さあ、ショータイムだ


まさかチョウちゃんに解毒薬をあげたことで羽ばたいたバタフライがこんなところに竜巻を巻き起こすなんて思っても見なかった。
私はトイレの個室で悪寒に震えていた。膝に肘をついて、握りしめた手を額に当てる。誰にともなく申し訳ない気持ちになり、世界に希望などないのだと、信じてもいない神に祈りをささげそうになる。私はお腹を壊していた。NDK。
理由は簡単だ。あの薬を飲んだからである。
闇の魔術に対する防衛術のO.W.L試験問題に挑む前の15分休みでのことだ。今思い出しても死にたくなる選択ミス。
解毒薬はチョウちゃんにあげてしまって一滴も残っていないけど、そんなことが気にならないくらいお腹が空いていた。お昼からテストを二つ乗り越えた今まで何も食べていないんだから当然だ。表現としておかしいかもしれないけど私はまったく違和感を覚えなかった。
私にとってはカロリー摂取は死活問題。次のテストの途中にお腹が空いてぶっ倒れたら洒落にならない。冗談じゃなく私は燃費が悪い。
ピンク色の液体を一口飲むと、人工甘味料の味がした。わざとらしく作られた苺のようなフレーバー。子供用の風邪薬はシロップが多いけれど、あんなような味がする。これが腐っているからなのか元々こういう味なのか、聞いておけばよかったな。判別がつかない。こんな感じにノンキしてた私も今じゃ立派に食中毒である。
しばらく待っても異常が起こらないので、ぐいっと一気に飲み干した。胃にぬるい液体が落ちた。この時点にタイムターナーで戻れたらと願わずにはいられない。
さっきまで感じていた空腹感を全く感じなくなっていることに気づく。マジで全然お腹空いてない。気分も悪くなっていないし、血糖値が一気に上がったようで元気も湧いてくる。すごいなスネイプ先生。尊敬した。これまた作ってもらおう。マヌケだったあの時の私はそんなふうに考えたが、今となっては、舌の根も乾いていないけれど意見を翻そう。にじんだ汗をローブの袖で拭った。しばらくは飲めねえわ。
フレッドとジョージが劇的な悪戯を仕掛け大空へ飛び立つのを見送ると、私は自分の中で膨れ上がっていた嫌な予感の正体を知った。
正直に言おう。私はたぶん、長年放置していたあの薬に中った。めっちゃお腹痛い。
混乱と大歓声のさなかを抜け出してダッシュ。誰も見ちゃいねえ。
うートイレトイレ。今トイレを探してホグワーツを走っているのはポルポ・ノタルジャコーモヌンツィアータオルトラヴィータパラッツォーロ。ホグワーツによくいるただの五年生だ。あえて違うところを挙げるとすればマヌケだってトコかな……。
そのマヌケさのせいで私はトイレの個室でゲンドウポーズなどを取ることになっていた。かれこれ2時間はこもっているんじゃないだろうか。今は1分すら1時間に思える極限の精神状態だから時間なんて曖昧だけどさ。テストはどうせ台無しだろうし、私一人いなくってもなんともなるまい。
そんなふうに考えていた時期もありました。
まったくえらい目に遭ったぜと額の冷や汗を拭って手を洗い、ハンカチを取り出し外へ出た私はそろそろすっかり日が暮れていることに気がついた。どんだけトイレの中で絶望していたんだろう。おかげで冷汗も震えも治まったけどさ。
遠い目をして夕日を眺めていた私は、校長室へ向かうスネイプ先生とばったり鉢合わせた。私を見た瞬間にスネイプ先生はものすごい形相をしたが、すぐに私の手を引っ掴んでずんずんと歩き出してしまう。
「え?え?」
ひたすら疑問符を並べていると、スネイプ先生はぴしゃりと言った。
「貴様は黙ってついて来い!!」
どんな関白宣言だよ、と思ったけど、お口にチャックで足を進めた。なんでこうなってるの?
階段を上り下りぐるぐると校内を回り回って『必要の部屋』に辿り着き、そこに魔法省に監視されていない暖炉を生み出したスネイプ先生は、フルーパウダーで不死鳥の騎士団への飛行を試みた。緑色の炎に絡みつかれて景色が回転し、スネイプ先生に急き立てられて足を踏み入れた場所はグリモールド・プレイス十二番地だった。
なんでこうなってるの。
そこには写真で見たことのあるくたびれたイケメンシリウス・元ワンコ・ブラックがいて、彼は私を見るなりがたんと椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。私は素知らぬふりをして、いつまでも繋がれている手を見下ろした。スネイプ先生はそれには気づかず、手を繋いだままで周囲を睨みつけた。校長はどこだと呼んだ瞬間、暗い廊下の向こうから白ひげをたくわえた半月眼鏡の老人が現れる。この慣れた雰囲気が、ここが正真正銘不死鳥の騎士団の本部だということを物語っている。
「ここじゃ、セブルス」
「校長……、ポッターが帝王の接触を受けました。ブラックとこやつが神秘部に捕らわれていると偽の情報を掴まされたようです」
「ええええ」
マジで?意味わからん。なんで帝王が私をエサにするんだよ。ハリー君釣られちゃってるよ。ブラックだけでいいだろ常識的に考えて。しかし釣れたということは効果があったんでしょうね。オマケですみません。
不死鳥の騎士団員に指示を出したダンブルドアは、スネイプ先生の隣で呆然と立ち尽くす私に手を伸ばした。
「君も来るんじゃ」
いや、意味がわからない。私が同行したところで戦力になどなりはしないし、ダンブルドアだってそれを期待しているわけじゃないだろう。お荷物をあえて連れて行く理由とは、いったい。
そう考えた時に至るのはたった一つの結論だった。たった一つのシンプルな答えだ。ダンブルドア。この人はリゾットたちを"釣る"つもりなのだ。思考が闇に傾いてますよお爺ちゃん。私をエサにしたところでリゾットたちは、いや、釣れるか。彼らは思惑を理解したうえであえて釣られるだろう。それは私がかかっているからだ。うわああああつまりこのお爺ちゃんは、お爺ちゃんは。私たちのことはゲストとして扱うって、守るって言ったのに結局は。
「オ、オンドゥルルラギッタンデスカー……」
「ん?何語じゃね?」
ネタにマジレスありがとう。何語でもないです。
こうして私は伝言を携えホグワーツに戻るスネイプ先生を見送って、今度はダンブルドアと手を繋ぐことになったのだった。お爺ちゃんの手あったかいナリ……。

神秘部どころか魔法省に踏み入ったこともない私だったが。
あ、ごめん嘘ついたわ。あるある。煙突飛行の許可を申請するために来たことあるわ。公衆電話から地下に下りたわ。しかし経験と言えばそれくらいなので、何もかもが目新しい。内装なんかとても魔法チックでいいね。
「ポルポ、どうして君がここに、ダンブルドアと!?」
現実逃避はやめて内装を見ている場合じゃないという冷静な自分と向き合おう。ドラコ君、それは私の台詞だ。
どうして君がここに、と驚きを露わにしたのはスリザリン色のネクタイをきっちりと締めたプラチナブロンドの青年だった。その隣、青年の背に庇われるようにして杖を構えているのはつややかな黒髪を可愛らしいボブカットにした我が友人パンジーだ。どうして君たちがここに。ここってどこだっけ?神秘部だよね?
混乱する私を前に思わずと言った様子で忌々しげな舌打ちをしたのはパンジーその人で、ポッター!とダンブルドアに引っ張られて隠れている眼鏡の青年に毒を吐く。
「やっぱりあんたの妄想だったじゃないの!帰ったら覚えておきなさいよッ!」
一体何があったのか。今の私には何が何だかわからない。理解できたことは、神秘部の戦いになぜかドラコ君とパンジーの二人が加わっているということだけだった。
ダンブルドアとヴォルデモートの魔法合戦は熾烈を極め、魔法省の中央ホールは大崩壊。いわゆる大破というやつか。リノリウムのような床は焦げ水に浸されひびが入り、壁に掛けられた魔法大臣の写真には弾丸で打ち抜かれたような穴ぼこが開いている。そんな中で柱の陰に隠れるハリー君。私はダンブルドアの翻るローブに守られるように老人の後ろから状況を俯瞰しているつもりだ。しかし、こりゃまた。
私はノンキで鈍感でマヌケでバカ女だけれど、この状況の危うさはさすがに感じ取れる。某物語シリーズの魔法魔術のように味方識別のマーキングが施されているならまだ良いけれど、この世界って敵も味方もないから混戦したら死んでしまう。私の方には幸運なことに魔法は飛んでこないけれど、ドラコ君とパンジーは危ない。ハリー君組に(なぜか)与したと思われるドラコ君は死喰い人から敵認定を受け、攻撃を当てられそうになって必死に避けているし、先ほどからヴォルデモートに弾かれたダンブルドアの魔法が私の頬を掠めて熱い。火だから燃える。ローブが燃える。
そんな魔法の応酬が繰り広げられる中、私の目は再び信じられないものをとらえた。
ダンブルドアの生み出した炎のその向こう。赤い揺らめきに照らし出された柱の奥には、黒髪を振り乱して戦う黒髪の美女と、同じく黒髪の、スーツの男がいた。見たことある。ていうかついさっき見た。シリウス・ブラックだった。
アレッまだ死んでないのかな、なんて失礼なことを考えてしまったけど、どうやらまだ死んでないみたいだ。ど、どうしよう。どうしようかな、ここで手をこまねいて見ているというのも。どうなんでしょうね。思わず杖に手をやって、それから考え直す。どんな魔法を放てばいいんだ。私が得意とする魔法は人を亀甲縛りにする方向のフェルーラだぞ。これはひどい。魔法省が一転してSMクラブへ。
「アバダケダブラ!」
「ッドラコ危ない!」
パンジーの悲痛な声が響いて、私だけでなく全員の意識が逸れた。一瞬飛び交う魔法の光が消え、ただ一筋、緑色の光が一直線にドラコ君に向かっていた。ざっと青ざめる。まさかここでドラコ君が。嫌な予感が喉元にこみ上げて、私も衝動のまま口を開く。ドラコ君、と名前を呼んだ一瞬、視界の端で仮面を脱ぎ捨てた男の姿があった。
パンジーがドラコ君の手を引いたが、恐怖に硬直してしまったドラコ君は動けない。身体だけが引っ張られるまま傾いて、その肩に緑色が―――。
「プロテゴォオオ!!」
およそ優雅とは程遠い雄叫びと共にバシンと音を立て『姿現し』をしたルシウス・マルフォイは、ドラコ君の前に現れ死喰い人独特の黒いローブを目いっぱい広げて息子を守った。振った杖が防御壁を生み出して緑の光を跳ね除け、顔色の悪い頬を珍しく上気させてドラコ君を振り返る。弾き飛ばされた閃光は今しがた彼自身によって投げ捨てられた仮面にぶつかり、硬質な銀の面を粉々に割り砕く。
「貴様ベラトリックス!私の息子に手を出そうとはいい度胸だ!」
シリウス・ブラックとの戦いの隙をついてドラコ君を攻撃した黒髪の美女に怒号を放つ。ルシウスさんはドラコ君とパンジーを身体で守り、死喰い人たちを睥睨した。私は眩暈を起こした。どういうことなの。
どういうことも何もない。ルシウス・マルフォイは闇の勢力から叛逆した、それだけだ。過程や方法などはどうでもよかろうなのだ。結果だけが残った。とんでもない結果だ。これはいったい、何が彼をこうさせたのか。私が相談を受けていた例のアレか。アレがフラグか。"切っ掛け"さえあれば彼は自分の立場を明確にするだろうとは思っていたが、まさかここにドラコ君たちが現れ、彼らを庇う為に裏切りを選ぶとは予想もしていなかった。ドラコ君がやって来ることも、ルシウスさんがこの状況で裏切りを選ぶことも、どちらもだ。予想が出来てたまるか。私は預言者じゃないし譜石も詠めない。
「ルシウス……まさかお前が俺様を裏切るとはな……飼い犬に手を噛まれるとはこのことか」
「我が君……いや……、帝王……我が息子に手を出したのはそちらの方だ。私は……息子を守る!それが父としての役目だ!」
「ち、父上……ッ!」
「ルシウスおじさま……!」
感動の場面なんだけどダンブルドアが問答無用で魔法を放ったから良いところで中断された。あと私は突然の"俺様"発言に抱腹。ばしんばしんがらがらどっかん。魔法省の内壁が崩れ落ちる。ルシウスさんはドラコ君たちを守りながら、ベラトリックス・レストレンジに杖を向けた。ベラトリックスはシリウスとルシウスの謎のタッグに押され気味だ。
そんな中、ドライアイスが溶けたような冷ややかな白い気体が渦を巻いた。ヴォルデモートを左右から挟むように出現した二つの煙は人の形をつくり、攻撃される前にこちらへ走る。貫くように差し向けられた閃光や、捕えるために飛び出した縄はすべて杖による呪文と手持ちのナイフで捌かれていた。うわリゾットこわい。
現れたリゾットとプロシュートが何より恐ろしい魔法使いだと、この中にいる誰もが知ったのは次の瞬間だった。
プロシュートは合流したリゾットに背を預け、懐からとんでもないものを取り出した。生まれた隙を狙った死喰い人はリゾットの投げたナイフで絶命する。
取り出されたブツはリボルバーと呼ばれる回転式の拳銃で、金髪の美丈夫はその引き金を容赦なく引いた。彼が使うのはダブルアクションのリボルバーだそうで、一度撃った後に撃鉄を再び起こす必要がないらしい。その通り、連続で三発ヴォルデモートをめがけて発砲すると、唖然とする周囲を置き去りにしてプロテゴの効果で跳弾した銃弾を"消失"させ被害を防いだ。なんという手慣れた動きだろうか。
マグルの武器を使う異様な魔法使いの姿に死喰い人は戦慄した。型破りすぎる。私もすでに鳥肌を立てている。ドントスタンドアップ、チキンスキン。今だけは落ち着いてくれ私。ここで倒れるわけにはいかないんだ。うっかり脳内オーバーヒートでバタンキューしてみろ、もう二度と外に出してもらえないかもしれないしうっかりするとリゾットたちが不死鳥とも敵対することになるぞ。魔法界らめええ。
「クルーシオ!」
イチイと不死鳥の尾羽根の杖から私めがけて磔の呪文がドバーン。私ヒエエ。リゾットとプロシュートがほぼ同時に攻撃を捨ててプロテゴ。それを見たヴォルデモートはにたりと笑みを浮かべた。
「お前たちの弱点はやはりその小娘か」
だからどうした、と言わんばかりにプロシュートが撃った。その手はもう読まれていて、ヴォルデモートは難なく防ぐ。
ここは退いてダンブルドアの指示に従うよう頼むべきだろうか。そうする方がダンブルドアの望みに適うっちゃあ適うだろう。駄菓子菓子。
一度は言ってみたい台詞というものがあるだろう。
こんな状況で、私は守られていて、二人が戦おうとしている。私のために戦おうとしている。だとするならばそれは助さん格さんならぬ―――。
「リゾット、プロシュート、やっておしまいなさい!」
この印籠が目に入らぬか。
情けなくも堂々とダンブルドアの後ろに隠れつつ、我が家のさいきょう暗殺チームことリゾット、プロシュート両名にえらそうに命令を下してみる。上司だったことを笠に着た。今では反省している。
「beneplacito」
了解の一言と共に、リゾットが駆けた。うわリゾットこわい、と私が考えるより早く周囲の動いていた死喰い人数人がジャラジャラジャラと音を立ててカミソリを吐き、ヴォルデモートにリゾットが肉薄した。煌めいた刃が男の喉元を切り裂く、と思ったところでベラトリックスがヴォルデモートを守るため放った魔法はプロシュートが防ぐ。そのプロシュートへの攻撃はダンブルドアが防いだ。完璧な布陣だ。
迷いなく刃を振り切ったリゾットだったが、その刃先が捉えたのは黒い煙だけだった。薙ぎ払うような形になって、任務不遂行を悟ったリゾットは、とん、と床を蹴って後ろへ跳んだ。
ヴォルデモートの退却を知った死喰い人たちが次々に姿を消していく。ベラトリックス・レストレンジもまた、シリウス・ブラックとルシウス・マルフォイ、そして残った私たちに呪詛を吐き、同じく身体を煙のように空気に溶かした。
破壊の限りをつくされた魔法省の中央で、プロシュートは拳銃をスーツの内に戻し、リゾットはナイフをホルダーに収めた。あっけにとられるドラコ君とパンジーの表情が私の目に焼き付いて、こちらもようやく息をつく。シリウスは姿を見せたハリー君に駆け寄りその無事を喜んでいるが、さっきまで危険だったのはオメーの方だからな。オメー死ぬところだったんだからな。
「ポルポ、すまない。……逃がした」
非常に真摯な眼差しで私を見下ろしたリゾットに、首を振って応える。気にしないで、私が急に無茶な要求をしてしまったんだ。それに対して君は最大限に動いてくれたよ。あんな無茶な要求に。マジでごめん。
残されたのは私たち不死鳥の騎士団サイドの人間と一人アウェイなルシウスさん、それから瓦礫の山と、吐き出された何枚ものカミソリと血だまりだけだった。そこへやって来たのはコーネリウス・ファッジ魔法大臣である。この惨状を目にして、とうとう彼は観念したようだった。
「本当に……"奴"が……」
絶望の呟きと共に崩れ落ちた大臣は、スーツが汚れることも構わずうなだれた。