イエスファミリー、ノー面倒
朝食の席で、私はまたフクロウから封筒を受け取った。羽根の埃が食事に落ちるからあまりはばたかないでほしい。あとそれは私のシリアルです。食べないで。
夏休みに夕食へのお招きを受けてから、ルシウスさんはそれなりの頻度で私に手紙を出すようになった。受け取るこちらは忙しい学生生活の合間にお返事を書かなくてはいけないのでなかなか大変だ。私の忙しさの八割はいかに魔法史のノートを綺麗に書くかということにかけられているのだがそれは秘密にしておいてもらいたい。真剣に机に向かって羽根ペンを動かしている時は五割がその作業だ。厨二乙。インク消しゴムと、紙をつなぐ魔法を多用して頑張っている。折り畳み年表を作る時に目測を間違えて紙が足りなくなっても、その呪文を使えば継ぎ目も何もなく紙が継ぎ足せるということよ。地味に使える。
ルシウスさんの手紙には、いつも『家族』について私の見解を問う内容が、どこかしらに紛れ込んでいる。私が彼のことを『父親』の形として評価したことが根本にあるのか、私にとって『父』とは何か、『家族』とは何かと哲学のようなことを訊ねて来る。それも、一見そうとは判らないようにカモフラージュをしてあるから面倒くさい。ぶっちゃけ何も考えずに媚を売っただけである。まあ個人的に好きな部分もあるけど、みんな誰しも相手に好きな部分と好きじゃない部分を併せ持って感じるじゃん。私もルシウスさんのことはそういう感じなんだよ。何も隠さずにありのまま感じたことを言えば彼は友人の友人の父親。なんでこんな人生相談みたいな手紙を渡されなきゃいけないんだ。人間というのはわけがわからないよ。きゅっぷい。
頼ってきている(らしい)人を無碍にするのも心が痛む。
君にとって家族とは何かと問われれば、それは何をもってしても守りたい存在だ。彼らの幸せこそが私の幸せであり、また逆もしかり。私たちは手に手をとりあうことを許された集団で、その奇跡は何物にも代えがたい。私は家族が大好きで、彼らと一緒に生きていたい。
そんなことを丁寧な言葉で修飾して返信すると、しばらくの間手紙は止まった。父上が何かを悩んでいるらしいんだ、僕はどうしたらいいだろうか、と今度はドラコ君に尋ねられてしまってびっくり。お前は何を悩んでいるんだルシウス・マルフォイ。まさか私の言葉で一家の長というアイデンティティを揺るがされたわけではあるまい。そんなに軟じゃあないだろうし、どうしたんだろうね、痔かな。ぼらぎのーる。ごめんね下品で。もちろんドラコ君には言ってないよ。
ドラコ君がそうやって私に話しかけてきたのは魔法薬学の授業の直前で、その腕は包帯も巻かれていないしガーゼも当てられていないし傷もない。細くて、肌色の透き通るような手首は大仰な身振り手振りでローブがずれてむき出しになっているけれど、何度見てもまっさら、綺麗な肌だ。なんでこうなった。シリウスどうするんだ。
懸念を抱えていても授業は始まる。魔法薬学でネビル君と調合をしながら後ろを気にしても、腕の不自由などないドラコ君は雛菊の根を自分で刻めるし、自分で刻めるということはロン・ウィーズリーに絡む理由もない。ロン君とドラコ君、そしてスネイプ先生は至極平和ないつも通りの嫌みの応酬と減点の雨を降らせるだけだった。おかしいなあ、こんなはずじゃなかったんだけどな。
ぼわんと湯気の立つ激しい音がして意識を戻して目を剥いた。他所のことを気にしている場合ではなかったヤバイ。調合ミスだ。久しぶりに手際が悪く、お互いの意思疎通が出来てなかった。後ろに気を取られている場合ではない。明るい黄緑色になるはずの薬はなぜか紫色。いったい何を間違えたんだ私たちは。
「ぜ、全然わからないや……」
「無花果がダメだったか……?剥き方が悪かった?ていうか紫ってヤバいね」
なんかちょっとぶどうジュースみたいだな。味見してみたらどんな味がすると思う?しなびた無花果と雛菊の根とネズミの脾臓とヒルの搾り汁。飲みたくないけど、この材料からできる魔法薬は縮み薬だ。普通に人が飲む。開発者だってちょっと失敗したかな、ナニが原因なんだろう、と追究の為にぺろりと一口舐めたことくらいあるだろう。
「ダ、ダダ、ダメだよポルポ!ぼ、僕が間違えたんだ、きっとそうだよ!絶対飲んじゃダメだよ!」
そんな必死にならなくても。冗談だよネビル君。私だって危険物かそうじゃないかくらいわかるさ。匂いからしてこれはイカン。
「ミスターロングボトム、何か用か?」
私が奇行に走ると危険視したのか、ネビル君は私の背後に向かって思い切り手を挙げた。すぐにネエロ先生がやって来て、ネビル君の指さした鍋を見る。『"あの"ネエロ』と呼ばれるリゾットを呼ぶほどに私のことを心配してくれたのかな、ありがとうね。しないよそんなこと。三年間ずっとペアで付き合ってるよね私たち?
「ああ、これは……」
ネエロ先生は的確に改善方法を説明した。ネビル君が、不足だった雛菊の根を新しく刻み始める。植物を扱う彼の手つきは、たどたどしいけれど好奇心にあふれている。薬草にもっと触れて良い先生になっておくれ。私は大雑把だからそういう細かい作業は向いていないんだよねえ。任せきりになってしまって申し訳ないが、こちらは火加減に注意しておくことにしよう。
必要のない点数の加減をしないネエロ先生を呼びつけたネビル君の判断は正しく、スネイプ先生はネビル君に一瞥をくれただけで、ふん、と口を曲げて教卓へ戻った。
授業の終わりには全員がほぼほぼ完成した縮み薬を提出することができ、いくつかスリザリンに加点がされたが、それもまた普段通りのことだ。
「おいグレンジャー、鞄破けてんぞ」
「えっ、あ、本当ね」
珍しくギアッチョが誰かに話しかけたと思ったら、相手はハーマイオニーちゃんだった。番犬のようにギアッチョを睨みつけたロン君を無視して、ハーマイオニーちゃんは自分の鞄の縫い目を見た。しっかりした造りの鞄は確かに破損している。革の間から何冊もの教科書が覗いていた。
「ありがとう、ミスター……」
「こいつと同じ家名で呼ばれたくねえ。……名前でいい」
「ひっどいなーギアッチョ、俺ら『きょうだい』だろ?」
知らない間にギアッチョがハーマイオニーちゃんにデレてた。ツンはどこに行ったの。
ハーマイオニーちゃんは意外そうに目を瞠ってから、ギアッチョ、と呼び直してもう一度お礼を言った。裂けた鞄を抱え直す。とても重そうだ。
「さ、行きましょう。お昼においしいものがあるといいけど。もう私、お腹ぺこぺこだわ。ポルポの気持ちが凄くよく解る」
「エビとアボカドのサンドイッチがあるといいねえ」
空腹を抱えたハーマイオニーちゃんは、二人の少年を引き連れてすたすたと広間へ向かってしまった。見送って、私たちもネビル君と別れる。
タイムターナーを使ってまでこんなにも勉強をするハーマイオニーちゃんの気持ちは少しわかる。知らないことを知りたいと思うのは私も同じだ。だから私は、みんながつまらないと感じる魔法史を楽しく勉強しているし、彼女もきっとそうなのだろう。無茶な方法を使っているのはその興味が先走っているからで、感服するのは、その無茶を可能にしてしまう努力と気力と体力だ。若さ、かな?切ない。おねえさんは君を応援しているよ。
エビとアボカドのサンドイッチは出なかった。残念すぎる。
昼食の後の一コマは空いている。夕食前にはDADAが入っているから余裕をぶっこいているわけにはいかないけどさ。なにせルーピン先生の初授業は原作でも映画でもそれなりの名場面だ。自分がグリフィンドール寮じゃないことが悔やまれる。ここはプロシュートにどんな様子だったのかを詰問せねばなるまい。
「森番だったりくたびれた男だったり、今年の教師は話題に事欠かないわね」
パンジーはどちらの先生も気に食わないのか、戯れに昼食のパンをひと口大にちぎってドラコ君に食べさせながら毒づいた。すごく甲斐甲斐しい乙女に見えるのに、クイーンズイングリッシュは刺々しい。ドラコ君の青白い頬には程よい朱色が差し、微笑ましい少年少女のカップルという様子だけど、そのドラコ君も断続的に与えられるパンにもごもご言いながら上品な英語で悪口を言う。聞いていてちょっと疲れるし気分も盛り上がらないので、昼食のチキンに取り掛かる。
チキンといえば、シリウス・ブラックだ。チキンが好きな彼は今頃どこで何をしているんだろう。ホグワーツの禁じられた森で身を隠しているのかな。そういえば校内に侵入してくるんだったっけか。流し読みだったから詳しい時期は憶えていないけど、休暇の途中だった気がする。
「そういえばイルーゾォさあ」
「先輩!」
シリウス・ブラックのことを考えていたら、思考は当然のようにディメンターへといきついた。彼らがパトローナスの呪文を知っているのか、あるいは使いこなせるのか。気になったので、一番まともに答えてくれそうなイルーゾォかホルマジオに問いかけようと顔を上げると、ホルマジオはサンドイッチにかじりついていたのでイルーゾォに矛先を向ける。
話しかけついでにかぼちゃジュースでも飲むか、と注ぎ口を傾けると、大広間の入り口をくぐった少年が大声で誰かを呼んだ。足音がこちらに近づいてくるので、なんだメローネのファンか、と今しがた『少年』だと判断したこともぶっ飛ばしてちらりと目をやると、そこにいたのはリュシアン・レスティン君だった。なぜか真っ直ぐに私を見ている。え?私?
「はい」
リュシアン・レスティンは大きく首を振ると、かぼちゃジュースの小瓶を置いた私の手を引っ張った。
「ここでは何ですから、少し来てください」
「えっと、私は今ご飯を食べているんだけども」
「はい、そうですね?」
何が悪いのか、致命的にわかっていないらしい。マルフォイ君がパンにむせた。
「オメー、人が飯食ってる時に連れ出そうとすんのはマナー違反だろ?」
大人な態度でホルマジオが注意する。レスティン君の藍色の瞳が怪訝そうに瞬いた。
「でも……」
でも?
「僕が呼んでいるのに……」
あまりに典型的すぎて、結構ノンキしてた私も思わず真顔になった。マジか。この子そういうタイプだったのか。いわゆる世界は自分を中心に回っていると思っている系の少年だったのか。そういうのは実際に世界を自分中心に回すことのできる某宮ハルヒみたいな子にだけ許された特権なんだぜ。私もたいがい人生を舐めてるから人のことを言えたものじゃあないけど、久しぶりにこういう性格の子供に出会ったのでちょっと反応が遅れてしまった。
「レスティン君、時と場所と状況と相手を見るっていうのは大事だよ。私はご飯を食べないと動けないので、もうちょっとだけ食べさせてもらえるかな」
やんわりと手を振りほどくと、レスティン君は意外そうな顔をした。エッ僕にそういう口をきいていいんですか、みたいな表情だ。今のは私のアテレコ。まったく似ていないと評判なので、実際には黙っている。
「ネエロ先生と同じことをおっしゃるんですね……」
「リ……、え?え?ネエロ先生にも同じことを言ったの?」
「オメー勇気あんなァー」
意外性ナンバーワンは君だよリュシアン君。君はスゴイ。それをあのリゾットに言う選択肢が出てきたことがそもそも凄いし実行に移してしまうところもなお凄い。スゴイしか言えない。他に何て言えばいいんだ。圧倒されるわこんなん。ちょっとイルーゾォ呼んできて。いやイルーゾォは今私の向かい側でホルマジオとクレソンの押し付け合いをしているわけだが。
「魔法薬学の授業の折に。ですが、今と同じように断られました。……僕もここで昼食を摂ります。席をあけてください」
誰に向かって言ったか。それはもちろん、この場でリュシアン・レスティンが自分よりも地位が低いと即座に認識する人物だ。
名指しされたイルーゾォは、至極どうでもよさそうな顔をして銀食器を置いた。ホルマジオは押し付けられたクレソンを気にも留めず、立ち上がろうとしたイルーゾォの手を押さえる。やだ、この子今イルーゾォの細い手首をたくましく成長してきた大きな掌で掴んだよ、と大量にアドレナリンが放出された。セロトニン仕事して。
しかし私も、このままイルーゾォを行かせるつもりはない。
「待って、イルーゾォ」
ご飯も食べ終わってないのに君が動く必要はないし、悪いけど、私は君に今質問をしようと思っていたところだから、もう少し付き合ってもらいたい。というかご飯をちゃんと食べさせてあげないとほら、なんか、成長期だし。この子はおやつを自分から食べるって柄じゃないし。男の子に必要なカロリーは結構多いんでしょ?私レベルだって聞いたよ。
「リュシアン・レスティン君。君の要求は筋が通っていないから、もう少し考えてから出直してくれるかな。席順の後先について君と争うつもりはないけど、少なくとも、今君がイルーゾォに退去を強要する権利はないよね」
「だけど……」
「……あ、うん、ナニ?言いたいことは続けていいよ。出来ればそれこそ別の場所で聞かせてくれると助かる」
私は今ご飯を食べたいしね、イルーゾォたちとお話がしたいんだよ。
「やめとけポルポ、いつどこで聞いたって時間の無駄だ。さっさと食わねえとローストチキンが冷めるぞ」
「あ、ありがとう。えーっと、そういうことでまた今度でいい?」
「……もういい!」
連れ出すために握っていた私の手をぱしんと叩き落として(それなりに痛かった)、リュシアン・レスティンは昼食も摂らずに広間から走り去ってしまった。なんだか悪いことをした気分になるのは、私が小心者だからか、ガチで間違ったことを言ってしまったのか。叩き落とされた手はメローネが憤慨しながらなぜか両手で包み込んでにぎにぎしてくれました。
「僕も彼のフォローをするつもりはないよ、ポルポ。その……イルーゾォ先輩が席を立つ必要も、ないと思うしね」
ドラコ君は居心地悪そうにしながら、まくしたてるように私の発言を支持した。
イルーゾォは、ずっと年下の少年がこの微妙なシチュエーションにおいて精一杯ひねり出した回答を評価したようだった。あえてイタリア語で礼を述べる。
「グラッツェ、マルフォイ。あとハゲ、お前はいつまで掴んでんだよ気持ち悪ぃな」
「ハゲてねェって言ってんだろ!!タイミング逃しただけだっつーの……」
「私はそのまま掴んでいればいいと思う!」
「お前には聞いてねえから!」
「オメーその癖なんとかしろ!」
二人がかりで怒られた。私なりに場を和ませようとした四割の思いやりは意味をなさなかったようだ。ある意味で主題がずれたので、成功といえなくもない。
思いやりの他の六割はもちろん煩悩である。マジでごめんな、こんな元上司で。
楽しみにしていたDADAの授業は、予想以上に興味深い内容だった。ボガートと対峙する少年少女は各々、自分が怖いと思っているものと対決をする。そしてジンクスにも似た呪文を唱えて魔法生物を退治するのだけど、この恐怖の体現というのはなかなか目に出来るものではない。ルーピン先生の経験の中には、他の誰かが"怖い"と感じるものに引きずられて、ボガートが何度か同じ形に変化することもあったそうだ。
プロシュート先生が出席を取り、ルーピン先生が話を始める。この二人が並んでいるとなんだか癒されるね。男気溢れる助手の先生と、柔和な、しかし内面には情熱を持つ教師。とても良い取り合わせだと思う。これより以前もこれより先も、こんなにも絵になるDADAの教師と助手は見られないだろうな、と原作を知っている身としてはいささか残念な気持ちになってしまう。この後、みんなヘンな人ばっかりだもんな。
もう特筆すべき事柄でもないけれど、『ボガートとは一体何か』というお決まりの質問に回答したのはやはりメローネだった。隣に立っていたドラコ君にすら回答権を譲られ、ええー、とその気のない遠慮の声を出してから、すらすらと特徴を説明した。
「では次に、大勢を前にしたボガートが不利な理由を答えられるかい?」
隣にいたドラコ君には次いだ質問が向けられた。急な無茶振りに頑張って動揺を押し隠した少年は、訳もなく頬を赤らめて、自信にあふれた声を演出する。
「もちろん。えー、……一人の心しか読めないボガートが、僕ら全員を前にすれば何を読み取ればよいのか混乱する、ということでしょう?」
一瞬の間に答えを導き出したらしい。私は原作というカンニングをつい数か月前に済ませたばかりなので解るのは当然として、咄嗟に正答を出せるドラコ君の能力は、見失われがちだが、結構高いのではなかろうか。パンジーがドラコ君をべた褒めしていたのでそっと距離を取った。恋路に踏み込むと馬に蹴られる。
ルーピン先生は穏やかな微笑みを浮かべたまま呪文の説明を行った。全員に怖いものを思い浮かべるよう指示を出し、一分ほど時間を取ったのちに、名前の順で洋箪笥の前に生徒を呼ぶ。私の家名はそれなりに後ろのアルファベットなので、Pのパンジーよりも先の位置で集団に紛れておく。
メローネとギアッチョの出番は早く、ギアッチョの前に飛び出したボガートは形を変える前に強烈なリディクラスで氷漬けにされたメローネの姿へ変化した。氷というチョイスがまたホワイトアルバムを想起させて切ない。
そうそう、彼らはスタンドの代わりに、この魔法界でそれぞれ、氷や縮小、隠遁や年齢操作の魔法を修めることにしているらしい。ギアッチョは冷気の魔法が得意だし、ソルベは変身術、ジェラートはその、本人曰く、禁術に近い方向の仮死魔法が得意だと言っていた。生まれ持っての性質が、技能の習得を補助しているのかもしれない。余談だね。話を授業に戻そう。
私がひそかに心配していたのはメローネの『恐怖』の内容だったが、彼の『恐怖』を覗き見てしまった私の懸念は激しい庇護欲へと変貌を遂げた。アレを見て何も感じずにいられるやつがいたらそいつは男じゃない。あっなんかこのフレーズ前にも言ったような気がする。私は男じゃないけど、だってさ、だって、メローネの前に飛び出したボガートは、一人ぼっちでぽつりと立ち尽くす彼自身の姿に変化したのだ。
あああああヤバいよおお、メローネの、メローネの『恐怖』ヤバいよおおおお。この威力ったらない。私のガラスハートが粉々に砕けた。
精神をコントロールできる熟練の暗殺者なら、"イメージ"しなくては思い出せないような自分の"恐怖"の対象を捏造することなど容易いという発想もちょっぴりあったけれど、内なる衝動に任せた私は、戻ってきたメローネを強く抱きしめた。教室の真ん中で愛を叫んだケモノ。私だ。15年ぶりだな冬月。アレこれゲンドウの台詞じゃなかったような気もするけどまあいいや。細かいことはいいんだよ。
「ポルポ、俺頑張ったぜ」
「そうだね頑張ったね、えらいよメローネたんえらいよー、大好きだからね……!」
「えへへ」
ギアッチョがぼそりと、えへへじゃねえよ、と呟いたのを聞き取ったので、ギアッチョにもハグをした。おっぱいがなくてごめんね、でも年齢にしては大きいから。成長性Aだからね。どうでもいいと言われたけど、拒まれなかったということはもしかして、いや、問いかける気も詮索する気もないが、見せることを許さなかったギアッチョの『恐怖』も、何かしら孤独に関するものだったのかもしれない。ああもうみんな私と結婚しよ。幸せにしてみせるよ。おっぱいとかいつでも揉ませてあげるし……!
「君たち、授業中だからそういうのは後でたっぷり楽しんでくれるかな?」
「減点すんぞ、テメーら」
ルーピン先生の苦笑をいただいてしまった。そして脅しつつも減点しないプロシュートの優しさがつらい。
マルフォイ君の番が終わって、私の為に道が開けられる。杖を握って前に進み出て、ごくり、と人知れずつばを飲み込んだ。
私が怖いものっていったい何なんだろう。もしかして、知識があることがみんなにバレてしまうことかな。それとも全員が私のことを嫌いになってしまうことか。ボガートって今まで喋ったところを聞いたことがないけど、もし喋るんだったら困ってしまう。何に変化させるかとか、そういったことは全部メローネの衝撃で吹き飛んでしまった。
ついさっきまで銀色の血をしたたらせて床を這いずっていた黒いローブの人影はドラコ君の魔法によってソフト&ウェット並に摩擦を奪われつるつると滑って笑いを誘っていたが(これってもしかして、一巻のドラコ君が禁じられた森で見かけたヴォルデモートの姿なのかな)、私が前に立つと姿を転じて、『私』の容を作り出す。私たちを取り囲むスリザリン生の輪はいったい何が来るのかと私以上に固唾をのみ、へらへらと笑っていたメローネすらどこか不安そうな表情をしている。心なしか、プロシュートも成績をつける手を止めて私に注視している気がした。ギアッチョすらもポケットから手を出して、いざとなれば私より先にリディクラスを唱えられるように準備している、ように見えなくもない。なんでだ?
「(あっ、もしかして)」
もしかしてアレじゃない?ディアボロクソ野郎にやられた拷問の記憶を心配されてるんじゃないの?考えてみればそうだよな、私のトラウマだもんな。いまだにちょっとビビるもん。足首掴まれる私の姿が投影されたらどうしよう。別のことを考えなくては。
努力が功を奏したか、私の目の前で『私』はゆらりと身体をよろめかせ、ゆっくりと腹部を押さえた。そして鳴り響く腹の虫。空腹を示すその音は、静まりかえった室内によくよく聞こえた。
「……」
何とも言えない沈黙が降りる。もうこれリディクラスされてるんじゃね?って言ったそこの男子あとで校舎裏に来い。
意識が逸れた瞬間にまたボガートが姿を変えようとしたので、慌ててきちんとリディクラスと唱えた。ガチンコの『恐怖』を体現されちゃっても困るのさ。私は楽しい話しかしたくないんだよ、わかるかな、ボガート君。
結局真の『恐怖』と対決することはなく、『子供』たちよりも何倍も大人である私たちは、内心を読み取らせないまま授業を終えたのだった。集団に戻る私を迎えたぎこちないメローネの安堵の表情は、すぐにへらへらとした食えない笑顔に切り替わった。
「リーダーとの破局の場面でも出てきたらどうしようかと思ったぜ、俺」
「おお、それは思いつかなかったわ」
「そりゃあ思いつかねえだろうよ、オメーはよお」
私がいかに何も考えていないかということが今再び露呈してしまった。考えてるよ、私だって。前よりも燃費が良くなればいいなあ、とか、そういうことはちゃんとね。
DADAの後は夕食を待つのみ。もう残る授業はない。
空き時間を活用し、楽しく二度目のティータイムを過ごした私たちは、授業の終わったイルーゾォと合流して医務室へ向かっていた。イルーゾォとホルマジオの取っている今日の選択授業は違うので時間割もずれているのだけど、ホルマジオは自身の休み時間に武器の実験をしていて怪我をしてしまったらしい。まあいつものことだ。魔法の武器が自作できないかと四苦八苦している彼は頻繁に自分を実験体にする。せっかく魔法薬っつう便利なモンがあるんだから使わねェと損だろ、とは彼の弁だ。ごもっとも。
医務室に入ると、薬品の匂いが私たちを迎え入れた。椅子に座るホルマジオは腕にいくつも魔法界の絆創膏を貼っていて、造血剤と書かれた空の小瓶を持て余している。
「お前今度は何したんだよ?」
「止血出来ねえ毒物を塗ってやってみたらマジで止血出来なくてよォ」
「バカじゃねえの」
イルーゾォと心情がシンクロした。当たり前だろ。
事務室の方からペッシが出てきて、あっポルポ!と嬉しそうに顔をほころばせた。小瓶を受け取ったペッシは30cmの長い杖で瓶を浮遊させ、使用済みの籠に収める。ユニコーンの尾が使われている杖は人を傷つけない優しい魔法を得意としている。浮遊術などの呪文は特にペッシの性格と相性がよく、こうして日常的に活用しているのだそうだ。
棚の薬瓶を補充しながら、ペッシは私たちに授業の様子を訊ねた。非常に和やかに話が進み、俺の時はこうだったなあ、とか、兄貴がすごかったんだよ、とか、私の知らない話もぽろりぽろりと零してくれる。学生時代の兄貴とリーダーとか私得すぎるからもっとください。
「あっそうだ。ねえポルポ、俺最近犬を見つけたんだ。ホグワーツの森の近くでうろうろして、すごく痩せていたからこの間から栄養食をあげてるんだけど、昨日くらいにはもう俺のことを覚えてくれた賢い子なんだよ」
「へえー、犬ねえ。動物好きだもんね、ペッシ」
相槌を打ち、犬について考える。『ホグワーツの森』の近くでうろうろしている『犬』、というキーワードに今の私は敏感だが、もちろん関係ないんでしょうね。
「それで……ちょっと今から相談したいことがあるんだけど……」
「どうしたの?」
言いづらそうにもじもじと指先を合わせたペッシちゃんが可愛すぎて魔法界の萌え要素がここに集束してしまう。急いで拡散しないとうちゅうのほうそくがみだれるぞ。
「兄貴にね、これ以上動物を飼うと叱られちゃうかもしれないんだ……。自分の面倒も見られねえうちにたくさん拾ってくるんじゃねえ、って」
「言いそう」
「やっぱりそうだよね……。だけど俺、見捨てられなくて……お願いポルポ、ホグワーツにいる時はホグワーツで世話をするから、教員の夏休みの時だけポルポの家を貸して!」
そんな頭を下げて嘆願しなくても使っていいよ、家くらい。スペースは余ってるし、私もわんこは好きだ。犬っていいよね、懐いてくれるならなお良い。ペッシが"賢い犬"と評するならその子は本当に頭がいいのだろうし、彼はきちんと躾も行き届かせると知っているから心配もない。魔法界の予防接種は痛くないからわんこも安心だよ。
快諾すると、ペッシは大げさなくらい息を吐いてへなりと眉尻を下げた。ハの字を描いた眉がペッシの印象を柔らかくする。
「ありがとう、ポルポ!黒色の犬だから、イタリア語からつけるのはやめたんだ。リーダーとかぶっちゃうもんね」
不意打ちで笑かされた。私たち以外誰もいないのをいいことにげらげら笑っていると、イルーゾォにすぱんと頭を叩かれた。笑いすぎだろと言うイルーゾォは、自分の背後でメローネがプークスクスと肩を揺らしていることには気づかない。ギアッチョもちょっと顔を逸らしていた。やっぱり面白いよね、ネエロって名づけられたわんこがリゾットと対面する瞬間を想像すると腹筋を丸ごと持っていかれるよね。腹が割れる。
「ポルポはどんな名前がいいと思う?」
そんな重大な選択をゆだねないでほしい。軽口が叩けないじゃないか。あっいやいや、いつも私は真面目ですけどね。
黒色の犬ねえ。黒色の犬というと、今の私には一択しかない。
「シリウスとかどう?」
「あっ、今流行りの脱獄囚だね?家名が"ブラック"だから?」
流行りの脱獄囚発言にギアッチョが笑いを噴き出した。すぐに取り繕ってしまったけど、おねえさんは見逃さなかったよ。あとたぶん隣にいるメローネと、椅子に座って二本目の造血剤を飲んでいるホルマジオも見逃さなかったよ。つまり結構バレバレ。
「適当なこと言ってごめんね。カッコいいかなって思って」
「ううん、俺もカッコいいと思う。いくつか候補を持って行って、明日その犬の反応を見て決めることにしようかなあ。ありがとう、ポルポ!」
「Prego. 決まったら教えてよ」
もちろん!と力強く頷いたペッシは、確かにその二日後に教えてくれた。
黒くて大きくてとても賢いわんこは、ペッシの持って行った三つの候補のうち、ダントツで『シリウス』に尾っぽを振ったそうだ。
「(……)」
まさかね、ハハハ。自分の予感を信じるとたいてい外れる。そうは思ったものの、さすがにここまで来て答えに辿り着けないほど、私はバカではなかったらしい。頭の中に生じた答えは、たった一つの真実を見抜いた見た目は子供頭脳は大人な私が目を逸らしたい、唯一のものだった。
「(嘘だろ承太郎……)」
いやいやいや、99割在り得ないけど、もしかするとただの偶然かもしれない。元々『シリウス』と名付けられていた犬が野良になりホグワーツの森にすみついてガリガリに痩せこけたところをハリーポッターが三年生になった今現在ようやく発見されて再びペッシに名づけられ『シリウス』と呼ばれ慣れていた名前に反応して激しく尻尾を振った可能性もないわけじゃない。
ない訳じゃあ、ないよねえ。
しかしこれは早急に確かめる必要があるようだな、冬月。