さあ、ティータイムだ
ホルマジオのポケットの中で車酔いならぬホルマジオ酔いに耐える苦行を強いられている私は、いっそのこと背後から近付いて来た黒ずくめの男に後ろから殴られ気を失ってしまいたいと口元を手で押さえた。ホルマジオ、もっとゆっくり歩いて。
事の始まりはいつも通りの毎日にあった。
ダンブルドアの雲隠れの原因となったダンブルドア軍団は解散を余儀なくされ、私たちの活動は水面下のそのまた下、砂の中に埋もれるようにこそこそとしたものになっていた。具体的に言うと、みんなで集まらなくなったし、杖も振らなくなった。杖の代わりに魔法界のポッキーを持って呪文の練習だ。その動きの延長戦でポッキーを食べていれば表向きは誰も咎められないっちゅーわけさ。
そんな中、私は完全にぐったりしていた。暗殺チーム欠乏症だ。
暗殺チームには中毒性があると私は常々思っている。忘れている間も口寂しく、いざ食べるとなるとあまりのおいしさに夢中になる。一度味を覚えた私は暗殺チームのみんなを食べられないと禁断症状に苦しむことになる。この寮には暗殺チームのうち六人が揃っているけれど、談話室以外ではべたべた出来ないし、談話室で一緒にいられる時間だってそんなには多くない。うぐぐとうめいて指をかじるくらいには寂しい。
寂しいのだけど、寂しいのはみんなだって一緒だろうなと思うから口には出さない。だって基本的にずっと同じ空間で過ごしていた彼らが十数年にわたってここまで引き離されているんだよ。寂しくないわけないだろ。なんだかんだ言ってみんなお互いのことを好きだし、安心だって感じていると思う。うう、私が寂しいのと同じようにみんなも寂しいんだと思うと可愛すぎてよだれが出て来る。
よだれを飲み込み、ソルベとジェラートが厨房から堂々と持って戻って来たバタービールとローストチキン、ローストビーフにブラウンシチューなど、もはや談話室で食べるものではない軽食で気を紛らわせていた私。しかしおいしい物を食べて、近くに安心できる人がいて、その人たちにべったりくっついて寄りかかっていながら沈黙を貫けるだろうか。私は貫けなかった。
「……たりない」
思いがけずか細くて切なそうな声が出てしまい、ソルベとジェラートが物凄い勢いで私を振り返る。えっ女王さんまだ食いたい?作って来ようか、と申し出られて慌てて否定する。どんだけ空腹だと思われてるんだ。私はセイバーか。
「違う違う、大丈夫。……ちょっとね、もっと全員で集まってゆっくり出来たらいいのになって思ったのよ。最近学校もピリピリしてるし、みんなも目の敵にされて落ち着けてないでしょ?私も落ち着けてないのよ。こうしてみんなと一緒にいるのはすごく楽しいけど、お家帰りたいじゃん……?」
家でのんびり過ごしたいよー。
休みの期間は家に戻ろうかと思ったんだけど、みんな自分の生まれた家に帰らない人たちばっかりだからそれこそ寂しくて戻れない。いつもは夏休みみたいに私の家に集合してわいのわいのと賑やかに遊んでいるけど、闇の帝王かっこ笑いかっことじが復活してしまった今となってはガッツリ闇系に属する彼らのおうちが次代を担う我が子を逃してくれるわけもなく。面倒事を嫌う彼らは自然と居残りを選んだ。私も釣られて居残りを選んだが、まあなんというか閉鎖的なお休みだったね。談話室から出ないのなんのって。
そんなこんなを乗り越え小テストも乗り越え私たちは今現在に至るのだけど、そろそろ本気で遊びがたりない。もっと悪ふざけしたい。下ネタだってかましたい。おっぱいは大きくなってきたのにホグワーツという籠は委縮していくばかりだよ!?下品な上手いことを言いたくても言えないこんな魔法魔術学校なんて。
色んな思考を暖炉に放り込んで、とりあえず、特に足りない成分を言った。
「兄貴とペッシちゃんとリゾットちゃん成分がたりない!」
六人は顔を見合わせて、ついでにリュシアン君とパンジーとドラコ君も顔を見合わせて、あと知らない先輩も視線を巡らせた。
「だけどポルポさんはアンブリッジに目をつけられているからね。魔法薬学の教室にも、授業以外じゃ立ち入らないようにしてるんだろ?」
そうなんだよね。知らない先輩の言葉に同意する。アンブリッジがリゾットに付け入る隙を与えたくないから、今まで善意で任されていたレポートの提出係もパンジーに代わってもらったくらいだ。パンジーは戻って来るたびにああ疲れたと肩をすくめて、スネイプ先生は素晴らしい寮監だけれどあの部屋には長居したくないわねと毒を吐いている。スリザリン生なのにどうしてそう言うのかと問いかけてみたら、居心地が悪いのよとひどすぎる回答が返って来た。スネイプ先生泣いちゃうよ。
「リーダーんトコで良いなら俺が連れてってやろうか?」
「え、どういうこと?」
ホルマジオに連れて行かれて魔法薬学の教務室を訊ねるってそれこそ怪しくないか。
「バレねェようにすりゃあイイんだろ?ちょうど"リトルフィート"が形になったトコなんでな、実験がてら付き合ってくれや」
ローブの下に隠していた革製の鞘からナイフを引き抜いたホルマジオに驚くと、彼は私のぽかんとした顔をげらげらと声を立てて笑った。指をさすな。逆に曲げるぞ。
ホルマジオがリトルフィートの再現のため魔法具の開発に勤しんでいたことは知っていたが、まさかこうして提案できるほどに精度が高められていたとは知らなかった。イルーゾォたちは平然としているから、彼らは内々で情報を交換し合ったりしていたのかもしれない。持ち技のサバスが一点特化だった私ポツン。面白すぎる流れだ。
ドラコ君とパンジー率いる高等尋問官親衛隊のやる気のない持ち物検査を華麗にスルーしたホルマジオは、魔法薬学教室の扉を閉めた時点で私をポケットから取り出した。激しく乗り物酔いを起こしていた私はリトルフィートが解除されても、床にしゃがみ込んでホルマジオに縋りつくばかりである。16,7の青年の歩幅に数十分の一スケールの私がついて行けるはずがなかった。
「オメーは弱ェなあ……」
「君たちが強すぎるのよ……」
アイアム一般人。
ホルマジオらしいしゃがみ方をして私の背中に手を当ててくれたホルマジオは、そのまま慣れたように、吐き気を落ち着けるようにさすってくれる。慣れてるね。
「オメーみたいに酔うヤツがいるんだよ」
「イルーゾォですね」
「オウ。あいつも車に弱くてよォー。オメーも知ってっと思うけど」
気を紛らわせるためか、ホルマジオは車にまつわる面白いエピソードをいくつか教えてくれた。ペッシちゃんとプロシュートが車に乗る時は必ずプロシュートが運転してあげるのだとか、イルーゾォがメローネの悪ふざけした頭文字Mの運転で気絶したのだとか、ギアッチョが苛立って殴ったから車のラジオは使えなくなったのだとか。
似たようなものを聞いたことはあるし、中には知っているものもあった。ペッシちゃんとプロシュートの話とか、イルーゾォが車に弱いこととか。
だけどギアッチョが苛立って車のラジオを使えなくしたことや(マフラーを蹴って歪ませたことは知っているけれど)メローネが追手とカーチェイスを繰り広げたこと、ソルベとジェラートが運転しながらタイヤを狙撃したエピソードなんかは一度も聞いたことがなかったし、そんなお仕事を渡した憶えもなかった。
「訊いたら自爆しそうなんだけど、それってどの時点での話?」
「オメーがいねェ世界だよ。あん時はひどかったなァー、全員仕事に打ち込みまくってよォ、上層部はクソだったがそれなりに儲けたんだぜ」
からっと笑っているけど笑いどころが全然解らん。やっぱり私が自爆したし。
けれど、ナニかな。ホルマジオがあえてこの話題を出したってことは、"聞いてほしがって"いたのかもしれない。私がいなかった時の話をすることで、今更だけど、心の整理をつけたい気持ちがあったのかな。色々と憶えているって、便利だけど大変なことでもある。私は聞いているだけだけど、そんなんで良かったらいつだって付き合うよ。
「もう5年も経ったがよー、……オメーにまた会えて、マジに良かったよ」
キュンとした。ヤバい不意打ちだった。
優しい顔をして、優しい声で私との再会を5年越しに祝福してくれたものだから、私はこみ上げる感情を堪えることを放棄した。理性何それおいしいの。ここは寮の外だけど誰も見てなきゃ20cmの規則だって無効だよ。イリーガルに生きて行こう。手を伸ばしてホルマジオに飛びついた。かわいいかわいいあああかわいい私もうれしかったよみんなに会えなきゃこの人生きっとこんなにしあわせで輝いたりしていなかったよお。すりすりと頬に頬をくっつける。
「おーおー、俺も嬉しかったし、今だって嬉しいぜェ。ところでオメー、もう気持ち悪さはねーか?」
「吹き飛んだ……!ありがとうホルマジオおねえちゃん」
「性別忘れんなって前にも言っただろォーがよォー……」
かみまみた。わざとだよ。
一通りごつい青年をよしよしして大きなおっぱいの包容力をマックスに活用すると、ホルマジオはおもむろに手を握っては開いて、何かを思い出すようにしてから、ブラウスの上から私の胸を鷲掴みにした。数回揉まれる。
「まだ前よりは小せェなー」
「15歳だからねえ」
「だよなァ。つーかオメーも揉ませんな。抵抗しろ。また誰彼かまわず揉ませてんじゃねェよな?」
揉んだのはあんただろ何言ってんだ。あとこのホグワーツには人の胸を問答無用で揉んでくるような不埒な生徒はいないよ。みんなそういうところはきちんとしているよね。からかって面白そうなドラコ君にはパンジーガードがついているし、ネビル君は可哀想だし、ハリー君たちはガチで引きそうだから私も立場をわきまえて大人として振る舞っているから、今のところはスネイプ先生の手を胸に持って行ってそのまま拳で額をどつかれた経験しかない。
「やってんじゃねェかよ……」
それくらいはおっぱいジョークだよ、ホルマジオ。
力強い手に引き上げられて楽々立ち上がる。介助してもらうならホルマジオだな。他のみんなは色んな方面から見て危険すぎる。イルーゾォは非力。ホルマジオが一番安定している。
握られた手は用事を終えてすぐに離されかけたが、なんとなく気が向いたので追いかけてぎゅっと握りしめた。見よ、これが私の実力だ。女子の手のひらは柔らかかろう。恋人も作らないストイックなガチムチ予備軍には羨ましかろう。存分に味わいたまえ。
ニコッと笑いかけると、ホルマジオが苦笑した。オメーはもっと物事を深く考えた方がいいぜと忠告されてしまったのだが意味がわからない。私ほど物事を深く考えている人間もそうそういないと思うわよと真顔で言ってから教務室の戸をたたく。入れ、と許可が寄越されて、私たちの声は自然と揃った。
「お邪魔します」
「邪魔するぜー」
ぱたんと戸が閉まって、鍵だけではなく、ひっそりと防音の魔法が施された。
教務室の室温は一定に保たれ、スネイプ先生もネエロ先生もローブをハンガーにかけている。スネイプ先生はいつもの黒い詰襟の衣服を着用し、今日のリゾットは黒色のワイシャツの上のボタンを二個開けてセクシーさを演出している。いや、演出しているつもりなど毛ほどもなくただ単にくつろいだ結果だと思うのだけど、こういう無防備な姿をスネイプ先生の前で晒しているのかと思うとごくりと喉が鳴るね。ユニクロをスマートに着こなすイケメンが非モテ四十路スネイプ先生の前でそんな首元をさらけ出してちゃあ目に毒だよ。
スネイプ先生は私とホルマジオを見るなり、何か言いたげに開いた口を強引にへの字に曲げた。嫌みと皮肉がぽんぽん飛び出したのでこちらも下ネタで応戦。倫理から解き放たれた私は強いぞ。
「……で、貴様らは何をしに来た?」
「解ってるくせにー。先生に会いに来たんですよ」
「……それはもちろんネエロだな?」
そんなに警戒しなくてもネエロだよ。スネイプ先生に会いに来たよ、なんてハートマークを添付してのたまって生きて帰れるとは思ってはいない。
ホルマジオに文字通りお尻を叩かれる。スネイプ先生も黙認するつもりらしく、むしろ私に早く行けと視線でリゾットを示して見せるくらいだ。リゾットは「あんたそれ速記?」と聞きたくなる速度でメモを取って魔法で黒板にそれを数枚貼り付けると、ペンを置いてスネイプ先生を見た。私も釣られてスネイプ先生を見る。しかめっ面の教授が頷く。
リゾットは椅子から立ち上がって私の名前を呼んだ。私はリゾットの狗なのでわんわんお。室内の全員が"許可する"と言っているような気がしたのでリゾットに飛びついた。わーいリゾットちゃんだー!飛びついた私をリゾットちゃんはしっかり受け止めてくれる。この安定感がたまらないのですよ。これですよこれ。
「癒されるー……」
「この男に癒されるのは貴様くらいだろうな。我輩にはいまだ到底理解できん……」
いやいやいや、絶対世の中の女子も男子もみんなリゾットちゃんテラピーで心のコリをすっかりばっちりほぐされちゃうって。リゾット・ネエロとはそういう男だって。絶対そうだよ。
「セブルス、お前も俺に"癒され"てみたいのか?」
「そんなわけがあるか」
何だこの子たちかわいい会話してんじゃないわよ食べちゃうぞ、と反射的に思ってからあることに気づいて全身に鳥肌が立った。鳥肌注意って先に書いておいてもらわないと困る。え、え、どういうこと。思わずリゾットから離れようと身を反らすと、引きとめるように抱き寄せられた。いやいやいや、今はそういう場合じゃないんだ。嬉しいけどそうじゃないんだ。ホルマジオ代弁してくれ。
素晴らしい姉貴分、じゃなかった、素晴らしいおにいちゃんであるホルマジオは立派に私の気持ちを代弁してくれた。
「リーダーあんた、なんでスネイプを―――」
「教師に対する態度を取りたまえ」
「スネイプ"先生"を名前で呼ぶようになってんだよ?」
それだよ、私が気になったのは!
リゾットはついこの間まで、いや、記憶している限り先週の授業ではスネイプ先生のことを"教授"とかなんとか、親しみを感じさせない呼び方で呼んでいたはずなのに、もしかしてプライベートではずっと名前で呼んでいたのか。もしかしてスネイプ先生も私たちがいないところではリゾットのことを"ネエロ"じゃあなくて"リゾット"って呼んでるのか。二人の仲はドキドキ進展しちゃってるのか。ねえどういうことなの。薄い本が分厚くなるの。脳内の印刷所が大盛況で冊刷りが間に合わなくなっちゃうの。
激しく混乱した私はリゾットの腕の中で硬直していたわけだが、問題の彼は至極簡潔にこう言った。
「呼べと言われたからだ」
とんでもない爆弾発言だった。
「貴様は言葉を省きすぎだ。我輩は"ファミリーネームを呼び捨てにされるよりも名前を呼び捨てにされた方が馴染みがある"と言っただけで、ネエロに特別名前で呼ばれたいと思ったわけではない」
そ、そうだよね。びっくりした。リゾットは人を誘うのが上手いな。意識しているわけではないのに私のツボを突いてくるから私は毎回釣られまくっている。正直今も興奮した。ありがとね、元気出たよ。リゾットちゃんとハグをしてリゾットちゃんの面倒がって言葉を少なくするその癖を楽しんでいるだけで私の体力はリジェネが掛かったように回復していく。
リゾットの体力や気力が減っているかどうかという問題は議論しないことにして、私はせめてものお礼にこの柔らかさとボリュームを増した魅惑のおっぱいでお礼をしようと思いリゾットを椅子に座らせた。足の間に入れてもらって真正面から、ぱふり。スネイプ先生はホルマジオに紅茶を淹れてあげていたが、杖を操るその手元が狂って紅茶がカップから零れかけた。
「ねえねえ癒される?リゾットちゃん」
調子に乗ってきいてみると、リゾットは静かに私を押しのけた。
「そうだな、癒された」
どうでもよさそうだった。クールな猫かきさまは。リゾットはどうやったら癒されるのかしらね。ポルポにはわかりません。もち巾着とか食べてる時に癒されるのかな?そんなリゾット見たことないけど。
ホルマジオと同じように半分セルフサービスで紅茶をいただこうかと思ったら、リゾットがスネイプ先生からティーポットを受け取ってカップに注いでくれた。ミルクと混ぜて角砂糖を溶かし、くるくるとスプーンで紅茶がかき混ぜられ、私の好きなミルクティーが完成する。
スネイプ先生は席を二つ用意し、そのうち一つには足をガッと開いてホルマジオが座っている。せっかくだからリゾットの隣で飲みたいなと思った私は、座っているリゾットを見下ろして首を傾げた。隣にいていい?訊ねると首肯をいただけた。やったーありがとー。リゾットは私のためにスペースを空けてくれたので、椅子を持ってそこに収まった。ほああリゾットちゃんかわいい。この至近距離にいるとリゾットちゃんのオーラにあてられてメロメロになってしまう。はあ、ポジティブに雌猫化しよう。
「スネイプ先生もストレス溜まってませんか?今ならただで揉めますよ、現役ホグワーツ生のおっぱい」
「……減点されたいのかね?それとも退学処分か?」
どっちをやっても損をするのはスネイプ先生だと言うところが教職員の立場の強弱のポイントですな。ホルマジオがスネイプ先生を宥めて、私はカップに口をつけた。ふうふうふうふう吹き冷ましているとリゾットの視線を感じた。熱冷ましの魔法でもかけてくれるんかなと期待して顔を上げたが、リゾットはただ私を見つめるだけで、そっと目を細めて動きを続けるように促した。あ、はい。見てただけか。なんで見てるんだろう。
「……飲む?」
「飲まない。……冷めたか?」
「ん……、うん、ごめんねフーフーしてて」
フーフー吹くならファンファーレでも吹いていた方がお似合いだよね。
リゾットはゆるゆると首を振って、私の頬の横に垂れる髪を耳にかけた。くすぐったいけどありがとう、邪魔そうに見えたのかな。心なしか視界の端のスネイプ先生がうざったそうにしているんだけど目の前でいちゃついていると思われたのかな。ごめんね違うんだよ。私は紅茶に夢中だし、リゾットもたぶん几帳面だから気になっちゃっただけなんだよ。
ようやく甘いミルクティーを飲み、息を吐く。淹れてくれた人の前でいつまでも息を吹きかけ続けるのって凄く失礼な気がしていつも胸が痛い。でも冷まさないと飲めないから、このひと時は緊張から解き放たれる一瞬だ。爽快。
「ポルポ、一つ訊きたいことがあったんだ」
「うん?どうしたの、ネエロ先生」
冗談めかして笑いかけると、リゾットは真面目な顔をして言った。
「どこか具合が悪いところはないか?」
「……ちょっと待って、なんか入れた?」
思わずカップを見下ろす。何もないように見えたので首をかしげると、ホルマジオがぶひゃははは、と膝を何度もたたいて笑う。違ェよオメーが飯食わなかった時があったろ、そん時のことを心配してんだよリーダーは。そう言われ、ある夕食の場面を思い出す。そういえば食べなかった時があったっけ。お前もかブルータス。しかも結構前のことだよそれ。でもリゾットは私と話す機会もなく、手紙のやりとりもプライベートなど紙切れよりも軽いこのホグワーツではアンブリッジの検閲を免れない。みんなから携帯魔法電話で話を聞いたかもしれないけど、こうして直接確かめるということは、やっぱりずっと心配してくれていたのだろう。な、なんかごめん、ただチョコレートを食べすぎただけなんだ。満腹中枢が久しぶりに仕事をしただけなんだ。
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとね。ちょっとね……」
「ちょーっとチョコを食いすぎたんだよなァ?」
ハッキリ言うなよはぐらかしたいだろ。
スネイプ先生の冷ややかな視線とリゾットの読めない眼差しが突き刺さって痛かった。ご、……ごめんなさい……。
「怒ってはいない。既に話は聞いていた」
あ、そう?良かったのか悪かったのか。
惜しみながらも魔法薬学教務室を後にした私たちは、図書館にでも行こうかと階段を上っていた。
とりとめのない会話は私の十八番だ。意味のない無駄無駄WRYな話をして動く階段に身を任せていると、落ち込んだ様子のセドリック君が見えた。どうしたんだろう、と若い子が心配になる。ホルマジオに了承を得ると、私は彼に近づいた。セドリック君は私に気づくと顔を上げ、社交辞令と一目で解る笑みを浮かべた。どうしたのと率直に様子を窺うと、セドリック君は再び視線を落とした。
「チョウがね……」
チョウちゃんがどうした。
DAの存在をアンブリッジに密告した―――……と、思われているチョウちゃんへの風当たりは強い。みんなからの、仲間からの裏切り者扱いは少女の心にはこたえるのだろう。セドリック君はそんなチョウちゃんを心配して毎日ついていてあげているのだそうだが、ついさっき彼女は一種の摂食障害に陥りかけているとマダム・ポンフリーの診断が下されたらしい。食べ物に恐怖心を抱いていて、誰かが毒見したものではないと食べられないのだ。明らかに、真実薬を無理やり飲まされたことが原因だった。うわあ、アンブリッジ救えない。
「心配だね……、セドリック君は大丈夫?」
「チョウの力にもなれなくて悔しいよ。だけど僕自身は大丈夫だ」
どうにかしてあげたいけど、私にできることってなんだろう。私が相談に乗ったところで彼女の心を慰められるとは思えない。しかしここで、がんばってね、と見送るのも気分的に宜しくない。
「オメーのダチだろ?会いに行って来いよ」
ホルマジオはそう言って私の肩に手を置いた。見上げると、明るい表情で後押しをされる。良いと言うなら、行って来ようかな。
ホルマジオと別れ、次に会う時は寮だねと約束してからセドリック君と20cmぶん離れて歩く。
チョウちゃんはアンブリッジの執務室がある三階をひどく怖がっているらしく、プライベートでは決して近づかないようになったらしい。セドリック君の話によると、当日に高等尋問官から呼び出しを受けたチョウちゃんはアンブリッジ、フィルチ、スネイプ先生の前で真実薬を無理やり飲まされ洗いざらいすべてゲロらされたらしいのだけど、その場に親衛隊はいなかったとのこと。チョウちゃんは泣きながら言ったそうだ。法律に反したことをしているという意識はあるのよ、あのひとにも、と。確かに親衛隊の誰かがリークしたら、さすがに魔法省としても庇いきれない可能性が出て来るもんね。
そんなチョウちゃんは図書館のあるこの二階、小さな部屋にこもっているらしい。セドリック君に連れて来られたその部屋は数年前に『みぞの鏡』を安置していた場所だったが、もちろん私がそんなことを知るはずもない。
部屋は埃っぽく、使われていない洋館の一室そのもののにおいがした。どこか落ち着くが、肌寒くも感じる。
「チョウ、ポルポが来てくれたよ」
「ポル、ポ……?」
私も注意してレイブンクローの席など見ることはないし、基本的に周囲のことで手いっぱい、最近はリュシアン少年のことも気にしていてチョウちゃんのことはあまり意識に置いていなかったが、そのことを後悔してしまうくらいのやつれっぷりだった。あわわわ今年はやつれてる人が多い。ハードな一年だ。
床に積もった埃を舞い上げてチョウちゃんに近づいて、握りしめられすぎてすっかりしわになった男物のハンカチの代わりに使ってくれとポケットから刺繍の入った自分のハンカチを取り出す。手渡すと、チョウちゃんはもう泣くこともせずに、ありがとう、と言った。
「ご飯食べられてないんだって?」
「……えぇ」
重苦しい声で肯定してから、彼女はちょっとだけ笑った。ナニナニ?
「一番最初に気にすることがご飯なんですもの」
別にマジでそれしか気になっていない訳じゃあなくて、ただついさっき話を聞いたばっかりだから気になっただけなんだけどな。まあいいか。笑ってくれたのならそれはそれで。
どうしてご飯が食べられないのかというと、やっぱり真実薬を飲まされたことがトラウマになっているんだろうか。あれにもこれにも薬が混入されているような気がしてしまうというやつか。私も一時期バナナに疑心暗鬼になりバナナ断ちをした経験があるから、ちょっとだけ気持ちわかるよ。
何かしてあげたい気持ちは山々なのだが、いったいどうしたらいいのかな。食事は問題ないんだよと教えるなんてことは専門家でもない私に出来るわけないし、ああもう、なんか今年はこんな状況ばっかりだなあ。
手持無沙汰に鞄をさぐって飴ちゃんでもあげようかと思った時、ある物の存在を思い出した。二つ思い出したうち、一つは却下する。毒に変化してたら目も当てられない。スネイプ先生の薬だからそんなことにはなっていないと思うけど、万が一ってことがあるからね。
ポーチから出すのは不透明な小瓶だ。びくっと身をすくませたチョウちゃん、ごめん。これ違うやつ。
「スネイプ先生が私に満腹になる薬をくれたんだけどね」
私が飲むタイミングを逃しまくったことや、毒に変化していたら困るからと解毒剤を渡されたことを説明する。ついでに小瓶から少しだけ手に中身をこぼして液体を舐めてみる。
「……ど、……どう?」
チョウちゃんがおそるおそる訊ねて来る。私はこの味の正体を記憶の底から掘り起こして名前を言った。キャラメルの味がする。
「キャラメル……?」
「おいしいよこれ」
「そんなジュースみたいな味なの?」
魔法界にはキャラメルとフルーツのジュースがあるんだよ。それとはちょっと違うけど、焦がしたキャラメルの味はとてもおいしかった。これは飲みたくなる解毒剤だ。また作ってもらおう。
「これ、渡しておく。何かあったらすぐに飲んだらいいよ」
「で、でも、そうしたらポルポが……困るんじゃない?」
「またスネイプ先生に作ってくださいってお願いしてみるわ」
「……」
チョウちゃんはしばらく私の手の中の小瓶を凝視して、そっと手を出した。載せてあげると、ぎゅっと握りしめた手を膝の上に置いた。ありがとう、とお礼を言われて、出来た子だなあと思う。普通信じないぜ。私の信頼が爆発的にマーベラスだというワケじゃあないだろうし、これはチョウちゃんの精神がすごく大人だということだろう。もちろんそれは本物の解毒剤なんだけどさ。
「よかったね、チョウ」
「えぇ……。ありがとう、ポルポ。何かあったら、すぐに……すぐに飲む」
「チョウちゃんが自分で飲めない時はセドリック君が口移ししてあげるんだよ」
「わっ、そ、……そんな、く、口移しだなんて!」
セドリック君が顔を真っ赤にしてしまったんだけどもしかして初キスもまだな初心カップルだった?ごめん、まあ私も人のこと言えないくらいキスとは縁がなかったんだけどそんな反応されるとおばちゃんみたいな気分になるよ。
セドリック君とチョウちゃんをからかいながら時間を過ごす。授業はもう夜の天文学しかなかったので、夕食の時間までの間を私はこの冷えた埃っぽい部屋で過ごしたのだった。