ハローオードブル


たらればの話は意味がない。もしあの時のジニーちゃんがトム・リドルの幽霊だったら、もしあの時私が三階に行かなければ、出会うはずもなかったのだろうけど、ヤッチマッタもんは仕方ないのよ。悩んだって時間が戻るわけでもないしね。
私がハロウィンパーティで意地汚くパンプキンパイとミートパイとグラタンとビーフシチューとドリアとフィッシュ&チップスとポテトサラダとシーザーサラダとカボチャサラダとエビピラフに舌鼓を打っている間に、物語はどんどん進行していたようだ。のんびり寮で五度目のデザートを楽しんでいたら、ばたばたとソルジェラが駈け込んで来た。
「女王さんは無事だよな?」
「ポルポ、……あ、居たか。肝が冷えたぜ」
なんだなんだと事情を聴いてみれば、フィルチさんの愛猫ミセス・ノリスが三階の廊下で仮死していたというじゃないか。かぼちゃジュースと一緒に大量の空気を飲み込んでしまった。三階の廊下は私の鬼門だ。
「でも、『継承者の敵』ってことはいわゆる……マグル生まれの話でしょ?なんで私を心配するのよ」
「あたしたちと同じようにポルポは純血だけど」
あらかた、ソルベとジェラートによる臨場感あふれる事態の解説を理解した私たちは、……あっ、今私はパンジーと一緒に談話室でチョコレートを食べていたんだけどね。私とパンジーの疑問には、あまりの騒がしさに男子寮から出て来たホルマジオが答えてくれた。こつんと額を小突かれて、危機感が足りねェんだよオメーはよぉ、と罵られる。
「狙われるのは『敵』だけとは限らねェだろ。去年オメーが巻き込まれた理由は何だ?瞳の色だろ?今回の『継承者』が『継承』してるモンは何かっつったらそいつはサラザール・スリザリンの純血思想と『秘密の部屋』を開錠する鍵だ。サラザール・スリザリンの眼が赤かったっつうのは周知のこったし、スリザリンの血筋でもねェのに赤い眼ェしてるオメーがその『継承者』の興味本位でどっかにさらわれる可能性もある」
「言われてみればそうね。ポルポが血統正しい純血の末裔で、その血にサラザール・スリザリンの一族が混じっていないことは調べればすぐにわかるわ。不自然なのも同じくすぐにわかる。魔法界で赤い瞳は特別な意味を持つ。……そういう意味ではネエロ先生もそうだけど、……」
パンジーは意味ありげに目を細めた。
「先生はともかく、あんたは身も守れないでしょうしね」
それって私の魔法の上達が遅いって言ってる?助教授と生徒の間に横たわっているのは実力の差だけじゃないよ。経験とか年齢とかさ。
生きた年数の合計だけで言えばリゾットよりも私の方が多いという話はやめよう。つらくなってくる。
ホルマジオもソルベもジェラートも、ここにいない人たちも、私の瞳が赤いのはそれが『ポルポ』だからと知っているけど、継承者の誰それさんにそれを察しろというのは無理な話だ。察させるつもりもない。ていうか誰それさんっていうかトム・リドルの幽霊なんだけどさ。トム・リドルinジニーちゃんが問題なんだけどさ。どうりで昼間に、瞳について尋ねられたはずだよ。もうすでに興味を持たれている。どうしようかなあ。
チョコレートを口にする。甘味は神経を刺激してくれなくて、いい考えなんて浮かばない。
私はジニーちゃんのことを可愛い後輩として見ているけど、自分の安全を冒してまで彼女を助けようとは思えない。だって彼女、助かるもん。某グリフィンドールにいる某眼鏡の某額に傷を持つ某少年たちの手で助かるもん。私が手を出すまでもなし。
だけど自分が巻き込まれるかもしれないんだったら、さっさと片付けちゃった方が楽ちんだ。まかり間違ってもパンジーやリゾット達に危害が及んでは困るし、私自身も痛いことやしんどいことや怖いことはご免である。手っ取り早いのはジニーちゃんから黒革の日記帳を取り上げることだけど、これは先の筋道を知っていないと訳の分からん行動にしか見えない。ともすれば後輩からカツアゲする上級生という最悪なさまになる。
トム・リドルの興味を、私とリゾットから逸らす方向はどうだろう。赤い瞳が特別なことではなく、ただ単に突然の変異の問題なのだと、誰かを経由してジニーちゃんに、そしてジニーちゃんからトム・リドルに伝達させることができれば、彼の興味の理由はなくなる。
でも待てよ。世代が違うとはいえ、現代のホグワーツに二人も赤眼が集中することって普通はなくないか。突然変異ってそんな確率で起こることじゃないぞ。世界規模で考えると、ヴォルデモっさんを含めて三人の赤眼ウィザードが存在することになる。それはちょっと不自然だ。
考え込んでいる私の口にパンジーが百味ビーンズを押し込んだ。ウーン、草味。
「あんたが真剣な顔してると気分が悪くなるわ」
ひどい。でもいいよ、私のツンデレフィルターを通すと、『心配になっちゃうでしょ』という字幕が見えるからね。
ごめんごめんと謝って、ベージュ色のタフィーを摘まむ。嫌な予感がしたのでホルマジオに渡した。文句を言いながらも食べてくれた剃り込みの少年は、ゲッ、とうめいて私のかぼちゃジュースを一息に飲みほした。
「腐った卵味だった」
「ぶっ、また悪いのに当たったなホルマジオ!」
「腐った卵だけに中ったってか!?ぎゃははは!」
なんかソルベがうまいこと言ってますけど。全員が無視した。それより気になるんだけどホルマジオ、君、腐った卵を食べたことがあるの?
「前になァ……」
その『前』はたぶん、ネアポリスでの話だろう。やっぱり、ホルマジオみたいな豪快な男性の冷蔵庫には魔が潜むんだな。私はもう一つ桃色のタフィーを取り出して、今度は自分で食べた。グッジョブ私、サクランボ味だった。


決闘クラブというものが開かれるらしい。こんな企画を思いつく人物を私は一人しか知らない。
「皆さん!私の声が聞こえますか?姿が見えますか?大丈夫ですね?」
予想通り、誰より早く姿を見せたのはブロンドの髪に金色のスーツ、自己主張の激しいマントを纏ったギルデロイ・ロックハート先生だった。
彼の洋服以上に黄色い歓声が一部から上がり、会場にいる三割が嘲笑し、二割がため息をついた気がする。残りの人は目もくれない。ギアッチョがそうだ。手元の、メローネが開発した一人遊びのできる小さなチェスボードに夢中だ。こんな場所でそんなことをやってばかりいるから目が悪くなるのでは。
なぜギアッチョのような、ギルデロイ・ロックハートにも、決闘にも興味のない生徒がこの場に訪れているかが気になるところだ。私はひどくよこしまな理由で参加を選んだけど、どうなんでしょうね。ただ単にロックハートがぶちのめされるシーンを観賞して溜飲を下げたいのかな。
別段ストレスも溜まっていない私がなぜここにいるか。それはたった一つのシンプルな答えだ。DIO、テメーは俺を怒らせた、……じゃあなくて。
「ヤバいスネイプ先生ちょうカッコいい」
ローブを脱いでリゾットに預け、杖を携えステージに立った黒衣のスネイプ先生は、この中の誰よりも存在感があり、スリザリン生の尊敬の視線を集めた。
そう、私はただ、スネイプ先生が戦うシーンを見たかったのである。
これはハリポタファンなら誰もが思うことだろう。私なぞがファンを名乗るのはおこがましいが、二巻の黒幕の正体を忘れていた私でも、このシーン、なによりも印象に残るスネイプ先生の晴れ舞台だけは憶えている。これは何かな、愛かな。一番好きなキャラクターはスネイプ先生ではなかったような気がするけど、実際に見て、一年と少しを寮監と寮生として過ごした今となっては完全な追っかけです。
興奮を抑え切れない。ほああああと奇声を発してしまいそうになるのを必死こいて抑えるところはまったく改善できない悪癖だ。パンジーのローブを掴むと、彼女は嫌みも口にせず、彼女らしくない熱血さで握り拳を作った。
「スネイプ先生にすべてを託すわ。あの勘違い男に引導を叩き付けてやって……」
ついこの間、ロックハート先生がコリン・クリービーというグリフィンドールの生徒と写真会を開いているところに引きずり込まれたことをまだ根に持っているのかなパンジーは。あの時のパンジーは睨みだけで人を殺せそうなほどだった。
「では、1,2の3の合図でお互いに杖を振りますよ。武装解除だけです、安心してくださいスリザリンの皆さん。明日から寮監がネエロ先生に代わるなんてことはありませんからね。ネエロ先生には残念なことかもしれませんがね!ははは!」
私脳内で大爆笑。10秒程度の台詞だけで人をここまで笑わせられるんだからギルデロイ・ロックハートはエンターテイナーとして生きていくべきだったと思うよ。もう声も出ません。寮監代理になれなくて残念がるネエロ先生ヤバいめちゃくちゃ面白い。スネイプ先生を倒す気満々でいるロックハートはもうお約束なので放置するとして、ネエロ先生。スネイプ先生のローブを預かって舞台袖で待機しているリゾットは私の方からよく見えるんだけど、そのリゾットがロックハートの言葉に何の反応も見せずに白けた雰囲気でいるのが、もうおなかいたい。誰にとも知れないけど許してほしい。
「行きますよ、ワン……、トゥー……、スリ」
ギルデロイ・ロックハートは最後まで台詞を言いきれずに吹き飛んだ。どんがらがっしゃんと勢いよく舞台装置に突っ込んで、女の子たちの悲鳴に混じって生徒の人ごみから歓声が上がる。スネイプ先生カッコ良い!スネイプ先生さすがです!スネイプやったな!スネイプすげえ!今だけはスネイプ支持する!そんな言葉が飛び交って、スネイプ先生は至極不本意そうに杖をホルダーに差し込んだ。ネエロ先生から渡されたローブを羽織って、ぴしりと襟元を正す。
「今のが武装解除の呪文だ。広い場合で役に立つ。諸君らの頭に刻み込めるのなら、覚えておいた方が得策だろう」
スネイプ先生は冷ややかに言い放った。表舞台に引きずり出されて見世物になった不愉快さが滲み出ている。
それにしても、ここで実演されたスペルが後々までハリー・ポッターを助け、最終戦争でヴォルデモートを制するのかと思うと胸が熱くなるな。同時に目も熱くなる。スネイプ先生つらい。
「フゥ……スネイプ先生も少しムキになってしまいましたか?私は避けることも防ぐこともできましたが、実演の為にあえて受けてみました。どうです?まあ私に言わせるともう少し効果的な唱え方があったと思いますが、皆さんの参考にはなりましたか?」
スネイプ先生の唇がこんなに歪められたところを初めて見た。ポッターレベルで嫌悪されている。
生ゴミでも見るような目で睨まれても、ロックハートの岩のような心臓はびくともしないらしい。さあみなさん、と両手を広げて自己アピール。
「二人一組で実際に武装解除をしてみましょう!」
肉体労働の時間がやって来た。
メローネは私と組み、あわよくば私の魔法に吹き飛ばされたがったが、そこは丁重にお断りしてギアッチョとペアを作ってもらった。
パンジーのねらい目はドラコ君だ。しかし彼はポッター君と舞台上で杖を振り合うので残念ながら計画は頓挫することになる。しぶしぶ、彼女は私を選んだ。
「吹き飛ばされても文句は言わないでよね」
「言わない言わない。でもあんまり強い言葉を使うと弱く見えちゃうよパンジー」
「何を言っても弱いやつは弱いし強いやつは強いのよ」
ごもっとも。

杖を構えて呪文を唱えてみたり素手での乱闘が始まったりハリーポッター君がドラコ君の出した蛇にシューシューシャーシャー言ってなんかしたりしなかったり慌てて連れ出されたり後片付けにスネイプ先生が眉間のしわを増量したり、蛇を怖がった女子生徒がネエロ先生にさりげなくすり寄って、こちらもまたさりげなく遠ざけられていたりと見どころ満載の決闘クラブは和やかに終幕を迎えた。
日めくりカレンダーが何度も破られるうちに、マグル出身の男の子やグリフィンドールのゴーストが謎の力に襲われ石になったという話が聞こえて来たが、スリザリンへの風当たりはそれほど強くない。すべてを獅子寮の生き残った男の子が引き受けてくれている。12歳になんという過酷な運命を背負わせるのか。
その過酷な運命に立ち向かう男の子に、ある日私は呼び出された。すわ校舎裏か告白かリンチか。気構えをしてたっぷり昼食を摂ってから向かうと、そこには意外なことに眼鏡の少年が一人だけで立っていた。
「どうしたの、珍しいじゃん一人なんて」
せっかく会うのだからおやつでも一緒に食べようと持ち掛け、ハンカチの上に腰掛けてカップケーキを差し出すと、ハリー君も同じように大きめの石の上に腰を下ろした。ハンカチ敷く?と予備の物を差し出してみると、君のハンカチが汚れちゃうからいいよ、と丁寧に断られた。何ていい子なんだ。
「ねえポルポ。……君も僕がスリザリンの継承者だって思ってる?」
思ってるかと言われると思ってないんだけど、じゃあ誰だと思う、って尋ねられても困ってしまうよね。私は答えを知っているけどそれって教えていいものかまだ決めかねているし、きっと結論は永遠に出ない。私は物語に干渉する勇気がないからね。遠くから見ていたいのですよ。
「スリザリンの継承者はグリフィンドールに入る素質はないんじゃないかな」
「……でも僕、……本当はスリザリンならうまくやれるって言われたんだ」
言っちゃ悪いけどそれはなかったと思うよ組み分け帽子さん。だってアレやろ、このハリー君が蛇寮に入ってガチでうまくやっていけるかって、いけないだろ。どうなの。イマジン出来ない。私の想像力が足りないだけか?
「ポルポがそう言うと、なんだかそうなんだな、って気がしてくるから不思議だね」
それはたぶん、私が君を煙に巻くように論点をずらして話しているから錯覚しているだけだ。まあ大人のズルい手法なので口にはしない。ニコリと笑って、二つ目のカップケーキを押し付けた。君はもっと太らなきゃダメだよ少年。
「あのさ、僕、君に訊きたいことがあったんだ」
なんじゃらほい。
ハリー君はカップケーキの包みを取って、すぐそこに見えているダークチェリーを指でつついた。
「話さなくちゃいけないことがあるんだけど、僕はそれを話したくないんだ。これ以上ヘンだって思われたくないから、話す方がいいのはわかっているけど、……話したくないんだ。自分だけで解決できるって思ってるわけじゃないし、誰かに助けてほしい。でも、話したことでもし助けてくれるその人が僕のことをヘンに思ってしまったら、僕はもうどうしたらいいかわからなくなっちゃう。……ポルポならどうする?」
すんげえ難しいこと訊かれた。質問は自分でまとめてから三行で頼む。
「そうねえ……。私と友人に置き換えて答えるけどいい?」
「うん」
例えばメローネが変態に付け狙われていて、私はその変態がメローネを狙っていることは知っているけど、どうして知っているかって言ったら私もメローネをストーカーしているから、だとする。何でも解決できるリゾットにその変質者の存在を知らせればメローネは助かるけど、それは私がメローネをストーカーしている犯罪者だという事実も露呈してしまう諸刃の剣だ。超絶にYABAI。
私はリゾットに話したいけど話せない。変質者を倒す力もないけど、私はメローネを守りたい。
「さすがにストーカーだってバレると友人でもいられなくなりそうだから言えないけど、そうね、例えば友人が云々、って切り出して様子を見てみるとか、そのくらいならしてみるかなあ」
「えっと、……『ストーカーをしている友人が、ストーカーしている女の子を変質者が狙っているところを目撃しちゃったんだけど、ネエロ先生なら変質者だけを倒せますか?』って訊くの?」
「そんなわけないよね!?思い切ってたとしても『友人が好きな子を狙う変質者を目撃したけど、目撃したことがバレたら女の子の身柄が危ないかもしれないので内密のうちに処理したいんだけどどうしたらいいですか』くらいじゃないかな!?」
この子ガチで言ってるのか私をからかっているのかどっちなんだ読めない。主人公読めない。
ハリー君は納得したように何回もうなずいて、そうだよね、そっちだよね、とホッと息を吐いた。私のことを何だと思っているんだこの少年は。
「それもできないなら、どうしても話せない事情があるんだって正直に言うかな。だけど、言えるようになったら必ず言う、って約束をする。少なくとも私の友人は、それで理解してくれるから」
「……」
視線を落とし、ダークチェリーをつついた指を舐める。ハリー君は、そっか、と呟いて、おいしそうにふくらんだカップケーキのスポンジにかじりついた。二口ぶんを同時に口に入れて、久しぶりに味を感じたような顔をしてゆっくりと微笑んだ。
「僕、まだ話せないけど、いつかダンブルドアだけじゃなくてポルポにも話すから」
ダンブルドアに話したくても話せない件を私に相談したのこの子。そしてダンブルドアに話さないことを選んだの。相手がダンブルドアだって知ってたら私は全力で話すように説得したよ。だって話せば事件はすぐに解決するだろ。何について話すかなんて限られてくるんだし、主人公が思い悩むことは物語の本筋に関わることに違いない。
しかし舌の根の乾かない内に言葉を撤回するのも沽券に関わる。私は曖昧にへらりと笑って、うまく行くから大丈夫だよ、と、気休めにもならない励ましを送る。意外なことにハリー君は、待ち合わせをした時よりも幾分か力強く、微笑みながら頷いた。