な会話しか持ち掛けていなかったよ。
「そっちで何か用事があるなら、もうリゾットに替わるよ」
リゾットから受け取った電話を私が切るのもおかしいのでそう言うと、プロシュートはちょっぴり考えた後にたぶん頷いた。
「そうだな。……ポルポ」
「はい」
いっつも"テメー"とか"こいつ"とか、そういう言葉でしか呼ばれないから、たまに名前で呼ばれるとドキリとする。これはときめきというやつか。プロシュートにときめくのは仕方ない。
「"P"、ずいぶん上達してるぜ」
「……あ、……ありがとう」
プロシュートはそれだけ言って、リゾットに替われと話を切り上げてしまった。
置いてけぼりにされたような気分で、私はリゾットに携帯電話を渡す。本体を耳に当てたリゾットの唇が動くのを見ながら、私はぼんやりと不吉なことを考えた。
「(なんか今の、死亡フラグみたいだな……)」
怖いから、こういう不穏な情勢下でカッコイイことを言うのはやめてほしい。いや、嬉しかったけどね。スネイプ先生に記名してもらった教科書のネームスペースを見本に頑張っているからね。努力が認められたようで気持ちがいいけれど、いやはや、まったく意外なことを言われた驚きで色々なことが吹っ飛んだ。これはいわゆるデレってやつかな。
ご飯を食べると眠くなる。それは人間として正しいことなんですよワトソン君。
ソファに座って賑やかなリビングの隅っこを飾りながら(ごめん飾るとか誇張した)うとうとと目を閉じる。部屋に上がるには早いし、まだみんなとこうしてアホな話をしていたい。
隣に座っているリゾットの肩に凭れて息を吐くと、リゾットはちらりと私を見てグラスを置いた。
「眠いのか?」
「少しだけね。重い?」
「……重くはない」
おおっ、重くないって言ってくれるようになった。目立ちはしないが確実な喜びがある。でもあの、重く"は"ないという"は"が気になります。
リゾットは答える代わりに「眠いのなら寝た方が良い」と正論を言った。君は正しい。でもこういうのはロジックじゃあないんだ。ロジックでは買えないものがある。もっとみんなと騒いでいたいよ。
「明日もある。どうせ暇な奴らばかりだ」
「それはひでェ言い草だぜリーダー」
「用事があったか?」
「ねェけど」
ないんじゃん。なんだよ可愛い会話してるんじゃないわよ食べちゃうぞ。ホルマジオは三本目のビール缶を持ったままスツールから立つ。私の方にやって来て、ざっくりした動きで遠慮なく服の袖に手を突っ込んだ。服が伸びちゃう。
「あったけェ!ぎゃははは、ガキかよ!もう酔っ払ってんじゃねーの?」
指さして笑われたからその指を逆に曲げた。イテエよ!と振り払われる。痛みを紛らわすように手を振ったホルマジオが恨みがましい目を向けて来るけど、私は君にお互いさまだって言いたいね。
「後はソルベとジェラートが片付けるだろ。任せちまって寝に行けば?リーダー、こいつが階段から落ちねえか見てやれよ」
「落ちないわよ。私のこと何歳だと思ってるの?」
「27と17だろ?よんじゅ……」
「メローネシャラップ!!」
あんたら人のこと言えんのか!?実は私は四十だって超えてるよ!言わないけど!メローネ泣かすぞ。次に会う時は裁判所だ。涙が出てきそう。
リゾットに泣きつくふりをすると、ソルベとジェラートが腹を抱えて笑い出した。くっそ自分たちがなまじっかイケメンの枠にギリギリ引っかかっているからって。アラウンドイケメンでも赦される罪と赦されざる罪があるということをゆめゆめ忘れるな。私は忘れないぞ、人類が籠の中の鳥だったってこともみんなが私のことを四十路扱いしたことも一生忘れないからな。くそおお負けた気分だ。こう見えておっぱいは凄い触り心地いいんだからな。おっぱいが美しければ何だってゆるされるってばっちゃが言ってたよ!唯一の自慢はおっぱいと金です。あっ、二つになってしまった。
「ひいひい、悪い悪い、ぐふっ、悪かったよポルポ。ほら、メローネも」
「俺はポルポがどんだけ歳食ってても許せるよ」
「メローネ貴様!!」
謝る気/Zeroだろ。令呪を以て命ずる、今すぐこの話題を取りやめよ。
私の脳内令呪が効いたのか自分たちに対するブーメランであることを知ったのか、メローネはへらへら笑ってごめんごめんと撤回した。ポルポは若いぜ、と意味のないフォローをされて余計に心が傷つく。私のハートはデリケートだから扱いに気をつけてほしい。
リゾットに連れられて階段を上る。まさか階段から落ちるとか都市伝説だろと余裕をぶっこいていたけど、意外とお酒の回りが早かったらしい。ふわふわしている。この世界に転生してからはあまりお酒を飲んでいなかったからなあ、年齢的なこともあって。顔も赤かったのかな、それでイルーゾォが心配してくれたとか。私って色々な人に心配をかけ過ぎじゃないの、お恥ずかしい。年上としてどうなの。今はもう年上じゃないけど、精神的に。ああこの話はやめよう。
「リゾットは明日はもうホグワーツに戻るの?」
「もう一日休みがある」
「クリスマスは偉大ね」
「そうだな」
とてもそうは思っていないような無感動さだったが、あまりにも"普段通り"すぎて逆に興奮した。リゾット可愛すぎ。どういうことなんだよ。こんなに可愛くてホグワーツで本当にやっていけてるのか?職員室とかで噂になってないの?リゾットちゃんのうっかりエピソードとか私がぶちまけちゃおうか?いや、やっぱりやめておこう。リゾットちゃんのうっかりエピソードは私だけの秘密だ。ピッツァのチーズを手に落としてしまって無言でおしぼりで冷やしていたことから始まる、数えられる程度にしかない珠玉の思い出。
「リゾットって……」
ふと、思いついて問いかける。特に何か不安に思ったわけでも思うところがあったわけでもない。ただ、リゾットイコール可愛いイコールモテモテ、という事実から導き出された当然の結果を考えてみて気になったのだ。
「女の子に告白されて、ぐらっと来たりしないの?」
私なら告白されたりしたらその人のことを覚えてしまったり、意識してしまったり、するかもしれない。まあ告白されたことが一度しかない上にそん時はしこたま酔わされていて余計に現実味がなく、私の意見はまったく参考にならないのだけど、リゾットはそういう感慨を抱いたりはしないのだろうか。
「……」
リゾットはじっと私を見つめた。うん、何を考えているのか読み取りづらい。口で言ってくれ。
部屋に入って電気をつける。リゾットはまだ少し何かを考えているようだった。どうしていきなりこんなことを訊ねたのかを探っているのかもしれない。
「特に何も。正確に言うと、何かを感じたとしても、それは気に留めるほどのことではないと判断しているのだと思う」
「冷静」
「おそらくはお前もそういう考え方をするだろう」
私ってそこまで自分を律していないというか、自己の分析がしっかりしていないというか。どう感じたとしても君みたいに正確には言えないと思うよ。リゾットとはたぶん意味合いが違うんじゃないかな。そもそも私は感動しますし。マジで私のこと好きなの?やっべえ告白されたヤバい私モテた。モテた。やったあ。それくらいは思いますし。
「……」
静かに見下ろされてちょっと怖い。いや、されたことはないんですよ。本当に。ないからこそ幻想を抱いているんですよ。
「私もモテたいんだよ。一回くらい経験があっても良いと思わない?」
「……」
リゾットには悪いかもしれないけど。怒らないでね、と言うと、リゾットはゆっくり首を振った。
「いや、まったく怒ってはいない。この状況で俺に向かってよくそういうことが言えるな、と感心しただけだ」
「褒めてる?」
「ある意味で」
やったね。いや全然やってないのは解ってる。不穏だなっていうのも解ってる。落ち着きたまえ、ただの会話だ。軽率な発言をしたことは謝るよ。ごめん、でも一度くらいモテてみたいっていうのはもうね、私の人生に付きまとうどうしようもない問題だから。マジで一度もモテてねえんだもん。おかしいよ。普通ワンチャンあるのが人生だろ。モテ期は三回あるっていうのが俗説なんだろうに、どうしてこんなにも。計算上は九回モテてないとおかしい。
「私は寝ますが問題は?」
「ない」
「それは何より」
手を伸ばして、ぎゅうと抱き付く。リゾットも抱き返してくれたので、まあいいか、と思った。よくはないけどさ。実際にはリゾットがいるもんね。モテたところでお応えはしない。じゃあモテるだけ無駄……いやいや、精神的にはひどく慰められるだろうけどある意味なんかモテないことが様式美のようになってしまっている三度目の人生。つらい。
「リゾットたちがいてくれるからいいかあ……」
「……」
「ん?この場合はリゾットの名前だけを出すべき?」
「気にするな。お前らしい」
それって、褒められているのかなあ。
離れて、軽くリゾットを引き寄せる。ちゅー、と唇を合わせて、あーお酒くさかったら悪いな!とまったく悪びれない思考でざっくりと脳内土下座。やっぱりリゾットと触れ合うと物凄い勢いでHPとMPが回復していく気がするわ。
「リゾットとこうしてるの、すごく落ち着く」
「……」
正直な気持ちを伝えると、リゾットはしばらく黙ってから囁くように言った。
「同感だ」
めちゃ可愛い1000%だったのでもう今夜は帰したくないわ。もう泊まっていけば?でもそういうわけにもいかないか。みんなと雑魚寝ってことになると絶対に眠れないもんね、君。