なに、すぐ戻るさ心配するな
やったあ、と手を打ち鳴らして喜び合った私たちは、その勢いのままリゾットに抱き付いた。二人同時に。
メローネはリゾットを半ば押し倒す気だったのかぶつかる力はとても強く、私まで余波を食らってたたらを踏む。不意を打たれたリゾットもわずかにバランスを崩したが、すぐに持ち直してメローネを自分から引きはがした。
「やったぜリーダー、見たかい、完璧だ!」
暇を持て余した私たちの遊びはかなり本気だ。リゾットの監督の下、私とメローネは事前に決めた役割分担の通りに事を進めた。
私の家の地下には地下室がある。魔法のパワーで作ってもらった空間を匠の技で整え空調を完備し魔法薬調合の道具をセットした調合部屋だ。私たちはそこに篭り、本気の遊びを行った。
「完璧な"幸運薬"だろ!?」
リゾットは一つ頷いた。そうだなという簡素な返事にも関わらず、私たちの興奮は絶頂に達する。
「やったあ!ポルポ、飲んでみるかい?一瓶で12時間、ここにはたっぷり小鍋一杯分がある」
「ね!味見したいよね!ていうか私はリゾットに飲ませたい」
「なんでさ?」
「幸薄そうだから」
「あっははははは!良いじゃんそれ、リーダー飲みなよ!一口飲ませてあげようか?」
ぴちゃんぴちゃんと魚のように跳ねる金の液体を、メローネは心底楽しそうに匙ですくった。小瓶に流し入れて蓋をする作業を何度か繰り返す。その嬉しそうな顔を見ていると、私の心までほっこりと和んできた。調合してみたいって言ってたもんな、あんなに期待していたものが無事に完成したのだから、そりゃあ嬉しいだろう。卒業後に調合するのがちょうどいいかと言っていたけど、ちょうどスケジュール帳に一週間の暇が出来たので私の方から誘いをかけてみたのだ。フェリックス・フェリシスを作ってみないか、と。
「調合室を貸してくれるのかい?」
この時点でかなりワクテカしていたが、私も手伝いがしたいんだけどと申し出るとメローネの顔はさらに輝いた。
「もちろんさ!ハジメテの調合を一緒に出来るなんて嬉しいぜ、ポルポ!」
うおっ眩しっ。その笑顔は太陽よりも眩しかった。そして今、薄暗い地下室をルーモス以上の明るさで照らすメローネのオーラは最高潮の光度まで高まっていた。未知の体験を完了出来たことへの満足げな雰囲気は生来の研究者気質のためか。
「ほら、リーダー。飲んでみなよ」
「まずは自分で試したらどうだ?」
「品質に問題はないはずだぜ、あんたのお墨付きじゃないか。"魔法薬学助教授"の"ネエロ先生"のさ」
リゾットは無表情で手の中の小瓶を見下ろした。金の液体は落ち着きなく波打っている。
「リゾット、飲んだことある?」
「ない」
マジか、リゾットのハジメテ体験奪っちゃうの。おねえさんが口移ししてあげようかと提案したがあっけなく断られた。つれないなあ。まあ頷かれてもびっくりしちゃうんですけどね。
「もったいなくて飲めない?」
「いや……、別段困っていることがないから飲む理由が見当たらないだけだ」
そりゃそうだな。納得した。
メローネは小鍋を傾けて底に残った液体を寄せると、ざっと漏斗に流し込む。九つ目の小瓶が満ちて、最後の一滴はメローネが舐めた。
「味は普通」
へー、そうなんだ。何と比べて普通なのかな。一昨年作った愛の妙薬か?アレは非常にいい香りがしたしおいしかったよね。イルーゾォに速攻解呪してもらったけど、夢見るようなふわふわした感覚があってすごく気持ちよかった。それに比べりゃあ何だって"普通"になりそうだ。
「だけどスゴクイイ……」
具体的に頼む。
「今ならあんたとどこまでもイケそうな気がする」
「……」
「基本的に君はどこまでも行ってる感じがあるけどね」
「それは一人でだろ?」
自覚はあるんだ。そっちの方に驚いたわ。
リゾットがメローネに向って何かを言おうとした時、一階からリゾットを捜すプロシュートの声が聞こえた。どうせ地下室だろと言われたのか言われずともあたりをつけたのか、軽くドアがノックされる。
「悪ィがリゾット、ちっと顔貸せ」
どうやら火急の用事らしい。リゾットは私とメローネを順番に見た後、何か言いたげに目を細めて、結局何も言わずにするりと部屋を出て行った。私は目を瞬かせる。これも"幸運"か?
「そうかもね。つまり天が俺に言ってるのさ。"今がその時"ってね」
「どの時よ?」
「ポルポにゆっくりハグしてもらう時さ。ほら、俺って可愛いだろ?ハグしたくなるよな?」
思いの外平和だった。確かにベリッシモ可愛いですよメローネちゃん。手を差し伸べると、メローネはへらへらと頬を緩ませて抱き付いて来た。
そういえば、こんなふうにハグをするのは久しぶりかもしれない。なんだかんだ言って学校では風紀を乱さないようにしているし(主に私がね)、夏休みの間はメローネのストッパーに成り得る人がいつも私の側にいてくれるから(主にイルーゾォとかホルマジオとかギアッチョとかリゾットとかね)メローネがこうして喉を鳴らす猫のようにごろごろする機会は減っていた。もしも寂しがっていたのだとすると、モールト興奮する。可愛いメローネちゃんはしまっちゃおうね。
メローネは私を調合台に軽く座らせて、凭れるように肩口に顔を埋めて来た。すりすり頬ずりをされると、メローネの柔らかい金髪が私のくすんだ天パの髪に絡む。ほっぺのもちもち感はとても17歳の青年とは思えないのだがその辺りはメローネクオリティか。もしかしてスキンケアとかしてるのかな。私以上に力が入っていたりして。女として終わるわ。
なぜか、なぜか。滅茶苦茶ホワイなんだけどなぜかメローネの私服はお馴染みの円模様が入った切れ込みバシパシのあの服である。通気性がよくて着心地がいいのかな、ハハハ。よく解らんが面白い子だ。その独特の服の上から、時折触れる素肌をさすり青年の肌を満喫していると、メローネもさすさすと私の腰を撫でて来た。
「だんだんさ」
成長してるよな、あんたも。
そう言われたが、褒められたのだろうか。とりあえずありがとうと言っておいた。
「この腰。イイんだよな……。ああーッ、どうしよう!"ベイビィ・フェイス"の発現の過程に母体との接触も含ませようかなあ!今ならまだイケるんだよ!なあポルポどう思う!?俺の子を産んでくれるかい!?」
「死ぬからイヤだよ!!」
「死なないようにするって!」
スタンドの代わりに開発している魔法は、やっぱりえげつない内容だ。対象の血液を元に対象を追跡、攻撃することの出来る"ベイビィ"を母体と引き換えに"産ませ"る。ジェラートのスタンド―――魔法―――の開発は『死』に近しいこともあって難航しているが、メローネのそれはそこまででもない。魔法界は何もないところから花を咲かせたりティーポットをゾウガメに変化させたり杖先から鳩を生み出したりする『生』の魔法に満ちているから、まあ、内容がとんでもねえスタンドだって本質が『生』に関わるのならある程度アレンジは可能なのだ。
「ああ……そろそろ効果が切れそうな気がする」
「元気なくなってきた?」
「ううん、リーダーの気配が戻って来た」
「そういう判断の仕方なんだ」
やっぱ面白いなこの子。
ダンブルドアの死はとてもあっけないものだった。夏を越すことも出来なかった。誰に看取られることもなく、眠るような顔で亡くなっていたという。
葬儀は密やかなものだったが、彼の死は多大な影響をもたらした。魔法界全体の士気は下がったし、闇の陣営は勢力を増した。
しかしダンブルドアの遺志を引き継いだ人たちは、決して心くじけることはなかった。ハリー君たちは誰かに恨み言を抱くこともなく毅然と前を向いて立っていた。あまりにもしっかりとした態度に、数週間ぶりに彼を見た私ですら少々驚きを感じたほどだ。ダンブルドアの死は彼を揺らがせず、それどころか確固たる意志を強めさせたように見えた。もしかすると、あれから何度か、二人は話す機会を持ったのかもしれない。
遺産の相続を終えて、三人に三つのアイテムが手渡されたと教わったのはウエディングパーティーでのことだ。
淑やかに着飾った女子、大人びたベストを身に着ける男子。年配の男女が多いパーティーの中で若者たちは目立っていた。目立つ姿を少しでも潜めようと小さな輪をつくったハリー君かっこ変装済みかっことじかっこバレバレかっことじ以下ハーマイオニーちゃん、ロン君、ジニーちゃん、ルーナちゃんに引きずられて食器を両手に持ったまま話し合いに参加した私。
私をパートナーに選んだギアッチョは、「うぜえから必要以上に近寄って来んなよ」と会場前で言い残してからスラックスのポケットに手を突っ込んだまま端の方で壁の花となっている。人との接触を好まないギアッチョちゃん。パーティーの主役であるフラーさんに挨拶をして盛大なハグを贈られてからはむすっと黙り込んで、両家どちらかの親族からトライウィザードトーナメントのことで話しかけられても二言三言程度しか反応していない。そんな彼を無理やり若者たちの集団に引きずり込むのも可哀想だと思った私は、ギアッチョを呼びつけることもなく自然を装ってハリー君たちの輪に一人で加わっている。おい、と引きとめられたが、「話が終わったらすぐ戻るわ」と言っておいた。実際にすぐ戻るつもりだしね。
「あ、そうだ。これ、ハリー君の誕生日祝いね。おめでとう」
「ありがとう、ポルポ。……開けても良い?」
どうぞと促すと、ハリー君はシャンパングラスを置いてリボンを解いた。中からは小瓶が一つ。
「これは何?魔法薬?」
「うん。フェリックス・フェリシス」
カルパッチョを食べる。
「え?」
一拍遅れて、ハリー君が目を丸くした。だから、フェリックス・フェリシスだよ、それ。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
「今あなた、……幸運薬って言った?」
そりゃ驚愕だよね、ハリー・ポッターの驚愕だよね、わかる。私も実際に完成した時はめちゃくちゃテンション上がったし、枕元に置いて眺めているとやっぱ私たちってスゲーわと自画自賛したくなるよ。主にメローネがスゲーわ。
「まさか、作ったの!?フェリックス・フェリシスを!?」
「うん、主にメローネが」
「やっぱあの変人おかしいぜ!普通作ろうなんて思うか!?」
思うさ。作る技術があるなら作ろうって思うさ。
「僕が貰ってもいいの?」
「誕生日プレゼントだし、君に貰ってもらわないと私が飲むことになるよ」
「あはは……それじゃあ、ありがとう。いざって時に使うよ。きっとこれから必要になると思うから……」
儚げに笑ったハリー君はフェリックス・フェリシスの小瓶を小箱の中に戻して、再び丁寧にリボンをかけた。ポケットにそっと忍ばせ、何事もなかったかのようにグラスを持つ。頬が紅潮しているのは気のせいじゃあないだろう。
「ところでどんな感じなのよ、ジニーちゃんとは」
下品な探りを入れてみると、ハリー君はもっと真っ赤になって首を振った。
「ぼ、僕はまだ何も!」
「"まだ"」
「ポルポ、勘弁してよ!」
ははは、スマン。からかうとめっちゃ面白い若者だ。
ハリー君はゴドリックの谷に行ったあの時にはすでにもうウィーズリー家に身を寄せていて、夏休みの間をずっとここで過ごしているそうだ。ジニーちゃんとはその間ずっと一緒。
7人のポッター作戦と名づけられたハリー君大移動作戦も無事に成功したらしく、本当に問題なく済んでしまったようで驚いたのだけど、シリウス・ブラックとルシウス・マルフォイがマンダンガスとスネイプ先生に作戦の内容を伝えずほぼ無理やり秘密裏に敢行しようとしたことが良く働いたっぽかったよ。ヘドウィグも、マッド・アイも、フレッドだったかジョージだったかの耳も無事だ。あとなんかパンジーが私の家に来て嫌そうに語っていたけど、ドラコ君も作戦に一枚噛んで、ポリジュース薬でハリー君に変装したんだってさ。まあなんということでしょう。私の知らない間に色んなことが進んでいるものだ。
「本当、冗談じゃないぜポルポ。僕の身にもなってくれよ。ジニーがハリーと……」
「あらいいじゃない、恋愛は個人の自由よ」
ハーマイオニーちゃんに窘められ、ロン君はブツブツと不明瞭なことを言って顔を俯かせた。マフィンをかじって、ハリーが嫌なわけじゃないけど兄貴としてはさあ、とジニーちゃんに背中を叩かれるまで微妙な心情を吐露し続ける。でも気持ちわかるよ。私も、まああり得ないんだけど、親友のパンジーと弟みたいな存在であるメローネが良い雰囲気だったら居た堪れない気持ちでいっぱいになりそうだ。パンジーが嫌なわけじゃないけど、マジか、メローネとパンジーが。エーッ。そんな感じで。実のきょうだいなら余計にそう思うのだろう。
「あの言葉の意味、ポルポには教えないの?」
ルーナちゃんがハリー君をほわほわと見上げる。ハリー君はそうだった、とプレゼントを入れたのとは反対側のポケットを探って金色の球を取り出す。おじさんのきんのたまならぬハリー君の金のスニッチはぱたぱたと羽を動かしたが、ハリー君から口づけを受けるとすぐに大人しくなった。
「『私は終わる時に開く』」
「これはダンブルドアの字よ。『吟遊詩人ビードルの物語』に記してあった字と同じなの」
「『終わり』……これはきっと……」
ハリー君は言葉を飲み込んで俯いた。ロン君もハーマイオニーちゃんも、何かを思い出したように黙り込む。アレ?
「(もしかして、"最後の"分霊箱について、この子たちもう知ってる?)」
ダンブルドアに教わっちゃってる?死を覚悟しちゃってる?え?ダンブルドア怖い。教えちゃったの。いや怖い。教えちゃうのかよ。確かに土壇場で教わるよりも衝撃は少なくて済むかもしれないし命の覚悟も決まるかもしれないけど、いや、怖い。最終的に自分が死ぬのだと知っていながら分霊箱を破壊していく恐怖とはどれほどのものなのか。想像も出来ないんだけどとにかく震える。ダンブルドア先生、死ぬ前に洗いざらい全部吐きすぎ。
私がそんなことを思っているとも知らず、ハーマイオニーちゃんは場を繋ごうと顔を上げた。
「……私はこう思うの。『死』を『制する』という考え方はとても例のあの人的だわ。だからきっとダンブルドアはハリーに同じ道を歩ませようとはしないはず。ビードルの物語では『死』を『征服』しようとした兄弟はみな非業の死を遂げているけれど、ペベレルの三男は最終的に『死』を受け入れているわ。ダンブルドアはそれこそを良しとするんじゃないかしら。だから『終わる』時というのは……、ン、うーん」
誤魔化そうとして自爆しているよハーマイオニーちゃん。それじゃあ"ハリー君が喜んで死を受け入れる必要がある"と自白しているようなものだよ。その証拠にジニーちゃんが眉根を寄せているよ。私は大人なので気づかないふりを選んだ。
「ねえ、それってどういう―――……」
「魔法省が落ちた。奴らが来る!」
一匹のパトローナスが会場に飛び込んできた。ジニーちゃんの追及は途切れ、悲鳴と『姿現し』をする音が至る所に響く。逃げろ、あるいは戦え、はたまた動くな、という声が飛び交い何が何だかわからない。私はカルパッチョ片手に硬直。そういえばここって襲撃されるんだっけ。全然覚えてなかったけどまあイベントがないわけはないよね。ギアッチョ助けて。
人の波に遮られながら、壁際に立っていたはずのギアッチョを振り返る。
「ギアッ……」
名前を呼ぼうとして、がっしりと腕を掴まれた。え、と声を上げる間もなく引きずられるように世界が回転する。カルパッチョの皿を落とした。もったいないなんて思う余裕はなく、「ポルポ、こっちだ!」そう叫ぶハリー君の声に引きずられ、私はトッテンハム・コート通りに移動することとなる。
「(ああ……)」
青少年の善意が痛い。
トッテンハム・コート通りを抜けて路地裏でハーマイオニーちゃんのビーズバッグから取り出された服に着替えた私たち。
私は彼女の服を借りたのだけど胸の辺りがきつすぎて(ごめんこれ嫌みじゃないんだよ)ボタンをガンガンに開けている。そのまま喫茶店に入りカフェラテを注文。ここまでは良いんだけど、いやまあ良くないんですけどね、百歩譲って良いとして、どうして私がここにいるのかって、そいつはハリー君に訊いてほしい。
「咄嗟にポルポが危険だって思って……気づいたら身体が勝手に動いてたんだ」
そこまで私のことを心配してくれていたのか。ありがとうね。
ハリー君はあの混乱のさなか私たちがあの場にいては更なる争乱を招くと危惧し、ハーマイオニーちゃんの指示で私の腕を握って『付き添い姿現し』をした、らしい。ハーマイオニーちゃんが過去に来たことのあるトッテンハム・コート通りはマグルの街だ。死喰い人の追跡も逃れられるだろうと判断したのだとさ。実際に逃れられたのでセフセフと言ったところか。精神的には全然セーフじゃないけどね。
「ギアッチョは逃げられたかな?」
そのギアッチョなんだよ、私が気にしてるのは。
「お茶だけして、早めに『騎士団』の本部に戻りましょう」
何でお茶をする余裕があるのか。オバサンドキドキだよ。カフェラテ飲んでる場合かな?
グリモールド・プレイスに戻ると、そこにはギアッチョだけではなく暗殺チームの九人が揃っていた。居間に入ると全員が立ち上がって、メローネとソルジェラが私に抱き付いた。もう抱きつぶされてしまう小柄な少女ではないので、三人の男を抱えて無事を伝える。
置いてけぼりにされてしまったギアッチョは、私の後ろから顔を出したハリー君の胸ぐらを掴み上げていた。
「テッメエエエ!勝手に人のみ……」
ギアッチョは一瞬言葉を切った。
「……"人の"……"み"?」
「……」
横から合の手を入れたロン君をじろりと睨んで、私を含んだ全員の視線を受けながら言い直した。
「人の"上司"をどっかに連れてってんじゃねえよ!クソッ、クソッ……こいつは連絡器を持ってねえんだよ!」
「持たせたらいいんじゃないかな……」
「ぜってえええええ用事がねえ時でも掛けてくんだろ!そういうのはウゼエんだよ!」
ハリー君ごもっとも。がくがく揺すられながらのツッコミはお見事の一言だ。さすがだよ主人公君。持たせてほしいよね、魔法の携帯電話。
「上司ってなんだよ……?変人、お前アトマにナニさせてるんだよ……?」
いやいや変な話じゃないんで!ギアッチョごめん!私が悪かった!私が悪かったよ、勝手にどっか行っちゃってごめんね!ほら、ハグしよう!おっぱいは無事だから!
「つうかお前、プロシュートレベルに胸開いてんぞ。服替えろよ」
「あら、服のサイズが合ってなくて悪かったわねイルーゾォ!だけれど、ポルポのサイズに合う洋服の方が貴重なんですからね。ポルポ、上に行きましょう。着替えがあると思うわ」
ハーマイオニーちゃんがプンスカしてしまった。イルーゾォは女心を学ぶべき。私が言うのも何だけども。
「グレンジャーが特別貧乳なんじゃないかしら」
ツン、と嫌みを言い放ったのは二階から下りて来たパンジーだ。ルシウスさんと隣り合って歩きながら厭味っぽい仕草でハーマイオニーの胸元を見る。ハーマイオニーは負けじと胸を張った。
「あなたには言われたくないわ、パーキンソン」
確かにどっちも一般的な目線から言うとスレンダーな体型をしている。
私が見ていることに気がついて、二人は同時に首を振った。
「何も言わないで」
「まだ言ってないよ」
「良いから黙ってなさい」
はい。仲良しだね。やはり人と人との結びつきを強くするためには共通の敵が必要なのか。巨乳の業かしらね。
ところで今ならめちゃくちゃ胸元開いてるけど誰か揉んどく?
メローネが神妙な面持ちで手を上げた。その手をホルマジオが掴んで引き下ろした。反対側の手が上がった。今度はプロシュートが下ろさせた。漫才か。
ルーピン先生と肩がぶつかって、彼は一度謝罪するとすぐ立ち去って行ってしまった。グリモールド・プレイスのドアがばたんと閉められ、後味の悪い静けさが残る。
一体何事かとリビングに入ればそこにはプロシュートとハリー君がいる。異色の取合せだ。
「どうしたの?」
プロシュートは答えず、首を振った。
「いや、何でもねぇ。テメーこそどうした、何か用か?」
「ドラコ君が魔法史の宿題で解らないところがあるっていうから……」
「あー、そういやテメーらは学生だったなァ」
プロシュートはニヤニヤと笑ってカッフェのカップを持ち上げた。ご苦労なこったとでも言ってくれるのかしら。こちらもニコッと笑顔で返してアディオス。みんなは二階かな?
「あ、うん。ドラコもパンジーも上だよ。シリウスと……ルシウスさんといる」
ちょっと待って。今ハリー君、ドラコ君のこと名前で呼ばなかった?私たちが自宅にこもって宿題とくんずほぐれつ格闘している間にいったいナニが。邪な思考が働いてしまったけど、まあ、親睦を深めたのならそれは何より。ちなみにおねえさんにチコッと教えてくれないかな、いったいナニがあったのか。
「別に、何もないよ。ちょっと気が向いただけだ」
「へえ……」
ちょっと気が向いたのか。へえ。ちょっと気が、ね。ウーン、その辺り滅茶苦茶気になるけど深追いしないのが大人ってものかもしれない。だけどそんなのが大人だっていうのなら私大人になんてなりたくないよお。ピーターパンシンドローム。うむ、ちょっと違うか。しかし気になる。
気になったのでドラコ君の方に訊いてみた。
「別に、何もないさ。ちょっと気でも向いたんだろう。気味が悪いったらないね」
そう言いながらも満更ではなさそうに見える。こほんと咳払いをして、それで宿題なんだがね、と話を逸らす。はいはい魔法史ですね。
教科書とテキストを広げると、マグル製のノートに二人は嫌そうな顔をした。それでも何も言わないのはもう慣れたからか、使っているのが私だからか、言うのが面倒だからか。平和だから何でもベネ。
「さっきルーピン先生が来てたみたいだけど、どうかしたのか知ってる?怒って出て行っちゃったみたいなんだよね」
「そうなの?あたしたちは人狼と会いたくなくて上にいたから知らないけれど」
「パーキンソン、わたしの前で友人をそういうふうに呼ばないでくれるか」
「あら失礼」
溝は深い。あんまり角が立つことはしない方がいいと思うんだけどその辺りはどうなのかな。いいのかそれで。スリザリン寮って難しい。
シリウスはむっつりした表情でスリザリン寮への敵意をあらわにしていた。四十路のオッサンがしていい表情ではない。もっと感情を抑えようぜ、リゾットを見てごらんよ。嫌いな相手に対してもどうでもいい相手に対しても表情は変わらないよ。
「妊娠したんだ」
「ルーピン先生が?」
「あぁ」
ボケを殺された。訂正を入れてくれたのはルシウスさんだ。
「ポルポ、そんなわけがないだろう。妊娠したのはあやつの妻だ」
「はい、すみません」
なるほどね、それでルーピン先生が思い悩んでいたわけか。ルートン夫妻はルーピンさんより奥さんのトンクスさんの方がしっかりしているという噂だけど今回もそうなのかな。トンクスさんがざっくりしていてすごく男前な人だから、ルーピン先生は余計に悩んでしまうのかもしれない。強いものが傍にあると、メンタルが弱っている時はそれを頼もしく思うと同時に余計に怖くなってしまうものだ。自分の正しくなさが露呈してしまうような気がしておじけてしまう。私に出来ることは何もないけれど、事情を知っているのと知らないのとでは随分違う。彼の現状に納得して、地雷の居場所に見当をつけておく。うんうん、今は話題に気をつけよう。幸せな結婚とか幸せな家庭とか問題のない愛情とかそういう話は避けておこう。
「おめでたいねえ」
「……」
パンジーが何かを言おうとしたので顔を向けると、彼女はフイ、と目を逸らして口をとがらせた。たぶん差別的なことを言おうとしてやめたのだろう。やめてくれてありがとう、空気がギスギスすると私は胃が痛くなってくるんだ。古傷が寒波や気圧の変化で痛むように私の胃袋もデリケートなものだから、あまり負担を掛けてほしくない。差別的なことを考えるな、なんて難しいことは言わないから、思っても良いけど口に出すのはTPOを考えようようねってハナシさ。
「ハリーたちにはもう話したことだが、ホークラックスの在処が一つ分かった」
残りのホークラックスはハリー君を除いてナギニを含んで三つだったかな。そのうちの一つ、サラザール・スリザリンのロケットの在処が確定したらしい。
「マンダンガスを問い詰めた通り、アレはあのババアが持っている」
「口汚いぞブラック」
「なら何と言えと?マダムとでも言えば満足か、マルフォイ」
「せめて名を使え」
「わたしには盗人に礼儀を尽くす趣味はない。……アレは……」
誰の姿を思い浮かべたのか、シリウスはまた不機嫌な顔をして虚空を睨みつけた。わたしたちはアレを奪い返しに行く、と彼は決意を表明したが、もはやそれが誰の視点で行われている決意なのか、本人にもよく解っていないようだった。シリウスの意思か、『不死鳥』の決断か、それとももう失われ消えてしまった命の残滓か。何を感じ何を想い誰の為に動いているのか、シリウス・ブラックは答えの出ない問題を考えることを止めた。
「とにかく、わたしたちは魔法省へ行く必要がある。マルフォイは置いて行くとして……恐らくハリーは行きたがるだろうな」
「目立ちたがり屋のポッターのことだからな」
マルフォイ親子は口を揃えて悪口を吐いた。どこまでもグリフィンドールいびりに余念がない。シリウスが剣呑に睨みつけると、ドラコ君は口を噤み、ルシウスさんは鼻を鳴らした。
ハリー君が危険な目に遭うと解っているはずなのに、魔法省への同行を申し出られるだろうと予想をつけるシリウスの顔は明るかった。ハリー君と一緒に危険な冒険が出来ることを嬉しく思っているようだと感じる。
ここが、ハリー君とシリウスの溝かもしれない。
シリウスは過去を見る傾向がある。ハリー君が未来へ向かって歩くのに対し、過去を振り切れない大人たちは後ろを見ながら歩くしかない。その中でもシリウスは特殊な環境にいたがためにその傾向が特に顕著で、ジェームズ・ポッターに生き写しなハリー君の姿にいったい誰を見ているのか、やはり本人ですら解っていないのだろう。
「どうした、ポルポ?」
「いや、別に。大したことじゃあないわ」
私が指摘したところで、シリウスが素直に受け入れるとも思えない。だけどとりあえず、これだけは言っておこう。
「無茶だけはしないようにしてね、シリウス。あなたに何かあったらきっと"シリー"も悲しむわ」
「うっ……、あ、あぁ、そうだな、"シリー"もな、悲しむかもしれないからな……」
気まずそうな顔をした嘘を吐けないシリウスを見て、ルシウスさんが変なところに炭酸水を詰まらせた。鼻から噴きそうになっている。そんなルシウスさんに私がワロタ。大丈夫か。