ギアッチョがゆく


幸運なことに、代表選手選出の場でゲロゲロに動揺したにも拘らず、私は何も追究されなかった。あんなに顔色が悪かったって言うのにね。みんな、優しいと言うか、ちょろ甘というか、ただ私が予想不能の事態にビビッていたと思ってくれたらしい。内心でどう思っていようと表面上はそういう形を取っているのだから私がわざと藪を突く必要もない。実際に、想定不能だった事態にビビってたわけだしね。
ハリー君にとっては最悪な金曜日を過ごした後の日、日刊預言者新聞を見て思わず笑ってしまった。ギアッチョの人生が物凄く脚色されて物語調に語られている。リータ・スキーターという記者は面倒なタイプだけど、アイディアと悪意に関しては一級だなあ。ギアッチョはメローネに暴力をふるっていたところをリータ・スキーターに取材されたらしいけれど、『暴力的』で『野蛮』だが『兄弟』のことを思いやり時には『愛ある暴力』に訴えることも辞さない『心優しいところもある』少年だと、かいつまんでみるとそのようなことが書かれていた。愛ある暴力でめちゃくちゃ笑ったので、なんだか気持ちが落ち着いた気がする。
セドリック・ディゴリーが選ばれなかったことで変わる未来とは何だろう。それは、彼が死ななくなるという点だ。あの場所へ行かないのだから死ぬ理由もない。
ていうかあの場面つらすぎるよね。セドリックの言う通りに功を譲られ優勝杯を手にしていたならハリー君だけがあの場に飛び、何事もなく生還出来ただろうに、セドリックへの義理を貫いて"一緒に取ろう"と言ってしまったがばかりにあんなことになっちゃってさ。ハリー君のメンタルマジでボロボロだよね。よくねじ曲がらないで育ったよ、本当。
ギアッチョが死ぬ心配はないのかと考えると、それはもちろん、"ない"。
なぜならこのトライウィザードトーナメントは度重なる出場者の死によって今まで中止されてきたのであって、これから恒例の行事にしていくためには安全性には万全を期さねばならない。すべての教員が目を光らせ、試練の内容を吟味したのだから、よくて無傷悪くて重傷くらいで済むだろう。戦うのはギアッチョだし、ドラゴンさえ乗り切ればあとは問題がないと思う。
棄権が出来ない大会であることはかなり不利だけど、ギアッチョならわざと悪い結果に持ち込むか早々にリタイアを演じるかのどちらかで決着をつけるだろう。メローネ辺りだと全力でワクテカしながら挑んでしまってあわや大参事になりかねないけど(学校的な意味で)ギアッチョはその点、まあ、ブチ切れて器物損壊に走らなければ問題なし。
第二の試練は楽々こなせるとして、第三の試練は大きな迷路だったっけ。アレはギアッチョは適当にウロウロして他の誰かが優勝杯を掴むまで時間をつぶすだろうし、こっちも大丈夫だ。ハリー君は一人で頑張ってくれ。
一晩かけて考えたシミュレートはそんな結果におさまった。悪くない予想だと思う。
「……オメーが飯食ってねえと、調子が崩れっだろ。さっさといつもみてーに食えよ」
「!」
今のギアッチョ、いつもに増してめちゃくちゃ可愛かった。もう一回言ってと手を合わせると、顔を押しのけられる。
「うるせー。殊勝にしてろ」
ツンデレちゃんの要求は難しいなあ。
ギアッチョ自身は大会についてどう思っているのかと訊ねると、彼は大雑把にこの一大イベントを切り捨てた。
「下らねえ遊びだろ」
非常に冷めている。言いたいことは解らなくもないけど、周りの反感を買うかもしれないことをここまできっぱりと言う姿は天晴れだ。
そんなギアッチョは第一の課題に挑む為、情報を収集している、らしかった。リータ・スキーターの記事で知ったことなのでまったく確証が持てないが、周りからはそういうふうに捉えられるらしい。私からは図書室で氷系の魔法について勉強しているだけに見えるんだけどな。ギアッチョちゃんの努力は私の知らないところで行われていつも驚かされているから、勝手な予想をしているとまた度肝を抜かれてしまうかもしれない。でもギアッチョちゃんに抜き取られるなら度肝でもお金でもなんだって差し出しちゃうよ。貢ぐぜ私は。

観客席から見下ろすドラゴンは、数十mも離れた場所からでもわかるほどに大きく、凶悪な造形の生き物だった。アレは死ぬわ。私が対峙したら速攻で死ぬわ。死ぬ前に気絶するかもしれない。わあドラゴンきれい、とか言う前に燃え盛る炎に焼き尽くされるか足で踏みつぶされて死ぬわ。やっぱり危険な魔法生物は遠くから眺めるに限る。
競技場に現れたギアッチョは成長しかけの身体に気だるさを纏って杖を構えた。ドラゴンが鎖を引きちぎってしまいそうな勢いでギアッチョの鼻先すれすれまで首を伸ばし、噛みつく動きを繰り返す。ギアッチョは顔をそむけると、何かをぶつくさと呟いた。双眼鏡で覗いている私は何を言ったのか判別できなかったけど、同じくギアッチョに照準を合わせているホルマジオには理解できたようだった。げらげらと笑ってギアッチョを指さす。
「ドラゴンが獣臭ェだとさ」
この余裕である。でもやっぱり心配なので、立ち上がって身を乗り出し、ギアッチョに声援を送る。がんばれギアッチョ、おねえさんが見てるよ!
「今の俺とオメーは同い年だろうが、だとさ」
こう言うのは気分の問題なんだよ。
スウェーデン・ショート・スナウト種と呼ばれるドラゴンは、メタリックに輝く青色の鱗を持っている。
日の光にぬるりと輝く鱗を逆立てんばかりに首をもたげて空へ咆哮したドラゴンはしっかりと息を吸ってから青白いブレスを吐き出した。薄水色の絵具を溶かしたようなギアッチョの髪が、より濃い青色の炎の吐息で、突風に吹かれたようになびく。その熱はギアッチョを焦げ付かせるかと思われたが、生徒が目を覆うよりも早く彼は動いた。
構えていた杖を袈裟がけに振り下ろす。杖の描いた軌跡通りにブレスの軌道が逸れる。ギアッチョはドラゴンの隙を誘うと、ポケットからもう一本の杖を取り出した。え?なんであんた杖二本持ってんの?
「ソルベが貸したのさ。ホグワーツの中だし、俺らは離れないからな。片方が持ってりゃ安心だろ?」
ソルベもジェラートも物理派だしね。拳銃でも仕込んでるんじゃないかなローブの中に。呪文を放つ前に狙撃で倒す、くらいの禁じ手は使ってみせそうだ。
取り出した二本目の杖からこちらも青白い光の線が飛び出しドラゴンの顎の下に思い切りぶつかった。ドラゴンがぐらいとよろめいた間に、巨体の脇をすり抜けて奥へと走る。
走っている、はずなんだけど、どこかするすると滑っているように見えるのは気のせいかな。
まるでホワイトアルバムを使ってスケートをしているようだと、ごつごつした岩場を軽々滑り乗り越えていくギアッチョを見ながら思っていると、実況の男が拡声した声を張り上げた。
「おおっとこれは高度な魔法だ、地面と……地面と靴か?靴底を凍らせてスケートのように移動している!」
やっぱりそうだよね!?
「お、アレ成功したのか。何より気合い入れて研究してたからなァー……見ろよ、活き活きしてんじゃねェの?」
「ぶあっ、活き活きするギアッチョ!」
なぜかソルベが笑い出した。確かに活き活きと活動しているギアッチョなんてなかなか見ないけど、メローネを罵倒したり蹴り倒したり知らない言葉を調べている時は楽しそうだよ。
「良かったねえギアッチョ、やりたかったことが出来るようになって」
「そうだよなあ。俺らも頑張らねえとなって思うぜ」
「ソルベの『変装』はなかなか様になって来てんだけどよ、『死んだふり』がまたビミョーに難しいんだわ」
そりゃ、そんな魔法が使えたら世の中が引っくり返る。死んだふりなんて最強じゃん。魔法で叶えた死んだふりなんて誰にも見抜けなさそうだ。あ、魔法を終わらせる為のスペルを唱えたら一発で判っちゃうのかな。その辺りは研究が必要そうだ。
ん?もしかすると本来の魔法式ではなくその辺りの勉強に心血を注いでいるのかもしれない。ジェラートはカンペキを以て良しとする。それどこの狩魔一族?
少しギアッチョから意識を外していた隙に、彼は金色の卵を手に入れていたようだった。回復したドラゴンが踏みつけようと動いても、魂に染みついたスケーティングの技術を生かして軽々避ける。シャッと氷の上を走る音が、私にまで聞こえたような気がした。

競技の終了を告げられた係員に取り押さえられたドラゴンを尻目に審査員へ卵を手渡したギアッチョは、試練の合格を言い渡されるとすぐにこちらに視線を向けた。双眼鏡越しに可愛い顔が見えたので手を振る。振り返してはくれなかったけど、彼はこくりと一つ頷いた。私がさっきがんばれと言ったことへの返事だったのかな。そうだとするとえーっと、今晩ギアッチョをお持ち帰りしても良いということかな。ベッドを整えておくね。
与えられた点数は、魔法の有効性と高い技術が買われたためか、かなり高いものだった。
マダム・マクシームとクラウチ氏は9点をつけ、ダンブルドアは10点、ルード・バグマンも9点、イゴール・カルカロフからは6点が与えられる。
ダンブルドアが10点をつけたことに会場は騒めいたが、ドラゴンから攻撃を一度も喰らわなかった点、他の卵に損傷を与えなかった点、使用された魔法の精度を考えれば妥当だと、私は考える。身内贔屓かな。でもギアッチョは健闘したよ。それを正当に評価しないイゴール・カルカロフへの印象は、まあそういうキャラだよなあと解ってはいてもあまり良くない。彼と関わることはきっと一生ないし、ギアッチョ本人もどうでもいいと感じているだろうけれど。
続いてハリー君が40点をもぎとった。これはビクトール・クラムと同点だったけれど、43点を獲得しているギアッチョには及ばない。残念がらないでイインダヨー。本気を出しているギアッチョに、経験や技術で追いつけていない君たちが勝てるわけがない。
もちろん彼らがそんなことを知る筈もなく、クラム選手はとても悔しがっていた。ハリー君?彼はギアッチョの秘められたヤバさを薄々感じていたらしいよ。後から聞いた話だけどね。
「あのメローネの兄弟が、普通の魔法使いなわけないよ」
至極もっともだと頷いた。



0.5

ハリー君とギアッチョが代表選手に決まってから初めての魔法薬学の授業がやって来た。
私の記憶によると、ここでドラコ君はハリー君にめちゃくちゃ嫌な絡み方をするはずだったが、朝に挨拶をした時もそれ以前も、ドラコ君がハリー君を揶揄するバッジを作っている様子はなかった。ちまちまと魔法をかけたりしているのかなあと密かに目で追っていたのだけど、そんな影はどこにもない。
どうしたことか。三年次の後期辺りからその傾向は顕著になったが、ドラコ君はハリー君にあまり突っかからなくなった。なんででしょうね。私の言葉が原因ではないと思いたい。喧嘩が減るのは良いことだけど、青少年の心に消えない爪跡を残してしまったかと思うと罪悪感が半端ない。
バッジを輝かせる代わりに、ドラコ君はハリー君にわざと肩をぶつけた。
「ポッター、君がゴブレットを騙そうなんて考える能があるとは僕は思っていなかったな。一体どんな卑怯な手を使ったんだい?」
「あたしもあんたにそんな魔法の才能があったとは知らなかったわ」
ドラコ君とパンジーからのジャブ。ハリー君は苦々しい顔でそれを受け止めたが、すぐに気を取り直した。すでに席についているこちらを見て、ギアッチョのことを指で示す。
「マルフォイ、僕に言うならギアッチョにも言ったらどうなんだ。僕もギアッチョも自分じゃ名前を入れてないってわかるはずだ」
「ふん。ギアッチョはこういうイベントが好きなタイプじゃないさ。彼は入れてない。だけど君は目立ちたがりだから、本当に入れてないかどうかはわからないだろう?毎年毎年ホグワーツに話題をもたらすポッター君のことだからね」
「やってないって言ってるだろ?少なくともポルポは信じてくれたし、ギアッチョたちだって僕がしてないってことを知ってる!君だってポルポの友達なら、ポルポに訊いてみればいいんだ」
なんでそうなる。
パンジーは鼻を鳴らしてハリー君につんとすると、ドラコ君の腕に腕を絡みつけた。
「もう訊いたわよ。"直接訊いてみれば"ですって。だから"わざわざ"あんたに話しかけてるんじゃないの」
「どうしてそんなに知りたいのさ」
「ほら見ろ、やっぱりやったんじゃないか」
「やってないって言ってるだろマルフォイ!僕たちに突っかかって来るのをやめてくれよ!いくら僕のことが、その、嫌だけど、好きかもしれないからって、そう突っかかって来られちゃ迷惑なんだ!」
「ぼッ……僕はお前なんか好きじゃない!!それこそずっと言って……、ポルポ!君のせいだぞ!!」
え?私?
「あんた以外の誰がいるのよ!?そうよ、よりにもよってドラコがポッターを好きだなんて!さっさと撤回しろって言ったでしょ!?」
そんな大声でハリー×ドラコ話をしないほうがいいよ、ここは地下で声が響くからみんな興味津々でこちらを見ているよ。心なしかざわざわと、あのドラコが……とか、ハリーとマルフォイって……とか、そういう声が聞こえてきているし。そろそろスネイプ先生も入って来るじゃないかな。
諸々、思うところはあったけれど、とりあえずひと言。
「違うの?」
「違う!!」
孤立無援のハリー君と、ちくちくと苛めていたドラコ君、それからパンジーの声がやっぱり重なって、誤解が解けるのはまだまだ先みたいだなあと他人事のように傍観する。なんかごめんな、ここまで後をひく話だとは思っていなかったんだよ。