こんな所に居られるか、私は帰らせてもらう
ゴイル家は惨憺たるありさまだった。
窓ガラスは人型にぶち破られ、破片が床に散らばっている。鏡はひび割れ不規則に私たちの姿を映して、その壁際にはフェンリール・グレイバックの靴だけが一つ転がっていた。
クラッブとゴイルはシャンデリアの下敷きになり気絶。頭を無理やりゴッツンコさせられた彼らの父親二人も同じく並んで昏倒している。ワームテールは地下で気絶。
ベラトリックス・レストレンジはうつ伏せに倒され、杖を奪われ後ろ手にフェルーラされている。どうでもいいけどフェルーラって呪文エロいよな。完全にどうでもいいですね、ハイ。
縄で猿轡をかけられたベラトリックスは、屈辱の滲む瞳でこちらを睨み上げながらフウフウと息を乱して必死に抵抗している。しかし彼女を拘束しているのはその道のプロフェッショナルだ。ホルマジオの拘束から抜け出せるはずもなく、彼女はただ体力を消耗するだけだった。
美女の背中に馬乗りになったごつい青年は、ざりざりと首の後ろを撫でた。
「オメー、その顔どうした?」
気にするところはそこなの?
「殴られたんだよ」
痛いよ。腫れてるかな、と触ってみると青あざを押した時みたいな痛みが走ったので、ああたぶんちょっと腫れてるんだろうな、と見栄えを気にしてため息を吐く。女の髪と顔は命やで工藤。どっちも何回もボロボロにされてるけどな。平穏が欲しい。ギャング怖いんだもん。
「帰ったら治療してやるよ。あーあ、綺麗な顔が台無しだぜ女王さん」
「ナニして殴られたんだよ?ヘッタクソな殴り方だ」
「攫われそうになって抵抗したら殴られた。女の扱いがなってないわよね」
「そういう問題か?」
ジェラートは笑いもせずに口元を不器用に歪めた。あらあら、そっちの方が台無しな顔をしているじゃないの。イケメンが勿体ないよと言うと、二人はケロッとした顔で笑い直した。
「君たちはどうして助けに来てくれたの?ドビーと一緒にいたの?」
今更ながら、地下牢で顔面をすりむいたロン君の手当てをしているハリー君が首を傾げた。ペンシーブに映った瞳が誰のものか気になっているようだった。
「それは申し上げられないのです、ハリー・ポッター!今ここでは申し上げられないのです!」
暗に、どころか、ハッキリと"ベラトリックスがいるから言えねえ"と表明したドビーに各々苦笑が零れ落ちる。妖精ってみんなこんなに正直なのかな。もしかしてペッシがめちゃくちゃ正直なのも彼が妖精だから、みたいなそういうオチがあったりするのか?確かにすんごく妖精っぽいよな。可愛い。癒しアロマを放つ妖精ペッシ。ああ、会いたいよお。殺伐としたホグワーツの中に一人のペッシちゃんが。ペッシ医療補佐を目当てに医務室へ通う生徒は絶えない。
イルーゾォは冷ややかな眼差しでベラトリックスを見下ろした。私の視線に気づくと、すぐに呆れたような、温度のあるいつもの表情を浮かべて顔を上げる。
「ここじゃあ落ち着いて話も出来ねえだろ。さっさと移動しようぜ」
「こいつをどうするかが問題だぜ。殺しちまうか?」
「殺す……!?」
物凄く驚いているハリー君。ダメだ、殺すってことはいけないことなんだ、とホークラックスの作り方を知っているハリー君が、ベラトリックスに悟られないよう必死に言葉を尽くしてホルマジオたちを止める。シリウスがヴェールの向こうへ消えていないのでハリー君がベラトリックスにそこまで憎しみを抱く理由もなく、人を人として見ていられているのだろうなと俯瞰して見る。
「殺さなくても、記憶だけ抜き取ればいいんじゃない?」
穏便に行こう。
殺人ダメ絶対、なあんて言うつもりはないけれど(なにせ私もどちらかというと殺す立場であったことですしおすし)殺さなくていい手段があるのにそれを使わないのはなんとなく損な気がしてしまう。記憶操作なんて便利すぎるゥ。スタンドがなくっても出来るんですよそういうことが。魔法界ってスゴイぞカッコいいぞ。
拙いながらも口を挟んでみると、ハーマイオニーちゃんがまず誰より先に同意をしてくれた。殺人の危険性と違法性については誰より敏感なハーマイオニーちゃんだ。彼女に続いて、我に返ったロン君とハリー君が頷く。シリウスは、殺人に手を染めなくても解決する方法があるのだと思いいたってホッと息を吐いた。
それこそ、"必要な"殺人を"今更"と割り切ることの出来る青年たちは顔を見合わせてから一斉にベラトリックスを見たが、わざわざ殺す"必要"がないことは理解していたらしい。
「記憶を消すなら適任がいるよな、ジェラート」
「そうだな、ソルベ。"あいつ"に任せっか」
誰のことを示しているのか私には解らなかったが、ソルジェラとホルイルのみならず、シリウスにもその人物の存在は通じているようだった。なんだそりゃ、誰のことよ。
その人物は不死鳥の騎士団に入団してまだ間もないメンバーだという。今は『貝殻の家』と呼ばれる所に詰め、団員らしくない団員として悠々自適な生活を送っているそうだ。たまに与えられる仕事はすべて記憶消去に関わるもので、その腕前は入団直後にダンブルドアから感嘆をもぎとったほどだと、ソルジェラが劇的な口調で語ってくれた。へえ、誰。
「ま、会ってみりゃあ解るだろ。ポルポもよく知ってるやつだぜ。なあホルマジオ?」
「そうだな、俺ら全員知ってっし。ブラックはあいつが入団して初めて知ったみてェだが」
シリウスは苦い顔をした。
「どんな人なの?」
ハリー君たちもハテナマークを浮かべているので、彼らにも知らされていない人物らしい。秘密裏に入団したということか。確かに記憶操作の専門要員の存在は広めるよりも秘しておいた方が利がありそうだ。
しかしヒントくらいはくれよ、と催促すると、ホグワーツのOBは全員が同時に同じことを言った。
「性格に難がある」
ぜんぜんわからん。
やっぱり見当をつけられないでいると、シリウスは暗い顔で首を振った。本当は知らない方が良い、と。どんだけ。このオッサンにそこまで言わせるとかどんだけ。スリザリン的で嫌な奴って意味かな。それとも気難しすぎるとかか。
「だが君たちも会ったことのある人物だ」
「それも、よーく知ってる。……さあ、行こうぜ女王さん」
手を差し伸べられる。私よりも細そうなくせに誰よりも強い力で引っ張り上げられて立ち上がると、ドビーが隣同士身体を接触させるようにと指示をした。屋敷しもべ妖精の特別な『姿現し』で『貝殻の家』までジャンプ一発移動するのだ。
ぐるぐると回転する景色をやり過ごしながらふと思った。
アレ?そういえばルーナちゃん救出とゴブリン救出とオリバンダー救出のイベントってどうなったんだっけ?
「帝王がニワトコの杖について探っているんだとしたら、杖職人に危険が及んだりはしないのかな?」
「ああ。そのことも考えてオリバンダーは『不死鳥』で保護済みだぜ」
「そっか。そういえばルーナちゃんに会った?心配してたよ、ハリー君のこと」
「そっか……、そうだよね、あれからずっと会ってないんだ。悪いことしちゃってるよなあ……」
さりげなく聞いてみたところ、特に何も問題はなかったみたいですよ。アッレ、おかしいな記憶違いかな。
そもそもハリー君たちは死の秘宝についてダンブルドアから直々に話を聞いている。ゴドリックの谷で死の秘宝のマークを目にするイベントもすでに済ませている彼らがゼノナントカ・ラブグッドさんのお宅に突撃隣の晩御飯をする理由もなく、ルーナちゃんが危険な目に遭っていたとしても彼らがそれを知る機会はない。彼らにとってはノープロブレム。知らなくても無理はない。
だけど彼らが知らないだけで、どこか知らない場所でルーナちゃんが危険に巻き込まれているのだとしたらそれは大変だ。どうにかして救出する手段を考えなくてはいけないし、原作ではマルフォイ家に幽閉され、なぜかは忘れてしまったけれどゼノナントカ・ラブグッドさんの脅迫材料になっていた彼女が今どこにいるのかも探さなくてはならん。とりあえず私がルーナちゃんの安全について示唆をしてみて何事もなければ良し、何かしらが判明すればそれもまた良し、あとは全部『不死鳥』にお任せするか?
そんなことを考えて上の空で居ながら『貝殻の家』に入ると、そこにはセドリック君とチョウちゃんが居た。そしてなぜかルーナちゃんもいた。
「来たんだ、ポルポ。顔、腫れてるよ。大丈夫?」
私は考えるのを止めた。大丈夫大丈夫、君が無事ならイインダヨー。
「みんなお疲れ様。待ってて、今氷を持ってくるよ」
セドリック君は朗らかに微笑んでキッチンへ歩いて行った。チョウちゃんも私を慰めてくれる。ありがとう。
まあ、何事もないならいいんだよ。
目隠しをされじたばたともがいていたベラトリックスは、細い身体に一発当て身を食らって今はぐったりとホルマジオに担がれている。完全にエロい。黒いドレスが乱れてセクシーもいいところだ。おっぱいは私の方がありますけど。いや、私はいったい何と張り合っているんだ。
「あいつはどこだ?」
「上で小説を書いているよ。もしかしたらそろそろ完成しているかも」
やっぱり解らん。小説家の知り合いなんていないぞ私は。
セドリック君から氷を受け取って頬に当て、軋む階段を踏む。『貝殻の家』は狭く不思議な造りになっていて、ぞろぞろと連れ立って移動するには不向きだった。
ノックをして、返事を待たないソルベとジェラートはそのままドアを開けた。誘うように二人が脇へ避けて、先頭を歩いていたハリー君、ロン君、ハーマイオニーちゃんが驚愕の声を上げる。一拍遅れてその姿を目にした私も、ええええとマヌケな顔をさらした気がする。
「おや、皆さん!お久しぶりですね。私のことを憶えているでしょうね?そりゃあもちろん憶えているでしょう。私のことを忘れる人がいるはずがありません。"忘却術"もかけていないんですからね。ミスターアトマは元気ですか?」
たっぷりとした金髪、金刺繍の施された金色のスーツ。床にこすれてしまいそうな大げさなマント。ハンサムな顔立ちに、陽の光にきらめく白い歯。チャーミングなスマイルは世の乙女を虜にするだろう。
「ギルデロイ・ロックハート……!」
五年前、DADAの教師としてホグワーツに就任した男だった。
まさかの再会をした私たちはロックハート元先生から新作小説の朗読を聞かされそうになるも、すんでのところでセドリック君のストップがかかった。
ホルマジオはベラトリックスを拘束したままベッドに寝かせる。うん、やっぱり美しい。もう少しやつれていない方が好みだけど今は私の趣味なんてどうでもよかろうなのだ。
ロックハートは首を傾げた。
「どこかで見たことがある女性ですね」
「すっとぼけるな、指名手配犯だ。闇の帝王の側近の名を知らない訳がないだろう」
「おやおや!それは失礼。えー……レジスタットリン・ベラトリレンジでしたっけ?」
「ベラトリックス・レストレンジだ!」
「私としたことが。ファンの名前はちゃんと憶えているんですけれどね!」
シリウスとロックハートって致命的に相性が悪いと思う。デコボコな会話をいくつか交わして、シリウスは苛々したように髪をかき上げた。そのままガリガリとかきむしるとちょっと不潔なことが起こる。あぁそういえばこの人たち潜伏生活をしていたんだっけ。シリウスってそういう役回りが多いよね。元々が脱獄囚だしなあ。大変な人生だ。いや、ここにいる人たちは全員大変な人生を歩んでいるんだろうけど、その中でもある種特異な方面に突き抜けている。
「女性や子供に術をかけるのは抵抗がありますねえ」
「よく言うよ、僕らの記憶を"忘却"させようとしたくせに」
ロン君がぼそりと言った。そういえば加害者と被害者の関係だっけ。どっちがどっちだかはあえて言及しないけど。
綺麗な顔で白々しく開き直り、ロックハートはシリウスに改めて問う。それで、どの記憶を処理すればいいんですか?
「……」
シリウスはしばらくの間、ベラトリックスの顔を睨みつけていた。視線だけで射殺してしまいそうな形相だったが、やがて目を閉じてこう言った。
「わたしたちと、闇の帝王に関するすべての記憶を消してくれ。だが殺人や、非道なことを行った記憶、誰かを一心に想い慕っていたという事実には手を付けるな」
「シリウス、それは……」
ハーマイオニーちゃんがシリウスの腕に触れた。ジャケットの袖を握りしめ、言いづらそうにする。
「それは、死ぬよりもつらいことだわ」
「あぁ」
シリウスは短く答えた。
「それが相応しい」
それだけ言うと、彼は踵を返して部屋を出て行ってしまう。ハーマイオニーちゃんはこれから目の前で行われる何より酷な仕打ちに、身近な人が悪辣な犯罪者に残酷な罰を与えるという現実に指先を震わせた。息を吐いて、ロン君の腕にすがる。私とセドリック君は意味深な視線を交わした。正確に言うと、セドリック君が意味深な視線を向けて来たので私も深刻そうな顔で頷いた。
空気の読めない男ギルデロイ・ロックハートは姿を消してしまったシリウスに対して「おやおや」と首を振る。難しい注文をするものですねと言うようになったのは、自分が本当は何も出来ない人間だとハリー君たちに吐露し肋骨を数本折られた事件を乗り越えてのことだろうか。それから五年、彼の中でどんなことがあったのかは知らないが、こうして肩を竦めることが出来る程度にはメンタルが回復したらしい。
「イルーゾォ、保存瓶を」
「俺はお前の助手じゃねえって何度言ったら解るんだよ」
片手を差し出したロックハートに、イルーゾォが机の上から瓶を取って渡す。机なんて一歩振り返ればそこにあるのにあえて人を使うところがロックハート先生らしくて面白い。ちゃんとやってあげているイルーゾォも微笑ましい。ところで私はこのシリアスな空気に胃が痛くなって来たんだけど後で胃薬をいただけるかな。
ロックハート先生は忘却のスペルを唱えた。眠るベラトリックスのこめかみから杖までを光の粒子が繋ぎ、杖の先に集まった淡い光は導かれるように、添えられた小瓶の中へ入って行った。すかさず蓋をして、セドリック君がそれを受け取る。
「保存しておくの?」
ハリー君の質問はセドリック君が否定する。
「いや、完全に消えてしまうように処理をするんだ。細かい調整はロックハートさんが得意だから彼に任せているけれど、消却処理はまた別にしなくちゃいけない。オブリビエイトで消した記憶は方法を変えれば戻すことが出来るからね」
そういえばそういう記述もあった気がする。教科書の一説を記憶から掘り出して納得した。ハーマイオニーちゃんも小さく頷いて、ベラトリックス・レストレンジという人物とは不釣り合いなくらい透き通った記憶の粒子が運ばれていくのを見送った。
寝台の上で眠るベラトリックスはとても穏やかな顔をしていた。
「あっ……ぐうっ……!」
ハリー君が呻く。えっ。
何事かと警戒の体勢を取った私たちは、青年が床に崩れ落ちる瞬間を見た。一番近くにいたロン君がハリー君を支えて、ハーマイオニーちゃんが彼の背に手を当てる。ハリー、と何度も名前を呼ぶが、ハリー君には聞こえていないようだった。えっえっナニどうした、私こういう時どんな顔をしたらいいかわからないんだけどどうしたらいいの。彷徨った手が私のローブの裾を掴んだので、私も床に膝をついてハリー君の手を握りしめた。
ホルマジオはしゃがみ込んでハリー君の肩を揺する。
「おい、大丈夫か?……こういうこたァよくあんのか?」
「もしかすると、例のあの人と意識が同調しているのかもしれないわ!ハリーはあの人との繋がりが……」
あ、あぁ、そういうことか。良かった、と言うのはいささか問題がありそうな気がするが、重病や呪いの影響じゃあなくて良かった。ある意味で呪いなんだけど、ええと、そういう細かいことは良いとして。全然細かくないっていうのも良いとして。
考えてみると私がハリー君のこういった事態に立ち会うのは初めてだ。噂には聞いていたが、こういうことだったのか。大丈夫なのかな。今この状況でヴォルデモッさんの精神に潜り込むというと嫌な感じがするんだけど。何せ今、私たちは彼の側近を生殺しにしたようなものだし。
ハリー君は痛いぐらいに私の手を握りしめると、荒く息を吐いて緑色の瞳を苦しみに潤ませた。歯を食いしばって頭痛に耐え、なぜか私をまっすぐに見つめる。
「ホグワーツだ……」
あっ、分霊箱の話ね。
ひと言だけで理解することが出来たのはもちろん私が原作の知識を持っているからで、他の人からしたらパードゥンって感じだ。私も理解したことは表に出さずにいるので、ハリー君はもう一度言葉を繰り返すことになった。
「ホグワーツに分霊箱がある。ヴォルデモ、……あいつはそれをホグワーツに隠したんだ。ホグワーツに行かなきゃ」
「ハリー君……」
ホグワーツは今クリスマス休暇で手薄だよ!やったねハリー君。
「どこにあるかは?」
急いた様子でハーマイオニーちゃんが訊ねる。ベラトリックスが目覚めないかを心配しているようだった。イルーゾォがちらりとベッドの様子を見て、まだ起きてねえよ、と教えてくれる。寝たふりしてもバレちゃうんだよねえ彼らには。私は彼らが寝たふりをしているかどうかなんて解んないのに。修行が足りないのか。どんな修行をすればいいんだろう。やっぱり呼吸法を学ぶしかないのかな。リゾットに頼んだら教えてくれるかなあ。
「どこにあるかはわからない……、だけど、ホグワーツで"物を隠す"と言えば、僕はあそこしか思いつかない」
言わずと知れた『必要の部屋』です本当にありがとうございます。私もあのお部屋にはお世話になった。だって色んなことが出来るんだもん。集会もしたし密会もしたしクッキー作りもしたし一通り使い倒したよ。
「行こう、ホグワーツへ」
ハリー君は確固たる意志を持ってロン君とハーマイオニーちゃんに力強く助力を求めた。二人はしっかと頷いてハリー君の身体を支える。私も、頑張れ、と言う意味を込めて微笑んだ。頑張れ、青少年。
「ホグワーツに戻らなくちゃ。道は……わからないけれど」
「君には忍びの地図があるじゃないか!」
ロン君はそう言ったが、ハリー君の返事は思わしいものではなかった。まあ、そうよね。隠された道なんて今となっては使えるかどうかわかったものじゃないもんな。隠れ道はディメンターに塞がれているかもしれないし、ハリー君いわく今までディメンターを地図上で確認したことはないからきっと地図には表れないんだろうとのことだし、しらみつぶしに当たっていくのは危険極まりない。
チッチッチ、とソルベとジェラートが舌を鳴らした。真剣な視線が集まっても怯まない二人はトリックスターの名にふさわしい笑みを浮かべていて、しゃがみ込んでいたホルマジオは、ああ、と思い出したように言った。
「そういやァあのオッサンの所には……」
「おや?どちらのオッサンです?この『騎士団』には私よりも年配の方が多すぎて区別がつきませんね!もちろんファンであると言ってもらえれば顔なんてすぐに覚えてしまうのですが!」
さっきから君たち私の知らない人のことで話題を共有しすぎィ!なんかロックハートも知らなかったみたいだけどハブられてる気分で寂しいからもっと私に優しくして。
理不尽にねだると、ホルマジオは私の頭をがしがしと撫でて髪をかき混ぜた。後でな、と言われる。お預けを食らった犬ってきっとこんな気分。頭を撫でる以上にどんな優しさを発揮してくれるんだろう。楽しみすぎて昼寝が出来ない。
「もしかして、ドビーや君たちを僕たちの所に送ってくれた人?」
ダンブルドアによく似た瞳を思い出したのだろう。ハリー君はハッと息を呑んで、気が急いたように立ち上がる。もう動いて大丈夫なのかな。若さって、強い。
「そうだぜポッター。ホルマジオがそいつの経営するバーによく行ってたみたいでよ、交流があったんだよ。もう何年になるっけか?」
「細けェこたー良いだろ、ソルベ」
ハーマイオニーちゃんが、バーなんて、と愕然とした。三本の箒だって酒飲み場じゃんと言ったが、ホルマジオ先輩の若い頃からの飲酒疑惑に法律厳守の血が疼いたみたいだった。もう私たちにとっては法律とか規律とかそんなものは今更な存在だと思う。
「その人は『不死鳥』のメンバーなの?」
「違うらしいぜ。日和見っつうか、中立っつうか、面倒事が嫌いっつうか、俗世と関わりたがってねえっつうか。まあ変なジジイだよ」
「老人なの?!やっぱりダンブルドアと何か関係があるんじゃ……」
あ、と思い出した。内心で指を鳴らしてなるほどねと快哉を叫ぶ。知識と現実が繋がるこの一瞬が気持ちいいんだよ。
変なジジイとは恐らくアバーフォース・ダンブルドアだ。ダンブルドア先生そっくりの瞳という部分で思い出しても良かっただろうに、私の脳みそったらいけないひと。
記憶の糸をたぐる。ええと、アバーフォースの名前が出たということはそろそろ本格的に物語が佳境に向かう、のだったか。ホグワーツに戻った瞬間からハリー君とヴォルデモートの対決は本格化し、闇の陣営バーサスホグワーツ防衛隊の戦いが始まる。そして多数の死者が出て、最終的にハリー君が勝利する。
ニワトコの杖を折るタイミングが見つからなくて、とりあえず持ち運びはしていたものの、実はあの杖はホグワーツ特急に置き去りにしてしまったトランクの中に入りっ放しなんだよね。ギアッチョたちにも連絡をつけたいし(ソルベたちがやってくれているとは思うけど、きちんと顔を見てごめんねと謝りたい)私はこのままホグワーツに戻るのではなくいったん家に帰りたいんだが如何か。
「そうだね、早い方がいいとは思うけど、僕たちも今は凄く疲れてる。クリスマス休暇は数日もしないで終わるし、今は体調を整えることにしよう」
ハリー君の声は少し元気がなかった。ロン君がどうしたらいいのかわからないという顔で手を握りしめて爪先に視線を落とす。
死を想う青年たちに声をかけることも出来ず、私は部屋を出た。居た堪れない。非常に居た堪れない。これ以上こんな所にいたら、ずっとずっと年下の男の子がメメント・モっているというのに何も出来ない無力さに打ちひしがれてしまう。
人はいつか死ぬ。それは私がよくよく知っていることだけど、他の人も同じくいつか死ぬのだと突きつけられることは何度"生まれ"ても"殺し"ても慣れないことだ。慣れてしまってはいけないことなのかもしれん。
その『死』が、ハリー君の目前にある。ホグワーツに行って分霊箱を壊せば、高楊枝で構えていたヴォルデモートだって異変に気づくだろう。
「(もうマジでこんな深刻なことに立ち会うのは嫌だ……)」
ハリー君は友人の友人。私の直接の友だちじゃあない。だけどそんなことって、言い訳にはならないだろう。
ハリー君は私を信頼してくれている。何故かはまったく解らないけど、知らないうちに私は過大評価されていた。偉大な人物でも、崇高な意思を持っているわけでも、分け隔てない訳でもないのに、これも私の溢れ出てやまないカリスマのせいか。あーもう雑念。そのまま飲み込んで私の雑念エクスカリバー。カリスマなんてある訳ないだろ。私にあるのは金とおっぱいだよ。
フレッド・ウィーズリーにもジョージ・ウィーズリーにも、ロン・ウィーズリーにだって何の義理もない。ルーピン先生は良い先生だと思うし、その奥さんも良い人なのは知っている。シリウスだって、"正義"の人だ。
スネイプ先生だって、パンジーだって、ドラコ君だって、ハーマイオニーちゃんだって、ただ私が好きだと思っているだけで、他の人と変わらない。ただの"教師と生徒"、あるいは"親友"というだけの関係だ。命の重さは変わらない。自分の中で優先順位をつけているだけ。パンジーたちが死んでしまうのはきっとすごく悲しいけれど、他の彼らは、ああ亡くなってしまった、とさほどのショックも受けずに済む、かもしれない。すべて仮定の話だし、実際に目の前で知り合いが死んでしまったことがないので、自分の心だって推し量れていない。
だけどそんなこと、全部言い訳にはならないのだ。
セドリック君は生き延びてしまった。言い方は悪いけどね。運命が一つではないことは、この世界でも証明されたわけだ。
クィレルは死んだ。しかしセドリック君は死の機会すら与えられなかった。ロックハートも記憶を失わなかった。シリウスも生きている。ルシウスさんはどうしてだか闇の陣営を裏切った。ダンブルドアも、あの場では死ななかった。
すべてが変わってしまっている。それならば、と先を求めるのは別段貪欲なことじゃあないよねハム太郎。後のことは知らん。ここまで来たら、私も退くに退けないではないか。
自分に出来る限りのことはする。そうやって精一杯の働きをしてこそ、私のストレスのない生活は守られる。自分で自分に負荷をかけてどうするんだ。自分の考えに押しつぶされるなんて冗談じゃない。疲れることも面倒なことも痛いことも大嫌いだ。精神的に疲労することも摩耗することも胸が痛むことも苦手だ。だったら、そうならないようにすればいい。
何も崇高なことなど考えない。どこまでも自分本位で構わない。だって、なぜなら、それは。
「(誰も私が自分本位な考えを持っているなんて、気づきようがないもんな)」
なぜならそれは、"この世界が物語だったと私だけが知っている"からだった。