さあ、新学期タイムだ


学校はとある人物の噂でもちきりだった。説明するまでもなく、ドローレス・アンブリッジのことである。
全身ピンク色の偏執的なフォーマルスーツに身を包んだアンブリッジ先生は生徒たちの心に強烈なインパクトを残して、彼女にとっては幸先の良いスタートを切った。子供が嫌いだと言うけれど、ファッジに命じられたから頑張って役目をこなそうとしているところは良い部下なんだなあと思わなくもないが、まあ思うだけである。人物としては苦手な部類に入るし、あまり好感を抱けないのは、私たちが『変人』と呼ばれるカテゴリに属している、からだろうか。
非常に不本意なんだけどこの世界にギャングの常識は通じないので、ただでさえ異質な暗殺チームのみんなは浮きまくっているし、そんな彼らの中心人物として私も結構な勢いで遠巻きにされている。中にはハーマイオニーちゃんやジニーちゃんみたいに寮が違うのに話しかけてくれる子もいるけど、基本的に交友関係は浅いし狭い。彼らがいなかったらぼっちだ。泣いてないよ、慣れてるから。
そんな『変人』グループを、日本の古き教育が如く全員の頭を金づちでたたいて統一された高さに揃えようとしている魔法省が快く思うはずもなく。
案の定、主人公グループの突出した個性に加えて、私たちもまた『改革』のターゲットとなってしまった。
きっかけはソルベとジェラートの爆笑だ。
ピンク色のスーツを着た女性が壇上に割り込んだ時点で腹筋が決壊し、静まりかえった大広間に笑い声が響いた。それに釣られて数人の生徒が堪えていた笑いを噴き出し二次被害。大いに気分を害したドローレス・アンブリッジが私たちに目をつけるのは当然のことだろう。
彼女のこちらに対する姿勢が明らかになったのは、初めての『闇の魔術に対する防衛術』の授業だった。
魔法で遊ぶ生徒たちを笑顔で抑えたミスアンブリッジは杖を収め、分厚い教科書を配りながら言った。
「この授業では杖を振り回したり愚かな呪文を唱えたりはしません」
その台詞どっかで聞いたことあるなと思ったらスネイプ先生が私たちに一番最初に告げた、私にとって非常にクールに映った殺し文句の一部にそっくりなんだわ。この授業では杖を振ったりばかげた呪文を唱えたりはしない、だったっけ?アレ格好良かったよねえ。しかし口にする人物によってこんなに印象が変わるとは、人間とは不思議な生き物だ。
「では、誰かに襲われた時の対策はどうやって学ぶんですか?」
手を挙げずに質問をしたのはハリー君だった。今年は髪の毛を短く切り整え、16歳らしいたくましさを徐々に見つけて来た青年は、後ろから見てもなかなか堂々として見える。今は針の筵の中にいるような気持ちだろうけど、おねえさんは一応君の味方だよ。色々と知っている身としてはハリー君を応援していく所存です。
「誰に襲われると言うのです?あなたのような子供を」
「そうですね。例えば……ヴォルデモートとか」
「バカなこと!」
ばっさり切り捨てたアンブリッジは鼻を大きく膨らませて息を整え、恐怖を押し隠す。じっと見ていた私は、ぐるりと教室を見まわした彼女の透き通るような青い瞳と目が合って、その中に何かへの執着を見た。権力か、上司への愛か。判別する前に彼女はヴォルデモート復活を否定しに入ってしまったから、そのまま視線はすれ違う。
「たかが人の復活がどうこうってだけでこんなにピリピリしなくたって、もう一度殺しちまえば一緒なのにな。そう思わないかい、ポルポ」
「一度でも復活したらすごいことなんだよメローネちゃん。倒せるかもわからないし、もしかしたら一度だけじゃなくて何回でも蘇るかも、って怖くなるから考えたくないんじゃない?」
ぼそぼそと話しかけられたのでひそひそと返すと、あははとメローネが笑い声をあげた。何回も蘇るってゾンビみたいだね、と場にそぐわない明るい声を出した。プロシュートがそれを穏便に咎めるより先に、話を中断させられたアンブリッジはぴくりと頬を引きつらせた。
「ミスターアトマ。わたくしが話している時に無駄話をしないでちょうだい」
「面白い話だったらちゃんと聞くよ」
「メローネ、やめとけ」
「だって面白くないんだもん」
もん、だなんて可愛らしさを装っても意味はナッシング。アンブリッジ先生は、デマを吹聴するハリー君と、授業態度が非常に悪く教師に反抗的な態度を取ったメローネに罰則を言いつけたのだった。今度は私の頬が引きつる。その罰則って、手の甲が痛くなるやつじゃないの。思い浮かべただけでない筈のタマがヒュンッてなるやつじゃないの。おっと、お下品。
私の隣で罰則の申し渡しに肩をすくめてみせるメローネは恐らく、"明らかにこちらに敵意を持っている"アンブリッジという存在を前に、相手がどういう手札を揃えているのかを確かめる為の斥候を買って出たのだろう。痛みや嫌悪感にはみんな慣れているが、彼は相手の手管を読み切り最も効率のいい対処法を編み出すことに長けている。
解っちゃあいるけど、まあ、納得はできないよねえ。えげつない方法を知っているから、余計にそうだ。
うう、しかし私が代わりに出ると言うのも彼らの気持ちを無碍にすることだし、アンブリッジにそういった小細工は通じないどころか『変人たち』への切り札を与えてしまうことになる。黙っているしかないわけだ。無力すぎてごめん。

メローネが罰則を受けている間、私は寮で大人しくしているのもすわりが悪く、かといって勉強に集中できる精神状態でもなかった。今頃メローネの左か右の手の甲には傷が刻まれているのだろう。彼は両利きだからどっちで書くのかはわからない。
ああ、なんて書かされているんだろう。あんなイベントにメローネが。心配だ。
心配すぎてやっていられないので、外の空気でも吸うかと外廊下へ向かう階段を下りた。
角を曲がって、人気のない二階にやって来る。目的の場所までローブの裾をなびかせながら精一杯颯爽と歩いていると、ぐすん、と大きく鼻をすする音が聞こえた。ぴたりと足を止めて、右を見て、左を見る。後ろから聞こえたような気がするが、すれ違う数人の生徒の様子を見ると、ある場所を一瞥しただけでそそくさと立ち去ってしまっている。空元気を装うことに夢中で全然気づかなかったけど誰か泣いてね?
一体どうした足でもくじいたか。ていうかなんでみんな無視してるんだ。厄介ごとに関わりたくないシンドロームかな。英国紳士の名が廃るぞ。
勝手なことを想いながら振り返ってその角を覗き込む私。泣いている人の姿を見た瞬間、ああ、と納得した。
奥まった廊下の壁に背をくっつけしゃがみこんで、時折ぐすんと小さくしゃくりあげているのは、リュシアン・レスティン少年だった。
彼の立場が悪いことには気づいていた。
スリザリンからしてみればリュシアン少年は学期末に取り返しようもないほど大きく減点され寮杯を遠ざけた存在だし、グリフィンドールからしてみれば悪名高いらしいレスティン家の跡取り息子、しかも一般生徒―――と私自身は言い張りたいけど―――を、"理由はわからないが"誘拐した犯人でもある。印象が良いわけもない。
ちなみになんで"理由"について誰も何も言及してこないのかというと、そいつはもちろんヴォルデモートの存在を信じたくないからだ。あくまで"諦めの悪い"闇の魔法使いに生贄にされかけた可哀想な女子生徒扱い。そんな苦しい言い訳を貫いていて大丈夫か?大丈夫じゃないけどそう信じるしかないんだろうなあ。ハリー・ポッターとギアッチョ・アトマ、それから私という被害者の三人が事態を目撃していても、大多数の前では無力なのだよ。特に某魔法省の某魔法大臣がこっちをホラ吹き扱いしてるんだからやりようがない。元々やる気なんてなかったわけだが。
リュシアン・レスティン君は寮でも、ホグワーツでも、扱いが悪い生徒となってしまった。先生方は最大限の配慮をしているようだけど減点については容赦がなかったし、こうして彼がひとりぽっちになっていることまでには目が行き届かないのだろう。結果として、誰からも見つけられず、少年はこうして小さくなっている。
しばらくその曲がり角の前で立ち止まった後、私は足を進めることにした。前に進んで、リュシアン少年の上に影を作る。
「リュシアン君、廊下は冷えるよ」
なんて話しかければ彼に受け入れられるか、なんてことは考えず、とりあえず思ったことを伝えてみた。
リュシアン少年はゆっくりと顔を上げた。涙をこらえて噛み締められた唇は真っ赤に腫れて、鼻の頭も頬も林檎のような色に染まっている。13歳ぐらいの少年がするには痛々しすぎる表情だ。
私は気の利いた慰めの文句なんて知りはしないし、特に慰めようとも思っていなかった。ただ、ここで泣いているのは可哀想だなあと捨て猫をみつけたような気持になってしまったのだ。要するにお節介。
「おいで。もっと暖かい場所を教えてあげるよ」
手を差し出すと、リュシアン君はこちらを見上げて一つしゃっくりをして、たっぷり三十秒は私を見つめてから小さな手を伸ばした。熱い手を握りしめて、引っ張り上げる。そのまま手を繋いで、私は目的地を変えた。外なんて見てる場合じゃあなさそうだ。
「う、うぅ、うわああぁあん」
前までのお気に入りの場所は日のよく当たる人けのない階段だったのだけど、廊下に座るのは冷えるよと言った手前そこに案内するわけにもいかない。もう一つの隠れ場所としてキープしてある誰も使わない少人数用の教室に案内すると、リュシアン君は途方に暮れた顔をしてわんわんと泣き始めた。私以外誰もいないし、生徒も教師もやって来ない隠れ場所だと知ったからかな。涙腺って緩むよね、わかるわかる。とりあえず胸に抱き寄せた。
なんだか随分昔にもこうした記憶がある。私って捨て猫拾いすぎじゃね?お世話するお金はあるからいいんですけど。この場合はそういう問題じゃないよね。

ようやく椅子に座って、トートバッグからチョコレートを取り出す。魔法界の物かと思った?残念さやかちゃんでした!いや違う、マグルの世界のアーモンドチョコレートだ。
リュシアン君に勧めると、少し躊躇してから口を開けた。食わせろと言うの?
口を開かれたら中に食べ物をぶち込みなさいってばっちゃが言ってたので遠慮なくぶち込んだ。もごもごと甘すぎるチョコレートを食べるリュシアン君はちょっと落ち着いたらしい。
「詮索するつもりじゃないけど、君大丈夫?」
「……母様が……言いつけられた任務を、成功させられなかったから、役立たずだって……」
随分と極論を扱うお母様ですねとはようよう言わなかった。それより先に成功させられなかった任務っておまえ、私を誘拐することだろ?それを私の前で言うってどうなの。魔法使いアバウト。
「イル、イルーゾォも、僕を無能だって言った……、あのイルーゾォに、言われたけど、悔しいって思うより、ずっと怖くて、怖くて……」
イルーゾォ何やってんの。どんな方法でメンタルバキバキにしたのか知らないけどすごいビビられてるよ。
「みんなからいらないって、言われる夢を見るんです……みんな僕のことなんて知らないみたいに……いないみたいに扱うから……」
私は被害者な筈なのに謎の罪悪感が襲ってくる。ご、ごめん、私がリゾットのエサになれなかったばっかりに……?
これ誰が悪いの。私か?リュシアン君のお母さんか?いやいやそうじゃないだろ。全部ヴォルデモートが悪い。これだろ。ヴォルデモートがわるい。
「僕は……、……僕はずっと居場所が欲しかったんです。イルーゾォは、ずっと話題の中心にいました。僕はあいつより……あの人より出来がいいって言われているのに、あの人には絶対に勝てない気がしていました……だから見返してやりたかったんです。色んな人を……」
コンプレックスってやつですか。イルーゾォに勝てないという予感は正しいよ。たぶん君は勝てないぜ。
うーむ、しかし、まあ、何というか。可哀想な環境にいたなあ、ととにかくその一言しか出てこない。聞きかじっただけの私が同情を寄せるのはとても失礼なことだとは思うのだが、魔法界が生み出した闇というか、この少年の未来に暗いものしか見えなくてなぜか私がつらくなる。ええっと、落ち着こう。
「よし解った。じゃあ見返してやろう」
「……え?」
胸が痛くなるばっかりで楽しくない話なので長引かせたくなかった。今では反省している。
「これから見返してやればいいじゃん。君の成長性は知らないけど、まだ若いじゃん。行けるって」
「あ、……あなたは……僕を責めないんですか……?」
私は責めないぞ。痛かったけど死ななかったから結果オーライ。彼らに手を出されていたら激おこぷんぷんで一生許さなかっただろうけど私のことだしモーマンタイ。
人のことを恨んだり責め続けたりするのって、すごくエネルギーのいることだ。私はただでさえエネルギーがたりていないのだから、そんなことに費やす余裕なんてない。人生は楽しく生きないと損だ。三回やってるけど、それが私の出した結論。
「君が気にするべきなのは私じゃない。自分の行動の何がいけなかったのかを理解して、失われた信頼を取り戻すことが先決だよ。努力をすれば必ず報われるなんてことは言えないけど、その努力を見ている人は絶対にいるよ」
「ポルポ、さん……」
リュシアン君はまた涙を浮かべて、おおっ泣くか?と思ったらローブの袖で強く目をこすった。
「僕にも……できるでしょうか……?あなたみたいな、そんな考え方が……」
私の考え方は特別じゃあないんだぜ、どっちかっていうと君が特殊なんだぜ。
でもそういうことは放り捨てた。今必要なのは力強い同意かなあと思ったのでね。
「できるよ。私にだってできるんだもん。私より優秀な君にできない筈がない」
仕上げにギュッと抱きしめてみると、リュシアン君は小さく頷いた。よし、少年のメンタルを復活させたぞ。
この様子だとイルーゾォにおそれをなしているからもうこちらに絡んでは来ないだろうし、彼はこれから自分との戦いに忙しくなるだろう。一度気になってしまったので様子は見ておくとして、あんまりヤバい方向に進むようならアドバイスする方向で行っておけば共存イケるんじゃないかなって。

翌朝、手の甲傷だらけのメローネと話している時に、恐る恐るリュシアン君が挨拶をしてきた。
「お……おはよう、ございます」
「あ、おはよう」
「へえ……おはよう」
不穏な声音を吐息に載せたメローネにびくりと身をすくませたリュシアン君だったが、ごくりとつばを飲み込むと、私の向かにいるイルーゾォに素早く視線をやってすぐに目を逸らし、そのまま自分の爪先を凝視して絞り出すように言った。
「お、おは、おはようございます」
イルーゾォはちょっとだけ怪訝そうに眉を動かして、私を見た後に挨拶を返した。ホルマジオもソルジェラもそれに続いた。ギアッチョは普段から他人に挨拶をしないので、周りは誰も気にしない。
ただ、一番リュシアン少年に禍根を持っていそうな私たちが普通に対応したことにスリザリンテーブルがざわついたようだった。誰が誰に挨拶をしようがそんなの関係ないさと言いたいところだけどそうもいかないのが魔法界貴族社会。ここはベルサイユか。イギリスだぞ。
「もう……何やってんのよあんたたち。……レスティン、こっち座れば?いいのよね、ポルポ」
「おう」
場の空気を見かねたパンジーが一つ席を空けた。ドラコ君にすり寄る形になって、彼も座り直す。パンジーはむっつりとしていたけど、私と自分の間にリュシアン少年を座らせてテーブルに向き直った。リュシアン少年は物凄く居心地悪そうにしている。
「シリアル食べる?」
なけなしの気を遣ってボウルを差し出す。
「あ、いえ……僕は朝はポテトを食べることにしているので」
「オメーよく断ったなァ……」
ホルマジオごもっとも。ここで断れる君は大物になれるよ。
「じゃあポルポ、そのシリアル俺にちょうだい」
「いいわよ」
「どうせならあーんして」
「なにが"どうせ"なのかわかんないんだけど……」
メローネは左手を痛そうに押さえて見せた。その甲にはこう刻まれている。
"反抗的な態度はとらない"。
まったく、これほど身に刻まれない言葉はないというくらい、メローネには不釣り合いな文句だった。


魔法薬学の授業の開始時にスネイプ先生が怒りも甚だしいと言った表情で見下ろして来るので何かとビビッていたら、彼は私をスルーして隣にいるメローネの左手を持ち上げると、刻まれた文字を睨みつけた。
"I must not resist a teacher."
先生は、愚かしい、と唸るように呟いた。
「このような罰則には二度と従わなくて構わん。我輩に報せ、"我輩からの"罰則を待て」
「でも"従え"って言われたぜ?あんたの後ろにいるアンブリッジ先生にさ」
「無駄な問答は要らん。こちらから抗議はした」
ハリー君以外のことでここまで立腹しているスネイプ先生を見るのは初めてだった。彼は彼なりに生徒のことを想っているのだなと教室にいる全員が察したと思う。あのハリー君ですら目を見開いて、なぜかさっきまで絡みまくっていたドラコ君と顔を見合わせている。ハリー君はドラコ君を見てロン君を見てハーマイオニーちゃんを見てネビル君を見て私を見た。私が意味ありげに頷いてみせると、ハリー君も静かに頷きを返してくれた。今何のアイコンタクトしたのかな、私たち?全然わかんないけど、彼の中では特別な理論が組み上がったようで何よりだ。やっぱり私は喋らない方が人生をうまくやっていけると思う。いや、考えていることの九割は喋ってないんだけどさ。
ネビル君とペアを組んで鍋に向かう。
ネビル君はぴりぴりしたスネイプ先生の雰囲気に怯えながらも薬草をきっちりと刻んでくれる。草花を扱う手つきは優しく丁寧で、最近はスプラウト先生に特別な授業もつけてもらっているという。着々とロングボトム先生へのエボリューションが進んでいるようでベリーグッドですね。どうも、ルーポルポです。
ティーチャーアンブリッジはバインダーに評価表を挟み羽根ペンを構えている。私たちの動きを監督するスネイプ先生にあれやこれやと話かけそのたびに丸印だかチェックマークだかバツ印だかをつけているようだけど、羽根ペンの動きに比例してスネイプ先生の機嫌がどん底を突き破ってマリアナ海溝の奥底まで降下していくのが手に取るように解った。
「元々は闇の魔術に対する防衛学を志望していたのね?」
「左様」
「でも落ちた?」
「その通りだ」
「あら……」
この時点で草が生えることを禁じ得ない。心底から憎く踏みにじりたい存在を前にしたような声音を押し殺した回答に憐憫を返したアンブリッジ先生は、次にリゾットへ身体を向けた。スネイプ先生の手がぴくぴくと激情を発散したそうに動く。教室を回った方がいいのではないかというリゾットの進言によって抑止されると、スネイプ先生はことのほか靴音を立てて威圧的にグリフィンドールの席を回った。
「リゾット・ネエロ先生?あなたは魔法薬学助教授ということだけど……ンッ、優秀な成績だけど昇進できない?」
「そうだな」
「それが何年ほど続いていて?」
「5年から7年だったか」
「ふうん……」
シャシャシャッと羽根ペンが動いた。何を書きつけているのかディ・モールト気になる。一体どんな評価を下したというのだ。あんなどうでもよさそうなリゾットを前にいったいどんな評価を。隣にいるネビル君が、わあネエロ先生すごくどうでもよさそうにしてる……と呟いたのがツボに嵌って噴いた。泡てて咳払いで誤魔化す私。これでも25+26+15歳なんだ、許せサスケ。
ピンクスーツのレディは笑い声で私の存在を思い出したらしい。
「そういえば……あなたとミス、えぇ、ミス……ノタルジャコーモヌンツィアータオルトラヴィータパラッツォーロはご婚約なさっているのよね。未成年との婚約は非常に"純血魔法族"的な風習ですが、校内の風紀を乱すような行いは見つけ次第きちんと報告させていただきますからそのつもりで」
イエス婚約ノータッチってやつですね、解ります。余りの無粋な詮索にリゾットの目がスッと細められたのを見たが、アンブリッジ先生はそれに大きく胸を張ることで応えた。
ガマガエルのようと囁かれる笑みがドアの向こうに消え去ると同時にスネイプ先生の堪忍袋の緒が切れたらしい。不健康な顔色からは想像もできないくらいの素早さで出席簿をロン君の後頭部にたたきつけた。ぎゃあ!と悲鳴を上げたロン君の手からマーメイドの鱗が滑り落ちる。鍋に落ちる前にキャッチしたハリー君も、友人がぶっ叩かれたというのに笑いが堪え切れない様子だ。唇を真一文字に引き結びながらもその隙間からぷすぷすと隠しきれない衝動が漏れ出ていた。

闇の魔術に対する防衛術の授業は生徒たちにとって非常につまらないものになっていた。グリフィンドール生が魔法薬学の授業を受ける時と同じくらいどんよりした空気が教室に凝っている。
そんなDADAで事件は起こった。事件は会議室で起こっているんじゃあない、現場で起こってるんだ。まさにその通り、扉を開け放ってヒールの音も高らかに入室したアンブリッジ先生は、苦渋の表情を浮かべるプロシュートに向き直ってこう言い放ったのだ。
「これ以上わたくしの……魔法省の教育指針に異議を唱えるようなら、それは魔法省への背反と見做します」
「マグルの学校のことは知らねえが、少なくともこのホグワーツに置いて教育者が従うべきは魔法省じゃねえ。子供の未来をどれだけ広げてやれるかという"想い"だ。それがホグワーツの"法"である校長の意向であり、最低限俺たちに求められていることだ。ただの教員として派遣されたテメーにその"法"を捻じ曲げる権利はねえ」
怒りもあらわなプロシュートは、アンブリッジが謳う教育改革に断固として反対する姿勢を示している。対するアンブリッジは余裕の表情で、美丈夫をせせら笑った。愚かな人だと、とても上の地位から憐れむように腕を組んだ。大きなおっぱいが重そうに腕に乗る。うう、あれくらいなら私だって。私だってできたもん。
「ええ、そうかもしれませんわね。……今は」
「今は、……だと?」
私がおっぱいに思いを馳せている間にもシリアスは続く。アンブリッジはプロシュートに教室から出ていくように命令を下した。鋭い眼光を金色の睫毛で隠したプロシュートは、一瞬の気迫に圧されたアンブリッジを置いて教室を見まわした。生徒たちは不安そうにプロシュートを見ていて、その視線を受けるからこそ、度量が広く、迷える子羊を見捨てない彼は苦い感情の塊を噛み潰したような顔をした。
基本的に"大人"としての態度を貫いていたプロシュートがこれほどまでに激昂するということは、これはやはり余程のことなのだと生徒たちも実感する。密かにプロシュートの美貌を楽しみにしていた女子生徒たちは、ビジュアル的な観点からもプロシュートの味方をするようだった。
そんな生徒たちの為に、彼はここに残り、生徒たちの味方をしてやるべきなのかもしれない。けれど彼の意見が受け入れられないことはもはや明白で、彼とアンブリッジの対立は生徒たちの間にも激震を走らせた。このままではアンブリッジの行動が悪い方向に進むことを助長してしまうかもしれない。
彼の危惧は私と一致していた。私が彼にそう思ったように、プロシュートもこの場を去りたくはなかっただろう。それがプロシュートという人だ。だけど、彼は堂々たる印象を残して踵を返した。
「テメーの考えは"理解した"。悪いが、納得の出来ねえ方針には従えねぇな。……何か言いたいことがあるなら後で部屋に来い」
最後の言葉は誰に向けられたものだったのだろう。アンブリッジに言ったともとれるが、私たち生徒に告げたようにも聞こえた。
プロシュートは私を見た。私も自分の迂闊さを自嘲する。ちょっと考えればこういう結果が待っていたと解ったはずだけど、目を逸らしていたのかガチで忘れていたのか想像力が足りなかったのか、ヤバイなとは感じていてもきちんと向き合って来なかった。ゆっくりしすぎた。ゆっくりしていってね!ゆっくりしすぎた結果がこれだよ。
免職、ねえ。
送られた視線に微笑みを返す。君は間違ってないし、その高潔な精神は素晴らしいと思う。いいよ、免職にされて復職できなくても養ってあげるさ。こう見えて私は翻訳の内職でそれなりに稼いでいるのだ。
そういった想いが伝わったのか、プロシュートは自然な流れで目を逸らして、そのまま片手を一度だけ振って教室を出た。黒地のスーツが曲がり角で見えなくなり、生徒たちの不安はこの時最高潮に達したのだった。