桃色の研究


四年生の重要なイベントといえば、クリスマスのダンスパーティーだ。ヒロインとヒーローはここで交流を深め、喧嘩をし、広間を飛び出したヒロインを追ってヒーローが中庭の噴水へと走り出す。あるいは目立ちたくないと照れくさがったヒロインを外へ連れ出し、誰も見ていない中で手と手を取り合いぎこちなく踊る。
そんなお約束の展開が満載に盛り込まれたダンスパーティーだったが、このパートナー制という悪魔のシステムによっていったい幾人の魔法少女が魔女へと変貌したことだろうか。誘う男側も緊張すると思うけど、誘われる女側も毎晩悪夢にうなされているに違いない。
パンジーはもちろんドラコ君とペアを組む。早々に決まってしまった余裕の友人にせっつかれ、誰にも誘われなかったら逆ナンしかねえなとゲンドウポーズで思い詰めていた私の手を一番最初に取ったのはメローネだった。
「ポルポ、俺と一緒にダンスパーティーに出ようぜ」
「う、……うーん……。有り難いんだけど、君を競う為に女の子たちが自分を磨いているから、すごく申し訳ない気持ちになるんだよね……」
「は?他の女に遠慮してんのか、お前が!?」
イルーゾォがひどく失礼なことを言ったので極限にプンスカだぞ。私だって人に気を遣うことはあるし、むしろ気遣いをしすぎて胃に穴が開きそうだよ。胃に穴が開きそうなのは俺の方だよとイルーゾォが言った。それもそうかと言葉を撤回する。誰かイルーゾォに胃薬をあげて。
「そういうイルーゾォは誰を誘うの?」
「誘ったけど相手が急病……っつうことにすりゃあいいんじゃねえの?どうせ俺と踊りたがる奴なんていねえし、そうすりゃ参加しなくて済むだろ」
えっもったいない。それじゃあホルマジオはどうするんだろう?
あっいや、今のは"ホルマジオを捨て置くのか"という意味ではなく、ダンスパーティーにおいてホルマジオは誰を誘うのかなって話だよ。私も人目を忍ばずホルマジオ×イルーゾォを提唱しようなんて思わないし、この腐った思考は私の黒歴史なのだとすでに百万回は言っている。
ソーセージを切り分ける手は止めない。あー、と悩むように声を出すホルマジオはロールパンにソーセージを挟んでケチャップをかけると、かぶりつく前にようやく答えを出した。
「テキトーに拾えばいいんじゃねェの?どうせ一夜限りだろ?」
言い方がきわどい。ホルマジオのくせに。ホルマジオのくせに。大事なことなので二回言ったけど、ホルマジオの格好よさはメローネやプロシュートの目を引く美しさとは違う男臭いものだから、その言い方はまったくあざとくない。
自分の言葉が誤解を招くと思い当った彼はざりざりと剃り込みの入った頭に手をやった。14,5歳の身体で一夜限りも何もねえわよね、解ってるから安心して。さすがの私もそんな重箱の隅をつついたりはしない。
「ソルベとジェラートは?」
どっちかがどっちかを女体化させるのか?
テキトーなことを言ってみると、ソルベとジェラートは心底から驚いた顔をした。君たちのガチな表情をゲットするのは本当に久しぶりだ。そしてそれが、彼らの本気を物語っていた。
「えっ、女王さんなんで解ったんだ?すげえな」
「『変装』の魔法があるからさあ、ちっと実験してみようかなって思ってたところなんだぜ」
まさかの女体化である。あんたらがやるのかよ。あまりの衝撃に噴くことも忘れて真顔になった。ちなみにどっちが?
「やってみて、可愛かった方が女」
とても単純で良いと思う。どうせなら可愛い子がいいもんね。どっちが可愛くなるのかなあ。名前としてはソルベの方が女の子らしくていい気がするけど、ビジュアルとしてはどうだろう。しかし女体化しても凄く痩せ型の17歳なんでしょうね。凶悪な格闘技を得意としている細身の17歳女子おいしいです。
それじゃあギアッチョは、と水を向けると射殺されそうなくらいに睨まれた。そうだね、君はダンスに興じるって柄じゃないよね。でも代表選手だから誰かしらは選ばないといけないんでしょう。どうするの?
「後腐れねえ奴を探す」
唸るような声だ。ひどく面倒で、嫌がっていることが聞き取れる。こんなことなら全員ぶちのめしてでも拒否するんだったオメーのせいだぞクソが、みたいな顔でこちらを見て来たので、非常に申し訳なく思う。GOサインを出したのは私だもんね。無理やりGOさせたというか。ごめん、でもあの場合はああするしかなかったと思うんだ、と自己弁護。過去をぶっちぎって生きていこう。後悔ってなにそれおいしいの?でもごめん。
「私もイルーゾォもギアッチョもペアなしってわけかあ」
「俺もだぜポルポ」
「メローネはモテモテだからなあ」
「むー……」
メローネは頬を膨らませて唇をとがらせた。奪っちゃうよと言うと、マジで?と身を乗り出して来る。指で作ったきつねさんでチュー、と奪っておくとけらけらと笑っていた。
「もう、見ててイライラする。ギアッチョもメローネもソルベ先輩とジェラート先輩みたいにお互いをパートナーにしちゃいなさいよ。それでポルポはイルーゾォ先輩とペア。そうすれば問題なく治まるじゃない」
「ホルマジオ先輩のことを無視してるのはわざとなの?パンジー」
「あら、ホルマジオ先輩は自分で女子を誘う気があるじゃない。あんたたちはないでしょ」
なるほどね、納得した。良かった……ハブにされてるホルマジオ先輩なんていなかったんだ……。
パンジーの提案に、メローネが興味を示した。ふうん、ギアッチョが女になるの、と呟いた彼の頭をひっつかみシリアルの中にぶち込んだ。朝からけたたましい音が広間に響いて、誰もがスリザリンテーブルを振り返る。マクゴナガル先生がスリザリン3点減点、と叫んだ。
「俺なわけがねえだろうがッ!そのままミルクに顔突っ込んで殺すぞッ!!」
「あははははは!じゃあ俺が女?優しくエスコートしてくれるよな?」
「勝手に一人で歩いてやがれッ」
とはいえ、ギアッチョも自分の性格ではまともな女子をひっかけられないことは重々承知しているらしい。メローネをパートナーにすることには多大な抵抗があるようだったが、パンジーの提案自体は悪くないと思ったのか少し考え込んでいる。しゃくしゃくと自分のシリアルをかき混ぜる手は止まっていないけれど、食べる動きはなくなった。
私も六個目のサンドイッチをお皿に取り分ける。今度はベーコンレタスにしよう。別に狙ったわけじゃあない。やることなすことすべて裏目に出ている気がするのはただの気のせいだよね。自爆しまくり。
「イルーゾォはどう?私がパートナーだと嫌?」
イルーゾォは腕を組んで眉間にしわを寄せている。問いかけてみると、嫌っつうわけじゃねえけど、と前置きをして話し出した。
「お前はそれで良いのかよ?ただでさえ俺とつるんでるだけで『変人』に見られてるっつうのに、わざわざ俺の"誘い"に"乗った"なんて話になったら、『ネエロ家の当主』の婚約者として品格が疑われるんじゃねえの?」
おお、そこまで深く考えてくれているとは思っていなかった。
私はイルーゾォがイルーゾォであり、大好きな私の家族だから彼とパートナーになることに何の問題も感じていなかったけど、周囲から見ると当然それはそうではない。いくら親しい友人だからと言って、学力も魔法力も低いとみられている落ちこぼれなレスティン家のイルーゾォ君とパートナーの関係になったとなればそれは私の品格が落ち、そんな私と婚約を結んだリゾットの名が貶められると言いたいのだろう。解らんでもない。
でもご馳走が出るんだよ。一緒に出ようよ。それで一緒にご飯食べて踊ってみたいじゃん。私、ダンスパーティーって面白いやつにあんまり出たことがないしさ、魔法界の無礼講のダンパなんて楽しそうだ。
どうやって誘ったもんかな。なぜか女役である私が食い下がっているこの現状不思議すぎる。
打開策を探して視線を巡らせると、ぱちんと音がしそうなほど激しく一人の少年と視線が合って、すぐに逸らされてしまった。リュシアン君だ。今年は何もアピールをして来ないなと思ったけれど、何か心境の変化でもあったのかもしれない。別段影響を及ぼしたつもりはないから、ホグワーツで揉まれるうちにちょっぴり常識的なものを知ったのかな。絡まれないならそれに越したことはない。どんなふうに少年の考えが変わったのか気にはなるけど、自分から近づいて尋ねようとは思わないし、私もしれっと視線をイルーゾォに戻す。
「でもイルーゾォが受けてくれないと、私パーティーに参加できないよ。イルーゾォたち以外にはパンジーとドラコ君しかお友達がいないから」
「えっ……ポルポ、君はポッターたちの友人じゃないのか?」
「えっ」
まさかのドラコ君からこの発言である。私はハリー君たちとお友達同士だということを嫌がるのはドラコ君の方だと思ったけどな。ていうかお友達、なのか?ハーマイオニーちゃんとはお友達かもしれないけど、ハリー君とロン君は違くない?
「君の基準がわからない……」
ずっとぼっちだったから私も基準が曖昧なんだよ。でもドラコ君が言うなら友達なのかもしれないね。
「ね、イルーゾォお願い!ぶっちゃけ面倒くさいかもしれないけど、私は君をそんな理由で除け者にしたくないよ。イルーゾォだって私の性格は解ってくれているはずだよね」
「……あー、うん。……お前ならそう言うよな」
朝食の時間をめいっぱい使ってイルーゾォを口説き落とした私はガッツポーズと共に大広間を後にした。メローネはいまだに残念そうにしているが、ソルベとジェラートに性転換の魔法の原理を教わってふむふむと頷く余裕は出来ているようだった。ていうか自作の魔法なんだ?高度すぎる遊び。しかもそれね、生徒の目は誤魔化せるかもしれないけど、生徒の名前と特徴と所属寮を把握している先生方にとっては意味がない隠し事だよね。ただ面白がっているだけか。
「ドレスローブを選ばなくちゃね」
「そうだねえ」
パンジーはいかにしてドラコ君の気を惹くか、自分に似合うドレスローブを選んでカタログに丸を付けている。どこの世界でも気に入ったものに丸を付ける、あるいは雑誌の端を犬耳折にする習慣は変わらないらしい。
あっ、犬といえば。
黒犬シリーはペッシたんに連れられてまたホグワーツに戻ってきている。厚顔というか度胸があるというか、よくまあ戻って来る気になったもんだ。今はホグワーツの森でぬくぬくと(冬だけど、ただの表現技法だよ)暮らしている。ハリー君が結構頻繁に会いに行っているとペッシたんが言っていた。怪しまれないように気をつけてくれよハリー君。
パンジーは私の手をぺちぺちと叩いてそぞろだった気を引き戻す。可愛らしい仕草にキュンと胸がうずいた。ニコニコしながら、示された三つの候補から最もパンジーに似合いそうなものを指さすと、意見が一致したのか、彼女は満足げな表情をした。
「やっぱりこれよね。ありがと、ポルポ」
「いえいえ」
私はどうしよう。パンジーのカタログを見せてもらおうとすると、パンジーはバッグから別の冊子を取り出した。
「あんたはこっち」
あまりにも気合が入っていたのでちょっと怖かった。
「食費に回したいから、あんまり高いやつは……」
「年に一度の特別なのよ!ここでネエロ先生のハートを掴まないでどうするのあんた!?」
「ほら、アレよ。ネエロ先生はもう私にメロメロだから」
適当なことをふかしてみると、パンジーは白い目で私を見た。
「愛には飽きるものよ」
この子は時々すごく哲学的で大人びたことを言うなあ。