ドラコ・マルフォイの手紙


僕は父上からの手紙をたたみ、封筒に戻してから、人知れず呟いていた。
「父上はいったい何をお考えなのだろう……」
のろいクラッブとゴイルは僕の言葉を聞き取れずにこちらだけを見てきたが、返事はしないで手紙を机にしまい込む。
あのポルポという少女と会話をしてから、父上の態度はちぐはぐになった気がする。何事かを悩んでいたかと思うと吹っ切れたように家族を気遣い、けれど次の日には話しかけるのも憚られるほど深刻な顔つきで机に向かっている。その青い瞳は少女から送られた手紙を何度も読み返していて、僕は友人に誇らしさと、わずかな嫉妬を抱いていた。ルシウス父様は僕の父様なのだから、頼りにされるのは次期当主である僕であってほしかった。どうしてポルポなんだろう。
その疑問は三年の夏に膨れあがった。いけないことだとわかってはいたが、僕は父上の書斎で置きっぱなしにされていた手紙をそっと読んでしまった。
二通の手紙には、片方に父上の苦悩が、もう片方にポルポからの丁寧な返事が綴られていた。
父上の仕事が闇に属するものだと、僕は知っている。それを引き継ぐのも僕の役目なのだと、次期当主としての自覚もできているつもりだった。
だけど、父上はこんなにも悩んでいる。
なぜ悩んでいるのかといえば、それは僕と、母上のことだ。
父上と母上には闇の印というものが刻まれている、という。夏でも長袖のスーツローブを身に着ける父上と、薄い長手袋が嵌められた母上の腕には、逃れられない契約の証があるのだと。やがてそれは僕にも刻まれるだろう。
父上はそれに疑問を抱いているようだった。
闇の帝王が失脚している今、父上と母上はその正体を明かすことができずとも、まだ明確な"闇"のしるしがない僕ならば、深い世界から逃がすことができるとお考えなのだ。
僕は父上と母上のそばを離れたくはない。マルフォイ家の子息として父上の職務を引き継ぐことが僕の使命で、誇りだと教えられてきた。けれど父上は、『マルフォイ家の当主』としてではなく、『僕の父』として僕の未来を考えてくださっている。
僕はどうしたらいいのだろう。
考えた時、思い浮かぶのはやはりポルポの存在だった。父上ほどの人が相談を持ち掛け、これほどまでに長く文通が続いているのだから、ポルポというのはやはりすごい存在なのだろう。
僕はどうしたら、いいんだろう。
手紙をしまい込んだ抽斗に触っていても答えは思いつかない。どうしたら、なんて考えている暇があるならば行動せよと父上ならばおっしゃるだろう。慎重を期すことは重要だが、それよりも結果を出すことの方が求められる、と。
「(はい、父上)」
僕は羽根ペンを手に取った。インク壺にペン先を沈めて、スポンジに少し吸わせる。何を書こうか、まだ決まっていないけれど、書いているうちに言いたいことが見つかるに違いない。
そう信じて、父上へのお返事を書きはじめた。
どんな道でも、僕は父上のことを信じています。



リュシアン・レスティンの手紙


リュシアン・レスティンは追い詰められていた。
学校で除け者にされ疎ましがられていると思っていた兄は落ちこぼれの無能であるにもかかわらず、いつも話題の中心にいる。
対するリュシアンは、家にいた時のように母にすべてを褒められ自尊心をくすぐられることもなく、ずば抜けた成績を残せないことにフラストレーションだけが溜まっていった。
己の主張は、御しやすいと思っていたポルポ・ノタルジャコーモヌンツィアータオルトラヴィータパラッツォーロにも受け入れられず、それどころかスリザリンの生徒はリュシアンの行動を咎めた。そんなことはおかしい。リュシアン・レスティンは素晴らしい能力を持つ子供で、母は彼を神童だと言い、大切に大切に育てたのだ。そんなリュシアン・レスティンがこんな扱いをされるなんておかしい。
イルーゾォ・レスティンが役に立たぬ今、レスティン家を一手に担うのはリュシアンだった。そのプレッシャーと、兄へのコンプレックスがリュシアンの心を押しつぶしていた。
母からの手紙は、そんな幼い心を余計に締め付ける結果となった。
母から言いつけられた役目は、名を言うことも許されぬ"あの方"の役に立つことだった。
リュシアンはホグワーツに潜入した死喰い人に協力する。復活の暁に必ずや"あの方"の役に立つであろうリゾット・ネエロを完全に闇に引き込む。その為にリュシアンの力が必要なのだと、優しく、毒々しい母は綺麗な字でリュシアンに手紙を送った。
はい、母上。僕は必ずレスティン家のお役に立ってみせます。
追い詰められたリュシアン・レスティンは気づけない。
己の動きが誰に弓引くこととなるのか、リゾット・ネエロがどのような人物であるのか、"彼女"に闇の手を伸ばせば、いったい何が起こるのか。リュシアン・レスティンは致命的に彼らのことを知らなかった。知る機会は、自分から捨ててしまっていた。
「(きっと、すべてうまくいく)」
母よりも大きな存在に、リュシアンの中で偉大な存在である母が崇拝する"あの方"の役に立てば、きっとすべてがまたうまく行くようになるのだ。
僕はきっと名誉あるレスティン家の、一番優秀な息子なのだとホグワーツ中に知らしめることができて、母さまは喜び、イルーゾォ・レスティンに突きつけることができる。お前にないものを持っているのは僕の方だと言うことができる。友人なんて必要ないのだと、名誉があれば生きていけるのだと大声で叫んで突きつけることができるのだ。
心の成長し切らない、幼い少年はそう思い込み、手の中にあるポート・キーの媒体を握りしめた。



ルシウス・マルフォイの手紙


私は妻と息子を大切な存在だと思っている。
政略的な婚姻ではあったが、ナルシッサはよく私に尽くしてくれた。良き妻として私の後ろに控え、立て、家を支えた。私はそんな彼女のことを好ましいと思った。息子ドラコが生まれてからはよりその想いは強くなった。
息子は私の満足のゆく成績を残してはいない。マグル生まれの少女に学力で負け、恥じ入りもせず少女を批判する点などはおよそマルフォイ家の男児らしくないとも思う。
ドラコは水面下で足をばたつかせるスワンのように、己の努力を見せようとしない。その癖に、"努力をした自分"という己しか知らない功績をひけらかす。まったく潔さのない英国紳士たらぬ行いだ。しかし私はその愚かさを唾棄出来なかった。
父上、と私を慕うドラコの姿は、意外なほど可愛く見えた。自分が甘くなる自覚があったために、私は特にドラコに厳しく接した。
ドラコは私の態度に委縮した。その姿を見るたびに私の期待は小さくなり、反対に庇護の欲望が膨れ上がった。これが父性なのだと自覚したのは、あの少女を夕食のテーブルに招いたある夏の日のことだった。
―――あなたはドラコ君の『おとうさん』という感じがしますね。
そう言われて驚いたのは私だけではなかった。ナルシッサも、ドラコ自身もまた目を丸く開き、ポルポを見つめた。
そう、見えるのか。
呟いた言葉には意外なほど気軽な相槌が返ったが、そんなことも気にならないほど、彼女の言葉は私に根付いた。
「(父とはいったい何だろうか)」
私にとっての父とは、偉大な越えるべき壁だった。何よりも厳格で魔力にあふれ、機知に富み、マルフォイ家の威光を維持し、また盛り立てた。私は彼に続かなければならないと思っていた。
しかし私の腕に今黒い模様が刻まれているのは、果たして本当にマルフォイ家の為だっただろうか。己の保身を考えていなかったといえば嘘になるだろう。あの時の私は若く、従う以外の選択肢を知らなかった。それが当然だと思っていたし、逆らうことで私自身の身が危うくなるとも感じていた。
"あの方"が失脚した今となっても、私の腕にまとわりつく影は消えない。恐怖は身に染みつき、逆らうことなどできようはずもなかった。息子にも同じ道を歩ませるのだろうと、漠然とそう思っていたのだが。
そんな私が『父』に見えると言ったあの少女には、一体どんなふうに世界が視えているのだろう。
手紙を出せば、彼女はすぐに返事をくれた。
家族とは何か。君にとって父とは何か。訊ねたことにはすべて事細かな返事があった。哲学的で、抽象的で、時に私の失笑を買ったが、ドラコと同い年の少女とは思えないほど大人びた考えだと感じた。
ダンブルドアのことも、ポッターのことも、マグルのことも気に食わない。
自分たちの領域がどこにあるのかを弁えず、正義面を振りかざし、光が当然だと、自分たちが正しいと思っている姿勢には反吐が出る。尊い魔法族の血を穢すマグルも憎たらしい。己に相応なことを知らぬ奴らを見ると腹が立つ。
しかし、もしもそこに道があるのならば、と思わずにはいられない。
ドラコの様子をポルポに聞くたび、ドラコから手紙が届くたび、ナルシッサと未来の話をするたびに、胸が締め付けられるのだ。
私は彼らの『父』でありたい。
この感情は左腕に対する反逆だ。決して赦されることではない。
私もナルシッサもドラコも、全員が幸せになる道はないのだろうか。