さあ、帰宅タイムだ
ドラコ君とパンジーはハリー君を盛大に罵りながらホグワーツへ帰投した。
「やっぱり全部あんたの妄想だったじゃない!」
「ご、ごめん……」
パンジーは意図せずダンブルドア軍団の兵隊として働いてしまったことを苛立たしく思っているようで、ハリー君、ロン君、ハーマイオニーちゃん、ネビル君、ルーナちゃん、ジニーちゃんと並んで歩く今でも苛々と腕を組んで床を爪先で蹴るように歩き続けている。それ以上やると床が泣いちゃうよ。
ドラコ君が渋々ダンブルドアに説明したところによると、彼らがダンブルドア軍団に暫時加わった理由はこんな感じだった。
アンブリッジが捕えたハリー君たちを尋問官親衛隊として押さえつけていたドラコ君、パンジー、クラッブゴイルの四人だったが、ハリー君による「パッドフットとレジーナが"あの人"に捕まった!」のひと言でドラコ君とパンジーが動揺。私がソルベとジェラートからたまに"レジーナ"と、イタリア語で女王さんと呼ばれていることは彼らも知っているから、パッドフットが誰かはわからずとも私に危害が及んだ可能性には思い至れたのだろう。そしてこの状況でハリー君が口にする"あの人"という言葉が誰を示しているのかなど言うまでもなく、彼らは恐怖と同時に激しい懸念に襲われた。
その懸念を煽ったのはロン君だった。
ハリー君とハーマイオニーちゃんがアンブリッジを禁じられた森へ連れて行っている間に詳しい話を聞かされたドラコ君とパンジーは、当然の反論として、私がついさっきまでのO.W.L試験を受けていたことを挙げた。しかしここでロン君のある意味グッドな発言。私にしてみればバッドな発言。
「お前は去年のことを忘れたのか!?あいつはホグワーツからポートキーでさらわれたばっかりじゃないか!」
ぐらりと揺れたドラコ君たちへのダメ押しはジニーちゃんのこの叫びだった。
「わたしたちはポルポを助けたいのよ……!」
ドラコ君たちはクラッブゴイル両名を昏倒させ執務室から逃走。合流したハリー君とハーマイオニーちゃんと一緒にセストラルで神秘部に乗り付けたらしい。
つまり、アレだ。
「(ごめん……)」
私がお腹を壊したせいだ。全部私が悪かった。本当にすみませんでした。
「……あんたが無事なら、良かったけどね」
「ポッターたちと行動を共にしたのは不本意だったが、……その、結果的に君のおかげで、……」
ぼそぼそ、と耳元で囁かれる。校長室に残りダンブルドアと話をしているであろう、いまだ髪を乱したままのルシウスさんを示して。
「父上にあんな風に守ってもらったのは初めてだったんだ……」
私はもうナニがナニやらわからなかったけど、アルカイックスマイルの下に気持ちを押し隠して、そっか、とドラコ君の頭を撫でた。良い子だね君はね。
「(それにしても……)」
それにしても、と来た道を振り返る。すぐにパンジーにせっつかれたのでまた寮への道を歩き出したけれど、今はもう見えない魔法省のリノリウムの上で私を見送ったのはシリウス・ブラックとその他だったような気がする。あれは気のせいじゃないよね。シリウス・ブラック生きてたよね。なんかルシウスさんと共闘しちゃってたのは見てたんだけど、あの、……生きてたよね。なんで生きてたんだろう。いや、生きていることは良いことなんだけど、原作から逸れすぎじゃないかなこれ。ドラコ君とパンジーが神秘部での戦いに参加したことといい、ルシウスさんが不死鳥側に寝返ったことといい、そもそも私たち十人がいることですでに原作から大幅に外れているから私がとやかく言えることではないのかもしれないが、あまりにも驚きの連続だったからダンブルドアへの文句とか全部吹っ飛んだ。意味が解らなすぎた。
私たちは魔法省の暖炉からホグワーツ魔法魔術学校校長室に戻り、そこでダンブルドアによる事情聴取を受けたのち、それぞれスリザリン、グリフィンドール、レイブンクローの各寮へと教師に引率されて帰室した。別れ際に、ありがとうね、という意味を込めてリゾットとプロシュートの手を握ったら、そのまま二人とも三秒くらい離してくれなかったというのはイイハナシだ。心配かけてごめん、その件についてはダンブルドアに文句を言おうね。
談話室に戻るなり私の大きな胸に顔を埋めるように縋りついてきたリュシアン君は、私がソファに腰掛けた今となっても床に膝をついて私のお腹に額をこすりつけわんわん泣いていた。この子の涙腺が心配だ。大丈夫?とりあえず手持無沙汰なので頭を撫でているが、ギアッチョが後ろから思い切りリュシアン君の足を踏んでいるのが見える。わざとなのか天然ちゃんなのか判別がしづらいのはギアッチョがギアッチョたるゆえんか。
ホグワーツからの二度目の誘拐疑惑はハリー君たちだけのもので彼らには何も知らされていないはず、だったが、生徒として学園に残る六人はおそらく魔法の携帯電話でリゾットたちから出撃を知らされたのだろう。そしてリュシアン君はいつまで経っても戻って来ない私と、ピリピリしている六人の様子から何かを察したか。何にせよ、ダンブルドアに対する彼らの不信はピークに達しているというわけだ。さすがのポルポさんも庇いきれない。庇う気もないけど、ちょっと可哀想になるな。
整理した情報をみんなに一通り話すと、みんなは六者六様に頷いた。
「しょうもねえジジイだなァー……」
空腹を抱えて、色んな意味でぐったりしている私に慰めのホットチョコレートをくれたのはホルマジオだった。
「やってることがハゲと同レベルじゃねーか」
ギアッチョもどっかりと私の隣に腰を下ろしてソファに身体を預けている。なんとなく気が向いて指でほっぺを撫でたがぺしりと叩き落とされた。今日は駄目らしい。
「ハゲ!やっぱ禿げてんのか闇の帝王って」
「どうだった?ポルポ、マジで禿げてた?」
ソルベとジェラートの興味の範囲が解らない。確かに禿げてたよ。蛇みたいな感じになってた。
「少なくとも元は人間だったワケだろ?だのにそんなに容姿の変貌があったってことはナニか裏がありそうだね。ま、どうでもいいけどさ。ポルポが無事で本当に良かったぜ」
私とドラコ君とパンジーの三人が談話室に戻って来た時はまったくの無表情だったくせに、一転してニコニコと機嫌良さそうにしているのはメローネだ。ソファに座る私の後ろから、喉を鳴らす猫のように、まるで自分の匂いでマーキングするみたいにすりすりと頬に顔を寄せて来る。不揃いに切られた髪は私に面する頬を隠さず、青年とは思えない柔肌が直にくっついている。めちゃめちゃ可愛い16歳だ。あとなんかお腹の辺りがリュシアン君の涙でじっとりしてきた。
「お前に怪我はねえの?」
ないよ、イルーゾォ。伝えると、ふーん、と興味なさそうに相槌を打ってから自分のホットチョコレートを飲んでいた。怪我があったらどうするんだろう。ポケットに入ってる絆創膏を無言で、ん、と差し出してくれるのだろうか。なんて可愛いんだ。好感度がマックスになって逃避行の選択肢が出るまで攻略しちゃいたい。
「ポルポせんぱいがぶじでよかったです」
ぐすんと鼻をすすったリュシアン君にハンカチを押し付けたのはイルーゾォだった。えええ、と今日百回目くらいになる驚愕の表情を浮かべていると、イルーゾォはツンツンと声をとがらせた。
「言っとくけど、お前が思ってるのとは正反対だからな!?」
「私の考えてることがわかるの?」
「どうせ俺にも……、"イルーゾォにも兄弟の情はあったのか"……とかなんとか考えてんだろ」
「ううん、"イルーゾォって可愛いなあ"って思ってた」
「男に可愛いっつっても褒め言葉にはならねえって俺何年も言ってるよな?!」
私にとっては褒め言葉なんだよイルーゾォちゃん。
「う、うぅ、いるーぞぉ、うう、ありがとうございます、うう、ぽるぽせんぱいがぶじでよかったよお」
ぐずぐずとイルーゾォのハンカチで顔を拭いたリュシアン君は、その行動が無駄になるような勢いでまたびええんと泣き出した。こ、この泣き虫!そんなに私の無事が嬉しかったのか。みんなに心配かけてる25+26+15歳。あっ、明確に言うと26というより27になる辺りで死んだからもう1歳プラスってことに……いやもう考えるのはやめよう。
「心配してくれてありがとうね。今回の文句は全部ダンブルドアに……」
「あとポッターよ!」
「そもそもは闇の帝王の仕業らしいけど……いや、ポッターだな。すべてポッターが悪い」
「そうよ」
静観していたパンジーが声を上げたことを皮切りにドラコ君も立ち上がり、鼻息荒く腰に手を当てハリー君を批難する。しかしなんだかんだ言っても、その表情は締まり切っていない。これはアレかしらね、父上の。なんか、庇われて嬉しかったキュートな青年の心なのかしらね。セクシーなのもキュートなのもどっちも好きです。キュートな乙女心ならぬ青年の心。
その青年はぎくりと表情をこわばらせた。パンジーは至極あっさり、あら、なんて言って軽く挨拶をしているけれど、男子寮から騒ぎと良い匂いに釣られて出て来たのは彼が魔法で昏倒させたと言っていたクラッブとゴイルだったからだ。二人は少し気を悪くしたような顔で挨拶を返すと、またすぐに男子寮に戻って行ってしまった。どうやら禍根が残ったらしい。元々、力を失いかけていたマルフォイ家の子息に従っている現状に彼らは満足しなくなっていたようだったから時間の問題だとは思っていたけど、私が原因となると少々気まずいね。
「いや、いいんだ。……いずれこうなる運命だったんだ」
ドラコ君は悟ったように呟いて、隣に立つパンジーの手をぎゅっと握りしめた。パンジーは頬を紅潮させてその手を握り返す。シリアスの中にもほのぼのとした癒しを見つけた私だったが、ブラウスのお腹の辺りがそろそろガチでひんやり冷たい。取り急ぎリュシアン君を泣き止ませることに注力して、せわしなかった夜は更けていったのだった。