ハローミッドナイト
ソルベとジェラートは途中まで一緒だった。マクゴナガル先生に呼びとめられて、少し手伝ってもらえますかと成績優秀な2人が引きぬかれた。用事の途中なら構わないのですが、と私を見て先生が一歩引いたので、ただ寮に戻るだけなんでソルジェラの好きにしてくれと投げた。悪ぃな女王さん俺らちょうど教授に訊きてえことがあったんだ、とジェラート。ひとりで大丈夫か?とソルベ。もちろん迷子の心配ではない。ふむ。
「なんかあったら助けに来ておくれ」
「呼ばれなくても飛んでいくぜ」
「俺らは女王さんのナイトだからな」
ウインクばちーん。イケメンはこれだから。
ばいばーいと手を振って別れたソルジェラも、マクゴナガル先生も、もちろん私も、物語のクライマックスに巻き込まれることになるなんて思っていなかったのである。私は完全に話の展開も時期も忘れていたし、ソルジェラは紙面のことなんて知る由もない。マクゴナガル先生の教室にいた先生含む3人は、主人公3人組が飛び込んで来て初めて、事件が起こっていたことを知るのである。
後から知ったことだけど、イルーゾォとホルマジオとメローネとギアッチョは談話室で私の帰りを待って、時間を計算して異常に気づいて立ち上がる。寮監スネイプが仕事をしている薬学教官室にイルーゾォが突撃して魔法カード発動。
「ポルポがこの時間になっても戻ってこない」
これによりスネイプ先生とネエロ先生が事態を把握し視線を交わしてガタガタッ。スネイプ先生の正論。
「ミスターイルーゾォ、君は寮に戻って待ちたまえ。ミスポルポのことはこちらでなんとかする」
ここでリゾットとアイコンタクト。あんたが行くなら問題ないなリーダー?あぁ。
そういうことで、イルーゾォは寮に戻ってリゾットが出撃したことを報告。某眼鏡の少年探偵の探偵バッヂみたいな魔法アイテムを9人全員が所持しているため(私も欲しかったよ!!)、リゾットからヘルプが入ったら全員で特攻かける準備バリバリ。
逆に私がクィレルに同情した。
戦闘向きじゃないから、というのは言い訳にならないだろうか。
失神させられたんだなと理解して目を開ける。緑の閃光じゃなくてよかった。赤だったから一命を取り留めたわ。
11歳の肉体だったから軽々担いでいただけたようで、身体のどこにも痛みはない。ちょっとステューピファイが直撃したところはじんじんするけどその程度。
私は床に転がされていて、後ろ手に縛られて手が使えず、足も縄で固定されているので、尺取虫かいも虫か、あるいはマットの上を転がる大根運動みたいなことしかできない。
肩が痛いなと思いながら首を廻らせると、おやまあクィレル先生じゃあーりませんか。脳内でケフカが言った。クィレル先生がこっち見た。目が据わってる。
「ミスポルポ、気分はどうだね?ステューピファイは力加減によってはトロールすら昏倒させる。私は加減を間違えたとは思わないが、……どうだね?」
「ベネ」
「そうか、君はイタリアの血が混じっているんだったね」
イタリアの血が混じっているのに純血とはこれいかに。ただ単にイタリア人の正統魔法使い家系のひとがホグワーツで純血家系のひとと出会っただけですねわかります。
「ここどこですか?」
クィレル先生―――もう先生じゃなさそうだしクィレルさんでいいか。クィレルさんは答えた。禁じられた廊下の地下だ。
「(あぁ……ギアッチョが行ってみて、犬がいたって言ってたやつ……)」
これか。犬だけかよ?って訊ねられて、隠し扉があったがわざわざ開けるこたねぇだろって言ってたあれか。
私が記憶をたどっている間に、クィレルさんが色々とお話をしてくれた。この学校にはダンブルドアがある物を隠した、とか、我が君はそれをお望みなのだ、とか、我が君がそれを手に入れればかの方は再びよみがえる、とか、それは何だと思うねミスポルポ答えられたら君にそうだな15点あげよう、とかなんか言ってた。バカやろうキーになるのはサブタイトルだろ。ハリー・ポッターとナントカナントカ、のナントカナントカの部分だろ。憶えてないわ。
「ポルポさん頭良くないからわっかんないですね。正解は?」
「……君が課題をこなすことができたら教えてやろう。立て」
無茶ぶりすぎるだろ。手足縛られてんだぞ私は。
お互いの認識にかなりの齟齬を感じてこのひと自分がやったこと憶えてないのかなってまじまじと見ていたら、クィレルさんはつかつかと歩いてきて、まさかお前それをやるんじゃねえだろうなと自分の予想に頬がひきつって、そして予想通りクィレルさんは私に手を伸ばした。
「いやあ痛い痛い痛い!!」
髪の毛ひっつかみやがったこのやろう。抜けたらどうすんだ。毛根にも限界があるんだぞ。
かなり力任せに立たせられた。杖を向けられる。
「ロコモーター」
最初から呪文使えよ!!
私の身体はふわりと浮いて、クィレルさんの、いやもうクィレルこの野郎の杖先が向いた方、鏡の前に運ばれる。すとん、と鏡面の前に降ろされて、すぐ後ろにクィレルが立つ。頭皮が痛すぎたなあと俯いていたら、また髪を掴んでぐいっと顔を上げさせられた。もっとこう、さ、人間は言葉が使えるんだから会話しようよ。コミュニケート。相互理解に必要だろ。
「何が見える?」
何って。
改めて鏡を見て、驚いた。私がいた。私の周りにリゾットたちが立っている。手を繋いでいたり、肩に手がかけられていたり、頭を撫でられていたり、頬をつつかれていたり、彼らと私は常にどこか触れ合っている。
「家族が見えるわ」
正直に答えると、クィレルは私の頭を揺さぶった。だから痛いって言ってるだろ。
「他には!」
「あっ」
「なんだ!?」
「奥の方で友達が手を振ってる」
あれはジョルノたちだなと判別して、ジョルノたちにもまた会えたらいいのにと思った瞬間だった。クソッ、とクィレルが悪態を吐いた。私の髪から手を離して、思いっきり私を床に突き飛ばした。
「うあッ」
頭皮の痛みが4鼻毛だとするとこれは10鼻毛くらい痛い。試したことがないから想像で言った。
邪魔だとばかりに突き飛ばされた私は床に転がって、打ちつけた肩と腕と脚と、ちょっと足首捻っちまったよちくしょうと涙目になりながらうずくまっていた。なんかクィレルが鏡の前でうろうろしてブツブツ言っていたけどもう聞く耳持たん。知らねえ。勝手にやっててくれ。そして私をおうちに返してくれ。
「っつつつ……正解はなんだったのよ」
「気が散る。黙れ」
「黙れってあんた」
攫ってきておいてそりゃないでしょうよ。
「そもそもなんで私は拉致されたの?もしかして私の目が赤いから例のあのひと、えーっとマジで名前を忘れた。そのひとの血縁じゃないかって疑ったとか?あのひとの血縁ならあのひとのために目的の物を手に入れられるはずだ、なんてドリーム見ちゃってたの?あんたがなんも喋る気なさそうだからその前提で行くけど、そんな都合のいい話があるわけないだろ。スリザリンに赤目が入ったっつったらそれイコール例のあのひとに結び付ける魔法界の風潮まじで迷惑よね。リゾット・ネエロも苦労したんじゃないかしら。彼なら完全無視で7年過ごしそうだけど。おっとズレた。血縁だからビビッと来るっていうのは物語の中だけよ、クィリナス・クィレルたん。実際にあるのかもしれないけど私は知らないから私の主観で物を言ったわ。もしそういう例を知ってたらごめんなさいね。それにしても、私の身内があんたから2人分の気配を感じる、って言ってたけど、ねえもしかして、嫌な予感がするんだけど同居してるの?肉体に?ひとつの肉体に魂がふたつ?あー、蘇るっていうことはいま魂が欠けている状態なのか。じゃあひとつの肉体に魂が1.3くらい?だとしてそれを蘇らせたとして、その肉体はどこから取り寄せるの?復活の儀式の準備があるのかな。もしなかったらそのまま肉体を乗っ取られるパターンよね。それも幸せなのかもしれないけど―――」
かつん、とクィレルが立ち止まった。私を振り返る。
「君がそんなに多弁だとは知らなかったよ。……だが、教師として評定しよう」
杖腕が掲げられて、その口が呪文を紡いだ。ばかやろう痛みをごまかすために喋ってただけに決まってんだろ冷静に聞き流せよ大人なら。言葉にする前に、パトライトみたいな赤色がほとばしった。赤色は別の状況で見たいものだ。具体的に言うと、リゾットの―――。
衝撃が胸を撃って、呑まれるように意識が落ちた。
「君はD。……落第だ」
もちろんそんな評定は聴こえなかったのである。
なんか男の悲鳴が聞こえた。うう、と目を開ける。寝るのは好きだけどできれば布団で眠りたい。
私の位置からはよく見えないけど、悲鳴を上げているのはクィレルのようだ。のたうちまわった男がよろよろと私に近づいてきた。クィレルだけど、なんか、灰化してますよ。手とか顔とかボロボロ崩れて塵になってますけど大丈夫ですか。大丈夫じゃないんだろうな、このひと、悪なんだろうし、ハリーたちの手にかかったらね、もう、指先ひとつでダウンよね。私は失神呪文ひとつでダウンだったけど。
崩れゆく身体を、崩壊を止めるようにもはや消失した手で押さえながら、クィレルが膝をついた。膝下を失ったと言ってもいい。その透きとおるような青い瞳が苦悶の涙ににじんで、私をじっと見つめた。
「我が―――」
その口が最後まで動くことはなかった。
男の身体は薙がれたように、積み上げたつみきを倒すように音もなく横に大きく傾き、そうさせた無色の力に、つみきが散らばるように塵が吹き飛ばされた。
「げっほげほ、吸っ、げほっ」
呼吸のタイミング間違えた。元はひとだった塵を吸い込むってそれカニバリ的にどうなの。抵触しちゃうよね。うう、私が吸い込んだのはただの埃ただの埃。
ゲホゲホ噎せていたら、足音と気配がすぐそこにやって来た。最初は間隔が広く、重く伝わっていた足音は私に近づくにつれてカツカツとその響きを薄くした。駆け寄って、それからフェードアウトするように歩を緩めたのだ。す、と気配が近くなる。ぷつりと足の縄が切られ、また腕のそれもほどけた。ゆっくりと抱き起されて、私はひとつ、最後の咳をした。げほ。
ひどく懐かしい体温と気配に安堵する。なにを懸念することがあっただろうか。彼らはあんなにもいつも通りで、私は雑念でいっぱいで。
無感動に見える深い赤色に、思わず笑みがこぼれた。そんな綺麗なものだったらよかったんだけど、どちらかというとへらへらっと顔がゆるんだ。リゾットは私の頬にかかっていた髪をそっと指で梳いて、それから呼んだ。
「――」
私にしか聞こえない、見えない唇の動き。その名前から離れて久しいけれど、やっぱり呼ばれるとくすぐったくなる。惚気だよ。
「リゾット、ありがとう」
みっつくらいの意味を込めたんだけど、リゾットはそのどれを読み取ったのかな。内訳?憶えていてくれてありがとう、助けに来てくれてありがとう、愛してるよありがとう、のみっつでお送りしたよ。来週のポルポさんは夏休みだよ。
肩も腕も痛んだけど、ロスタイムを埋めたくて、やっぱり触れ合っちゃうともっと安心を得たくなって、もぞりと腕を伸ばして思いっきり抱き着いた。余裕で抱き返されて、あっいま私11歳だって気づいてちょっと笑った。
「リゾットいまいくつ?」
「22だ」
「あははは」
倍だね。ていうか若いね。若いなとは思ってたんだよ。22歳か。22歳で当主か。
膝をついて私の身体を支えてくれていたリゾットに、よいしょと私も膝立ちになって向かい合う。よっこらしょと身体を預けるように首に腕を回して抱き着き直してぎゅーっとハグ。リゾットちょう落ち着くわ。
「どうしよう」
頬をすり寄せて、ぽつりとつぶやく。無言で続きを促されたので、27歳のおねえさんが口にするには甘酸っぱく、11歳の児女が口にするには大人びた言葉を舌にのせた。
「まったく変わらず愛してる」
「……」
ふ、と笑ったような吐息。
「俺もだ」
いつも通りのお返事。うん、これぞリゾット。
変わるはずがない、と続けられて、私の(まだ)貧相な身体が内側から弾けるんじゃないかってくらい感情がこみ上げたので、ぎゅーっとしてから、ちょっと唇に触れるだけのかすめるようなキスをした。
リゾットとがっつり目が合って、おっとこれ以上は人前だぜリゾット、と思ったので、彼からは見えない、その首の後ろにまわした手で丸印をつくった。同時に、ごほん!とスネイプ先生の咳払い。ふぉっふぉっふぉと好々爺の笑い声。リゾットがすっと目を眇めた。リゾットが忘れていたわけはないから、意図的に無視していたのだろう。私はリゾットから身体を離して、膝立ちのままスネイプ先生のほうを見る。
「ネエロ、ミスポルポは無事かね?」
スネイプ先生の厭味っぽい、ちょっと辟易したような声。リゾットは私の身体をザッと見た。私のセブンセンシズを信じるなら、リゾット検知器にかけられるのはこれで2回目だ。さっき私が噎せてる時に、1回目のそれは終了している。これはいわば、テストの見直しのようなものだろう。
「右の肩、腕に打ち身が。関節にも痛みがあるようで、右の足首は軽く捻挫している。それを除けば無事だ」
私の感覚で言うと6割無事。
リゾットの手を借りて立ち上がろうとしたら、抱き上げられて変な声出た。横抱きかと思いきやまさかの抱っこ。そりゃ私いま貧相な11歳だけど。あんたは健康すぎる22歳だろうけど。身体はきちんとつくってあるんだろうけど。抱っこって。
びゃっと水をかけられた猫のように身体を緊張させていたら、ぽんぽん、と背中を優しくたたかれた。そうじゃないんだ。安心しちゃうけどそうじゃあないんだ。なんで抱っこなの。
「ミスポルポ、もう君はなにも心配することはない。ネエロ先生は君を助ける―――いや、迎えにいくためにここまでわしらと共に駆け抜けたのだから」
どんな駆け抜け方をしたんでしょうね。ダンブルドア校長先生が思い出し笑いをする駆け抜けっぷり。
でも、校長先生、それじゃあ10点満点で7点の評価しかあげられないぜ。私は首をめぐらせて、ダンブルドア校長先生とスネイプ先生を見た。
「最初っから何の心配もしてませんよ、先生。だって、ネエロ先生が、スネイプ先生が、カッコよく助けに来てくれるって知ってましたから」
そしてこのしたり顔である。私かなり元気だ。ダンブルドア校長先生が横抱きにしてるハリーくんのほうが明らかに重症だ。なんかくだらねえ決め台詞言ってごめん。さっさと医務室行こうか。
仕掛け扉の中を逆順に進んで、チェス駒が全部バラバラな件についてスネイプ先生が滔々とネエロくんがいかに無表情でそれをこなしたかを説明してくれたのをBGMに医務室まで連れて行ってもらった。医務室でペッシがあああポルポよかったああリーダーもよかったああってすごく安心していたのでどうしたのか訊ねたら、「ポルポが無事で本当に安心したのと、リーダーが返り血まみれで戻って来なくてよかったって安堵だよ。掃除が大変だから……」と治療をしながら答えられた。いや、返り血って……、あ、そう。……杖……いや、そうね、物理だよね。わかる。