ハローデザート
「ポルポ!よかった……!」
明かりに釣り上げられるように意識が浮上する。うめく気力も出ないのは、精根尽き果てるまで夢の中でハリポタをぶっ続けで読み通したからであって、決して石化の副次的な症状などではない。
医務室は湧き立っていた。
今まで石化していた少年少女が石化から蘇り、お見舞いにやって来た彼らの友人が涙を流しながら喜んでいるのだ。そんなすすり泣くような喜びの中に、医療事務ペッシの涙も混じっていた。
ペッシたんは私の体温を計ると、鼻をぐすぐす言わせてマダム・ポンフリーに背中をばしんと叩かれながら栄養剤を取りにガラス棚を開ける。私はそれを見送って、ぎこちなさなど残さず働くようになっている末端神経に意識を集中させた。うむ、指の一本一本までちゃんと動くね。マンドラゴラさんありがとう。
カーテンの仕切りの向こうから影が近づいてくる。ペッシたんが戻って来て、見るからにおいしくなさそうなゲル状の飲み物を私に勧めた。
「どうしても飲まなきゃダメですか」
「ダメだよ、ポルポ」
「……」
まず君が飲んでごらんよ絶対おいしくないから。しかし大人なので文句も言えない。どろりとした一口を含んで飲み下すと、確かに元気が出るような気がするのだけど青臭すぎてやっていられない。魔法界はもっと味に注目すべき。イギリスだからなの?お国柄?もう日本の魔法魔術学校に行きたいです。そんなところがあるのかは知らないけど、絶対そっちの方がご飯もお薬もおいしいはずだ。
「うん、でも全部飲んでね」
ペッシたんは魔法界でかなりメンタルが強くなったね。
もごもごと飲んでいると、この青臭い液体(液体かなあ、これ?)に刺激された胃袋がぐうぐうと鳴り出した。時と場所と場合をわきまえないワガママボディめ。
マダム・ポンフリーの監視下にある医務室に、食べ物が置いてあるはずもない。サイドテーブルを漁ってみると、ハーマイオニーちゃんとロックハート先生とネビル君とドラコ君とパンジーとフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリー、それからなぜかパーシー・ウィーズリーからのお見舞いカードが見つかった。なぜパーシー。あ、もしかして私がグリフィンドールの生徒をかばって石化したグッドなスリザリン生だからか?監督生としての心遣いか?ありがとうございます、なんかよくわかんないけど貴重だから取っておくね。でも個人的には君よりもネビル君から贈られたカードの方が嬉しかったし、ロックハート先生の孔雀モチーフのサイン入りお見舞いカードのインパクトの方が強かったよ。どこまでも可哀想なパーシー君。
ホルマジオからもメローネからもソルベからもリゾットからも、『彼ら』のうちの誰からもカードは送られていなかった。それが逆に、この状況の異常さを物語る。メローネ辺りはずっとつきっきりで私を見ていると思ったけど、違ったのかな。
私が問いかけると、ペッシちゃんはこう語った。
「ああ……うん、……そうだったんだけどね……」
曖昧な出だしに不吉を感じる。
「メローネはね、ミスグレンジャーがこのカードを届けに来た時に、彼女に色々と事情を聞いたみたいで……、ほら、秘密の部屋の……怪物のこととか」
「ハーマイオニーちゃんがよく喋ったね」
「俺もよくは聞いていなかったけど、"ポルポは俺たちの家族みたいなものだ。その家族が巻き込まれているのに、黙って見てなんかいられない"……だったかな?メローネらしくない言葉だなあと思ったけど、話術の一つなのかもしれないね。それでミスグレンジャーがメローネを連れ出して……」
色々と説明をしてしまったわけか、よりにもよってあの子に。
「それからメローネはミスグレンジャーたちと行動するようになったんだ。……ここだけの話だけどね、ポルポ……」
顔が近づいて来たので私も身を乗り出す。ペッシたんは潜めた声で、ハリーポッターの冒険譚を大まかに説明した。その中に、メローネの名前を加え入れて。
「不死鳥フォークスに連れられて医務室に運び込まれてきたのはミスターポッターだけじゃなかったんだ。ミスターウィーズリーとミスグレンジャー。それから、メローネとロックハート先生。……どう思う?」
どう見ても原作介入です本当にありがとうございました。
ペッシたんは原作のことなど何一つ知らないはずなので、どう思う、というのはたぶん本当に私の見解だけを聞いているのだろうけど、もう話の限りではメローネがバジリスク討伐に加担したとしか思えない。お前かよ。お前が関与しちゃうのかよ。なんかごめんなさい。
「ちなみに……ロックハート先生はどうして?」
ついさっき読んだ原作では、忘却術の逆噴射によって記憶をぽっかり失ってしまったから、だそうだけど。ペッシの口ぶりではそういうことでもなさそうだった。
「うん、ミスターポッターたちを『忘却』させて事件の結末を捏造しようとしたから、メローネが呪文で吹き飛ばして気絶させたらしいんだけど、その時に骨を数本……」
「……」
南無三。
どうやらメローネが討伐メンバーに加わったことで、ロックハート先生の運命が変わったらしい。ついでに言うとメローネがバジリスクの牙をまるまる三本ほどへし折って抱えて持って帰って来たので、魔法薬学教室の材料棚がかなり潤うことになった。
記憶を失わなかったロックハート先生はミスターメローネの冷ややかな眼差しと杖先から放たれた赤色の閃光が忘れられないのか、そそくさと逃げるように教員席を辞退しホグワーツから去ってしまった。ついでにごく少数名、ハリー君、ロン君、ハーマイオニーちゃん、メローネ、それからロン君の口を通してもう少し広がるだろうけど、彼らに自分の功績がでたらめであったことがばれてしまったものだから、きっとこれから表舞台に立つことはあるまい。あまりの情けなさにロン君ですら呆れ果てていた、らしい。私はその現場を見ていないが、ハーマイオニーちゃんが消沈しながら教えてくれた。そういえば彼女は熱心なロックハートファンだったっけ。
そのメローネは校長室で教師への暴力を叱られた後にバジリスク退治の功績をたたえられ、今年度数十回目になる加点を得たその足で医務室に駈け込んでカーテンを突き破る勢いで私に体当たりした。
「ポルポ……!俺、俺、あんたが石になったって聞いて居ても立っても居られなくて……!」
居ても立っても居られなくてバジリスクの牙を三本へし折ったんですね、わかります。
泣きまねをするメローネは随分と精神に余裕があるらしい。稀代の天才と謳われ、マッドな性格に任せてあらゆる分野を研究する彼には、バジリスクの瞳による石化がどういう症状をもたらすのか、細部までわかっていたのだろう。命に危険はなく、また最悪の場合どのように治療するか、その方法も確立されていた。だからこうして私のなけなしの胸に顔を擦り付けすはすはすはすはと浅い呼吸を繰り返している。なんかすごい胸元が熱い吐息で湿って来た。熱い。
「わかったわかった、メローネちゃん。わかったよ、ごめんね」
「うん……、詫びと言うのも何だけどキスしてくれるかい?深いやつ」
「詫びと言うのも何だけど、っていうのは詫びを入れる方が言うことだしキスもしません」
「ええーっ」
残念そうにするなよ。浅かろうが深かろうが口にはしねえよ。
しかし心配をかけたことは事実なので、金髪を梳いて、頭を撫でておいた。ごめんよ、心配かけて。ありがとうね。
メローネはゆっくりと目元の布を取り払って、ん、といつもは隠れている肌を指さした。
「口じゃなくて、ここでいいから」
そういうことなら別に構わないんですけど、逆にそんなレアな場所をさらけ出しちゃっていいんですか。カーテンで遮られているから、いいのかな。目元のマスクがないだけで変態度がかなり減少する。今のメローネはただの美少年にしか見えない。こんな姿を上級生のおねえさま方が目撃したらもう、黄色い悲鳴はピンク色の歓声に変わるに違いない。食べちゃいたい美少年。
ん、そういえば、バジリスクの話だけど。バジリスクの牙って、分霊箱を破壊するほど強い毒性を持つ魔法の装備なんだよね。薬学ではそれをすべて粉末にして使用するけど、もしかして今後の為に一本くらい取っておいた方がいいのでは。
誰にどう提言しようか考えていると、私の頬にもお返しのキスを5秒以上の長さで押し付けたメローネは、そうだ、と内緒のおまじないを親友に打ち明ける女の子のような表情で、ポケットから小さなペンダントを取り出した。ペンダントなのに首にかけなくていいのかい、と思っていると、そのトップを手のひらに載せて見せつけられる。
革紐に結わえ付けてあるそれは飾りなどではなく、柔らかいフエルトのような袋だった。口は絞られ、中には何かが入っているらしい。
「全部をリーダーに渡すのももったいないからさ。自分の分も確保したんだ。なんかあったら分けてやるぜ、ポルポ」
バジリスクの牙の粉末をちょろまかしたらしい。うん、ありがとね。でも私が欲しいのは粉末じゃないんだ。
ルシウス・マルフォイが理事会から追放されてしまったので、マルフォイ家とつながりのある私としては微妙な気分だ。ドラコ君が気まずそうにしているから、口には出さないけどね。元々悪役だとは思っていたけど、クリスマスパーティー、かーらーの、今現在というスピード不祥事を目にしてしまうと苦笑いしか浮かばない。
マルフォイ家が弱体化すれば、シーソーのようにネエロ家が目立つことになる。ブラック家とかその辺りはもう盤石の地位だから除外したよ。
ネエロ家が目立つということは、闇の陣営かっこわらいかっことじ、いやもう笑っていられないか。例のあの人のチームに気に入られて花一匁されてしまう確率が増えるということだ。それは避けたい。自分の為にも避けたい。私だってリゾットのことを花一匁したい。勝ってうれしい花一匁。リゾットが……欲しい!
闇の陣営に誘われたところで、リゾットなら一人で何とかできるかもしれないが、私はできない。どこまでもお荷物な女ですみません。守ってもらうことを当然と思いたくはないし、そういうのって柄じゃあないけど、口先だけじゃどうにもできないことってあるよ。具体的にはアバダケダブラとか。
「ねえリゾット」
石化が解けて、学期末の加点ラッシュも終了した。帰宅の列車までの半日は空き時間だ。
まだ学校には、私とリゾットの婚約が結ばれたことは広まっていない。ドラコ君やパンジー、スネイプ先生など一部の、あのパーティーに列席していた名家の子息息女たちは知っているかもしれないが、そのくらいだ。もちろん結ばれていたとしてもそれを笠に着ることなどできないのだけど、それでも自分ながら、ついさっき言ったわざとらしい理由には笑ってしまう。夏休みの宿題についてお聞きしたいことがあるのですが少しお時間を宜しいですか、だなんて、まるで子供みたいだ。三度目の人生を送っているとは思えない稚拙な言い訳。リゾットが無言でうなずいてくれたことに多謝。
スネイプ先生は期末の手続きをしに職員室で忙しくしているらしい。その点、寮を持たないリゾットは気楽なのだそうだ。まったくどうでもよさそうな表情で言っていた。
ねえリゾット、と話かけると、リゾットは続きを促すようにこちらを見た。真っ直ぐに見つめ返して、ああ、今からしようとしている質問ってすごくくだらないことだな、と思い直したので、なんでもないやと視線を落とす。バカバカしいにもほどがあるよね、"私が死んだらどうする"、そんな質問、くだらない。どうするかなんてわかり切っているじゃないか。闇の陣営が壊滅するか、リゾットたちが死んでしまう。どちらかが一晩でやってくれちゃう。
「リ……、リゾットちゃんは私が石になって、さみしかった?」
苦し紛れに全然違うことを訊くと、リゾットは見透かすように私の眼を覗き込んだ。だがしかしそこは年の功、私だって見抜かせませんよ。恥ずかしいだろセンチメンタルに陥ったなんてばれたら。
「そうだな」
全然さみしいなんて思っていなさそうだ。私はリゾットが石化したらびーびー泣いてしまうかもしれんな。
「泣くのか?お前が?」
なんだか意外そうに言われてしまった。私結構泣いてるよ。忠犬ハチ公とか、動物ものはイカンよね。
「私だって泣くさ、人間だもの」
「……」
そんな目で私を見るなよ。泣くってば。確かにリゾットがなんかの魔法薬で眠り姫になってしまったらおなか抱えて笑ってしまうと思うけど、石になって生死不明だったら泣いちゃうから。ていうか恋人が眠り姫になったのにおなか抱えて笑うとか本当申し訳ないですね。でも眠り姫リゾットヤバい。
泣かないのはあんたの方だろ、という意味を込めてじいっと上目づかいで見つめていると、リゾットは小さく首を傾げた。可愛すぎるその仕草、予告してからやってくれるかな。そうでないと不意打ちで心臓が死ぬ。氏ぬじゃなくて死ぬ。
「……」
ダメだ可愛くて見つめていられない。なぜかすごく目が合っているので萌えがひとしお。あまりに興奮してよだれ出ちゃう。スゴイよリゾットさん。ネムリヒメという五文字の属性をチョイ足しするだけでリゾットがこんなにも萌えキューティクルに覆われるなんてもう最高。魔法界の宝だよ君は。私の宝でもあるよ。結婚しよ。
そんな邪念を抱いているとはつゆ知らず、リゾットはもの言いたげに眉根を寄せた。私が煩悩と戦っているのがバレたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。曖昧に生きていく。
彼が杖を一度振る。教務室のシェードがざっと下りた。え?
びっくりして薄暗くなった室内を二度見してしまう。リゾットは私に手を伸ばし、子供の、少し成長した身体を抱き寄せた。あ、はい、と慌てて私もリゾットの首に腕をまわす。膝の上に座る形で、いつものように、リゾットに抱き付く。ただ違うのはここが学校の魔法薬学教員用の個室であることだけだ。あと椅子とか服装も違うけどそれは割愛。言い出したらきりがない。
抱きしめられたので、私もそのままされるがままにしておく。周囲から見えないように隠してまでハグをするなんて、やっぱりさみしかったんじゃないの?
「そうかもしれないな」
ぜんっぜんそんなふうに思っていなさそうだった。
「私はさみしかったよー」
「……思ってもいないことは言わないほうがいい」
「なんでわかるの?」
「石化した人間は思考も止まる」
「さようですか……」
じゃああれはいったい何だったのかな、私の記憶力って結構すごいのかな。んなわきゃあない。魔法では説明しきれない超常現象というやつなのだろう。誰にも話すことはないし、まあ、原因が究明されなくても何の問題もなし。ああでもちょっと気になるのは、同じく転生しているリゾット達が石化して、同じように過去を夢見るのか、ということよね。しかし実験の機会は永遠に来ない。
その体勢のまま、紅茶が冷めるまでぽつりぽつりとお話をしていたら、その内にスネイプ先生がノックもなしに突入してきた。気配は読めていただろうにリゾットは私を遠ざけようともしていなかったので、一人おいてけぼりの私がビクッと跳ねてしまう。スネイプ先生のこめかみがひきつって、焦った私が謝罪の言葉を噛んだ瞬間に、ネエロ、と低い低い声がリゾットを―――、ネエロ先生を呼ぶ。
「せめて隠す努力をせんか!!」
押し殺された怒号が落ちた。結構こわかった。周りに雷のように怒る人がいなかったから、余計にね。
ていうかもうリゾットは隠す気もないんだね。リゾットらしいというか、スネイプ先生も伊達に荒波にもまれていないというか。適応力がヤバい。私一人、ガチでおいてけぼりである。
主人公も苦戦するような事件に巻き込まれたにしては平穏な年度末を迎え、私たちはホグワーツ特急に乗り込んだ。コンパートメントを二つ並びで確保し、車内販売でしこたまお菓子を買い込む。年に数回の贅沢だ。手持ちのお金を詰めた靴下で脳天をかちわれる程度にはお金が余っているので、自分に許すお小遣いもゆるくなりがち。
「そういやァーよお」
ツナサンドの包装紙を破る。パンカスが飛んだので濡れティッシュで拭い取ると、ちょうどいいタイミングでホルマジオが簡易のゴミ袋を渡してくれた。心配りの細かい男、ホルマジオ。
ナニか言いかけていたので、彼の方を向く。そんなホルマジオはちょうど蛙チョコレートのカードを丁寧にカードホルダーに収めているところだった。
「来年度だよな、オメーの弟が入学してくんの」
噂の、イルーゾォの弟の話か。コテッコテの純血一家のお坊ちゃまだという話だけど、どんな子なんでしょうね。
「言われてみりゃあそんな気がするな。……名前なんつったっけ……。レ……」
「リュシアンだろ」
「ああ、それな」
それな、じゃないだろ。弟の名前くらい憶えてやれよ。"レ……"って。近いようで遠い。
「相手も俺の名前なんか憶えてねえんじゃねえの?お互い様だよ」
こんな扱いである。歯牙にもかけられていない。リュシアン君が可哀想になってきた。どんな子なのかは知らないけどさ。イルーゾォらから話を聞く限りは、純血を誇りに思う11歳の子供、とのことだけど、魔法界の名門から世に出る子供はだいたいそんな感じなんじゃないかな。
来年度に入学してくるということは、イルーゾォよりも3つ年下ということだな。11歳、良い響きじゃないか。ショタから少年への過渡期にある男の子。最高だね。最近は男の娘なんてジャンルもあるけど、アレはどうなんでしょうね。魔法界にはガチの男の子やFTNR少女がいそうな予感もするけど見たことはなし。
来年はどうなるのかなあ。
とりあえず気になっているのは、来年度は『恐怖』に言及した物語が多い、ということだ。ディメンターといい、ボガートといい、誰かの『恐怖』に触れることを中心に事が動く。
するとハリー君と同じ世代である私たちにもその火の粉が降りかかる可能性があるわけで。特にシリウスブラックテメエのせいで秋のホグワーツ特急が戦慄に染まるんだぞこの野郎。恐怖には鮮度というものがあるんですか?わからないよ旦那!
コンパートメントを見まわしてみる。うーん、この中でエクスペクトパトローナムが使えなさそうなの、私しかいないなあ。未成年は魔法の練習もできない。不安が募る夏休みだ。どちらかというと対策を打つよりも、さっさと気絶する方向を頑張った方がいいかもしれんな。