決闘クラブ


ペアを組んだパンジーと、呪文を交わしあうことも忘れて舞台に注目する。今や、この場にいる全員の視線が集まっていると言っても過言ではないだろう。
邪魔なローブを脱ぎ去ったプロシュートは、私たちの立つ床から三段ほど高い舞台で軽く腕を持ち上げ、まるで動きの具合を確かめるように手首を捻る。
「こうして向き合うのは久しぶりだなァ、リゾット」
「……」
対するリゾットは清潔感のあるシャツの袖を少し引き上げた。男性らしい武骨な手首が露わになり、女子生徒が高い声でひそひそと部位フェチを告白する。私も混ぜてほしい。
「いいですか先生方、武器を取り去るだけですよ」
丁寧に忠告をしたロックハート先生は、名残惜しまれながら舞台袖に引き下がる。残された二人の男は杖を構えて礼を取った。礼の仕方にも特色が出る。プロシュートは半歩足を引いて見せ、リゾットは礼のあと、スネイプ先生がそうしたように杖を構えることはなく、自然体に持ち直した。ロックハートの号令で場が緊張に包まれる。ワン、トゥー、スリー。
二人の杖は同時に動いた。私が目で追う前に赤い閃光が迸り、生徒に被害が及ばないよう、威力の殺がれた武装解除呪文が拮抗する。なんということでしょう、なんの打ち合わせもしていないのに二人の魔法の威力は同等だ。これはつまり以心伝心。目と目を合わせただけで攻撃力の数値を調節できる。もはやプロリゾと言っていいだろ。リゾプロよりプロリゾ。リゾットは受け。異論は認める。
ばちばちと、まるで刀同士がつばぜりあうように、まったく力を込めていない光は見た目だけ派手に輝いている。やがて生徒の感心が一段落つくころに、リゾットがわざと杖先を逸らした。ぱしんと小さい音がして、癖の強い杖が弾かれ宙に舞う。それはプロシュートの手にあっけなく収まって、この演技の終了を意味した。
数拍遅れて、歓声と拍手が湧き起こった。私も拍手。パンジーも珍しく何も言わずに手を叩いていた。
「さすがプロね。でもやっぱり、プロシュート先生の方が強いのかしら」
やっぱりDADAの助手だしねえ、と同意した。リゾットもプロシュートも本気を出していないし、リゾットの方がわざと負けを選んだような気がしたけど、やはりそれは勝負となると勝ちを得るまで妥協しない兄貴に場を譲ったということか。長く続いたらみんな飽きちゃうしな。
「(本当にこの二人が戦うことになったら、どうなるんだろう)」
私の疑問が解消されるのはこれから数年後になるのだけど、この時の私にはやっぱりよくわかっていなかった。未来の私よ、今の私に教えてくれ。彼らが敵対する勢力に宿り、例のあの人と呼ばれる人物の前で余興的に赤い閃光を放ちあうだなどと。教えられるもんなら教えてくれ。全力でビデオカメラを用意するから。



ジニーの日記


こんな日記帳、買った覚えはないけれど、せっかく明日からホグワーツなんだもの。日記をつけるのも、悪くないよね。
明日からホグワーツ。
ホグワーツに行けば、素敵な人たちにいっぱい会えるのかな。不安だけど、頑張らなくちゃ。お兄さんたちだって楽しそうに通っているんだもん。いっぱい脅かされたけど、本当はそんなところじゃないってポルポが言っていたわ。
ポルポはとてもふしぎな女の子。わたしに、ホグワーツの素敵なところを教えてくれた。どんなところだろう、って楽しみになる。不安ばっかりじゃきっとつまらないから、楽しいことを考えよう。
何を考えたらいいのかな。やっぱり、今はポルポのことを考えよう。
第一印象をメモして、それからずっとお友達になって一緒にいたら、最初のイメージとは違ったものが見えて来るよね。それってとても面白いことだわ、きっと。
初めてポルポを見た時はびっくりした。
アイスクリームパーラーの席で大きなアイスを三段も重ねて食べているから、お小遣いをいっぱいもらっているんだなってちょっとだけ羨ましくなったのはひみつ。人を羨むのは良くないことだってパパも言ってたわ。
ポルポの瞳はとてもきれい。赤くて苺のキャンディみたい。ドロップスみたいに甘いのかなあ、って思ってしまうくらい透き通って、でも、『赤色』っていうには薄い気がする。わたしたちの髪の毛の色よりは濃い色だから、どう表現していいかわからなかったけど、さっき空を見て思ったわ。ポルポの瞳は夕焼けにそっくり。
ユーモアがあって、わたしより一つしか歳が違わない筈なのに、なんだかすごく大人みたいだった。
ホグワーツのマッシュポテトはあんまりおいしくないんだって。どうやって食べたらおいしいのかを見つけたら、ポルポに教えてあげようっと。
あ、ママが呼んでる。きっとシャワーの順番が来たんだわ。


ホグワーツではなかなかポルポに会えない。
学年も違うし、寮も違うから仕方ないけど、ちょっとだけさびしい。
そうだ、私はグリフィンドールに組み分けされたわ。すごくうれしかったなあ。
ポルポが言う通り、グリフィンドールがいい、って強く願ったんだけど、組み分け帽子にお願いするより先に「グリフィンドール」って大きな声で帽子が叫んだの。大きすぎて身がすくんだけど、スリザリンの席を見たらポルポと目が合って、ニッコリ笑ってくれたからなんだかとても安心しちゃった。口が動いて、「おめでとう」って言ってくれた気がする。がんばろうって思えた。
まだポルポには会えてないけど、きっとそのうち会えるよね?


学校の勉強は難しくて、ついていくのが大変。でもポルポに「こんなにできるようになったのよ」ってたくさんの報告がしたいから、頑張るんだ。
フレッドとジョージは意地悪ばかりする。わたしのことをからかって遊んでるんだわ。
「ジニーは『ハリー』か『ポルポ』の話しかしないな」なんて、ひどい。お兄さんに話していないだけで、ちゃんと日記にはお友達のことも書いているし、先生のことだって……。
……読み返してみたけど、あんまり書いてなかったみたい。これからは気をつけよう。


リドルと知り合いになれて嬉しい。わたしたち、友達になれるよね?
学校にはうまくなじめないこともあるけど、この間は遠くからポルポの姿が見えたの。手を振るのは恥ずかしくてできなかったけど(だって気づかれなかったら、わたしって変な子に見られちゃうわ)、お友達と話しているポルポは大人っぽい姿じゃなくて、自然体でいるように見えた。あ、ポルポは本当に普通の様子で大人っぽいんだけど、なんだか同じ年頃の男の子と話しているのに全然照れてなくて、わたしはそういうのが苦手だから、尊敬しちゃうなあって。
うん、ポルポってとっても素敵なの。おかしいよね、一つしか違わないのに。


最近、すぐに疲れちゃう。
まだ学校が始まってからひと月くらいしか経っていないのに、もう体力の電池が切れちゃうのかな。わたしっていつもそうだわ。
こんな時、ポルポに会えたらいいのにって思う。
一度しか会ってないのに、おかしいかしら。ポルポならわたしのことを励まして、一緒に悩みを聞いてくれるような気がするの。うん、今のリドルみたいに。
ごめんなさい、短いけど、疲れちゃったから眠るね。


気づかないうちに知らない場所にいた。
わたし、夢遊病にでもなっちゃったの?
眠っているような気持だったけど、目を覚ましたと思ったらグリフィンドールの寮の前にいて、知らないローブを羽織ってた。手にはキャンディがあって、なんだかよくわからない。突然一部だけ記憶を失うなんて、魔法界ではよくあること?
……そっか、リドルにもわからないことはあるのね。
ローブが誰のものか?
わからないわ。スリザリンの紋章が縫い付けられているけど、……あ、もしかして、スリザリンの女の子のローブって、まさか。
……
本当だ、リドルの言う通り、裏地に名前が書いてあったわ。
パパが話してた。ポルポの家はちょっと変わり者だって。ポルポのことだから、家名を憶えておいたの。このローブはポルポのだわ。きっと、寒い格好をしていた私に着せてくれたんだ。
ありがとう、リドル。今度ポルポにお礼をする。


ホグワーツに大変な事件が起こったのをリドルは知ってる?フィルチ先生のミセス・ノリスが石になってしまったんだって。
どうしてそんなことが起こったのかしら……ホグワーツは世界で一番安全なところだって、マクゴナガル先生がおっしゃっていたのに。


最近おかしい
わたし、起きているのか寝ているのかあやふやなときがある
今も、わたしって起きているのかしら
リドル、なんだかこわい
ポルポに相談したい


ごめんなさい、もう日記を書けそうにない。
相談に乗ってくれたあなたにこんなことを言うのは胸が苦しくなるけど、恐ろしいことばかり起こっていて、自分がなにをしているのかわからなくなるの。
ごめんなさい。


ハリーとメローネ


メローネは、僕たちの行く先についてくるみたいだった。

メローネと僕らが出会ったのは去年のことだ。クリスマス休暇の間僕とロンとハーマイオニーはずっとニコラス・フラメルについて調べていたけど、その時に図書室でぶつかったのがきっかけだった。
「おいおい、前を見て歩けよ」
口で言うほど声は怒っていなくて、むしろ面白そうに、僕らの持つ本を見ていたのをおぼえている。
「へえ、グリフィンドールの一年がそんな本を読むんだ?」
ばかにされたと思ってカッとなったのはロンだった。僕はロンが怒ってくれたから、反対に冷静になれた。
「だったらなんだよ」
ロンが言うと、メローネは自分が抱えていた本をその辺の机に置いて、とんとん、と僕らの本を指で叩いた。何かされるのかと思って思わず後ろに下がったら、くすくすと、子供を見るみたいな目で笑われた。
「なんかあるなら手伝ってやろうと思ってさ。別に何も企んじゃいないさ。なあギアッチョ?」
本棚から本を何冊も取り出して戻って来た友達に、メローネが急に同意を求めたから、二人がいつもコンビみたいに一緒にいるとわかっていた僕らでも、あんまり唐突だったのに驚いてしまう。ギアッチョはじろりと僕をにらんだ。今ならわかるけど、ずっと間近に寄せて本を読んでいたのに、中くらいの距離にいる僕を見たから、うまく見えなかったんだろう。
ギアッチョは何も言わずにそのまま立ち去ってしまった。メローネは全然気にした様子はなくて、むしろ後ろ向きに指をさして笑っていた。
「アレがスリザリン。俺がメローネ。わかるかい?」
よくわからなかったけど、ギアッチョとは態度が全然違ったから、ロンも少し警戒を解いたみたいだった。よく考えたら、あれはメローネの策略だったのかもしれない。でも今となってはもう、どっちでもいいことだ。
メローネは『ニコラス・フラメル』という名前を聞いただけで、正しい本を探し当てた。『稀代の天才』と呼ばれていることは知っていたけど、本当に訳が分からないくらい頭がいいんだなあと、まぬけな顔で見つめてしまった。メローネはまたけらけらと笑って、じゃあな、と手を振って立ち去った。
だから僕らはハーマイオニーより先に『ニコラス・フラメル』を見つけられたのにお礼も言えなくて、ロンと二人で顔を見合わせることになった。メローネっておかしなやつだ。それが最初の印象。

次の魔法薬学の授業も、もちろん嫌なスリザリンと一緒に授業を受ける。
その時に、どうして僕らを助けてくれたのかって尋ねたら、メローネはあっさり答えた。ネビルとペアを組んで楽しそうに調合をしている『ポルポ』を示しながらこう言ったのだ。
「ポルポだったらあんたらを助けると思ったからさ」
ポルポもメローネもヘンなスリザリンだなあと思った。

そして今メローネは、僕らと行動を共にするつもりらしい。
ハーマイオニーが、『秘密の部屋の怪物』の正体を突き止めた。『怪物』はバジリスクという巨大な蛇で、そいつは見たものを死にいたらしめる、のだそうだ。物語で読んだことがあるような気がする。
ハーマイオニーは泣きながら僕たちに話をした。図書室から戻る時、気をつけて手鏡を覗きながら歩いていたのに、少しポルポとのお喋りに夢中になった間にポルポが周りの異変に気づいて、気をつけていたはずのハーマイオニーをかばって石になってしまったのだと。
その話を聞いたメローネとギアッチョはものすごく怒った顔をして、一瞬ハーマイオニーをにらみつけた気がした。僕の錯覚だったのかな。
寮の違う僕らにだって届くくらいにメローネもギアッチョもポルポのことが大好きだから、何かハーマイオニーに思うことがあったのかもしれない。でも彼らはすぐに、ロンが見つけるより早く表情を消してしまった。
あの表情を見たから、僕はメローネが一緒に来たいと言い出した時に断ることが出来なかった。
僕だってロンやハーマイオニーが誰かをかばって石になってしまったら、犯人を突き止めてこらしめてやりたいと思うに違いない。メローネだって同じ気持ちだ。
ロンの妹のジニーが『秘密の部屋』にさらわれた今となっては、もう考えている時間はない。ジニーの安全も、ホグワーツが閉鎖しちゃうことも、どちらも解決するためには、この役立たずなロックハートを引っ張ってでも『秘密の部屋』で敵を倒さなくちゃいけないんだ。
僕たちは―――僕とロンとハーマイオニー、それからメローネは、三階の女子トイレから『秘密の部屋』へ降り立った。

「少女は救えなかった!君たちはそれを見て絶望し、すべての記憶を失ってしまった!私は君たちをからがら救出し、ここから脱出する。……そういう筋書きですよ!」
ロックハートはロンの杖を奪って僕らに『忘却術』をかけようとする。僕の『武装解除』も、ハーマイオニーの呪文も間に合うかはわからなかった。相手はロックハートと言っても大人だし、力のある魔法使い―――なのかな?すべての功績は嘘っぱちだったけど、『忘却術』だけはとてもうまいらしいから。
でも、心配することなんて何もなかった。僕より少し背の高い、女の子みたいな男の子が、猛烈なスピードで杖を振ったのだ。
「Expelliarmus!!」
少しイタリア訛りの入った『武装解除』の呪文だった。
赤い魔法の光は真っ直ぐに、なにより早くロックハートを吹っ飛ばした。メローネはロックハートの身体が石壁にぶつかって、彼が悲鳴を上げるのにも構わず、もうすっかり興味を失った顔で杖をポケットにしまい込んでいた。
「ほら、早く行こうぜ。さっさと片付けてポルポのところに戻らなきゃな」
「……」
「……」
「……あなたって、本当に凄いのね……」
感心を通り越してあきれたようなハーマイオニーの声が、僕らの心をすべて表していたように思う。