代表選手に花束を


物事の途中でトイレに立つと碌なことが起こらない。私はそれを色々な小説で読んで知っていたし、ドラマでも、ああダメだよ動くなって言われたら動いちゃダメだよそれは死亡フラグだ、とツッコミを入れることだってあった。よくよく知っていたはずなのに、イエス二次元ノー現実。そんなことが実際に起こるだなんて、誰が予想できようか。
リュシアン君がやって来た時、何か嫌な予感はしたのだ。
手を拭いて濡れたハンカチをバッグにしまおうとした私に、リュシアン・レスティン君は駆け寄るようにやって来た。頬は青白く、すごく緊張しているように見えた。
時は第三の試練が始まって一時間が経つか経たないかというところだった。
ギアッチョが優勝杯を手に取る可能性はない。だって彼は優勝という形にはこだわらないからだ。なぜか色々と勝利をもぎ取って来てはいるが、この課題ではハリー君以外が優勝杯に辿り着けないようにとムーディが妨害や錯乱の呪文を乱発しているはずだし、慎重なギアッチョは襲い来た妨害が何らかの意図を持っていると知った時点で深追いを止めるだろう。だから、私はあまり心配していなかった。
ちょっと席を外すねとバッグを手に取れば、トイレにでも行くのかと察した彼らは何事もなく見送ってくれた。遅れてやって来るソルジェラとイルーゾォの分の空いた席を通り過ぎて、私は会場の外へ出る。いや、外の会場から城の中に入ると言ったほうが正しいか。
用事を済ませて息を吐く。そんな私に、彼は話しかけた。
「ポルポ先輩」
「うん、どうしたの?」
急いでいるようだったから、無駄口でからかうことはやめておく。
リュシアン君は後ろ手に持っていた花束を、私の前に差し出した。
「きっとこの大会はあなたのお友達が優勝します。これを渡してあげてください。僕からの、みなさんへの、……お詫びの、気持ちです」
ものすごく言いたくなさそうに唇を噛み締めながら小さな花束が掲げられる。受け取って良いものか思案して、私よりもイルーゾォたちに直接渡したらいいんじゃないのと言うと、リュシアン君はひどく狼狽した。それじゃあダメなんですと嘘のつけない少年は私のCとDの中間で成長幅を増やす胸にブーケを押し付けた。困るな、と思ったが、ここまで言われて受け取らないのも失礼にあたる。イルーゾォたちが席に戻ってきたら、観戦している彼らの前を通って自分の座席に戻らないといけないし、なんだかそれって悪い気がするよね。もう受け取って終わらせてしまおう。今年、ずっとこちらを気にしているのに絡んでこなかったのは、きっとこの決断を下す努力をしていたのだろうなと頭の隅っこで考えた。
「それじゃあ、みんなに渡しておくね」
お礼は言わなかった。元はと言えば彼が蒔いた種だし、言うべき言葉ではないのかなと思ったからだ。
受け取ったブーケは、ぶわりと風を巻き起こした。指先がどこかへ持っていかれるような、急速に引きずり込まれるような、激しい眩暈にも似た感覚。
「え」
リュシアン君の安堵と自信に満ちた表情が目に焼き付いて、イルーゾォの焦った声が私の名前を呼ぶのを聞いた。
それだけで、世界が回転する。


*


ブーケを手放した少年は今やもうなにも恐れていなかった。やるべきことはやったのだ。これでレスティン家は"あの方"に取り立てられ、きっと僕の功績も認められる。母様は褒めてくれるし、あのイルーゾォに勝つことができる。
リュシアンは自分がイルーゾォに負けているだなんて考えたくはなかったが、胸の中にすとんと勝利感が落ちた。そうだ、僕は彼に勝ったんだ。
驚愕に目を見開いたポルポを見送って、彼女を追いかけるように廊下に響き渡った兄の声を聴いた。勝利の余韻に浸って、リュシアンは振り返る。
手を伸ばした格好でよろめいたイルーゾォを嘲笑った。それがリュシアンの最後の余裕だった。
恐ろしいほど静かに、イルーゾォがリュシアンに近づいた。距離が縮まるにつれ彼を見上げ視線を動かしたリュシアンは、ぞわりと本能的に全身があわ立つのを感じた。イルーゾォ・レスティンの瞳はインクのように黒い。彼は軽く首を傾げてリュシアンを見下ろしており、そのネクタイに手を伸ばした。身を引く動きは間に合わず、リュシアンの身体は一度引き寄せられ、すぐにとても強い力で壁に背をぶつけさせられた。少年が咳き込んでもイルーゾォは構わなかった。
「お前、今何した?」
とても短い英語だった。
イルーゾォにレトリックな言葉を操る余力がないのだと思ったリュシアンは、苦しさを覚られないよう精一杯虚勢を張った。僕が兄に圧倒されるなんてありえない。リュシアン・レスティンはイルーゾォよりもずっと力がある魔法使いなのだから。
「あなたに言う必要はありません。僕は僕のすべきことを……」
口の端を持ち上げて吐き捨てた言葉は、最後まで言い切れなかった。リュシアンのまなこは信じられないものを見つけていた。
イルーゾォがやって来た廊下の角から、ついさっき見た金色の髪が覗いた。
背の高いジェラートに支えられるように、ローブの前をきっちりと閉じたポルポがやって来る。ふらつきながらも、あの朱色の瞳を困惑に瞬かせた。
「びっくりした……、今の、ナニ?ありがとうねジェラート……」
声も、姿も、ポルポだった。リュシアンの頭は動きを止め、一体どういうことなのかがわからない。ムーディ扮する死喰い人への不信が先立ち、次にポート・キーの破損を危惧した。最後に、僕は大変な間違いをしてしまったのかもしれない、と恐怖が胸を満たした。
「そ、そんなはず、ない!僕は確かにポート・キーで……!」
首を絞めるように押さえる手の力が増した。リュシアンはまたも言葉を詰まらせ必死にもがいたが、イルーゾォの腕はびくともしなかった。表情も、いつものように眉間にしわを寄せ面倒がっているものではなかった。感情というものをそぎ落としたような無表情と深淵を覗くような瞳に射抜かれ、リュシアンの身体は震えている。
「ぼくは、僕は……、僕は悪くないんだっ!全部あの死喰い人に指示されて、ただ家の為に、僕は、"あの方"の役に……!」
「へえ」
ひどく冷たい声で合いの手を入れたのは、ポルポだった。一度も耳にしたことのない、凍り付いた音だった。リュシアンが痛々しい罵声を叩き付けた時も、これほどまでに殺気に満ちた声を聞いたことはなかった。
ジェラートを杖に立っていたはずのポルポは、片足に体重をかけてゆらりと杖を取り出した。廊下での魔法の行使は禁じられていたが、誰もいないこの場所で、"彼ら"に常識を説くことなどできるはずもない。
"ポルポ"は杖をくるりと"格好いい"仕草で回し、ぱちんと音を立ててその姿を変えた。ジェラートの隣には同じくらい背の高い細身の青年が立っていた。
「"あの方"の役に立ちてぇってか?その為に俺らの女王さんを利用した?」
つい先ほどまで少女の姿に"変装"していたソルベは酷薄な表情を浮かべた。リュシアンはもう、動くことができなかった。
「お前……馬鹿だとは思ってたが、ここまでだっつうのは予想外だったな。もう一度だけ言うぜ。……お前、今あいつに何した?」
「僕、は……」
目に大粒の涙を浮かべても、誰の表情も変化しなかった。
「もういいんじゃねえの、指の一本でも折れば簡単だろ?」
そう言ったのは誰だっただろう。リュシアンにはもう誰の声も区別できなくて、血の気の引いた唇で、計画のすべてを打ち明けた。


*


優勝を狙って二つの試合を勝ち抜いたが、その目的は賞金の1000ガリオンだった。それをマグルの金に換算すれば、あのうるさい女を日本に連れていくことくらいはできる。ギアッチョはいつだったか、ずっとずっと昔に全員で旅行した思い出を忘れきれないでいた。もう一度同じように、全員で。
その想いだけでクソのような課題をこなして来たが、迷路を進むうちに、だんだんと優勝への気概は薄れていった。なぜかと自問すれば答えはすぐに訪れる。
―――優勝を目指すギアッチョも格好いいけど、私は君が無事で戻って来てくれるのが一番うれしいよ。
ああそうかよ、と思いやりもなく相槌を打ったが、今思うと、その言葉は本当はギアッチョが何よりも欲しいものだったかもしれない。
一度失った存在に、いつだって肯定されたいと思っていた。ずっとずっと昔にポルポがギアッチョにしたように、何もかもを受け入れて、愛を示してほしいと思っていたのか。ギアッチョは与えられた閑寂な癒しに、日本に行く必要などないのだと知らされた気がした。場所がどこであってもポルポはギアッチョを愛し、みなを愛し、全身で受け止めている。そのことに思い至らなかったのは、ギアッチョがつんけんとポルポからの接触を拒んでいたからなのだろう。気恥ずかしさや暑苦しさなど二の次にして受け入れていれば、もっと早くに気づけたかもしれない。
足に伸びたツタを凍り付かせ踏み砕くと、ギアッチョはさらに足を進めた。
もう賞金への執着はなかったが、優勝杯というものがどんなものなのかは見ておきたい。ちゃちなものなら笑ってやろうと最後の角を曲がると、右手の方で眼鏡の少年が垣根の中でもがいているところだった。
「ナニやってんだ、オメー?」
「捕まえられたんだ、杖を落として……」
そのくらい引きちぎっちまえよと過ったが、縄抜けも知らない素人に求めるには酷な話だとギアッチョも知っていた。
地面に落ちた杖を拾い上げると、ハリー・ポッターは少し警戒した表情を浮かべた。そのまま持ち去られると思ったのかもしれない。
ギアッチョは彼を捕まえるツタの根元を凍り付かせた。力を失ったツタがハリーの身体を解放し、垣根をばきばきと押しつぶしてハリーは地を踏みしめた。
拾った杖を差し出すと、眼鏡の奥の瞳が罪悪感に伏せられる。恥じ入ったような声でハリーは正直に非礼を詫びた。
「気にすんな。もう俺は優勝はどうでもいい」
ぼそりと不愛想に言った時、ギアッチョのポケットでアイテムが震えた。
魔法力の回線を小型の魔法具に収め、遠く離れた場所での現時通信を可能にした画期的な魔法具は、今はたった九人しか持たない。暫定的に"魔法電話"と呼ばれるそれを、ギアッチョは耳にあてた。
電話の向こうで、イルーゾォが事情を説明した。
ポルポが間接的に"さらわれた"と知り、ギアッチョの目が殺人的な光を帯びる。放たれた威圧感はハリーの腕に鳥肌を立たせた。
「ヴォルデモートは自分に因縁のあるハリー・ポッターを呼ぶに違いねえだろ。ギアッチョ、ポッターを見つけて押さえるのを任せるぜ」
「ポッターなら今目の前に居る」
「なら話は早えな」
割り込んできたソルベの声は笑っていなかった。
「ポッターをこっちに連れて来いや、ギアッチョ。こっちはメローネにポート・キーの解析を頼むが、ポッターを引っ張って確保したほうが早えだろ。ポッターがいなきゃ野郎は何にもできねえだろうからな」
闇の印などという面倒なものを作り上げる男のことだ。復活の儀式には必ず元凶となったハリー・ポッターを呼び寄せるだろう。もしかすると、ハリー・ポッターというファクターがなければ完全な復活は叶わないのかもしれない。ソルベはこちらでハリーを繋ぎとめ、最悪の場合の交渉材料にしようというのだ。
そういうことになるのなら、ギアッチョはすぐに行動を起こしたかった。
「おい、さっさとこの課題を終わらせんぞ。悪いがオメーに優勝杯はやれねえ」
「ど、……どうして!確かに僕は君に助けてもらった。だけど僕だって優勝を手に入れたい」
チッと舌打ちをしたギアッチョに怯むが、ハリーも退かなかった。ここまで来て、ギアッチョはハリーを待つだけのやさしさがあるのに、理由もなくそんなことを言い出すわけがない。
電話の内容を知らないハリーにもギアッチョが時間に急いでいることは解ったが、元々彼は優勝にこだわりがあるわけではないと言ったその口で、ハリーに優勝杯を渡せないと告げた意味が解らなかった。
ギアッチョはギアッチョで、『ポート・キー』というキーワードから、ハリー・ポッターがこの大会の中で手にするであろう移動の媒体が優勝杯であるという当たりをつけていた。ハリー・ポッターにそれを触れさせるわけにはいかなかったが、このまま単身でギアッチョが敵の本拠地に乗り込んだとて何もできないだろう。
"優勝杯はやれない"と言ったが、それはギアッチョが優勝杯を手に取るという意味ではない。この杯には、敵を良く知るダンブルドアのような人物以外は触れてはいけないのだ。
しかしそれをハリー・ポッターに知らせる手間を、ギアッチョは惜しんだ。そのせいで、ハリー・ポッターの誤解は進行した。
「それなら、君も優勝したいなら、同時にこれを取ろう。賞金も二人で分けよう。ほら、ギアッチョ!」
「おい、オメーふざけてんじゃ……」
電話のダイヤルを押すギアッチョの手を、ハリーは無理やり引き寄せた。振り払われる前に優勝杯に触れさせ、同時に自分も杯の取っ手を握りしめる。
それだけで、世界は回転した。


*


ルシウス・マルフォイは手を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、仮面の下できつく目を閉じる。夜の闇に咲いた血の花は地面にしたたり落ち、少女はそれに悲鳴も漏らさない。否、漏らすこともできない。服従の呪文とは相手の意思を奪う禁じられたスペルだ。卿ほどの魔法力をもってすれば、魔法抵抗力のない少女から声を奪うことなど容易いだろう。
「ワームテール……、此れの姿を手ひどく痛めつけておくといい……。そうすればリゾット・ネエロは我らに従わざるを得なくなるだろう……」
少し嗄れた冷ややかな声がワームテールに指示を出す。

卿の目的はたった一つだった。
ノクターンと呼ばれる闇の魔法界で優秀な成績を残し、年若いにもかかわらずネエロ家という名門を引き継ぎ他に引けを取らない、それどころか二歩や三歩前を行くリゾット・ネエロという男を手に入れる。
たったそれだけの為に、リュシアン・レスティンという捨て駒を用いてポルポという少女をこの場に呼び寄せた。
リゾット・ネエロがただ闇に属するだけの男ではないと評価したのはルシウスだった。だからこそこの結果が痛ましく、凍り付かせたはずの胸にせまるものがある。風の噂でルシウスの評価を耳にしたヴォルデモートはリゾット・ネエロに興味を示し、その為人をワームテールに調べさせた。
隠されもしない経歴は、あえて目立たないようにされているものから、隠しようもない功績を立てたものまで多くあったが、その中でも闇の魔術への熱心な研究はヴォルデモートの賛美を誘った。『血』にまつわる研究など、常人がしようと思うことではない。他の誰も試みたことがなく、おそらくリゾット・ネエロにしかできない魔法理論が組み上げられたのだ。彼はたった一代で、手がかりもなくそれだけの密やかな功績を打ち立てた。『血』に含まれる鉄分を刃物へ変える魔法が闇の魔術でなく何だと言うのだろう。これはもはや変身術の範疇におさまらず、禁じられた魔法に指定されてもおかしくないスペルだった。それを操るリゾット・ネエロを手に入れることができたら。
ヴォルデモートは同時に、リゾット・ネエロという人物が一筋縄ではいかぬことも知った。
リゾット・ネエロの行動の理由は複雑に見えて単純だ。合理的かそうでないか。身内に手が及ぶか及ばないか。利があるか、ないか。
元々は誰かに従って動いていたのかと思わせるほど、ある種の従順さがある男だった。しかしその中には堅固な意思がある。
その意思を曲げて、反感を招かず、ヴォルデモートは彼を支配下に置きたい。
だからこそここに、ポルポという少女がいるのだ。
やがて15を数える少女は、名目上の婚約者とは言え、それ以上の絆でリゾット・ネエロと結びついている。それを口にしたのはセブルス・スネイプだった。ルシウスとセブルスの会話はネズミに聞かれ、ネズミは主人に内容を伝えた。
大切な存在がヴォルデモートの手の中にあると知れば、立ち位置に拘らない中庸であるリゾット・ネエロは必ずこちらへやって来る。愛とはくだらない感情だ。しかし利用できるものは捨て置けない。
こちらへ居さえすれば、ポルポとリゾットは永遠に共に過ごせるのだ。ヴォルデモートはリゾットにそれだけの価値を見出していた。そして同時に見誤っていた。リゾット・ネエロが、大切な存在を傷つけられて、どのような判断を下すのかを。

ポート・キーで移動させられるのはハリー・ポッターだけだと思っていたが、そこには見知らぬ少年がいた。
殺害命令を出そうとしたヴォルデモートを制止したのはルシウスだった。
「彼はアトマの優秀な次代です。引き込む機会は今ではありませんが、必ずや今後貴方様のお役に立つでしょう。ここはどうか……」
「……ふん」
つまらなそうにルシウスを一瞥したが、ヴォルデモートは手を引くことを決断したようだった。それを誰より早く読み取って、ポート・キーの混乱から立ち直ったギアッチョが杖を振るうより先にルシウスが杖先から赤色の光をほとばしらせる。
ギアッチョは暗殺者として、スタンド使いとして優秀だったが、魔法を使って生活をした経験は少ない。
この場合はルシウス・マルフォイとの経験の差が勝敗を決した。
生み出した氷の障壁は一瞬足らず、麻痺呪文はギアッチョの腹にぶつかった。強力な効果に抗う反抗的な瞳はヴォルデモートをそそらせたが、ギアッチョは悪口を吐く前にぐったりと地に伏した。


*

リトル・ハングルトンの不気味な墓地が映り、身を抱くように少年を拘束する死神に似た石像は鎌を携え今にも命を刈り取らんと村を睥睨しているようだった。
周囲には黒いローブを纏い、銀の仮面で正体を隠した魔法使い達が並ぶ。
「ポルポ!ポルポを離せ、ヴォルデモート!僕たちのことにポルポは関係ない!!」
捕えられた少年は男達に叫ぶ。
少年が必死に手を伸ばす先には少女が居た。濃い金髪を胸の前に滑らせ、頭は力なく俯いている。ふらりとよろめきながら前に進む姿は、まぎれもなく魔法によって操られた者の其れだった。
「そう、今この場では関係がない。だがお前を殺し、我々が再びこの世界を闇へと陥れる時、この少女は非常によいエサになるのだ、ハリー・ポッター」
抵抗力のないポルポは小男の杖に操られるまま、だらりと垂れ下げていた腕を持ち上げる。左手にはナイフが握られ、掲げられた右腕を深く深く切り裂いた。
夜のリトル・ハングルトンに再び血の花が咲き、ハリーが彼女の名を呼ぶ。周囲から漏れ出でる嗤い声の中に、一人きつく拳を握る影がある。其のブロンドの髪をローブに隠す男は少女の姿から目を背けた。
「ワームテール……、此れの姿を手ひどく痛めつけておくといい……。そうすればリゾット・ネエロは我らに従わざるを得なくなるだろう……」
少女の身柄を盾に取る卑怯な方法を選び取ったヴォルデモートは、冷えた指先でハリーに触れた。長い爪を首の肌に食い込ませ、薄い唇の間を切り裂いたが如き笑みを浮かべて見せる。いたぶるように磔の魔法を弄べば、ハリーは悲鳴を上げてヴォルデモートを睨みつけた。
ワームテールは震える手でさらに杖を振った。杖先が少女を支配し、彼女の手が再び動かんとした、まさに其の時だった。
赤い閃光が小男の小脇をすり抜け、少女の手から刃物を弾き飛ばす。
全員が振り返り、視線の先には倒れ伏していたはずの少年の姿があった。
怒りをあらわに杖を構えたギアッチョが攻撃をされるよりも早く、ハリー・ポッターは身体の痛みをおして駆け出していた。本人ですら、自分に其れ程の力があるとは知らなかったが、血をしたたらせる少女にぶつかるようにして肩に背負う。視界の端にちらついた赤色の閃光を転げながら避け、地に落ちたままの杯を呼び寄せる。
ハリー・ポッターは土に汚れたギアッチョと手をつなぎ、舌打ちを押し隠した彼はハリー・ポッターに代わって、しっかとポルポの身体を抱え込んだ。その腕の力は、本人すらも気づかないほどに強いものだった。