イエススイーツ、ノー悪戯


わんこの正体を早急に確かめる必要があったが、これでも私は学生の身だ。
ホグズミード行きの許可証へのサインのことをすっかり忘れていたので慌ててリゾットを訪ねたら教務室にいたスネイプ先生にたっぷりの嫌味と共に出発の内定を貰うことができたり、リュシアン君が意欲喪失状態から復活してイルーゾォの無能さを切々と説いて来たり、猫とネズミのことでハーマイオニーちゃんとロン・ウィーズリーの仲が険悪になったとハリー君に相談されたり、ハーマイオニーちゃんの心痛を気遣ってみたり、ルシウスさんからの手紙攻撃が再開したり、DADAでルーピン先生とプロシュートが絶頂の人気を誇ったり、ホルマジオがまた血を流したり、さて今日こそは様子を見に行くぞとペッシに約束を取り付けるとそういう時に限ってリュシアン君が私たちの誰かに絡んで時間を取られたり、パンジーがドラコ君へのアプローチ方法を変更するためにどうしたらいいのかと夜通しでアドバイスを求めてきたり、イギリスの食事に満足できない私の為にソルジェラが厨房を借りて料理を作ってくれたので一週間ほど空白を埋めるように食べまくったりと毎日が忙しい。忙しいったら忙しい。
ペッシちゃんと一緒に行かなければわんこに警戒されてしまう。つまりお互いの時間を合わせなければならない。都合の折り合いがつかないために機会は訪れず、訪れたとしても某レスティン少年や某ウィーズリー少年がお邪魔ぷよになってなかなかペッシちゃんとの約束を履行できずにいた。そんなこんなでホグズミードである。もう、私何やってんだ。
もう、今だけはシリウス・ブラックのことを忘れて楽しもう。この一か月強、ずっと彼のことを考えていた気がする。もしかしたらリゾットのことよりも彼のことを考えていた時間の方が長いかもしれないな。これを言うとリゾットがまたいつも以上に無言になってしまいそうな気がするから言うのはやめておこう。ホグズミード行の列車の中で暇が出来たので『シリウス・ブラック』の部分を『黒犬』に変えて喋ってみると、ホルマジオが苦笑した。
「オメー、それリーダーの前で言うなよ」
「あははは、言わない言わない」
「軽く笑えることじゃねえだろ」
イルーゾォの顔色がちょっと悪かった。リゾットも別にそこまで怒るわけじゃないと思うけどなあ。ムッとするかもしれないけどさ。普通は恋人にそういうことは言わない、っていうのはマナーみたいなものでしょ?

ホグズミードは肌寒かった。先を行くメローネについて歩いていると、冷たい風が強く吹き付ける。ぶるりと震えると、ん、とギアッチョが無言でホッカイロを渡してくれた。魔法界の物じゃなくて、ガチの鉄の方。ギアッチョはちょっぴり寒がりだから、この季節になると携帯しているのだとさ。可愛いね。それを分けてくれるところもまた可愛い。懐かないお猫さまがある時気まぐれにエサを一口分けてくれた時のような気分になる。
「ありがとね、ギアッチョ」
「……いい」
ほらこれだよ、超かわいい。私のギアッチョ超かわいい。私のとか言っちゃった。
ガイドブックを開いて案内をしてくれるのは、私と同じく初めて村にやって来たはずのメローネだ。ソルジェラもホルマジオもイルーゾォもいるのにメローネ。
「ここがポルポの来たがってたハニーデュークスだぜ」
説明してくれるメローネの声はかなり大きいが、それも人のざわめきに掻き消されてしまうほどの賑々しさだった。品物を一つ見るためにも人の波にもまれ全身を押しつぶされないといけなさそうでちょっとだけ気が滅入る。色々な種類の甘い匂いが嗅覚をいじらしくくすぐってくるが、私は言いたい。食べられたいならそっちから来い、と。こんなスイーツに釣られクマー。
気づいたらポシェットの革紐を握りしめて鞄を守りながらハニーデュークスに特攻をかけていた。こちらには手札が六枚ある。私を入れれば七枚だ。チョコレートやグミ、タフィーにケーキ、キャンディにガム、クッキーなどジャンルもバリエーションも豊かなポップカラーに彩られる店内も、数で攻めれば攻略できるはず。私たちは役割を分担して計画を始動した。これも明日のカロリーの為、幸福の為。早々にギアッチョがブチ切れて人混みをかき分け外に逃げ出したが、これもまた定めというものだ。仕方ない。
私は買い物かごの中に、他の人の迷惑にはならず、財布も圧迫せず、しかし満足が行くだけの種類を放り込んだ。ブフゥー、次の機会はクリスマス休暇だからね。サプライは大事デスネー!
会計の順番にはソルベとジェラートが一緒に並んでくれた。身長は伸びてきて、もう人混みに押しつぶされたりはしないと思うんだけど、気を遣ってくれているのを断るわけはないしむしろ私もソルジェラがいると楽しい。メローネは『異常な味』と札のかかったコーナーから動かないそうだ。ただの趣味だろうね。
「おっ、ウィーズリーの双子じゃねえか、アレ?」
「ゾンコにでも行くんだろ。ガキどもも懲りねえよなー」
フィルチさんに捕まえられていないだけで、話題性だけで言えば君たちもいい勝負だと思うけども。事あるごとに爆笑してひーひー言っているものだから、もうソルベとジェラートの名前は家名より先に思い出され、あぁあいつらねと笑い声イコールソルジェラみたいな扱いになっている部分がある。
はー、しかしガリオン金貨を出したのは久しぶりだった。紙袋にぎっしり詰まったお菓子を持って外に出ると、寒そうに身を縮めたギアッチョが律儀に入り口で待っていてくれたので、身体があたたまるというジンジャーのキャンディーを袋から探り出して渡す。これらのお菓子はもちろん全員で分けるけど、これはギアッチョだけに買ったものだ。リンゴ味で身体があたたまるものが見つけられなくてスマヌ。
「そんなに冷えてっか?オメーら脂肪薄いんだよ」
「うるせえ筋肉ダルマ」
イルーゾォも、まだ十月末なのに薄手のダウンジャケットを羽織っている。確かに今日は冷え込んだけど、ここまで寒がるのはやっぱり平均より少し痩せているからかな。イルーゾォもどちらかといえばインドア派だし、休暇中は家に軟禁されていて運動をする機会もない。温度の変化に弱いのだろう。ギアッチョは多分もともと寒がり。冬はホワイトアルバムの鎧を着ていてぬくぬくだったから、14歳になった今でもその感覚が忘れられないのかな。スタンド能力を失ったということだけ、私は彼らの心残りを察する。分身みたいなものだったもんなあ。私もブラック・サバスたんを失った時はびっくりしたもんだ。
分担したお菓子とは別の、黒っぽい紙袋を抱えたメローネが私たちに合流する。興味本位で中身を訊ねると、言葉にするもおぞましい虫の名を冠するお菓子だと告げられた。一気に食欲が失せたので彼から離れる。おおお、名前を聞いただけで鳥肌が立った。身震いする。
私たちは荷物をまとめるため、村の隅に輪を作った。ホルマジオが物を小さくする呪文を使ってお菓子の体積を減らし、てきぱきとソルジェラがそれを紙袋に詰め直す。七個あった袋は二つにまでまとめられ、随分と身軽になる。私がお願いしたことだし荷物くらいは持つよと地面に置かれた紙袋の持ち手を握ると、ホルマジオがその手を笑いながら引きはがした。
「オメーより俺らの方が体力も力もあんだろ?」
「そうそう、甘えとけよ」
申し訳ない気持ちになるけど、やっぱり善意を突っぱねるのは失礼だ。ありがとう、と微笑むと、みんなも口角を持ち上げた。
「さ、次はどこに行くよ?ポルポは悪戯には興味ねえだろ?」
カーディガンのポケットに突っこんでいたガイドブックが開かれる。メローネのカーディガンはなんとなく女子用に見えるんだけど、それは自分の少年と青年の狭間に差し掛かった危うい可愛さを知ってのことなのか、某メーカーの戦略のように『彼氏』ならぬ『彼女』から借りた設定で羽織っているのか、どちらにしても面白すぎるので自分の為に黙殺することを選んだ。
「俺は三本の箒に行ってバタービールを飲みてえんだけど」
地図上を指さしたのはイルーゾォだった。よほど寒いのだろう。
「ご飯も食べられるかな?私もお腹が空いた気がする」
「もちろん食えるぜ。俺らのおすすめは魚の煮込みとインゲン豆のスープ。肉類はちっと癖があるから、ミートパイなんかは好みが分かれるんじゃねえかな」
「風が吹かねーならどこでもいい」
「うひゃははは!ショージキだなギアッチョ!じゃあ行こうぜ、三本の箒はあっちだ」

マダム・ロスメルタの切り盛りするパブは混雑していた。ハロウィンの時期だからなのか、魔法戦士と呼ばれる人たちに人気だからかは区別がつかないけど、カウンター席はすべて埋まり、出るところは出ていて引き締まっているところは引き締まっている曲線美を描くマダム・ロスメルタの肢体と話術を肴にギネスを呷り酔いしれている客が大半だ。学生は奥の方のテーブル席を使い、パンケーキやシチュー、がっつりした肉料理などを口にして話に花を咲かせている。私たちもその中の一席におさまり、気だるそうな筆記体で書かれたメニューを吟味しいくつもの料理を注文した。もちろん、噂のバタービールも人数分オーダーしてある。
ホグズミードについて、それから学校生活についてお互いの情報を交換していると(毎日大広間や談話室で会話をしているけれど、彼らの話は尽きない。コミュニケーション能力のステータスが振り切れている)料理はすぐにやって来た。溢れんばかりの泡が盛られた黄金色の飲料がジョッキでテーブルに並べられる。こ、これが噂のバタービール。夢の飲み物を飲む日が来るなんて思っていなかった。本当にバターの味がするのかな、ロマンだ。早速一口いただきたいので、乾杯といたしませんか。
ポルポよろしく、と全員に丸投げされたので、私はジョッキを掲げて今までになく気合を込めた。
「私のおっぱいに乾杯!」
「ぶぎゃっはははははははは!!」
「飲めなくなるからやめてくれよ女王さ、あぎゃはははは!!」
「オメー躊躇ねェなあ……」
「オメー今乳ねええええだろ!!」
爆笑の渦に沈み込んで浮かび上がってこないソルジェラは置いておいて、ギアッチョは着目するところが違うんじゃないかな。確かに前よりはないけど年頃にしては大きいから!
ぐびりと一口飲んだ私は、お腹の底から体中にぬくもりが広がるような感覚に酔いしれる。ああ、これですよこれ、これだからいいんですよ、魔法界の希望がこの一杯に詰まっている。よく考えたらバタービールって主人公たちの心を安らがせるまさしく魔法の飲み物じゃん。そんなものを喉に通す日が来るとは。
ソルベとジェラートは笑ったまま、とうとうジョッキを置いてしまった。泡が消えちゃうよと指摘すると、もうだめ俺ら飲めねえと息も絶え絶えに言われてしまう。そんなに面白かったか?君たちの笑いのスイッチは難しいね。フレッドとジョージが罰則を食らったと有名な、スネイプ先生の頭にお花が咲いた事件ではクス、というレベルでしか笑っていなかったのに、なぜ私の一言でそんなにも。愛か?
「おっ、ソルベとジェラート、それにスリザリンの変人さんたちじゃん」
「俺たちのこと憶えてるよな?席空いてんなら一緒に食おうぜ!」
料理に手をつけようとしたら赤毛の双子が気安くジェラートの肩を叩いた。なんだか近づいてくるなあと思っていたら、どうやら大声で居場所を吹聴するようなソルベとジェラートの笑い声に釣られて私たちに気づいたらしい。元々ポルポちゃんたちには興味を持ってたんだぜと笑顔を向けられたのでへらりと笑い返すと、赤毛たちの白い歯がろうそくの光にきらめく。ちょっと失礼、だなんてまったく失礼とは思っていさそうに、私の斜め向かい、通路側に座るイルーゾォをぐいぐい詰めさせてノッポが一人腰掛ける。こちら側の席では、ギアッチョがめちゃくちゃ嫌そうに自分から場所を空けた。無理やり押されて人肌に触れることよりも、メローネにくっつくことを選択したようだった。こういう些細なことに興奮してしまうのは私の悪癖である。
八人掛けの席に無理やり収まった二人は追加のバタービールを二杯頼んで、溌剌とした声で身を乗り出した。どっちがどっちかわからないので、便宜上フレッドとする。
「ポルポ、こっちに座ってんのがジョージ。ポルポの隣の隣にいるのがフレッドだぜ」
ニヤニヤと悪戯っぽく目を細め、ジェラートが順番に赤毛を指さした。よくわかるな、と思った瞬間に鋭く否定が入る。
「違えよ!お前ら毎回必ず間違えるよな、わざとやってるだろ?」
「絶対見抜けてるだろ?」
「いやあ、俺らなんてまだまだだからさあー、わっかんねーんだなこれが。なー、ソルベ」
「なー、ジェラート」
私並に適当なことを言うホモたちだ。
それにしても、ソルベとジェラートはフレッドとジョージを区別できるのか。しかしわざと毎度毎度間違えて呼んでいる、と。なんだそのチートっぷりは。格好良すぎて許せん。気配を読めるとそういうことが可能なのか?私にはいつまで経っても習得できなさそうな能力だなあ。目をつぶっていると、誰かが近くにいることはわかるかもしれないけど、どのくらいの距離で、さらにその人が誰なのかなんて掴めない。
「なあポルポちゃん、質問なんだけどな」
「ジニーとは最近どうなんだ?」
なにその恋人同士みたいな言い方。私はジニーちゃんに邪な想いなんて抱いていません。
「やややや、そんなこと聞いてないって」
「やっぱ面白いな、『スリザリンの変人』は」
私ここでも変人のくくりに入れられてるの。なんとなくわかってたけどつらい。変なのはこのイケメンたちだよ。
「どうって言われても……、普通としか言えない。会うことがあったらお話するくらいよ。手紙のやりとりもしてる、かな?」
秘密の部屋の一件以降、ジニーちゃんは一時期私にとても罪悪感を抱いた表情をしていた。でもアレ全部トム・リドルが悪いからね。君は子供なんだし、間違いを犯したとしても繰り返さなければ許されるんだよ。私だって目くじらを立てて、お前のせいだと糾弾するつもりもない。
そんなことを手紙に書いてフクロウに託すと、同じフクロウが彼女からの手紙を運んできた。ジニーちゃんはまだ、じかに言葉を交わすよりも文字でやり取りをするほうが得意なようで、その時から私たちの文通は始まったのである。よって私は無罪。
「じゃあロンは?俺たちはロニー坊やからもジニーからも―――」
「―――結構ポルポちゃんの話を聞くから気になってたんだよ」
二人は交互に口を開く。君たちと話した回数が少ないから、そういう小技をねじ込んで来られるとテンパってしまうよ。
「ロン君とも別に。たまにハリー君とハーマイオニーちゃんとお話をすることがあるから、その時に少し会話するくらい」
「に、してはロニー坊やが気にしてるんだよなあー……。そうそう、ポルポちゃんはアレなんだろ?」
「"あの"ネエロと婚約してるんだろ?」
どのネエロでしょうね。どんなことをしているんだ、リゾットは。ポルポさんはそれがディ・モールト気になる。
「どうなんだ、ネエロって?」
「優しい婚約者?」
「それとも私生活でもあんな無表情?」
「ポルポちゃんの前では微笑む?」
「お互い愛はあるの?」
「ないって噂だけど本当のところは?」
「ネエロを好きな女子に呼び出されたこととかは?」
「マルフォイとはどういう関係?」
「魔法薬学の教室によく用事を頼まれるのは自分から買って出てる?」
「グリフィンドールのことは嫌いじゃないの?」
「リュシアン・レスティンに絡まれてるけどどう思ってる?」
マシンガンのように質問の弾丸が私に降り注いだ。頼むからご飯食べさせて。
食器を置いてバタービールを飲む。ウィーズリーの双子は好奇の眼差しで私を見つめていて、そこに悪意はあんまりない。ちょっぴり、ほんの少しくらいはスリザリンの後輩を苛めてやろうなんて気があるかもしれないけど可愛いもんだ。
「リーダーはやっさしいぜ、ポルポにはね」
なんか代わりにメローネが答えてくれた。ありがとう、その質問答えづらいよね。私は優しいと思うけど、他の人と認識のギャップがあることは理解している。
「私生活でも表情は動かねえけどなー」
「微笑みなんて、10年に一度咲く花って感じよね」
ソルベに同意すると、ジェラートが思わずといったふうにテーブルを蹴って無言で笑った。ヒイイとかすれた呼吸音が命の危機を彷彿とさせるけど、本人はただ笑っているだけだ。
「愛だ恋だと人の詮索してんじゃねぇよ。リーダーとバカ女の恋愛なんざはどおおおでもいいがよぉ、食事の邪魔されてる身としちゃあさっさと退けって言いてえんだ」
フレッド、じゃなくてジョージだっけ?フレッドだっけ?どちらかにぎゅうぎゅうと場所を取られているギアッチョは不愉快そうだ。テーブルの下で足でも踏んでるんじゃないかと思うくらい眉間にしわが寄っている。細身だから、ソルベ、ジェラート、ホルマジオ、イルーゾォの座るあちらよりは余裕があるはずだけど、範囲の不安定な潔癖症の気があるギアッチョは近くに知らない人がいることに我慢がならないのだろう。人見知りのスゴイ被害がデカい版。
「呼び出されたことはないし、グリフィンドールのことも嫌いじゃないよ。嫌いというか、ただの他の寮としか思わない。ドラコ君は、えーっと、婚約者の知り合いの息子さん。あるいは友人の友人。私はちょっと前から思っていたけど、ドラコ君も最近は私のことをお友達だと思ってくれているかもしれないわね」
ルシウスさんの挙動について相談を持ち掛けられるくらいだから、彼なりに私を近いカテゴリに含めてくれている、のかもしれない。私の妄想だったらつらい。私たちって友達ですかと訊ねるのもおかしいしね。
「薬学教室に行くのは、周りが気ィ遣ってんだよ。何せこいつは"名目上の"可哀想な婚約者だからなァ……ちっとでも"あの"ネエロに慣れさせねェと不憫だろ?スリザリンの奴らはそういうことには敏感だぜ」
「へえ、スリザリンも気遣いは知ってんのか」
「こいつは意外!」
「うっぜぇ……」
ボソッと呟いたギアッチョは、もう完全に意欲を失っている。このままフレッドかジョージに殴り掛かられても困るし、料理が冷めてももったいない。彼らのバタービールはなかなか減る様子がなく、ここから立ち去らないという意志を表していたけれど、そこは私たちのごり押しで何とかしよう。
最後の質問に答える前にイルーゾォに顔を向ける。すると、面倒くさそうに黙々とサラダを片付けていたイルーゾォは、敏く視線に気づいて上目遣いで私を見た。その角度、イイネボタンを百回押す。
「おお、こりゃあ失礼!」
「ここにはレスティン家の落ちこぼれ君がいたか!」
ウィーズリーの双子はわざとらしくイルーゾォに顔を近づける。さっきからご飯を食べられていない私の為にメローネが切り分けた白身魚をフォークで刺した。あーんと唇を開くと、丁寧な動きでフォークをくわえさせてくれる。美少年にあーんをされると食事をよりおいしく感じるね。
「俺はポルポに食べさせてもらえると、泥水だって甘露に思えるぜ」
「それはヨイショし過ぎ」
「マジなのになー」
私はたまにあんたが怖いよ。軽口を返すと、メローネは気にせず明るい笑い声を立てた。
明るくないのはイルーゾォだ。至極興味なさげな白けた顔をして、フレッドとジョージの無遠慮な質問を受け流している。収穫がないと見て取って、彼らは標的を私に戻した。
リュシアン・レスティンについてどう思っているか。それこそ、んなこと言われたって困っちゃうわよ。
第一印象は、"いかにも"な貴族の少年。セカンドインパクトは私の中に忘れられない記憶を残したとんでもないものだったが、彼は自己認識を誤った子供。そのくらいだ。激しく猪突猛進で周囲が見えておらず、他人に迷惑をかけていることに気づかないことを除けば、少し自意識過剰な11歳にしか思わない。現在頻繁に被害をこうむっているので擁護はできないけども、育ち方によっては素晴らしい魔法使いになることだろう。このままだと原作初期のドラコ・マルフォイさながら、高慢で、他寮を見下し、グリフィンドールから『鼻持ちならない』と評されることになってしまうに違いないけどさあ。七割、もうすでにそういう位置づけになっちゃってるけどさあ。子供の将来っていうのはほら、わかんないもんだから。別にかっこ震え声かっことじではない。
「だけど、私のイルーゾォに……」
「お前のじゃねえから」
即座に突っ込まれた。ごめん出来心だったんだ。
「……えー、イルーゾォに彼が言った言葉は、すべて絶対に忘れないわ。それだけ」
本当に、ただそれだけだ。私が彼と理解し合う日はきっと来ないだろうし、来たとしても、パンジーとの友情に似た感情や、イルーゾォたちへの想いを重ねることはない。本当に、ただそれだけのこと。
「私に絡むのはどうでもいいんだけどね。おっぱい揉ませてもいいくらいなんだけどね」
「ブハッ、女王さんそれ怒られるぜ、ホルマジオに」
「そうそう、ホルマジオに」
「俺が怒るのかよ……あんたらも怒れよ……」
泡の減ったバタービールを飲む。ホルマジオも同時に飲んで、お互いに口周りに泡がついてるぜと教え合った。
私からこれ以上の話を聞き出せないと踏んだか、フレッドとジョージもジョッキを傾けて一気にバタービールを飲み干した。ぐいっと豪快に口を拭ってニヤリと笑う。
「女王さん、ね。俺らもポルポちゃんのこと女王さんって呼ぼうかな?」
「グリフィンドールの俺らがスリザリンの後輩を『女王さん』って呼んでるの面白そうじゃん?」
なあ、と、誰よりも先に同意をして笑い転げるだろうソルジェラが肯定を求められる。頷くだろうと予想していた私は、思わぬ彼らを目にすることとなった。
ソルベとジェラートはいつもと同じく愉悦の滲んだ表情で双子を見据えた。その目はまったく笑っていなかったけれど、誰よりもうまく笑みを装った彼ら自身によって、双子が気づく前に細めて閉じられる。
「ダーメだぜ、ウィーズリー」
「女王さんは俺たちだけの特権だからな」
あまりにも巧みに隠されているから、彼らよりずっと年下の双子は判別できない。経験も技術も何もかも負けている赤毛君たちは本能的に従っただけだった。了承しなくてはいけない圧力を知らずのうちに感じていた。
「あ、……そうか?」
「じゃあ……前と同じようにポルポちゃんって呼ぶ、かな?」
「そうしてくれや」
「ガキどもにはまだ"許可しねえ"ぜー」
イルーゾォの、スタンドに基づいた口癖を引き合いに出したのはソルベだったけど、元ネタを理解できたのは私たちだけだった。
しかし、意外だ。ソルベとジェラートにも一応、こだわりというのはあったんだなあ。私が愛されているということか、それとも『女王』という相棒と共通して使うことのできる一種の記号を侵されたくなかったということか。まあ訊く予定もないので、その疑問は魚の煮込みの前で放り投げてしまうことにした。
あぁそうそう、ホグズミードから戻った夜は、全員が大広間で眠ることになった。グリフィンドール寮を守る『太ったレディ』の肖像画がシリウス・ブラックによって切り裂かれたらしい。シリウス・ブラック、ねえ。

私がシリウス・ブラックと予想する黒犬に面会することが出来たのは、それから数日後のことだった。