三大魔法学校対抗試合英雄伝説
場は一瞬、しんと静まりかえった。
こんなことがあるとは誰も予想をしておらず、私たちはただ呆然と立ち尽くすことしかできない。名を呼ばれた少年はどちらも困惑をあらわにしていた。
「僕は入れてない!」
「入れてねえよ意味がわッかんねえええええ責任者連れて来いぶっ殺すぞ!!」
責任者は目の前で君を呼んでいるよ。
ギアッチョは手近にいたメローネを思い切り蹴り飛ばした。
げほっ、と咳き込んだメローネは、相変わらず激しいねあんたと苦笑している。しかしその瞳の奥に隠されるのは、周囲の状況を把握せんとする冷静な光だ。それが解るからこそ、この事態が誰かの悪戯なんかでは決してないのだと知り私は顔をしかめる。
「(どういうこと……?)」
意味が解らないし笑えない。どうしてギアッチョが、代表選手に選ばれるんだ。
事の始まりは新学期。
ダンブルドアは始まりの宴の前に、生徒たちへとんでもない爆弾を投下した。それはトライ・ウィザード・トーナメントと呼ばれる魔法界の三校が術を競う大会が開催されるという報せだった。この100年余りは色々な都合によって開催が見送られてきたが、このたびめでたくホグワーツがその舞台に選ばれたというそうだ。
私たちの感想は至極あっさりとしていた。
「へえ、面白そうじゃん」
周りの盛り上がりに紛れながらひっそりため息をついたのは私だけで、あのギアッチョですらこの一大イベントに興味をそそられているようだった。
しかし、私にとっては気の重い話でしかない。なにせこれがきっかけで魔法界は再び闇に包まれ云々かんぬん、とにかく大変なことが起こるのだ。素直に喜べるはずもない。公表され、ここまでの盛り上がりを見せてしまっては―――まあもともとそんな選択肢などなかったわけだけど―――ダンブルドアに洗いざらいぶちまけて大会を中止にしてマッド・アイ・ムーディをひっ捕らえてもらうなんてこともできなくなる。興奮が大きければ大きいほど、地の底に叩き落とされた時の反感と混乱も膨れ上がるのではないかと危惧している。
どうして私がダンブルドアに未来知識を説明する気がないのかというと、それは保身のためだ。
ダンブルドアの狙いは、いずれ必ず復活するヴォルデモートを完全に死させることにある。その為に毎年ハリー君に試練を与え魂や技術を研磨させ、ヴォルデモートと対決するにふさわしい力量と勇気を身につけさせている。今年に起こる出来事は誤算なわけだがね。
どうしてそんな七面倒な手間をかけているのかといえば、ハリー君自身がヴォルデモートの『分霊箱』になってしまっているからだ。ハリー君はヴォルデモートの手によって死ななければならない。そのことはダンブルドアの計算に入っていて、今更方針を変更するわけもない。
そんなところに、知識のある私が口を出してみろ。不審に思われるどころじゃあない。真実薬とかなんとか、魔法界びぃえる三種の神器を飲まされてそれこそ根掘り葉掘り質問をされ全部ゲロらされるに違いないぞ。それは私たちにとって非常に不利だ。
よって、私は沈黙を選んでいる。まあぶっちゃけどうせ巻き込まれるのってハリー君たちだけだし……。ごめんね、ハリー君。
「女王さんは俺らをけしかけたりしねーのな。興味はねえのかい?」
「代表は一人だけでしょ?ソルベとジェラートを分けて考えるのはねえー」
「ま、それもそうだよな」
二人になっちゃうんですけどね。
イレギュラーなハリー君はともかく、とハッフルパフの席に目をやる。期待を受けているのか友人に推薦されているのか、ばしばしと背中を叩かれる精悍な顔立ちをした青年の姿があった。ふと目が合って、反射的に微笑む。
セドリック・ディゴリーはイケメンだった。凄く正統派のイケメンだ。私の周りには変り種しかいないからな。あるいは輝かしいイケメン。プロシュートのことです。
今年一年頑張ってね、と心の中でエールを送ってから思い出した。
あの子、死ぬじゃん。
「(わあ……)」
映画の一場面を思い出してウワアアアアとテンパったところでどうにもならない。私はあの場面に立ち会わないし、立ち会ったとしてもアバダケダブラを防ぐ手立てなんてない。私のことを心配したホルマジオによって一足先にプロテゴを習得させられはしたが、私のへろへろな防御壁で防げるかって話よ。うっかり間違えると私が死ぬ。死にたくない。
この後死んでしまうと確定している人を見るのは何度目か。前世でペリーコロちゃんを見た時も思ったけど、どういう反応をしていいのか迷ってしまうね。頑張れと応援するのもおかしいような。でも、セドリック・ディゴリーってめちゃくちゃいい人だよね?素直に応援したい気持ちもあるな。
あんな正統派イケメンとお近づきになる可能性なんて元からないけど、と前置きしてから指を組む。行儀悪くテーブルに肘をついてゲンドウポーズ。
あの子とは、接さないようにしよう。
死ぬとわかっている人を前にニコニコとお話が出来るほど、私のメンタルは強くないんですよワトソン君。
憂鬱な気分のままローストビーフを口にしてから幾日かが経って、学校中はトライウィザードトーナメントの代表選手選出の儀を待ち望み浮足立っていた。
ロン君の両親について悪口を言ったマルフォイ君がナルシッサさんを侮辱されて激おこぷんぷん丸になり杖を取り出したところでムーディ先生の魔法によりケナガイタチに変身させられたり、そのムーディ先生の授業で禁じられた魔法について学ぶことになったり、交換留学にやって来た国際色豊かな他校生がホグワーツという閉鎖空間に新たな刺激をもたらしたり、ウィーズリーの双子が老ける薬を使って投票しようとして失敗したりしていたけど、概ね日常はつつがなく過ぎていった。双子君、私はそのゴブレットの攻略法を知っているよ。誤魔化すんじゃなくて錯乱させちゃえばいいのさ。まあ、誰にも言わないし試みるつもりもないけど。
リュシアン・レスティンはぴたりと沈黙していた。不自然なほどいきなり罵倒と勧誘の言葉がなくなったので怪訝に思ってしまう。様子を見ていると、こちらのことは意識しているけれど、それよりもずっと気のとられる事柄にかかりきりになっているらしい。人のいない廊下で本でも読もうと定位置に向かっていたら、ムーディ先生とリュシアン少年が連れ立って歩いているところに遭遇して興奮した。気が強くて小柄な少年と、白髪頭で武骨で義眼のオッサン。闇の家系と、不死鳥を掲げる勢力の対比というのも良い。まあ中身はどっちも闇なんだがそれをスルーすれば、これはなかなか。
「誰が選ばれるのかしら。ドラコが出られないならあたしはあまり興味がないけど、グリフィンドールから選出されないことだけは願うわ」
グリフィンドールの生徒も同じことを思っていると思うよ、パンジー。
各寮から数人の生徒がエントリーシートを投げ込む現場を目撃したけど、ゴブレットはその中から何を基準に選手を選び出すのだろう。錯乱させられていたということもあり思考は人間よりで結構ちょろいのかもしれないが、その判断の要因が知りたい。魔法の力か何かが文字から感ぜられるのかしらね。
「もしもネエロ先生が生徒だったらな……絶対に優勝はホグワーツの物になるのに」
「ネエロ先生ねえ」
あの人そもそもエントリーしないと思うよ。それこそ、ソルベとジェラートがゴブレットを"錯乱"させて勝手に投げ込まない限りは。
セドリック・ディゴリーの名前が呼ばれなくて一番動揺したのは私だったと思う。
代わりに呼ばれた名前に、眩暈すら起こってふらりとよろめいてしまう。まさかまさかまさか、そんなわけないだろ、ねえ、ないよね、ねえ。
激しく頭痛がする。心臓が痛いくらいに脈を打って、隣にいて、今は全員の視線を集めメローネに蹴りをぶち込むギアッチョのローブを掴む。
「(どういうこと……?)」
頼む、行かないで。
情けない声が出そうになって、ぐっとこらえた。大人にならなくちゃ。ここで私が喚いたところで事態は解決しない。ギアッチョを困らせるだけだ。
あまりにも私の顔色が悪いからか。ギアッチョは怒りと困惑がごちゃごちゃになった表情で、貧血を起こして冷えた私の頬に触った。私の身体はソルベとジェラートが支えてくれていて、座っているはずなのに、自分がどこにいるのか数秒の間解らなくなる。ガチでヤバい。
「ギアッチョ・アトマ!」
ダンブルドアがもう一度ギアッチョの名を呼んだ。ギアッチョは広間中に響く声で、苛立たしげに返事を投げつける。
「うるせえこっちは入れてねえっつってんだろ、ンな面倒な大会に誰が参加するかってんだよクソがッ!!」
少年の声は怒りに満ちていて、間近にいたスリザリン生が両手で耳をふさいだ。広間を揺らすくらいに大きかった声が余韻を残して消えると、静かさがむしろ耳を痛くする。
「ギアッチョ・アトマ。今は議論するべき時ではない。君の名前はゴブレットに選ばれたのじゃ。君は参加する義務がある」
「誰が決めた?納得いかねえことに従えるわけがねえだろーが。そもそもそのゴブレットっつうのが絶対に信頼できるモンだとは思えねえ。入れてねえ名前が出て来たっつうのが何よりも明確な証明じゃねえか。"錯乱"でもさせりゃあ一発だろ、その程度のがらくたなら」
その手があったかとグリフィンドール席で悔しがった二人の名前はもはや挙げる必要もあるまい。そしてギアッチョの推理力に状況もわきまえず感服した。その発想はあるよね、やっぱり。むしろなぜ誰もしなかったのか、そっちの方が気になるわ。なんだかんだで素直な良い子ばかりが揃っているらしい。
「ゴブレットの判断は絶対じゃ。原則として他人が他人の名を入れることは出来ん。……ギアッチョ・アトマ。ハリー・ポッター。そこの部屋へ入るのじゃ」
「その"原則"が怪しいっつってんだろ耳ついてんのかジジイ?」
ジジイ呼ばわりにスリザリン席から失笑が漏れる。
常の場合に沈黙を選び、ブチ切れる相手をメローネや私たちに限定していたギアッチョがここまで不満をあらわにするということは、つまり彼は名前を入れていないのだ。ホグワーツの生徒全員が理解した。言葉を交わす必要もなく、あぁあのギアッチョだしな、と心で理解をした。あのギアッチョが賞金や名誉に釣られクマーで不正を犯すはずがない。
緊張状態を破ったのは静かな一声だった。
「ギアッチョ。隣の小部屋へ行け」
ミスターアトマではなく、ギアッチョ、と指名したのはリゾットだった。
スネイプ先生の隣で不測の事態に待機していたリゾットは、埒のあかない現状を打破する指示を出した。ギアッチョはぐっと言葉に詰まって、立ち上がったまま、私を振り返る。
今はそうでなくても、リゾットはギアッチョの上司で、彼の命令に従うことは『リーダー』と『部下』として当然のことなのだとギアッチョの中には染みついている。そして私は、その『リーダー』の上司だった。
私に判断を仰いだギアッチョに、行くなとお願いすることは簡単だ。個人的にはそうしたい。しかし私が今そんな我儘を言っても何にもならないじゃんか。ズルいぜ、ゴブレット。
「ギアッチョ、……今は行って。お願い」
「……チッ……オメーもリーダーも大人ぶりやがってよお」
柄の悪い舌打ちを残し、ギアッチョは堂々たる態度で寮のテーブルの横を闊歩し、乱雑すぎる動作で小部屋のドアを開けた。それに遅れまいと、少しでも身を隠したいといわんばかりにハリー君がギアッチョに続き、ドアの向こうへ入ってしまう。
これ以上ゴブレットから名前が出てこないことを見て、私は吐き気すら覚えた。嘘だろ承太郎。
どうやらギアッチョは、セドリック・ディゴリーの代わりに大会へ出場することとなったらしい。