ドラコ・マルフォイの予想
O.W.L試験の結果以外特筆すべき出来事もなく夏休みは終了した。私たちは六年生として学び舎ホグワーツに戻ることになる。
キングズクロス駅9と4分の3番線の前は生徒や保護者でごった返していたが、私にははぐれようもない目印がある。
背の高い外国人(と、言うのもおかしいか。今は私もその血が混じっているわけだし、定住しているからね)の中でも頭一つ飛び出しているようなソルベとジェラートの先導に従って柱の中にカートごと突進し駅舎を移動すると、見慣れたホグワーツ特急のくすんだ赤色が視界を占領する。噴き上げられる蒸気は九月の空に溶けて消えていた。
「そんじゃ、俺らは俺らで調査してみっからさ」
「無茶は禁物だぜ、女王さん」
なぜ私に言ったし。私は無茶をする気なんて毛頭ないんだよ。むしろ無茶をしようとしているのは君たちで、その台詞を言うべきは私じゃあないのか。何せ彼らは本気で、ロード=ヴォルデモートの分霊箱を探そうとしているのだから。
窓の向こうで滑るように姿を消した二人の背中が見えなくなると同時に、駅の景色がぐんぐんと後ろに流れていく。乗り物酔いをしないようにと少し開けられたコンパートメントの窓から風が吹き込み、メローネの柔らかい金髪を軽く揺らした。
メローネはぱりぱりと蛙チョコレートの包みをはぎ取っては逃げようとする蛙の手足をちぎり問答無用で私が持ち込んだマグル界のクラッカーに挟んで食べている。自分から甘いものを積極的に食べるなんて珍しい。どうしたの?
「糖分が足りなくなっただけだぜ。それに俺、今は育ちざかりだからね」
そうだね。少年から青年への過渡期の終わりを迎えようとしている16歳のメローネ。こんな貴重な姿が見られるのは魔法界だけ!それだけで居るかもわからない神様を拝み倒したくなる。思い返してみれば私は美少年の成長過程を余すことなく覗き見ていたのだな。うん、良い人生だ。
「夏休み中ずっとホークラックスについて調べてたから、さすがに頭がこんがらがって来たのさ。古代魔法のスペルは使うと周りに被害が及ぶだろ?武器で壊すにしてもどの程度の魔力を持つ武器なら壊せるのかっていうのが解らない。……んー、今から創るとしても時間がかかりすぎるよな。計算上ではホークラックスを5とすると、抵抗の魔法力を考えても8の力があれば充分なはずなんだけど」
「オメー、二年の時にバジリスクの牙をかっぱらってきたっつってなかったか?アレもかなり強力だろ」
開いたチョコレートの袋からカードだけを丁寧に取り出し、汚れをきちんと拭き取ったあとで自身のカードホルダーに収めたホルマジオが記憶を辿りひらひらと指を振ったが、それに対するメローネの返答はとてもあっさりとしたものだった。あんなデカいの持ってたってしょうがないから全部すり潰して魔法薬の材料に変えちまったよ。
「もったいねェことすんなあ、オメー」
「だってあの時はこんなことになるなんて思ってなかったんだもん。でもいい解毒剤が出来たんだぜ。毒を以て毒を制すって言うだろ?頑張ったのに」
ぷぅ、と頬を膨らませた可愛い子ちゃんは、びくびくとひきつった動きを繰り返す四肢を失ったチョコ蛙を見下ろして杖を取り出した。えっなにすんの。私は私で、食べていたカボチャパイを飲み込んで見守る。メローネは杖先から小さな炎を出して蛙を炙った。パターン青消滅。目標完全に沈黙。
「焼きチョコだぜ。食うかい?」
「……いや、いらねェ」
「私もいいかな……メローネ食べなよ」
「謙虚だなあ、ホルマジオもポルポもさ」
謙虚っていうか。
「オメーのやり方がえげつねえんだよ」
ギアッチョありがとう。私たちの総意を代弁してくれたもじゃもじゃ頭の眼鏡っ子に内心で拍手を送る。基本的に蛙チョコレートって子供たちの嗜虐心を逆なでしている感じがあるよね。動く蛙そっくりのチョコレートとか怖すぎる魔法界。そんな私も食べたことありますけど。おいしかったよ。踊り食いみたいだったけど。
ひとしきりホークラックスについて意見を言い交わし、ハリー君が二年次にバジリスクを刺し貫いた魔法界の斬鉄剣ことグリフィンドールの剣は分霊箱を破壊し得る魔法具の一つなのではないかという結論に落ち着いたところでコンパートメントの扉がノックされた。ほぼ同時にギアッチョが、闇の帝王の記憶が封じ込められたっつう日記も分霊箱だった可能性があるしそれを殺したバジリスクの牙も同等の魔法具として換算していいんじゃねえのと言いかけたが、言葉にピリオドを打つ前に返事を待たず扉が開かれたものだから不機嫌そうに口をつぐんでしまった。
訪ねて来たのはブレーズ・ザビニという青年だった。スリザリンの上級生で、スリザリンらしい悪名高さがホグワーツ中に轟きまくっているような生徒だ。唇を冷酷に歪めて他寮を威嚇する典型的なスリザリン生と呼ばれる彼だったが、今は高圧的ながらも同寮の後輩に向ける精一杯優しい声を出してくれているようだった。優しさってどこにでもあるんだね。
「ミスターアトマ、……メローネ君。君を呼んでいる人がいるんだが、僕と一緒に来てくれないか?」
「俺を?」
「あぁ。特別優秀な成績を残している"僕たち"を食事会に招きたい、と新任なさるスラグホーン氏が仰っているんだ」
頭がいい人は大変だなあ。
凡人の観点からまったくもって他人事にとらえてしまったが、メローネはぐるりと私たちを見てから首を傾げた。
「食事なら今摂ってるぜ?」
「……いや、君が食べているのはチョコレートだろう?僕が言っているのは……、……ミスポルポ、なんとか言ってやってくれ」
なんで今私に振った。完全に飛び火だ。ちなみにメローネがチョコレートを食べているのは効率的にカロリーを摂取できるからであって、すごくチョコレートが好きなわけじゃあない、らしい。私がさっきからばかすかとメローネの膝にチョコレート菓子を置きまくっているのも悪いのかもしれないが退かぬ媚びぬ省みぬ。メローネの代謝の良い肌に可愛らしいニキビが出来る夢を見たっていいじゃない?え?美青年にニキビは出来ない?これが格差か。
「行くだけ行ってみれば?スラグホーンさんが誰かは知らないけど……」
えーっと、なんだっけ。ちょっと忘れかけているんだけど、どこかのタイミングでスネイプ先生がDADAの教師に就任して万歳三唱、グリフィンドールがお通夜ムードになることだけは憶えているから多分このタイミングでスラグホーンが魔法薬学の教授になるんだろうけど、具体的にどんな人なのかは忘れてしまった。スラグホーンさんの主催するクラブ活動という名の少年少女囲い込みパーティーは"ナメクジクラブ"なんていうスラングで呼ばれているっていう微妙な知識だけは残っている。
「ご飯がおいしかったら教えてよ」
「んー、解った。どこの車両?」
「先頭の方だよ。案内しよう」
ブレーズ・ザビニとメローネは廊下に出て、メローネはひとつウインクを残して行った。そんな仕草で今まで何人の女の子の心をゲッチューして来たのかおねえさんに教えてほしい。ときめいてしまった以上、私もまたメローネに心を奪われた雌猫の一人として生きていかねばなるまい。この胸の萌えと名付けられた高鳴りに正直に生きたい。
「スラグホーン……なァ。昔はホグワーツで魔法薬学を受け持ってたみてーだが……」
ホルマジオはいったん言葉を切り、切れ味のいいパン切りナイフでロールパンを横に切った。少し皮を残してパンを開くと、そこにピーナッツバターを塗りたくった。カロリー摂取に余念がないところは、短い時間で効率よく物を食べて有事に備える癖が染みついているんだろうか。ホグワーツ特急と言えど安全ではないことはすでに証明されているもんねえ、ディメンターちゃんのおかげで。まあ普通にピーナッツバターが好きなだけかもしれないけど。ホルマジオの好みっていったらビールの印象しかない。
「魔法薬学専門の奴が闇の魔術に対する防衛術のオファーを受けるとも思えねェし、スネイプがクビになるとも考えられねェとなると、……入れ替わりか?」
「そうするとリゾットとプロシュートはてんやわんやだね」
「リーダーとあのプロシュートがてんやわんやするわけねーだろ」
でも見たくない?私はめちゃくちゃ見たい。上司が変わって、スラグホーンのことを間違えて「セブルス、……いや……」ってスネイプ先生に慣れ切っちゃってるリゾットとかめっちゃかわいいじゃん。リゾットがうっかりさんであるという微粒子レベルに存在するアヴァロンを目指して私はどこまでも進撃を止めない。プロシュートはまあ、確かにね。毎年彼の上司変わってるしね。
「オメーとは感性が合わねえ」
私に一瞥もくれないギアッチョ。お菓子の趣味は合うのにねえ。
「どっちも合ってねーだろーが。俺はオメーと違ってアイスクリームはチョコミントだって決めてんだよ」
「いや、そこはどう考えてもクッキークリームでしょ」
「合ってねえだろが」
イチブをゼンブみたいに扱うのはよくないとおもいます!あとチョコミントは無理。
メローネが肩こりを解すように軽く腕を動かしながら戻って来たのは、列車が夜の帳をかき分けて、煌々としたろうそくの明かりに包まれるホグワーツ城が窓の外に見えてくるような時だった。
疲れたかと訊ねると、別にそうでもないけど特には面白くなかったねと笑顔が返って来た。爽やかすぎる笑顔に内包された毒に中てられて冷汗を流すスラグホーンさんの姿がなんとなく浮かんでしまって同情した。メローネは興味がなくても相手にそう察させることはないけど、好きな相手にも好きじゃない相手にもぺらっと毒を吐くからな。
制服に着替えて、パンジーたちと合流する。夏休み中に何度か家に遊びに来ていたし(なぜかルシウスさんまで訪ねてきたのはワロタけどそれは割愛。ナニをお茶うけに出そうか凄い悩んでしまったけど私よりもルシウスさんの方が深刻そうな顔をしていたわ)お手紙のやりとりもしていたから久しぶりという感じはしない。
他愛のない話をして大広間に向かう。初の手荷物検査にさざめく慣れた賑やかさに包まれると、あーここって魔法界なんだよなーとしみじみ思ってしまうね。いまだに染まり切れない適応能力の低い大人ですみません。
ドラコ君はスリザリンの中でとても弱い立場に追い込まれている。ひそひそと囁き交わされる声はドラコ君、そしてマルフォイ家の愚行を嘲笑うものだったが、パンジーの睥睨とドラコ君自身の堂々たる振る舞いは彼らへの干渉を許さなかった。ドラコ君が昨年度、照れくさそうに言ったことを思い出す。
―――父上にあんな風に守ってもらったのは初めてだったんだ……。
ルシウスさんがその道を選んだようにドラコ君もまた、家族を誇りに思い、家族と共に生きると決めているのだろう。だからもう、揺らぐことはない。青年の心つよい。
そのドラコ君がひそひそとパンジーに何かを耳打ちした。パンジーは振り返って、壇上で教員の紹介をしているダンブルドアを見る。ハッと息を呑んで、彼女は私にも囁きかけた。
「ねえ見て。ダンブルドアの手……なんだか……おかしいわ」
ああ、来てしまったか。
確かに、ゆったりしたローブの袖からちらりと、ほんの少しだけ見えた老人の手は力を失い、微かに黒ずんですらいた。一目見ただけで異質だと理解でき、口の中に苦いものが広がるような感覚に目を閉じてしまう。あー……来ちゃったかあ……。
ダンブルドアの周りでいくつもの運命が変わっていったけれど、結局彼自身は死から逃れられなかった。あるいは自分の、堪えられない欲望からか。
死者に会いたい。なくしてしまった家族に。もしも私が彼の立場に置かれたら同じように思うのだろうか。幸いなことに、周りの大切な人を誰一人として失ったことがないから、私にはまだ解らなかった。もしも"彼ら"が私を喪ったあと、あの指輪を手にすることが出来たとしたら、誰かは指に嵌めたのだろうか。そんな在り得ない"もしも"を考えたところで意味はないけれど、死が一年後に迫る偉大なる老人の姿を見て、私は正体の知れない感傷に浸っていた。
シリアスはぶっとばして衝撃の授業第一弾。
闇の魔術に対する防衛術を担当するスネイプ先生は、とても昨年度まで地下牢に似た教室で世界のすべてを憎むような表情を浮かべながら大鍋をかき混ぜていた人物とは思えない、どことなく高揚した声音で囁き謡うように『闇の魔術に対する防衛術』とはいかなるものかを語っている。
「これまでに諸君はこの学科で五人の教師を持った。当然、こうした教師たちはそれぞれ自分なりの方法と好みを持っていた。そうした方針の混乱にも関わらず、このように多くの生徒がこの学科のO.W.L試験で合格を取ったことに我輩は驚きを隠せない。O.W.Lとは比べ物にならんほど高度なN.E.W.T試験に諸君らが全員ついてくるようなことがあれば、我輩はさらに……驚愕するだろう」
かつりかつりと重い靴音を響かせて教室をゆっくりと歩き回るスネイプ先生は今までになく饒舌だった。
「『闇の魔術』は」
教室の端で踵を返し、また教卓に戻るスネイプ先生。それを目で追う私たち。そして出席簿にメモをつけて静観の体勢を取るプロシュート。スネイプ先生のスピーチを止める者は誰もいなかった。低く耳心地の良い声は決して大きくはないのに、教室中が静まりかえっていることで隅々にまで響き渡っているような気がする。
「『闇の魔術』は変化が激しく、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うということは、まるでヒュドラと戦うに等しい。首を一つ切り落としても別の首が生えて来る。その首は以前の物よりも獰猛で、凶悪で、ともすれば諸君よりも賢いだろう。このように『闇の魔術』を相手にするということは、絶えず訪れる変化に対応する柔軟性と創意性がなければならないということだ。『磔の呪文』を行使され苦痛に悲鳴を上げる魔女もいれば、『ディメンターのキス』を受けて廃人になる者もいる。『亡者』の攻撃を誘い自ら死に向かうこととなった者もいる。……我輩はこの科目の教師として任命された以上、諸君を憂き目に遭わせぬよう力を身につけさせる必要がある。もっとも……それには生徒全員が我輩に従い、一丸となって授業に―――……」
スネイプ先生は意味ありげな視線をハリー君に送った。閉ざした口を再び開いて、最後の言葉を続ける。
「―――……取り組む必要がある」
拍手した方が良いのかな。アホなことを考えてしまうくらい情熱的な演説だった。こんなに喋るスネイプ先生は非常にレアだ。私は今までに見たことがないような気がする。台本のないぶっつけ本番だったら私はスネイプ先生をより尊敬してしまう。台本があっても、それをすべて暗記した情熱に感服するのだけど、ぶっつけで一連の台詞を口にできることの方がどっちかっていうと"ヤバイ"だろ。
スネイプ先生の大演説の後には、ハーマイオニーちゃんが指名され口にした答えをスネイプ先生がバッサリ批判したり無言呪文を練習したまえーと指示されてお互いに向き合ってうんにゃらかんにゃらメローネが完璧な無言呪文で私の杖をウィンガーディアムレヴィオーサして「呪いをかけろと言ったはずだが」と容赦なく減点されたりプロシュート先生にコツを教わろうとする生徒が殺到してスネイプ先生のこめかみに青筋が立ったりうっかりハリー君の『プロテゴ』に弾き飛ばされたスネイプ先生がハリー君の言葉づかいを指摘したら誰うまでやり返されてハリー君が罰則を食らったりもうハリー君とスネイプ先生のやりとりだけで授業時間が過ぎて行ったんじゃないのかってくらい二人ともすごく楽しそうだった。今のはわざとテキトーなことを言ったし、当人らにとってはまったく楽しくない殺伐とした時間だったんだろうけど。ジェームズ・ポッターそっくりのハリー君にリリー・エバンズそっくりの緑色の瞳で睨み上げられて憎たらしい言動を取られるこのつらさ。これを快感と思えるほどスネイプ先生は歪んだ人間じゃなかったのが可哀想だ。
スネイプ先生から与えられた宿題は、もう八つ当たりかってくらい難しくて泣いた。なにこれ。プロシュートせんせい監修してくださらなかったんですか!?こんなのハーマイオニーちゃんかメローネじゃねえと解けねえよという問題もあったけどその辺りは気合で何とかした。次の授業が始まるまでの間に半分くらいは終えられたので、あとはガチの本気を出したらこれくらい教えてくれるんじゃないかなって希望的観測をもってイルーゾォに訊いてみよう。どうしてメローネでもギアッチョでもないのかというと、前者は引き換えに何を要求してくるかわからないし、後者は人にものを教えることに向いていなさそうだからだよ。経験に基づいた偏見でごめんね。
衝撃の授業第二弾は魔法薬学だ。
地下牢を再利用したような教室はスネイプ先生が使っていた時とは違って、どことなく浮ついた魔法薬の香りがした。ふつふつと沸く大鍋をいくつも横切って席につく。パンジーは相変わらずドラコ君とペアを組む気が満々で、けれど目立たないように後ろの方の席に座っていた。メローネとギアッチョは安定の真ん中。目立つも目立たないもどうでもよさそうな顔をしているけど、もはや彼らが目立たないことなど不可能。そもそもメローネの頭脳その他は置いておいてもマスクが。目元の。マスクが。おかしいし。スラグホーン先生も某クラブで初めてメローネに会った時度肝を抜かれたんじゃないだろうか。スリザリンにもいたよ、メローネに皮肉のつもりでそのマスクは魔法具か何かかいと尋ねて、いや別にただのシュミだよと答えられ硬直した先輩が。今はもう卒業してしまったけど。
ハリー君はスラグホーン先生に示され、ネエロ先生が取り出した教科書その他材料を借りて、グリフィンドール側の席に着いた。なぜか私を振り返った彼はニコリとリラックスしたように微笑んだけど、なんでやねん。優しい気持ちになったの?優しさに包まれたか?なんでもいいけど私は君とアイコンタクトは出来ないんだって。
スラグホーンのいくつかの質問に答えたのは、挙手をし指名されたハーマイオニーちゃんだ。彼女はベリタセラム、ポリジュース薬、アモルテンシアの名を次々に正答した。
「素晴らしい!君は称賛に価すべき魔女だ。グリフィンドールに、いや、ミスグレンジャーに20点を差し上げよう」
ハーマイオニーちゃんは知識に基づけば当然だという顔をしながらも、ほんのちょっぴり頬を赤らめて椅子に座り直した。
「なあポルポ、ポルポだったら三つの内のどれが欲しい?」
後ろの席から肩を叩いて、メローネは私に質問をした。真実薬と変化薬と魅惑万能薬。どんな三択だ。
「そうねえ、私はポリジュース薬かなあ」
「なんで?」
後々に一番禍根が残らないからだよ。ベリタセラムもアモルテンシアも、どっちも他者に働きかける薬だから色々と抵触してくるじゃん。でもポリジュース薬は好きな姿に変身して一時間待てば元に戻るんだから、自分だけでその効果を楽しむことが出来る。
「ふーん、あんたらしいね。ちなみに俺はベリタセラムが欲しいかな」
職業病か?
「ほっほう!メローネ君はベリタセラムが欲しいのかね?それはなぜだね?」
私の言葉は逃したが、メローネたんの声はきっちり聞き留めたらしい。生徒全体に気を配りつつも贔屓の子が発言したらきちんと取り上げる手腕は経験の内に培われたものなのかな。
メローネは私から視線を外して答えた。サラッと。
「あると色々と楽だろ?」
戦慄した生徒たちには気づかないスラグホーン。しかし言葉の不穏さには何か感じるものがあったのか、重々しく頷き返した。
「確かにメローネ君の言う通り、この薬に頼ることは手間の省略になる。しかしそれに頼り切ってはいけないと、この中の際立って優秀な者にならその理由も解ってもらえるだろうね?」
「頼り切るどころか……そもそもメローネに渡しちゃいけないよな……」
ぼそりと呟いた声はスリザリン席かグリフィンドール席か、もしくは両方から同時に発されたものだった。激しく同意。
「スラグホーン」
「うむ」
リゾットにそっと声をかけられ、話が本題からずれたことに気づいたスラグホーンは咳払いを一つすると、ある鍋に身体を向けた。大きなお腹がたゆんと揺れてベルトの上に乗っかり直す。
小さな鍋の中にはひとりでに跳ねる液体がほんの少し入っていた。色はなめらかな金色だ。アレが噂のフェリックス・フェリシスか。夢の液体を実際に見られて感無量。マジかアレか。幸運薬欲しすぎ。あっでも使い道がないな。どっちかっていうとリゾットたちにあげたすぎる。リゾットたちの人生がもっともっと良いものになればいいと思ってしまうのはかなり上からの目線だろうか。何かもう上司というより父のような気持になってしまう時があって笑いがこみ上げるわ。おねえさんを通り越して父。母はリゾット。リゾットってなんか産めそう。これは完全なる偏見だし、リゾットには間違っても伝えられない妄想だけど。
「一度は調合してみたいね。卒業したらポルポの家の地下を借りても良いかい?」
「そりゃ好きにしてくれて構わないけど、具体的にどれくらい難しいの?」
「手順は数通りあるけど、寝食なしで三日くらい集中しておかないと間違えちまうらしいぜ」
三日くらい食わず寝ずで集中するってなんか明らかに言葉がムジュンしている気がするんだが今の私には異議を唱えるだけの証拠がない。魔法界ってそういうとんでもないところあるよね。元気爆発薬を飲んでおけば何とかなるとか思ってるんじゃなイカ?アバウトすぎるだろイギリス魔法界。
「このフェリックス・フェリシスを小瓶一本分をご褒美に提供しよう。『上級魔法薬』の教科書を開いてくれ。10ページに書いてある水薬をもっとも上手く調合できた者に―――いや、調合することすら今の君たちには難しいかもしれないが、最も優秀な成績を残した生徒が幸運を獲得する」
この場に流れた白けた空気を、いったいどう表現しようか。全員の視線がメローネに集まり、メローネはきょとんと瞬きをした。
「何だい?」
何だいってあんた。解っているくせにすっとぼけている、のか、マジに解っていないのか。もし本当に視線の理由を理解できていないのだとしたら私はメローネを愛おしさのあまりに抱きしめてしまうだろうけど、この子のことだからそれも計算済みで首をかしげて見せている気がしなくもない。ギアッチョも同じ予測を立てたのか、そろそろ"可愛い"から"格好いい"に変化して来た金髪の青年から距離を取っていた。同属に見られたくないのかな。もう遅いぞ。
「あなたがいる限りフェリックス・フェリシスは自分の手には入らないって思っているのよ、みんな」
全員の気持ちを代弁したのはハーマイオニーちゃんだった。肩をすくめた彼女に、へらへらとメローネは笑いかける。
「確かに俺は『生ける屍の水薬』を調合できるけど、幸運の薬なんて要らないぜ。次点の奴に譲るよ」
「ほっほう!言い切るかね!確かに噂に聞く君の優秀さなら簡単に思えることかもしれんな。しかしフェリックス・フェリシスを要らないというのは解せないね。これは流石の君にもまだ調合できない代物のはずだが」
メローネは頷いた。
「そうだね。だけどいつかは自分でたっぷり作れるようになる。その時まで楽しみは取っておきたいだろ?」
誰も気にしていないけどメローネはスラグホーン先生にとんでもなくラフな口を利いている。誰も気にしていないけど。いいのかそれで。魔法界アバウト。スネイプ先生は最初の二、三年で諦めるという道を選んだけどスラグホーン先生は元から気にしていないみたいだ。
「なるほど、向上心が合って宜しい。では……ふむ、ネエロ君。もしもメローネ君が最高の成績を取った時は、君の方から何か褒美を与えてやってくれたまえ。点数以外の物の方がきっとメローネ君は喜ぶだろうが、私には彼が喜ぶ物がよく解らない。付き合いの長い君なら適したものが与えられるだろう?」
「考えておこう」
「うむ、そうしてくれ。それではみな、取り掛かるよう!」
号令が掛けられ、メローネという勝ち馬が自ら勝負を降りたことによって精神的に余裕が出来た青少年たちは一様に緊張した面持ちで調合台と向き合った。草の根を刻み、汁を絞る。
ネビル君と一緒に「こりゃ無理だね」という視線を交わしあう。だけどとりあえず全力を尽くしてみようか。袖を捲った時、ホッと気の抜けた吐息が落ちた。なんだかんだで緊張していたらしい。メローネがフェリックス・フェリシスに拘らない性格で本当に良かった。
なにせフェリックス・フェリシスがなければハリー君たちはスラグホーンからホークラックスの真実を聞き出すことが出来ないのだ。この授業でハリー君は水薬を完璧に仕上げ、幸運を勝ち取らなければならない。
「ポッターは"幸運薬"を使わなくてもラッキーだったようだね」
ハリー君がスラグホーン先生からフェリックス・フェリシスを贈呈され、メローネがリゾットから貴重な魔法薬の材料であるリントブルムの肝臓を渡された授業の後、ドラコ君はハリー君にわざわざぶつかって言葉をかけた。ハリー君よりもロン君が先に、なんだよマルフォイハリーに文句があるのか、と喧嘩を買って出る。
「べつに文句なんかない。ただ……、……フン。予想が外れたなと言いたかっただけさ」
ドラコ君は本当に一瞬だけハーマイオニーちゃんを見て鼻を鳴らした。その瞬間にばっちり目が合ったらしいハーマイオニーちゃんは、つい数十分前のメローネと同じようにきょとんと眼を瞬かせて、それからおずおずと言った。奇しくもその言葉はパンジーと、人称は違えどニュアンスが同じだった。
「もしかして……あなた、私が獲得すると思っていたの?」
ドラコ君は沈黙を返した。それが何よりの答えだ。マジか。興奮が抑え切れないのは私である。マジか。ドラコ君が、言い方は悪いけど、その、ハーマイオニーちゃんというよりマグルにデレた。いやいや、なんていうかこれ本当にドラコ君かな。誰かが化けてるんじゃないか。それこそポリジュース薬かなにかで。そうじゃないと考えられないようなセリフだけどいったい何があったドラコ・マルフォイ。二、三年前まではマグル出身の魔法使いなんて血を汚す存在は唾棄すべきだと考えていたようだったのにいったい何が。どうしたドラコ。
よろめくほどの動揺を表したのはパンジーで、ドラコ君は彼女を素早く支えて、青白い頬の血色を良くした。
「僕がお前を認めたわけじゃない!今までのことを考えて論理的に推測すればそうなるというだけで、……僕の計算ではポッターが獲得するなんてことは在り得なかった、それだけだからな!」
早口にまくしたててパンジーの手を力強く引き立ち去っていく。パンジーはドラコ君に強く手を引かれ連れ去られることに恋する乙女としての喜びを感じたのか、こちらもやはりポッと頬を赤くしてハーマイオニーちゃんを放置しドラコ君の腕に抱き付いていた。
「おい、アレ本当にマルフォイか?」
呆然と二人を見送ったロン君がぼろりと言葉をこぼした。こくこくとネビル君が頷いて、ハリー君が眼鏡の下の目をこすった。あのハーマイオニーちゃんですら唖然と口をあけている。
「君たちと仲良くなりたいんじゃない?」
そうとしか思えないよな。歩み寄ろうとしているようにしか、その、なんていうか、見えない。うわあああマジでか。ドラハリ、いやいや、私はハリドラが良いけどそういう雑念は今は必要ない。
感じたままに言ってみると、ハリー君は私の目を覗き込んだ。
「本当に?あのマルフォイが僕たちと?」
「仲間なんだし……そう思ったほうが自然じゃないかな?」
おそらく正しく言うならば、成り行き上不死鳥の仲間にならざるを得なかった展開に流されたルシウスさんについていくと決意したドラコ君が流れのままハリー君たちと不死鳥の末席を共にしている、というだけなのだろうけど、正確に言う必要なんてないよね。こういうのは勢いが大事。
「まさか……」
ハリー君はこっそりポケットに手を突っ込んだ。グリフィンドール四人組は固唾をのんでハリー君の言葉を待つ。全員が同じことを考えているようだった。
布の中にある小さな小瓶を指で探り当て、ハリー君は信じられないものを見たような表情で、ロン君とハーマイオニーちゃんとネビル君と顔を見合わせた。
「……ううん、僕、フェリックス・フェリシスはまだ飲んでないみたいだ……」
つまりこれはドラコ君の真実なのね。現実は非情だけど、たまにはいい仕事をするもんだ。