ハローブランチ
リゾットの膝に座ってぐでりと抱き付く。
私はもちろんのこと、リゾットももう自然に受け入れてくれている。最初から自然だったような気もするけど、私の腰を抱く手も、髪を避けて本を読む仕草もよどみなく、私のことはクッションかペットと思ってるんじゃあなかろうかと邪推してしまうほど揺るがない。
ところで残暑のこの季節、二人してくっついていることはあまり望ましい体勢とは言えない。暑いじゃん。でもこれには訳があるのだ。
「リゾットはまたネエロ先生に戻るのかー……」
新学期の訪れ。
ハリーポッター君は来たる9月1日から新たなる冒険への門出パート2を迎えることとなるが、それよりも数日前から教員たちは休暇を終えて学校へと戻らなければならない。授業の準備とかがあるのさ、忙しい大人にはね。
そして学校では、私たちはただの『教師』と『生徒』の関係を保つ。なぜならリゾットはクソモテで、対する私は人生を三度送っているだけの平凡な女子生徒だ。今はおっぱいというアドバンテージも、ギャングスター時代ほどの金もない。あるのは血統書だけだ。
何よりこっちが一番大切なのだけど、ホルマジオたちはともかく、私とリゾットがお互いを想いあっている家族である、ということを明かすことは大変危険だ。ホグワーツのPTAが黙っちゃいない。何せ私たちの年齢差は11歳あり、リゾットが私に恋情を抱き、時には今こうやっているように『幼馴染のにーちゃん』の枠を外れた接触をしているなんてことを知られたらこりゃもう、大変だ。懲戒免職じゃ済まないかもしれない。イエスロリショタノータッチ。これは世界の倫理なのである。
とはいえ私たちは将来婚姻を結ぶ、らしい関係だ。らしい、というのは、私とリゾットは我が生家とネエロ家の血を交わらせ繋げるためにルシウス・マルフォイというドラコのお父さんによって縁を整えられたわけだけど、私はまだ一度もルシウス氏に会ったことはないし、目の前で誓約書を書かされたわけでもないからだ。リゾットから懇切丁寧に説明を受けたことは確かだが、私の理解能力はかなり低い。人生を舐めてかかっている。
なんとかなるんちゃうかな、なあんて、権力の関わることはリゾットにお任せだ。前世では私が上司だったんだから、今回はリゾットちゃんにもたれかかってしまいたい。
ちなみにソルベとジェラートはひきつけを起こしそうなほど笑っていた。
「名目だけの婚約で、意思に関係なく11歳も年上の、コッテコテの貴族に束縛される女王さん可哀そうすぎる!」
「12歳という若すぎる婚約者を抱えることになったネエロ家のご当主の苦労がしのばれる!」
まったくしのんでない。
予定であっても私たちは婚約者同士。ならば学校でいちゃこらしたって問題はないんじゃないの、と言いたいところだけどノンノンノン。そこはやっぱり年齢差が引っかかってくるからね。
当人比ではあるが、私に対するリゾットの態度がちょっとでも柔らかくなってみろ。まるでネエロ家のご当主リゾットが、10年以上前に一緒にいただけの関係―――ということになっている私―――に、10年以上も恋情を抱いて他の縁談を断って来ただなんて思われてしまう可能性がある。そうなったらもう目も当てられない。リゾットにロリコンの烙印が押されちゃう。
幾つもの事情が重なった結果、彼の名誉の為にも、私たちは距離を置かねばならないっちゅーわけや工藤。
次にこの家に戻って来るのはどの季節だろう。また夏が訪れるころになるのかな。もしそうだとしたら、リゾットとはそれまで、学生として適切な距離を保って過ごさなくてはいけない。
理解してはいても、寂しいもんは寂しいよ。せっかく再会できたのにさあ。
あーん、とぐりぐり肩口に顔を押し付けると、片手間に背中をさすられた。うん、本に集中したいんだね、解る。それ論文だよね。わかるよ、邪魔されたくないよね。大人しくしています。
しかしずっと黙っていると眠くなってくる。リゾットに包まれているのだから余計に安心してしまう。凭れたまま昼寝をしてしまおうか。
「足痺れない?」
「特には」
突然質問したにも関わらず、さらりと、打てば響くように否定が返ってくる。
痺れているのにやせ我慢をしている、なんてことはないかな。ないよなあ、この人だもん。
空は快晴、気温も上々。
こちらの気分まで盛り上がるような喧々とした通りに、私たちは立っている。
純血のおうちと言っても、ホルマジオ、ギアッチョメローネの制限はあまりないようだ。しかし今日は都合が悪いと、家で待機をしている。過酷な環境に置かれるイルーゾォも、夏休みも終わりが近づいてくるとお許しが出るらしい。普段のイルーゾォは針の筵みたいながちがちの純血貴族の実家で弟とデキを比べられながら嫌みを言われて半分軟禁されているというのだからこの貴重さがわかっていただけるだろうか。夏休みの間は家の汚点を外に出したくないってことでなかなか出られないんだってさ。
みんなを除いて、イルーゾォより優秀な13歳がいるのならぜひ私の前に連れて来てほしいもんだけどね。どんなカモフラージュの仕方をしているのだか。
イルーゾォは肩をすくめた。
「当主になると死喰い人やら家の維持やら面倒くせえだろ。テストの回答は4割しか書き込まない。これで成績はかなり調節できる」
配点の低い問題ばかり選んでるんでしょうね。蝶よ花よと大切にされて、兄の無能さを吹き込まれながら育っているであろう弟君が可哀そうになってしまった。君のお兄様は敵にまわしちゃいけないひとだから気をつけて。
あっそうそう、死喰い人と言えば。
うちはのらりくらりと逃げ回っていたらしく、両親はそういうごたごたに巻き込まれずに済んでいるようだけど、ネエロさんちはどうなのかなと思ってリゾットに訊いてみた。ネエロ家はちょっと調べただけですぐにわかるレベルには闇に片脚以外全部持っていかれてる系のおうちだ。リゾットっぽい。言わなかったよ。
「気にしてなかったけどさ、リゾットは死喰い人なの?」
捲られた袖から見える筋肉の張った前腕には、どこにも印はない。印がないということは、違うのだろうか。
「いや、前夫妻はそうだったらしいが、俺が当主になったのはアレが失脚した後だったからな、特に何も言われていない」
両親のことを前当主夫妻呼ばわり。例のあの人をアレ呼ばわり。そうだね。
ハリポタの流れ的には、たぶん最終的に例のあの人は復活するんだろう。ついでにIFとして、その時のことも尋ねてみた。
「もし例のあの人が復活したらどうするの?晴れて死喰い人の仲間入り?」
「その時に俺が現役ならそうなるんじゃないか?」
「ふーん……」
マルフォイ家の現当主が認めるくらいとび抜けて優秀なリゾットさんですもんね。お呼ばれしないはずがないよね。
じゃあ、私はどうなるんだろう。復活が何年次に起こることだったかは忘れてしまったけど、まあ、今年じゃあないし来年でもない。確か三校対抗試合がキーになるんだったよね。いつだよ。
まあいい。その時にはすでに私は正式に、リゾットの婚約者としてネエロ家に迎え入れられている、かもしれない。すると、リゾットと深い関係にある私も死喰い人としてかの人に仕えることを強要されるのか。
「腕に闇の印が刻まれるのかな?」
白くてなめらかな子供の腕だ。半袖は腕の内側を隠さない。手を伸ばせば、むき出しの肌にリゾットの親指が触れた。闇の印が刻まれるという場所を何度かなぞられてくすぐったかった。
「不愉快極まりないな。その時は身の置き所を考えよう」
物凄く巧妙に隠れそうだし、いざとなったら情報をダンブルドアに売ることも辞さなそう。
イルーゾォに腕を引かれる。余所見してんじゃねえよ、と注意されてしまった。違うことを考えながら歩いていたのがバレてしまったようだ。
渋谷と原宿がいっぺんに来たようなダイアゴン横丁は今日も賑わっている。必要な教材や新しいブラウスを購入して書店へ向かう。
書店はとんでもなく混みあっていた。押し合いへし合い、人波にさらわれてレジカウンターに辿り着くこともできないありさまだ。時々フラッシュが焚かれて、カメラのシャッターを下ろす音がした。階段の上を見上げると、豪奢なスーツローブを身にまとう男性が大仰に手を振り胸を張っている。時々女性たちが、ロックハート、ギルデロイ、ロックハートさん、ロックハート、と黄色い声で彼を呼ぶ。それはギルデロイ・ロックハートの態度を増長させ、カメラの閃光にきらめく白い歯がより輝いた。
「すごいね、これみんなファンなのかな」
「サイン会らしいぜ。俺ら、ちょっと行ってくるわ」
「アウオクで高く売れるぜ、こりゃあよ」
人ごみは嫌いではないけど好きでもない。出来れば落ち着いた場所でのんびりしていたい性格である私を慮ったソルベとジェラートは、自ら人ごみをかき分け指定された教科書を細腕に抱えて戻ってきてくれた。宅配の手はずを整えて戻って来た彼の手には数冊の、贅沢に箔押しのされた厚い本がある。ウインクを残して颯爽と人の列に紛れ込んだ元27歳現14歳のトリックスターは、きっと人好きのする笑顔を浮かべて何冊にもサインをねだるのだろう。そして容赦なくそれをアウオクにさばくつもりだ。アウオクとはアウルオークションの略称である。魔法界のヤフオクみたいなもんだ。そういうの、転売っていうんですよ。
賑々しい場所が好きではないイルーゾォは、私の傍から離れずにいる。あの女性の波にもまれてサインをねだる気はないらしい。そりゃそうだろうな、と横顔を見ていると、少年は気味が悪そうに身をよじった。こっち見んなよと言われたので見るのをやめる。
晴れた空の下で何をするか。お財布の中にはまだ銀貨があるし、お腹もだいぶ空いて来た。ソルジェラはしばらく戻って来ないだろうから、ちょっとの間買い食いに出かけるのもいいかもしれない。
イルーゾォを誘って、その場から抜け出した。彼の持つ携帯型の連絡魔法器でソルベとジェラートに場所を移ると連絡をしてもらったので安心だ。
アイスクリームパーラーの、書店に比べれば可愛らしい待機列に加わって三つのフレーバーを選ぶ。ストロベリーとブルーベリーとバニラと、とお馴染みのフルーツ主体のアイスクリームが並ぶ中、異色のアップルパイフレーバーが見えた。即決でそれにする。
「お前、躊躇わねえよな」
「気になるじゃん」
「地雷の匂いしかしねえだろ」
渡されたカップにスクープされた丸いアイスクリームがたっぷり収まっている。スプーンですくって食べてみると、上に振りかけられたクラッシュパイがさくさくと良い歯ごたえで、リンゴのフィリングが混ぜられたカスタード風のアイスクリームも非常においしかった。
「おいしいよ、これ」
差し出すと、イルーゾォは無言でスプーンを突き刺した。味覚に関しては信用してくれているのか、それとも彼の好奇心がうずいたのか、どちらかはわからないけど前者ということにしておこう。
イルーゾォはブルーベリーとストロベリーのベリーベリーダブルを選んでいたので、そちらも一口ずついただいておく。え?私?私はアップルパイとオレンジとクッキーアンドバニラだよ。定番の味はやはりおいしい。
何口か交換していると、テラスの方からこんこん、と窓を叩かれた。振り向くと、嬉しそうな表情をしたハーマイオニーちゃんが手を振った。私も手を振り返して、イルーゾォに目で問いかけ許可をもらった後で手招きをする。ハーマイオニーちゃんは一つ頷いてパッと踵を返すと、後ろにいたご両親と思しき男女と、それから赤毛のノッポたちに何かを言ってこちらを指さした。習性で会釈を返すと、大人から微妙な笑顔が向けられる。君たちがグリフィンドールで私がスリザリンだからかな?穿ちすぎた見方だろうか。でもそんな雰囲気だったよ。
「あの女子は許可したけど、こいつらまでは許可してねえよ……」
ぼそりと呟いたイルーゾォ。それもそのはず、ハーマイオニーちゃんが引き連れて来たのは黒髪眼鏡の男の子と、赤毛そばかすの男の子だったからだ。ついでに後ろから数人の赤毛くんと赤毛ちゃんがついてくる。
どうやら大人たちは自分の用事を済ませる間、アイスクリームパーラーに数人の子供を置いていくことにしたらしい。お金を預けて、あとはお友達と一緒に食べるも一人で食べるもご自由に、と言った思惑か。イルーゾォにしてみれば、彼らがこちらに来ないはずがないのだから、面倒なことになったとうんざりしているのだろう。
イルーゾォにとっては災難なことに、集まったのは全員グリフィンドールの生徒だったし、そして全員がよく喋る性質だった。
アイスクリームのフレーバーから話は広がり、ロン・ウィーズリーによるさりげないスリザリン批判がチクチク突き刺さってハーマイオニーちゃんとハリーポッターくんがそれを謝罪する。フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーはむっつりと黙り込んで無口を装うイルーゾォにしつこく話しかけていじり倒しているし、静かなのははにかみ屋さんのジニー・ウィーズリーちゃんと、食べることに集中する私だけだった。冷房の効いたアイスクリームパーラーの室温が一気に上がった気がする。誰かボルテージ下げて。
「いいかジニー、騙されるなよ。こいつはこんなマヌケにアイスを食べてるけど、本当は意地悪いスリザリンなんだからな」
「マヌケって」
ひどい言い草だ。まあ、確かにきりりとした表情ではなかったけど。
ジニーちゃんは兄からの忠告をどう受け止めたものか戸惑っている。そりゃそうだ、私が目の前にいるのに同意するのも気まずいだろう。
「ロン、ポルポはマヌケに食べてるんじゃないわ、おいしく物を食べているのよ。そんなふうに言うなんて失礼だし、スリザリンだからってだけで偏見を持つのはダメよ」
フォローを入れてくれたのはハーマイオニーちゃんだった。私よりも気遣いができるかもしれない。
「だけどスリザリンは嫌なやつばっかりだぜ。こいつみたいな感じで、グリフィンドールのことを目の敵にしてるんだ」
示されたのはイルーゾォだ。先ほどから黙ったままアイスの山を崩して、フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの言葉をまるっと無視していることを言っているらしい。イルーゾォのツッコミが発揮されるほど、ウィーズリー兄弟の言葉はすっとぼけていない。暗殺チームという規格外の存在から見れば児戯、なのだろう。たぶん。メローネやソルジェラが特別におかしいんだよ。
「でもロン、ポルポの周りにいるんだから、イルーゾォだってスリザリンらしくない人なんじゃないかな」
「俺をこいつと一緒にするなよな、ポッター」
「だけど、そうでしょう?そうじゃなきゃポルポが一緒にいるはずないさ。ロン?」
なぜこんなに信頼されてるんだ私は。もしかしてアレか?昨年度に、ハリーたちが150点だったか100点だったか200点だったかの減点を食らってしょんぼりしていた時にフグの目玉とかを投げつけなかったからか?君たちちょろすぎるぞ。
話の中心から外れることが出来たジニーちゃんは安心したようにほっと息を吐き、おずおずと私を見上げた。少女の上目づかいの威力ったら、半端じゃない。
「あの、ポルポ……さん?」
「うん?」
「ホグワーツって、どんなところ?」
なぜ私に訊ねる、ジニーちゃんよ。自分で言うのもなんだけれど、私はホグワーツのうわべしか見てないぞ。ただの面白い学び舎としかとらえていないから、悪戯仕掛人を自称する君のお兄さん方に質問したほうがいいと思う。
オブラートに包んでそう言うと、ジニーちゃんは頬を赤くして首を振った。
「お兄さんたちは、あんまり真面目に答えてくれないの。ビルやチャーリーは……あ、あの、上のお兄さんなんだけど、二人はもうずっと前に卒業しちゃったし、パーシー……、フレッドとジョージの上のパーシーは大丈夫だ、としか言ってくれなくて……それで……」
第三者の意見が欲しいというわけですか。ハーマイオニーちゃん辺りが適役だと思うけど、私を頼って来たのだから、まあ、答えるのが筋というものでしょう。
私はホグワーツに関する面白そうな知識を総動員させることにした。ジニーちゃんは今年に入学するという。せっかくなのだから不安を解消してあげたい、とおばさんの心がうずく。あっいや、おばさんじゃないですけどね。言葉のあやだ。
「私も多くを知ってるわけじゃない。でも、一番最初に感動したのは、天井かな。組み分けされる時に怖くなったら天井を見るといいよ。広くて綺麗に魔法が施されてて、どんな人でも受け入れてくれるんだ、ってわかると思う」
私が組み分け帽子の前に立った時はそれどころじゃなくて感動する暇もなかった。だけど一年足らずを過ごすうちに、見上げる天井の景色は幾度となく変化することを知った。雨の時には薄暗く幻想的な雲が立ちこめ、晴れの日には紙でできた鳥が羽ばたいた。それは誰の魔法か、創始者の時代から続くことなのか、歴史書を読んでいないから私にはわからない。知らなくていいことだと思えるくらいに『魔法的』で、大いなる光景だった。
その感動を少しでも分かち合えるようになれればいいなと思う。そしていつか、不安がっていた自分を笑い話に出来るようになれば、と。
ちょっとえらそうにしすぎているかもしれない。
「食事はおいしいものとおいしくないものがあるよ。フィッシュ&チップスは好きだけど、マッシュポテトは人それぞれかなあ。デザートのトライフルはおいしいから食べてみてね」
「う、うん。わたしも、フィッシュ&チップスは好き。……ねえ、あのね、ポルポさん」
「呼び捨てでいいよ。気にならないのなら」
「……じゃ、じゃあ、ポルポ」
ほあああ児女かわいい。
正直に「かわいいね」と伝えると、イルーゾォがテーブルの下で私の足を小突いた。ロリコンとでも言いたいのか?ノータッチだから大丈夫。見てよほら、私は髪の毛一筋たりともジニーちゃんには触れてません。
向かいに座るジニーちゃんは、自分のアイスクリームが溶けることになんて気づいてもいない様子で、顔を真っ赤にして私の瞳を覗きこむ。
「ポルポはスリザリンに入りたかった?……好きな寮に入れなくてスリザリンになったの?」
むせた。めっちゃ直接的。こいつは根っからのスリザリンに違いないぞとぷんすかしながら口を挟んできたロンくんのことはスルーして、ペーパーを口に当てる。
「私はどこでもよかったのよ。でも、組み分けでスリザリンになったからスリザリンに行った。でもきっと、私が本当に別の寮に入りたがっていたら、そうしてくれたと思うよ」
「どうして?……だって、組み分けは絶対なんでしょ?ふ、フレッドとジョージは、トロールと戦わされて負けた人はスリザリンに入るなんて言ってたけど、……違うよね?」
そんなこと言ってたのかよ悪い兄貴だな。
「そうだね、そんなことしたらみんなスリザリンだよたぶん。勝てないって」
トロールって結構強いんだぞ。魔法のまの字しか知らないか、まの字も知らない子供たちが勝てるわきゃあない。
どうして私が、組み分け帽子に希望を強く伝えればその寮に組み分けされる可能性が大きいと考えるかといえば、簡単だ。某ヴォル中略モート郷のように強い寮へのこだわりと天性の性質を持っているなら別だけど、普通は望みと違う場所で7年間も学生生活を送ってなんかいられない。私だけがそう思うのかな。でも私なら心が折れてしまうだろう。
例えば私はレイブンクローの人たちのように頭が良いわけではないし、グリフィンドールの人たちのように勇気があふれてコミュ力がヤバいわけでもない。スリザリンかハッフルパフだなとは思う。帽子の読みは正しい。けれどそれは自己分析の結果ではなく、個人プレーが許される寮だ、という印象があるからだった。私はお互いに干渉しあわない選択肢のある寮を望んだ。その内で、組み分け帽子いわく『身内と他人の境界が分かれすぎている』私は、『身内』のいるスリザリンに分けられた。そういうことじゃないかと、勝手に推測している。
ジニー・ウィーズリーはどうだろう。
本人は強くグリフィンドールを希望し、彼女は血統的にもグリフィンドールに属する性質を持っている。血統で物を言うのは趣味ではないけれど、周囲がグリフィンドール一色であるなかで育って来たのなら、よほどのことがない限りは朱に交わって赤くなっているだろう。赤毛だとかグリフィンドールのテーマカラーが赤だとかそういう話は関係ない。
スリザリンでも、レイブンクローでも、ハッフルパフでもなくグリフィンドールを望む。それでいいんじゃないかな。
「ハリーくんにも訊いてごらんよ。彼はスリザリンよりグリフィンドールを選んだんだよ」
テーブルに身を乗り出して耳打ちすると、ジニーちゃんの耳はもっと赤くなった。ごめん、そういえば君ってハリー・ポッターに恋をしていたんだっけ?純情に踏み入ってしまったか。ごめんよジニーちゃん。
謝罪の言葉は口に出さず、気づかないふりをする。アイスクリームが溶けているよと今さら教えると、ジニーちゃんは慌ててスプーンを動かした。もうほとんど液体になっているけど、冷たいそれをすくって飲むように食べ始める。
ふと見ると、ソルベとジェラートがパーラーの入り口からこちらに向かって歩いて来た。片手に紙袋を提げていて、左右対称に手を挙げてハリーポッター以下5人に挨拶をする。
「よお、お待たせポルポ」
挨拶じゃなかった。私に話しかけてた。
「楽しくやってたから大丈夫、気にしないで。……成果はどうだった?」
「上々だぜ。こいつはフトコロガアッタカクなりそうだ」
周囲に配慮して日本語を扱う余裕があるなんて、まったく疲れていないんだね。君たちの体力は底なしか。
ソルベとジェラートはアイスクリームは要らないと言って腕時計を見た。そろそろ家に戻って学校の準備をした方がいいだろ、とこの団欒の終わりを告げる。新学期はもう目の前だ。
「じゃあ、そろそろ私たちは失礼しようかな。お先にごめんね」
「いいのよ、ポルポ。また学校で会いましょう」
「うん、そうしよう。一緒にお茶でもどうかな?良い場所を探しておくから」
「楽しみね!あなたは本をよく読むから、その話も出来ると嬉しいのだけど」
ニコリと笑顔を交わしてハーマイオニーちゃんと別れを惜しみあう。ジニーちゃんにも小さく手を振って健闘を祈っておいた。恥ずかしそうに会釈してくれたのがとても可愛くて、心の疲労バロメータが一気に減っていく。元気百倍ポルポパンマンです。
ソルベとジェラートはフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの背中を思いっきり叩く。こちらも新学期からのますますの繁栄をお祈りしているつもりらしい。
「減点されねーように気をつけろよ、ウィーズリー!」
「笑ってやるからさ!」
「お前らに言われたくないぜ、ソルベにジェラート!」
「スネイプの授業でネエロが入ってくるたびに爆笑して椅子から転げ落ちて20点も減点くらったのはお前らが初めてだよ!」
そんなことしてたのか。この4人を抱える現4年次大変すぎる。
「いいか、ハーマイオニーに変なことしたらただじゃおかないからな」
「ポルポはスリザリンっぽくないからきっと大丈夫だよ、ロン」
おっとおおおロンがハーマイオニーちゃんのことを守った。ハリーくんによるフォローがぶっ飛ぶほどの興奮が襲ってきたのでニヤニヤしてしまう。いけないいけない、大人として。精神的な大人として表情を引き締めなくちゃね。
「それじゃあ、また新学期に」
「じゃあな、フレッドにジョージ。今年も期待してるぜ」
「そーそー。思い切ってスネイプの飲み物にポリジュース薬を混入させるくらいやってくれよ」
「そんなことやるのお前らくらいだと思うけどな」
「検討しとく」
誰に変化させるつもりでしょうね。突然女の子になっちゃうスネイプ先生とかとても良いと思うけどね。ああそう言う意味ではソルベのスタンドが惜しかった。
改めて手を振ると、みんな個性のバラバラなしぐさで手を振り返してくれた。イルーゾォも小さく、マジでちょっぴりだけ会釈をして背を向けたので、彼らの騒がしさを蛇蝎のように嫌っているわけではないのだろう。平穏というのは良いことだよ、波風立てずに行っておこうぜ。