俺、この戦いが終わったら結婚するんだ
オッサンをからかってけらけら笑ったり、ドラコ君とパンジーのラブラブ具合に中てられたり、リゾットとのんびり時間を過ごしたりしているうちに夏休みは終わりに向かい、ついでにハリー君たちが行方不明になった。何を言っているのかわからないと思うけど私も何が起こっているのか全然わからなかった。
魔法省に侵入した不審者四名の話は聞いたし、それが指名手配されているハリー君たち三人組プラスオッサン一人だというのはよくよく理解出来ている。しかしあまりにも唐突なニュースだったため、朝食の目玉焼きを焦がしてしまった。
「大変だよな、世の中って」
ラピュタパンを作って食べているメローネは感慨なんて何も抱いていないようだった。同学年である程度親しくしていた相手が行方不明になったというのに無情な奴め。そういう私もベーコンを切り刻んでいるので文句は言えないし言うつもりもないけれど、しかし動揺しない子たちだなあ。みんな普通な様子だ。
「予想はついただろ、どうせポッターたちのことだしよォ、"あの"ブラックがいるなら余計だ。目立たねェ方が無理ってもんだぜ」
「それよりお前は新学期の心配をした方が良いんじゃねえの?魔法大臣は死喰い人だし、ホグワーツにもデスイーターの手が入らねえとはもう言えねえだろ」
心配をしなくてはいけないというのならそれは私もそうだけど、リゾットもそうなんじゃなかろうか。狙われているのはリゾットだぜ。うっイカン笑ってしまう。狙われるリゾットという響きヤバイ。
「バカか。人質に取られんのは……」
「イルーゾォだっていう可能性もあるよね」
微粒子レベルには。
「ねえよ!!俺はもう卒業してっし、俺なんか人質に取ってどうすんだよ!?リーダーが揺らぐはずねえだろ!」
いや揺らぐだろ。リゾイルとはようよう言わないが揺らぐだろ。私だったら"またこいつか"みたいな空気で済むかもしれないけどあえてのイルーゾォだったら"マジかよ"ってちょっと本気になるかもしれないだろ。ていうか私だったら本気になる。私がリゾットだったらめっちゃ本気になる。イルーゾォが捕らわれのお姫様とか超興奮する。私がリゾットだったらなあ。
「オメーがリーダーだったらそもそもハゲはオメーを狙ってねェよ」
「はいすみません」
リゾットだから価値があるんですね、わかります。
二つ目のベーコンエッグにナイフを刺すと、ホルマジオがタイミングを計ったように、つい、とフォークを振った。
「学校には間に合うのかビミョーなトコだよな、そいつら」
「心配するところはそこなの?」
無事とかじゃないんだ?
「どうせ無事だろ。死んだらニュースが流れる」
そりゃそうか。現実的な人たちだ。
迎えた新学期、学校へ向かうホグワーツ特急の中はめちゃくちゃ居心地が悪かった。なにせマグル出身の子が死喰い人の教師に杖を取り上げられそうになったり(教員免許ドコー)それを同乗していたプロシュート先生が止めたり(教員免許ココー)一悶着あったりなかったりやっぱりあったりこっちにまで飛び火したりヒエエとビビりながらも間に割って入ってマグル出身の子を慰めることになったり、慰めたんだけどスリザリン寮だったから逆に逃げられてしまってメンタルが削れたりと(愛はどこ……)さまざまなことがあったのだ。一学期の計は一日目にあるんじゃあないんですか?どうなっているんだこの世の中は。
「私……この学期が終わったら結婚するわ……」
「俺とかい?」
「どうして君なんだ!?ネエロ先生とに決まっているだろう!そうだろうポルポ!?」
「もう誰とでもいいよ……」
「だ、誰とでも!?」
私イタリア人だからこの死亡フラグは逆に生存フラグになるんだよ。戦いで生き残れるんだよ。ああジニーちゃんおはようまたあとでね。スリザリン席の横を通って私に挨拶をしてくれたジニーちゃんを見送って、テーブルに力なく突っ伏す。女の子とでもいいから結婚するわ。
「ネ、ネエロ先生以外と結婚なんかしたら、き、君、それは大変な……そう、醜聞、醜聞になるぞ!」
そんな必死にならなくても貰い手なんかないよ、ドラコ君。そういう問題じゃないのかな?
「大丈夫です、ポルポ先輩!いざという時は僕が責任をもって貰い手を探して差し上げますから!」
「うん、ありがとう」
どんなフォローなんだ。どうやって探していただけるのかな。お見合いとか組んでくれるんだろうか。リュシアン君の精一杯の笑顔を曇らせないようにしたいな、と思ったけど何かお互いにずれている気がして来た。私は一応、リゾット以外と婚約する気はないんだ。とりあえずフラグを立てておきたいだけなんだ。ごめん。
「リュシアン、心配しなくても嫁ぎ遅れたポルポを貰うのは俺だから相手なんか探さなくていいぜ」
「メローネうぜえええ……アピールしてんじゃねえよトースト耳に突っ込むぞ」
「え?どこに突っ込むって?」
「耳だよ死ね」
「ああ……イルーゾォ先輩とホルマジオ先輩が卒業してしまったから胃が痛い……先輩方はいつもこんな苦労をしていたんですね……」
ドラコ君が遠い目で我が家の方角に向かって手を組み祈り始めた。大丈夫かなこの子。もう開始二日目でここまで疲弊してるって相当ですよ。私が悪いのか世の中が悪いのか。うん、世の中だね。私が悪いわけがない。何もかもこの世の中が悪いと言って許されるのが私たちホグワーツチルドレンなんじゃないかな。色んな事に巻き込まれ過ぎハリポタ原作軸ヤバすぎ事件的な意味で。
どうでもいいことだが、イルーゾォとホルマジオは二人してソルジェラと一緒に私の家で魔法魔術の研究をしている―――らしいから、その方向に祈るのは間違ってはいない。
「しかしスネイプ先生は……」
ドラコ君は校長席で蝙蝠のように黒いローブを身に纏い、静かに大広間を睥睨するスネイプ先生をそっと見た。すぐに視線を外して、気づかれないようにパンジーの耳元でひそひそと囁く。スネイプ先生はどういうお考えなのだろう。
パンジーもドラコ君に倣って声を潜め、「"どちらにしても"、あたしたちは流れに任せるしかないわ」と答えていた。
二人を横目に、私もスネイプ先生の様子を窺う。するとなぜかリゾットとばっちり目が合った。反射的にニコッと微笑んでから疑問符が大量に浮かぶ。あの人は今私のことを見ていたのかな。だから目が合ったのかな。なぜ見ていたのかな。君はもう少しご飯のことを見てあげるといい。えーっと、何食べてるんだろうあの人。私はイングリッシュブレックファストですけどリゾットはいったい何を。イタリアの血的な意味で朝からガッツリ食べるタイプではないので、軽くマフィンでも齧っているのかもしれない。あああリゾットがかじったマフィン。それなんてアンブロシア。
「おい、さっさと食わねえと置いてくぞ」
「あっごめん、すぐ食べます」
向かい側に座るギアッチョに急かされ、私はソーセージの最後の一切れを口に入れた。
ジニーちゃんたちがハグリッドの仕事を手伝うように罰則を受けたという話はホグワーツの中を静かに駆け巡った。私もまたそれを耳にした生徒の一人である。
どうしたのかと訊ねると、ジニーちゃんとルーナちゃんとネビル君は頬を赤らめて答えてくれた。
「グリフィンドールの剣をスネイプから奪おうとしたの」
なんつうことをしてるんだろうこの子たち。物凄いガッツだ。
ハリー君たちが分霊箱を探す過程で(あるいは手に入れた結果として)どこかへ行方をくらませざるを得ない状況に陥っていることは、彼らも知っていることだ。そのハリー君の手助けになればいいという思いからの行動だろうけれど、こりゃまた思い切った行動に出たものである。あのスネイプ先生を相手取って喧嘩を売るとは。
「スネイプ先生がみんなの思うような人じゃないっていうのはわかるよ。だけどそれとこれとは別だもん。ハリーの助けになるんだったら、あたしたちだって動かなくちゃ。そうだよね、ポルポ」
「そうねえ、ルーナちゃん」
スネイプ先生の印象は原作ほど悪くないみたいだけど、彼女の言う通り、それはそれ、これはこれ。グリフィンドールの剣の為ならえんやこら。ハリー君たちの為にそれをゲットしたとして、どうやって届けるつもりだったんだろう。
グリモールド・プレイスは死喰い人に発見されることもなく『不死鳥』の本部として機能してはいるけれど、シリウス・ブラックもハリー君たちもそこに戻っては来ていない。何かに追われているのか、本部を危険にさらすことがないようにしているのだろう。『不死鳥』にはセドリック君やチョウちゃんを筆頭にした若い団員が加わり、頭数は増えたものの万全の準備は整っていない現状だ。居場所を悟られて一斉に叩かれるのは痛いと理解し、徹底的に本部を避けて移動しているようだった。
そんな彼らに接触する手段は今のところ、まあ、なんていうか、ゼロである。本当にどうするつもりだったのか、ちょっと気になるのでネビル君を突いてみた。
「えッ、あの、それは……そうだね、どうするつもりだったんだろう、僕ら?」
「とにかく手に入れなくちゃって先走っていた気がするわ」
大量の薪を抱え歩きながら豪快に頷いたジニーちゃんは、いまだ萎えぬ闘志をメラメラと瞳に燃やしながら私の瞳をじっと見つめた。う、うん。
「そうだわ、ポルポ!」
「うん?」
「"この戦いが終わったら結婚しましょう"」
「……エ?」
誰が誰と?ていうかその台詞どこで覚えたの?
「ポルポから覚えたのよ。これはジンクスなんでしょう?あなたが言っていたのよ。これを言えば戦いで生き残る法則がある、って」
そんなことも言った気がするが、この場合は違うのでは。
ジニーちゃんは薪を抱えたまま綺麗に微笑んだ。
「同じよ。ね、この戦いが終わったら一緒に結婚しましょう。いいでしょうポルポ?」
「う、うん……」
私はいいんだけどね、イタリアンな血が入ってるから。いいんだけど、君たちにとってはそれ死亡フラグだから。気をつけようね。
ちなみにジニーちゃんは誰と結婚するの?
「あ、そうね、その……」
ジニーちゃんはポッと頬を染めた。
「いいじゃない、そんなこと。結婚する。それが大事なのよ。それに、ただのジンクスだわ!」
うん、そうだね。ただのジンクスだけどある意味めっちゃ死亡フラグだから、あんまり口にするのやめようね。
だけど水を差すようなことを小心者の私が言えるはずもなく、曖昧に微笑んでその場はやり過ごした。必殺、アルカイックスマイル。変な知識を入れ込んでしまってすみません、ウィーズリーさん。
突然だがこれまでのあらすじを説明しよう。
やっぱりな、と言いたいんだけど、私は死喰い人のカロー兄妹に連れられてグレゴリー・ゴイルの屋敷にやって来ることになっていた。動きとしては、遅いくらいだ。もう少し早くに接触して来るかと思ったんだけど、リゾット、プロシュート、そしてもしかするとスネイプ校長先生のガードが厳しかったのか、このクリスマス休暇に至るまでの間には何も起こらなかった。平和極まりない学期になりそうだなと皮肉を言い交わした覚えがある。
事はクリスマス休暇のホグワーツ特急の中で起こった。リュシアン君を人質に取られてしまったのだ。まさかのリュシアン。少年、頼むから背後には気をつけてくれ。
メローネはペッシに話があるとのことで、あとから煙突飛行ネットワークで我が家へやって来ると言って一人ホグワーツに残っている。私と一緒に家へ戻るのはギアッチョだけだった。今思うと、今年二回も私を見失ってしまったギアッチョちゃんが可哀想である。
「このガキの命が惜しかったらこっちに来な」
悪役の常套句を口にした人間は死ぬ。そういう法則を知らないのだろうか。カロー兄妹は自信満々に空いたコンパートメントに私たちを押し込み、リュシアン少年の喉元に杖を突きつけて私を脅した。一応私も魔女の端くれとして抵抗をしたんだけど、妹の方にシレンシオをかけた時点で普通に物理で殴られたので絶対に許さない。女を殴るとか最低すぎるだろ常識的に考えて。私がギャングの幹部として殴られ慣れていなかったら(何か涙が出て来る響きだ)どうなってたと思ってんるんだこいつは。
私が殴られたのを見て、リュシアン君は完全に半泣きだった。突然の事態に弱い彼はがくがく震えて、今にも気絶してしまいそうな様相だ。非常に庇護欲が掻き立てられる。
だが庇護欲と自己愛は別。私は自分の身が可愛いので、リュシアン君も助ける、私も逃げる、どっちもやらなくちゃあならないのが幹部のつらいところよねとぶっこいて覚悟はいいか私は出来てるとホグワーツ特急の窓から飛び出して死闘を繰り広げたいところだったのだが実のところまったく覚悟が出来ていなかった。つらすぎる。ブチャラティみたいな高潔な精神を持っている方が特殊なんだよ。誰が悪いわけじゃあないけど、しいて言うなら世の中が悪い。ヴォルデモートは呪泉郷に落ちて水をかぶるとパンダになる呪いを受けてしまえ。
かくして私はホグワーツ特急の中で『付き添い姿現し』に付き合わされ、カローのお兄さんの方と一緒にグレゴリー・ゴイルの屋敷までランデブーすることになったのである。ギアッチョー!と思いっきり叫んだけど防音魔法が掛かっていてはどうにもならない。抵抗したらもう一発殴られた。これ、私は悪くないよね。悪いのは全部死喰い人だ。
ああ、この戦いが終わったら結婚したいなあ。
「ポルポ!どうしてここにッ、その顔はどうしたの!?殴られたの!?」
ああ、マジでこの戦いが終わったら結婚したい。
大事なことを二度考えてしまうほど現実逃避がしたすぎる1000%ドキドキで壊れそうな私のハートを誰か守ってくれ。特別な保護を要請する。やっほーハリー君久しぶり、なんて言っている余裕もない。
ここがグレゴリー・ゴイルの屋敷だということは知らなかったが、ここにハリー君たちご一行が居ることはもう、パッと見れば解る。こんな目立つ四人組が二組と居てたまるかという話よ。
後ろ手に捕えられたシリウス・ブラックは、ベラトリックス・レストレンジに杖を突きつけられて死にそうなくらい屈辱的だという顔をしていた。今にも噛みついてしまいそうだ。シリウス・ワンワン・ブラックは血の気が多い。
「これはハリー・ポッターか?お前が同行しているということは十中八九そうだろうが、万が一ということがある。我が君の手を煩わせてはいけない。もしも違った場合……どうなることか……」
シリウスは吐き捨てた。
「ふん、わたしが答えると思うのか?殺すなら殺せ、お前を道連れにしてやる」
「どうやって?」
「なぜ君が口を挟むんだ!?」
つい心のままに問いかけてしまった。ごめん、空気を読まない行いだったね。ジャパニーズソウルにのっとっていない無礼な行為をいともたやすくやってしまった。でも気になるじゃん。両脇を―――おそらくゴイル父とクラッブ父に固められて動けなくなっているシリウスがどんな感じにベラトリックスを道連れにしようと考えているのかすごく気になるじゃん。
シリウスは、とにかく!と場を仕切り直すように声を上げた。ハリー君が、ダメだシリウスを殺すなら僕が相手になると叫んでいるがそういうことを言うと自分がハリー・ポッターだとバレちゃうよ!今ロン君が「ハリーダメだバレちゃうぞ」と叫ぼうとしてハーマイオニーちゃんに思いっきり足を踏まれていた。私含め、みんな杖を奪われているけど当然本質は変わらないので、どんな状況であっても漫才は健在。今のは洒落じゃあないです。
「とにかく、わたしはタダで死ぬつもりはない。ハ、……少年にも手を出すな!」
もうぐだぐだ。グリフィンドールの性質はどうなっているんだ。
「『蜂刺しの呪い』……しゃれたことをするじゃないか、小娘。正体がハッキリするまで地下牢にぶち込んでおきな!ワームテール、ちゃきちゃき動くんだよ!」
鞭をピシャンと打ち鳴らしたベラトリックス女王様は小男に鋭く命じる。しもべのワームテールが両手で顔を覆ってグスグスと泣きながら(まったく心をくすぐられないのは何故かしらね)私たちの縄目を掴んで地下牢へ引きずっていく。
薄暗い階段を、すすり泣く男に連れられて下りる。鉄柵の向こうは随分と広くて不気味さが一層増していた。ロープを外して中にぶち込まれ、私たちはたたらを踏む。ロン君は顔面から床にダイブしていた。私以外の全員がスルーしている。見てやってくれよ。ロン君の扱いが相変わらずすぎる。みんなが通常運転でおねえさんは嬉しいよ。
「クソ……杖を奪われては何も出来ん……」
魔法使いの弱いところってそこだよね。
両親や家に反抗してマグルの物を受け入れたシリウスでも、マグル出身のハリー君でも、魔法の世界にどっぷりな現在では杖がなくては行動可能な範囲がとても狭くなる。魔法は便利だけれど、そういうところはとても脆弱だ。だからこそ魔法界のパワーバランスが危ういところで成立しているのかもしれないが、一歩引いた目線から見てみると不安定な理不尽さがある。
「ポルポ、顔を……どうしたの?」
特にベラトリックスに目をつけられて上に一人取り残されたり拷問に掛けられたり腕に文字を刻まれたりすることもなかったハーマイオニーちゃんが、奪われたバッグから治療道具を取り出そうとして手が空なことに気づき地団太を踏む。私は簡潔に、殴られたんだよと答えた。
「そういう君たちはどうしてここに?」
各地を転々としているようだったのに、なぜ死喰い人に捕まったりしたのだろう。見たところ『人さらい』に加わっているフェンリール・グレイバックもあの場にはいたようだったし(めちゃくちゃハーマイオニーちゃんの首筋をすはすは嗅いでいたのが印象的だ。変態、変態、変態!)原作通り攫われたのだろうか。
「人さらいはやり過ごせたんだけど……」
「"例のあの人"の名前を言ってしまったのよ」
あらまあ、誰が?
「……」
ハリー君が無言で手を上げた。シリウスも手を上げた。ロン君も手を上げた。ほぼ全員じゃねえか。何やってんだ。
「つい……」
ドジっ子ハリー君は照れたように頬を掻いたが、そういう場合じゃあない。一歩間違えれば死んでいたし、これから死ぬ可能性もかなりあるぞ君たち。私?私はいいんですよ、死なないから。不死鳥のごとく蘇ることで有名なポルポさんだから。今回もきっとなんとかなる、よね?私、生存フラグ立ててるもんね?
「どうにかして助けを求めないと……」
誰に、どうやって。問いかけるのは酷だろうか。この牢屋には隙間もないし、助けを求める道具も見当たらない。持ち物もすべて奪われてしまった。どうするかなあ、とポケットを探っても飴玉一つ出て来ない。
「そうだ、僕……」
同じくポケットを探ったハリー君は絶望の表情を見せた。
「フェリックス・フェリシスを使おうと思ったんだけど……。ダメだった。杖と一緒に取られちゃってる」
そりゃそうだ。アレがフェリックス・フェリシスとバレなきゃいいんだけどね。飲まれちゃったらなんか切ない。
「あっ!ハリー、あなたペンシーブを持っていたわよね?魔法省で例のあの人と戦った時にあなたの分は割れてしまったと言っていたけれど、靴底にいつもしまってあるって言っていたじゃない。対になるシリウスの鏡はどこにあるの?」
「そうだ!アレはわたしが割って屋敷しもべ妖精のドビーとクリーチャーに渡してある。わたしも欠片を持っているから、もしかすると誰かに通じるかもしれない」
ハリー君は靴を脱ぐと、中敷きの下から布に包まれた鏡を取り出した。足の裏がヒヤッとする。そんなものを靴底に仕込んでおける君が怖い。転んだ時に足が切れちゃったりしないのか。若い子の度胸にはついていけないよお。恐怖。なんで私がビビらなくてはいけないのか。
ハリー君とシリウスは、ハーマイオニーちゃんとロン君の陰に隠れるようにして小声で鏡の欠片に向かって話しかけた。助けてくれ、誰か答えてくれ。どうやら四人は今の今までこの存在を忘れていたようだけど、もしかして最初っからペンシーブでみんなと連絡を取っていれば良かったのでは?ロン君に耳打ちすると、ロン君は遠い目をした。
「そうだったら楽だったかもしれない……」
本当に思い当っていなかったようだった。宝の持ち腐れという無情な言葉が頭に浮かんだけれど、言うのはやめた。
鏡には青い瞳が煌めいたという。それはダンブルドアにそっくりな色をしていて、ハリー君は小さな声で「校長先生……?」と呟いた。光はすぐに消え、代わりにバシンという音と共に屋敷しもべ妖精が現れた。
「ハリー・ポッター!お迎えに上がりました!」
「ドビー!」
「ドビー!あなたが鏡に応えてくれたのね!」
「良かった、これでここから抜け出せるぜ」
各々安堵し、杖を取り戻すために一度上へ戻る計画を立てた。10秒後には早業でワームテールが気絶させられ、倒れた身体をシリウスに思いっきり踏まれることになる。
私たちはぞろぞろと階段を上り、ドビーによる妖精の呪文で大混乱に陥れられた大広間でクラッブとゴイルから自分の杖を取り戻した。なんだかんだ言ってこれがあると安心する。拳銃も物理攻撃も使えない私に残された唯一の武装だからだろうか。ちょっとでも自分の力で何かが出来るって思いたいよね。
「きゃあああっ!!」
「エクスペリアームス!」
「ハーマイオニー!」
これにはノンキしていた私もそれどころではなくなった。ハーマイオニーちゃん、と思わず唇を噛む。ピンクのパーカーを羽織った彼女はフェンリール・グレイバックに羽交い絞めにされ、ベラトリックス・レストレンジに杖を突きつけられていた。
ハリー君の武装解除呪文はプロテゴであっけなく防がれ、ドビーが指を鳴らして発動しようとした魔法はシリウスによって止められる。グレイバックは口を大きく開いており、何かあれば誰より先にハーマイオニーちゃんの首元にかぶりつくだろう。
「杖を捨てな。マグルの小娘がどうなってもいいなら別だけどねえ……可愛い可愛いグレンジャーが狼女になってもいいのかい!」
激しい怒りを含めて怒号したベラトリックスの剣幕に、悔しげな顔をする男性が三人。私が杖を捨てたところで彼らがハーマイオニーちゃんを解放するとは思えないが、やらないよりはマシだろうか。どうするべきか、めまぐるしくパターンを考える。
このままシリウス・ブラックらが特攻をかけても意味はなく、人質にされているハーマイオニーちゃんは犠牲になるだろう。けれどドビーとの意思疎通がうまく行き、ドビーがグレイバックを、ハリー君たちがベラトリックスを多方向から攻めればなんとかなるかもしれない。
魔法は一対多数の状況に置いては確実に多数が有利になる。一騎当千の魔法使いと言われるのは、それこそヴォルデモートやダンブルドアクラスの大魔法使いだ。通常は、同時に防御弾幕を展開できない魔法の特性上必ず隙が出る。
「(……とはいえ……)」
それって、こっちが数で勝っている時の話なんだよね。あとのことを考えなければこれでイケるんだろうけど、と歯噛みする。この場にいるのはもちろん私たち七人だけではなく、クラッブ、ゴイル、クラッブ父、ゴイル父、カロー兄、ワームテールという悪役の方にプラス五人の人員がいるのだ。あっワームテールはさっきシリウスに踏まれてバタンキューしてたから数から抜こう。
七対六。かろうじて互角と言いたいけれど、混戦になればどちらが勝つか。経験ではあちらの方がDANZEN二人はプリキュアならぬ断然あちらが上であるし、シリウスきゅんは頭に血がのぼっているので冷静に戦えるかどうか。原作よろしく、そうら狙ってみろよ俺はここだ、からのアバダでズッキュンなんてことになったら泣くに泣けない。
もうこうなったら、ソルベとジェラートから教わった『古代魔法』のスペルを唱えるしかないか?出来ればやりたくないんだよなあ。なにせこの世界の魔法には『味方識別』という概念がなく敵味方関係なしに効果が発揮される上に(不便極まりない話だ)、暴走した魔法は使用者すら飲み込んでしまう。力技の制御が物を言うのだ。邪王炎殺黒龍波かよ。
けれど手段がそれしか思いつかないのだから仕方ない。ここはいっちょ私が本気出すか。たまには本気を出さないと、このままただご飯ばっかり食べている無気力な変人というレッテルを貼られたまま一生を過ごすことになりそうだ。ポルポさんだってやる時はやるんだよ。
杖を握りしめたその時、私たちの頭上に不自然な影が差した。
太陽の光を取り込む窓に影が差す。きっちり閉められていた大きな窓からは陽光が入り込む時間帯であるのに、光は雲にしては素早く不穏な影に隠される。全員がそちらを見た。そして信じられないものを見た。
盛大にガラス窓が割れる。明り取りに張られた大きな窓ガラスの破片が降り注ぎ、私たちだけでなく死喰い人も反射的に頭と顔を手で隠し身を縮めた。そういうところはどんな人間でも変わらないんだなと冷静に思う一方、防御の呪文で弾き飛ばせばよかろうなのだと脳内で究極生命体が囁く。解っていても出来ないことってあるよね。
「誰だッ!!」
誰何の声を張り上げ、最初に顔を上げたのはベラトリックスだった。その肩に思い切り蹴りが決まり、彼女の細い肢体はあっけなく横になぎ倒される。杖を振ったカロー兄の腕は手刀で弾かれる。すっぽ抜けた杖は床に転がり、持ち主は両手で鷲掴みにされた顔面に思いっきり膝を入れられて撃沈していた。
「訊かれたら答えてやらなきゃあ悪ィよなあ、ソルベ」
「ぶはっ、もう答えてんじゃねぇかよジェラート」
天井近い窓から飛び降り床に軽々着地した長身の男二人は一瞬の戦闘などなかったかのように自然体で、半身の姿勢を取り、のんびりと腕を持ち上げながらニヤニヤと口元を歪めるように笑んだ。
ジェラートがポケットに手を突っ込んで、すわ杖かと身構え唱えられた呪文を最低限の体重移動で避けながら何かを握って取り出した。手に握り込まれた"何か"は無造作に放り投げられ、空中でくるりと姿を変える。床を踏みしめその勢いのままクラッブ父とゴイル父に飛び掛かり、並んで立っていた二人の頭を押し合わせてがっつりぶつけ開幕大破昏倒させたのは、今年ホグワーツを卒業した男ホルマジオだった。
唖然とする間もなく聞こえて来たハーマイオニーちゃんの可憐なる悲鳴に振り向くと、げへへお嬢ちゃんパンツ何色、ならぬげへへお嬢ちゃんどんな味をしているの、と下劣な思考でもってハーマイオニーちゃんを拘束していたフェンリール・グレイバックが背後にあった大鏡の中に引きずり込まれて行くところだった。代わりに鏡面に広がった、注視しなければ気づかないような薄い波紋からイルーゾォが現れる。
「フェンリール・グレイバックを"許可"する」
哀れ、人狼の男は完全に鏡に飲み込まれてしまった。鏡にびきびきとひびが入り、イルーゾォは肩を竦める。
「まだ安定しねえな」
それだけ言って、杖をしまった。
「な、な、な、……なんだお前ら!どこから入って来た!何をしてる!人質が見えないのか!?」
私に杖を突きつけていたミスタークラッブ&ゴイルは大きく取り乱したせいか、人質たる私から杖先を外して、ソルベ、ジェラート、ホルマジオ、イルーゾォという侵入者四人の誰に向けるべきかぐるぐると力の矛先を彷徨わせてしまった。ポケットに入れたり腰に手を当てたり片足に体重をかけたり腕を組んだり、四人はそれぞれの動きで余裕を保ち、いともたやすく呪文を避けて見せる。それどころかジェラートとイルーゾォはゴイルから目を離して天井を見上げた。
呆気にとられていたハリー君は、慌てた様子のロン君に手招きされて私の腕を引いた。引っ張られるまま小走りにゴイルから離れつつ、ジェラートとイルーゾォの目線を追って焦ったロン君の、そしてロン君に気づいたゴイルの視線を辿って天井を見上げる。
豪奢なシャンデリアの上にはいつの間に移動したのか、小さな妖精の姿があった。彼はシャンデリアの接続部分のねじを一生懸命に緩めていた。
ゴイルたちが走って逃げる間もなく、ついさっきまで私たちがいたその場所に、装飾過多のシャンデリアがけたたましい音を立てて落下した。