さあ、バケーションタイムだ


ダンブルドアから手紙が届いた翌日、あのね、とペッシが私の前でもじもじ指をいじくりながら切り出した。何かを秘密にしようとしているんだなあと一目にして解る。
「シリーはその、貰い手が見つかったんだ。だから今年からはその、ポルポの家でお世話にならなくても大丈夫なんだ」
「あ、そうなの。ペッシには残念だったね」
「う、……ううん!大丈夫、あの、元々『シリウス』は飼い犬、だったみたいなんだ。それで、えっと……うん、その飼い主の人がね、ダンブルドア先生の知り合いだったみたいで、俺が『シリウス』の世話をしているって知って元の飼い主の人と連絡を取ってくれたんだよ」
苦しい。非常に苦しい言い訳だ。
しかしここで訊ねるわけにもいかない。"もしかしてペッシ、『シリウス』の正体を知ったの?"だなんて訊ねたらそれこそ墓穴を掘るようなものである。せっかくこうして誤魔化してくれているのだから、黙って従うのがズルい大人というものだ。
もし犬のシリーがシリウス・ブラックだということをペッシが知ったのなら、それは去年のうちのどのタイミングだったのだろう。ホグワーツでハリーと交流しているシリーを見て不審に思ったのかもしれないね。だからあれほどホグワーツには行くなと心の中で言ったのに。まあこうなってしまったものは仕方ないし、ペッシなら誰かに言いふらしたりもしないだろう。現に私にすら黙っていて、シリウスの人としての名誉を守っているくらいなのだから。
なぜペッシがシリウスの正体を知ることになったのかはこの際置いておくとして、この夏に彼が私の家に来ないということは、グリモールド・プレイス十二番地だったか十三番地だったか十五番地だったか、その辺りにある生家に戻るのだろう。そしてそこを『不死鳥の騎士団』の本部に据える、と。はいはいはい、なんとなく解った。何も説明されてないけど察したよ。不死鳥軍団の大人の都合ってやつだね。ダンブルドアあたりから要請があったのかもしれないし、シリウス本人が自分から言い出したの、かもしれない。ヴォルデモート卿の復活が果たされた今、彼が安穏とした犬暮らしを選ぶわけもなしってやつか。あのシリウス・ブラックだしねえ。グリフィンドールの漢。
でもこれは良いことだ。あの本部があってこそのハリー・ポッターの五年次『不死鳥の騎士団』だし、後々あそこはハリーに移譲される家なんだよね。シリウスが管理してないとやっぱりグリモールド・プレイスっぽくない。うんうん、いつか私も見てみたいものだ。聖地巡礼の一環としてね。
不死鳥のメンバーになってあそこに寝泊まりするなんてのはそもそも選択肢にない。だってめちゃくちゃ面倒くさそうじゃん。私は痛いこととしんどいことと面倒くさいことが嫌いなんだってばあ。
「それでね、ポルポ。俺たち、……俺たちって言うのはリーダーとプロシュートとソルベとジェラートとホルマジオとイルーゾォとギアッチョとメローネと俺なんだけど」
全員ですねわかります。
「不死鳥の騎士団って知ってる?闇の帝王に対抗するための地下組織なんだけれど、俺たちはそこに所属しないかって誘われてるんだ」
「……」
まあそうだろうなあとは思ったよ。
なぜ予想がついたかといえば、私に届いたダンブルドアからの手紙にもそう言った内容が書かれていたからだ。それでなくても優秀な彼らをあのお爺ちゃんが放置するとは思えないが、このタイミングを考えると、すべてダンブルドアが仕組んでいてもおかしくないと思う。
リゾットたちに誘いをかけるタイミングは今しかない。私がヴォルデモートに誘拐されたばかりで、対ヴォルデモートの気概は一番高まっている。対ヴォルデモートっていうか対敵対組織って感じだけど。たぶん今なら私が唐辛子に当たって泣いても本気で怒ってくれると思う。言いすぎかな?
ダンブルドアは手紙にこう書いた。"『不死鳥の騎士団』で君たちを保護しよう"、と。
それに対しての私の返事は決まっている。"その騎士団メンバーの中に敵がいたんじゃなかったっけ?"
ダンブルドアからはしばらく返事が来なかった。ぎゃふんと言わせたったやったー!と厄介ごとが去った気配に喜んだのも束の間、よく考えたら保護された方が得じゃないかな、なんて思い至ってしまって死にたくなった。どちらにしたって闇の帝王はヒロインリゾットを狙ってちょっかいをかけてくるに違いないんだから形だけでも庇護下に入っておいた方が良かった気がする。保護という名目なんだから戦線に配置したりはしない。……と、信じたいし。
そんなことを考え始めて三日目。ダンブルドアからの返事によってはみんなに相談したうえでプライドを全部樹海に放り投げて土下座するしかねえなと思っていたらフクロウが手紙を運んできた。"とりあえず君の友人にも誘いをかけたから相談してね"かっこ意訳かっことじ。そんな感じだ。
夕食の後にでも話そうかと思っていた矢先にペッシからのこの言葉。ダンブルドアの読み通りかと思うと感服する。さすがだお爺ちゃん。
とりあえず先に夕食を食べよっか、と一緒にフライパンを振って中華料理を仕上げる。ペッシも白身魚の揚げ物を完成させて、上にとろりと餡をかけた。

お皿も綺麗に片付き、デザートにジェラートお手製のプリンを食べながら不死鳥の件について話を持ち出すと、ホルマジオがとんでもないことを口にした。
「あァ、俺らはダンブルドア側につくぜ」
えええ、と声が漏れる。食後のオレンジジュースがグラスの中で揺れた。
「プ、プロシュートも、イルーゾォも異論はないの!?メローネも……リゾットも!?」
「まあな」
「まあ……成り行きっつうか」
「一番イイかなって思ったのさ。俺たちのムカつく相手はあいつらと同じ。つまり……」
「利害が一致しただけだ」
「そういうことさ」
メローネの言葉を引き継ぎ、静かに答えたのはリゾットだった。
「お前が傷つけられた以上、俺たちが"あちら"につくことはないと解っているな?」
「それくらいはさすがに」
わかりますよ。君たちが私のことを大好きだって言う話でしょ?
私だってもしリゾットたちが、例えばペッシたんが誘拐されたら黙っちゃいない。私の魔法では何もできないかもしれないが、無力は無力なりに抗うことを選ぶ。必要の部屋からロウェナ・レイブンクローの髪飾りを掠め取ってダンブルドアに献上したり、『不死鳥の騎士団』の一員が保管しそのうち売り払ってしまうスリザリンのロケットを私が買い取ってダンブルドアに献上したり、どっかの……たぶんゴーントさんの家に隠されているマールヴォロ・ゴーントの指輪をダンブルドアに献上したりしちゃうかもしれない。ていうかそうすればいいんじゃね?
ふと頭をよぎった悪魔の囁きには抗ってみせた。だからうっかり目をつけられて死んじゃいでもしたら洒落にならないんだってば。学べよ私。
「俺らもさあ、腹立ってんだぜ」
「女王さんを守り切れなかったことも、……その腕の傷のことも」
示されたのは腕の内側に走る数本の傷跡。痛々しいしアヤシイので外に出る時はファンデーションという魔法の道具で誤魔化しているけど、家の中では丸出しだ。それを指さして、ソルベとジェラートは笑みを歪ませた。自嘲のような、憎しみのような、複雑な感情が唇の端に滲む。落ち着いて。殺意も漏れてる。怖い。
「利害っていうのは、"ヴォルデモートと敵対する"という立場の話だけ?」
「そうだな。"あえて"立ち位置に名前を付けるのなら俺たちは『不死鳥』側だと名乗る。それだけのことだ」
つまり身体は捧げても心は捧げない、と。把握した。心臓をささげない兵士もアリだと思うよ。アリアリアリアリアリーベデルチ。闇の陣営を駆逐してやるの?マジで駆逐しちゃいそうだね。闇族郎党皆暗殺。やっぱり怖いわ。
「ふうん、……そうかあ」
君たちはダンブルドアの方につくのか。まあそりゃそうよね、闇属性を持っているように見えても彼らって高潔な精神を持っているし、身内が傷つけられて、任務でもないのに素知らぬ顔をしているような性格じゃない。
これはいい機会なのかもしれないな、とオレンジジュースを飲み込む。ダンブルドアの保護の申し出を受けるいいチャンスだ。
しかし問題なのは、彼らが戦う気でいることだ。
私の計画では、ダンブルドア側に与するとはいえ、私たちの扱いはいわば賓客。ゲストとして蚊帳の外からおっぱいまたは雄っぱい要員としてエールを送るだけでいたかったのだけど、リゾットもイルーゾォも、あのプロシュートでさえ杖を振る気満々である。もしかすると杖じゃなくて仕込みナイフや拳銃で物理的にヌッコロすのかもしれないがそこは論点じゃない。
彼らがダンブルドアの手駒として扱われることだけは、避けたい。
もちろん彼らもダンブルドアのポーンとして動くつもりはないだろう。だけどあのお爺ちゃんのことだ。あのスネイプ先生を長年飼いならしたお爺ちゃんのことだ。最悪の場合にはそれこそヴォルデモートよろしく、私をエサにリゾットたちを釣竿一本で釣り上げることも厭わないだろう。
そうなるとこっちには何のメリットもない。
私の目的は全員で幸福に生き延びることであって(この世界でまで危険にさらされて命のやり取りデッドオアアライブなんて冗談じゃない)ヴォルデモートを倒すことではない。いかにリゾットたちが強力なスキルを持っていたとしても、万が一ということがある。その万が一が一番危険。成功率99%というのは失敗フラグだ。
だけど暗殺チームのこの人たちってさあああ。
「(ハリー君がヴォルデモートを倒してハイおしまい、……ってタイプでもないんだよなあ……)」
自分たちでやり遂げないと満足しなさそう。
これはやっぱりアレだな。発想を変えよう。
どうすればヴォルデモートと対決させずに済むかではなく、どうすればヴォルデモートから矛先が変わるかを考えよう。
えー、よく思い出せ。優先順位を変えさせるんだ。捕まえられて取り押さえられるまでのおぼろげな記憶にヒントが埋まっているはず。
「……」
頬に手を当ててじっと記憶をたどっていると、そんな私に九人の目が向いた。
ポート・キーで移動して、なにがなにやらわからない内に腕を押さえられて羽交い絞めにされて、さて何が起こったかというと、ヴォルデモートは思いの外の美声で死喰い人に命令を―――。
「あ」
ぱちんと目を開けると、真向かいに座るギアッチョと視線がぶつかった。
「思い出した。私に"服従の呪文"をかけたのはワームテールだし、腕を切らせたのもワームテールだわ」
「ワームテール……?」
「誰だ、そりゃあ?」
ホルマジオの問いかけに答えたのはプロシュートだった。ありがとう、私が答えるわけにもいかないしね。知らないはずだもん、ワームテールのことは。
「シリウス・ブラックに罪を着せた男だ。ネズミのアニメ―ガスで、死喰い人らしい」
「へえ」
「ネズミねえ……」
「オメー、ネズミに服従させられたのか。だせぇな」
ださいとかマブいとかそういう問題かなあ?
しかし私の思惑とみんなの気遣いにより、どうやらヴォルデモートよりも優先して復讐するべき相手が固まったようだった。みんなの気遣いに感謝すると同時にゲンドウポーズ。私、話術も謀略も何もかも彼らに負けている。勝っているのは何度も言うがおっぱいくらいだ。どうしたらいいの。揉ませればいいの。
私の思惑に気づいて、煮え立った想いを封じ込めてくれた彼ら。その彼らにせめてものお礼を返すべく、私は何ができるだろう。
少し考えてからスプーンを動かした。
とりあえずデザートをおいしく食べるところから始めよう。
何も思いつかなくて胸が痛かった。それどころか雑念が物凄く浮かび上がって来た。ワームテールに傷物にされちゃったから責任取らせないとね、とか洒落にならないからやめよう。
せっかく私が大きな胸の中にしまいこんだ爆弾の安全ピンを抜いたのはイルーゾォだった。
「お前なら"ワームテールっつうやつに傷物にされたから責任取ってもらわねえと"なんて下らねえこと言うかと思ってたけど、黙ってっから安心した」
「……」
「オメーが言ってどうすんだよ」
「イルーゾォがそういうことやっちゃうのって珍しいね……。俺、こういうのはポルポだけがやるのかと思ってたよ」
「うわっ、別に言わせたかったわけじゃねえから!」
ホルマジオに白い目で見られ、リゾットの沈黙を受けたイルーゾォは動転してわたわたと手を振って否定した。そしてペッシちゃんの無自覚な言葉が突き刺さる。色々と学んでいなくてすみません。でも今回は自重したんですよ。
プリンをすくって、一口食べる。物を食べていれば無駄口を叩かなくて済むのです。
それにしてもおいしい。
おかわりください、と私は三度目になる挙手をした。