ハローアフタヌーン
ネエロ先生、プロシュート先生のことは華麗にスルーして、迎えた今日はハロウィーン。ほら、相手は教師で私は生徒じゃん?接点がないって言うかさ。あ、一度あったか。
先月の半ばくらいに、魔法薬学の課題を集めて持ってこいって日直みたいなことを言われたのでみんなのぶんを集めて、ひんやりする魔法薬学の教室の戸を叩いたのだ。叩いただけでそのまま開けた。教室自体は開放されていて、用事があるひとはその奥の教授のひみつのお部屋をノックする、というわけである。ひとつめの、教室の入り口の両開きのドア(ののちゃんになってしまった)を片方だけ押し開ける。バアアンてやりたいよね。しっつれいしまーすと言いながら入室。エックスキューズーミー、って感じだ。集めた課題の一番上にのっかってるこのひとの字綺麗だなーって思いながらドアを閉めて奥に目をやったら、リゾットもといネエロ先生とガッツリ目が合った。気配に敏感だね助教授。
「あ、失礼します」
軽く会釈。助教授はガラス棚に向かって材料の点検でもしていたんかね。ローブ似合いすぎる。コートがローブに変わって中にワイシャツ着ただけ。
「……何か用事か?」
「スネイプ先生に。いらっしゃいますか?」
ネエロ助教授は奥のドアを見た。あぁ、教官室にいる。センキュー、アシスタントプロフェッサー。視線の合致はこれでおしまい。課題を抱え直して歩いて奥のドアをノック。入れ、と返事があったのでエクスキューズミーを正しく発音してお邪魔した。課題集めてきましたー。
「ご苦労。……ふむ」
指定された場所に課題を置いて、じゃあ退室するかと思ったらスネイプ先生が片眉を器用に上げた。クイーンズイングリッシュいいですねー。あと私が好感を抱くひとはたいてい片眉を器用に上げられるよね。スキル。私もそれやりたい。
「つつがなく用事をこなしたミスポルポに加点すべきかね?」
どんだけスリザリン生に甘いんだよ。ちょっと笑ってしまった。
「加点はしてくださらなくていいんで、今度私の教科書に私の名前書いてもらえませんか?」
「……どういう意図かね?」
「まだ名前を書いていないんですけど、先生の字がすごく綺麗なので、代わりに書いていただけないかなーと」
先生の字綺麗すぎるぜ。レポートは丁寧に添削されて返ってくるんだけど、赤インクの走り方がもう。私の字は、癖はないと思うけど、Pがねー、あんまり気に入ってないんだよねー。私の名前ポルポだからきついよね。
ぽろぽろと説明すると、スネイプ先生は眉間にしわを寄せた。ダメかな?
「ミスポルポ、我輩は君がハッフルパフではなくスリザリンに組み分けされたことが非常に不思議だ」
私今褒められたのかな?へらっと笑って首を傾げると、スネイプ先生はふう、とため息をついた。今呆れた?私に呆れた?え?
「……名前は、今度書いて差し上げよう。我輩が忘れていなければ、の話だが。……もう夕食の時間になる。戻った方がいいのではないかね?」
「おっと夕食。ありがとうございます、失礼します!」
ちゃんと丁寧に礼をして退室。名前を書いてもらえるのが嬉しくて私小さくガッツポーズ。スネイプ先生の言質取ったからな。じゃあご飯に向かおう。私の分析によると今日はデザートにババロアが出る。楽しみだ。
生徒用の机を使ってネエロ先生が何かを書きつけていたので、失礼しましたーと横をすり抜けて小走りで教室を出た。
授業を除けば、接触という接触はこれくらいだ。ちなみに名前は授業の終わりに書いてもらった。パンジーに自慢したら、あんたって字フェチなの?と顔をしかめられたけど、字フェチっていうか綺麗なものが好きなんだよ、ほら私、芸術とか好きっぽくない?花より団子のくせして何言ってんのよと言われた。確かに。
ハロウィーンなので、夕食にはカボチャ料理が多い。
知らんぷりの都合上、私たちは席を共にしていないので、ちらちらと送られる彼らからの視線を華麗にスルーしてパンプキンパイをむさぼる。いや、ちゃんとマナーにのっとって食べてますよ。テーブルマナーはイタリア仕込み。
もう一切れ食べようかなと今度はミートパイに手を伸ばした時だった。大広間の扉が開いて、駆けこんできた男の姿に広間が一瞬静まり返る。
「地下室にトロールが……!お知らせしようと、思っ―――……」
ばたり。クィレル先生が気を失って倒れた。一拍置いて、生徒が悲鳴を上げた。立ち上がったりびっくりして椅子から転げ落ちたりする生徒が続出したけど、どっちかっていうとおねえさんは君たちの悲鳴にビビった。トロールパワーやばい。ここには教師がほぼ全員(マダム・ポンフリーとペッシは保健室だけど)揃っているというのにこの恐怖っぷり。トロールってそんなに恐ろしい魔法生物なの?知性がほとんどないっていうのは怖いかもしれないけど、ステューピファイ数発食らわせたらぶっ倒れるんじゃないのかな?とりあえずミートパイを食べていると、ダンブルドア校長先生が静まれー静まれーと大きな音を鳴らしたり(ビビるからやめてほしい)、監督生に生徒を引率するように指示したり寮から出るなよって言いつけたりしたので、場は少し落ち着いて監督生たちの呼び声が響いた。みんなこっちこーいスリザリンこっちだよーと杖に緑の明かりをともした監督生が生徒を先導したので、デザートに出てくるはずのかぼちゃパイとかぼちゃジュースとパンプキンプリンとパンプキンアイスに思いを馳せつつ避難した。私があんまり残念そうにしていたからか、道すがら、ぽん、と肩を叩かれた。エルリック先輩だった。きっと明日に持ち越しになるよって慰められてしまった。ありがとう。
パンジーがあんまり怖がってなかったので理由を訊いたら、あれだけ先生がいるのにトロールの一匹しとめられないわけないでしょとドラコくんにひっつきながら彼女が答えた。君冷静だね。
ポッターくんとウィーズリーくんとハーマイオニーちゃんが仲良くなったりクィディッチでポッターくんが箒から落ちかけたり、とりあえず流行に乗って試合を見に行っていた私が夜に寮に戻ったらソルジェラが近寄ってきて、「スネイプ先生のローブがミスグレンジャーに放火されたらしいぜ」って耳打ちしてきたり(「焦って踏み消そうとしてたところをリゾットが魔法で消火したんだってよ」ってちょっと笑ってたけど杖を使って呪文を唱えるリゾットが見た過ぎる)(メローネとギアッチョは同学年だから、席の位置関係によっては見られるんだけど教師はねえ)(おっとプロシュート先生のは授業の関係で見たことあるわ)したんだけど、まあ私の学生生活にはあまり関係がない。そんでやっぱりリゾットとは接点がなくててらーっと毎日を過ごしている。このまま1年終わっちゃうんじゃね?ってくらい接点がない。廊下ですれ違うことはあるけど、教師と生徒だし挨拶して終わりだ。
授業以外でお互いに長く言葉を交わしたのは、そんなクリスマス休暇のある日のことだった。え?私?居残り組だよ。家帰っても誰もいないもん。彼らも全員居残っている。
なんで4階の廊下に入っちゃいけないんだっけなーとりあえずクィレル先生はなんか悪いひとだったような気がするなー、なんて考えながら、私はひとのあんまり来ない階段に座って太陽光で本を読んでいた。27年と11年前のことだからまったくと言っていいほど憶えてない。主人公がハリー・ポッターだってことは憶えてるよ。タイトルだもんな。
「おあー、そう来るか……魔法界とんでもないな……」
普通、2時間サスペンスのラストで追い詰められた犯人が箒で飛んで逃亡したりするか?
次のページに進もうとして、私の研ぎ澄まされた聴覚が靴音をとらえた。ごめん言い過ぎた。普通です。至近距離で口パクされて、え?ごめん聞き取れなかったって訊き返して何も言ってねえぜーってからかわれる程度の聴力です。
「ミ、ミ、ミスポルポ、こ、こんなところで、ひ、冷えませんか?」
クィレル教授だった。冷えるけどここ、ひとがいなくて落ち着くんですよ。
「よ、よ、よければ私の教官室に来、来ますか?あた、あたたかいミルクティーで、でも、淹れますよ」
「えっ、いいんですか?」
「えぇ、も、もちろん。お、お茶菓子にキャロットケーキもつけましょう」
やったおやつゲット。ソルジェラがクリスマス休暇を利用してホグズミードっていう村に旅行に行ってお菓子をたっぷり買ってきてくれたけど、それは談話室でみんなと話をしながらのんびり消化しているので、こういう時間に食べるものと言えば同じく貰い物の飴玉くらいだ。舐めていると味が変わるんだけど、まあ正直、変わる必要はないと思う。
世間話と言う名の私の一方的な喋りにクィレル先生が相槌を打ち、2人で並びながら廊下を進む。舐めながら授業を受けてもばれない羽ペン型のお菓子があるって聞いたんですけど、先生からしてどうなんですか、わかんないもんですかね?
「い、いえ、あれは、か、かなりばれてます」
ダメじゃん。スルーしてくれる優しい先生の時に使います。
「わ、わた、私の授業ではあ、あまり使わないでくださいね」
あんたの教室ニンニクのにおいが強すぎて甘いものに合わなそうだから食べないよ。思ったけど言わなかった。大人だからね。子供だけど。
「これはこれは……」
やせいのスネイプきょうじゅが 勝負をいどんできた!
野生のスネイプ教授ってなんだよ。
スネイプ先生はなんと、ネエロ先生と並んで廊下を歩いてきたところだった。どんな会話するんだ。授業のこと?プライベートにはどこまで立ち入ってるの?お互いビジネスライクの関係だろうけれども気になる。
スネイプ先生は大げさにも見える仕草でローブの袖をさばき、斜め前にいる私と、クィレル先生を確認するように見た。ネエロ先生(自分で言っててまだ慣れない)は黙っている。ひた、とクィレル先生を見ていた。
「クィレル先生、あなたが生徒と並んで歩いているなど、あまり―――そう、ひどく珍しいですな。それも、ミスポルポと?」
「え、えぇ、ミ、ミスポルポを、お、お、お茶に誘ったんですよ」
「ほう、お茶に」
確かかね、とスネイプ先生が私を見た。思いの外真っ直ぐな視線でちょっと面食らった。後から思うと、私が呪文で服従させられていないか確認していたのかもしれん。
私はそっすね、と雑に頷いた。
「あったかいミルクティーとキャロットケーキをご馳走してくださるそうなので、クィレル先生のお部屋にお邪魔するつもりです」
ダメなのかな。教師の部屋に2人っきりっつうシチュエーションがアウト?ドア開けとけばいいってファンタジーの恋愛ものに書いてあったよ。密会を疑われないために、やましいことのない男女が一室に会する時はドアを開けとくとオッケーなんでしょ?ホグワーツもそんな感じなんじゃないのかな。
クィレル先生を見上げて首を傾げる。クィレル先生の手が私の肩にかかった。心なしか、力が込められている。私は少し眉をひそめた。ちょっと痛いんですけどと言うために口を開いて、すぐに閉じることになった。
「ミスポルポ、少し前に教授と話をしていたんだが、君のレポートに判別しづらい単語があった。君の成績に関わることだ、今から教官室まで付き合って貰えるか」
なににドキドキしたかって、リゾットに「君」呼ばわりされたことだ。君!君って呼ぶの!そういえば呼んでたね、君って言ってたね。私は呼ばれたことがなかったから刹那びっくりしたよ。ついでに湧き上がってきたよMOEと言う名の感情が。でもそれが表情に出る前に、私の口は素直だった。
「えええ……キャロットケーキ……」
リゾット、間違えたネエロ先生は少し目を眇めた。感情を読み取る前に、スネイプ先生が言った。
「ケーキと成績を天秤にかけてケーキを選ぶような生徒はスリザリンにはいないはずだが」
「そりゃあんまりだ……」
じゃあ私スリザリンじゃなくていいよ。ケーキと成績を天秤にかけてケーキを選んでも許される寮に行きたいよ。
でも大人だからぐっと我慢した。食べ物を受け入れる態勢だった胃袋が泣いている気がする。私はクィレル先生を見上げた。
「すみません、そういうことなので、お茶はまた今度お願いします。あ、その時は私もお菓子持っていきますね」
「あ、あ、あぁ、ス、スネイプ先生のレ、レポートならし、仕方ないね。ざ、残念だが、また誘うことにし、しましょう」
「寒いのでお気をつけてー」
「き、君もね、あんなところでほ、本を読んでいては、冷えますからね」
今度はホッカイロの呪文を探してから挑むことにしよう。どんな呪文なんだろう。ていうかホッカイロ持ち込みたいな。
クィレル先生が曲がり角を曲がるまで見送って、先生が振り返ったので手を振った。振り返してもらえた。イギリス人紳士。そして私が見送りを終えるまで寒い廊下で待っていてくれたスネイプ先生とネエロ先生紳士。
「お待たせしました。先生その恰好で寒くないんですか?」
スネイプ先生はローブでかさましされてるけど、よく見ると中の黒い、西洋ファンタジーによくある詰襟のスーツみたいなやつは薄そうだ。
「ミスポルポ、君に心配していただかなくとも自己管理はできている」
「さすがっすね。あ、ほんとだ手あったかい」
「どさくさに紛れて触らないでもらえるかね。我輩、つい手が滑って君の成績評定を下げてしまうかもしれん」
怒られてしまったので手は後ろにまわした。
「ネエロ先生もレポートを見たりするんですねー。私も友人もスネイプ先生の添削しか受けたことがないんで知らなかったです」
「それは君がスリザリン生だからだろう。俺は他の寮の下級生のレポートを担当しているから」
「なーるへそ」
「ミスポルポ、君は時々かなり英語が乱れるが、せめて教師の前では正しく発音しようとは思わないのかね?」
怒られてしまったのではきはきとした発音で謝罪した。はあ、とスネイプ先生がため息をついた。
「先生、ため息をつくと元気がなくなりますよ。そんなため息ばっかりついちゃダメですよ」
「我輩のため息の原因は五割が貴様だ」
そんなに?先生私のこと考えすぎだろ。
ていうか私、他になんかしたっけ?
教科書に名前を書いてもらったり、授業の疑問点を訊きに行って真面目なふうを装ってみたり、かなりうずうずしていたので誰もいない廊下を先生がひとりで歩いていた時に後ろからぺらんとローブをめくって逃げたり、メローネがかなりキワドイ魔法薬の質問をしている隙を見て先生のローブのフードに飴をいくつか入れてみたり、嵌っちゃう階段に足が嵌って仕方ないからどうしよっかなって考えてたらスネイプ先生が通りがかって助けてくれたり、ロングボトムくんと相変わらずペアを組んでいるのでなんかネチネチと彼が嫌味を言われている時に私のお腹が盛大に悲鳴を上げてしまったり、そのくらいだ。うんごめん私かなり問題児。先生に限定して問題児。他では可もなく不可もなく普通の生徒だよ。
教官室に通されて、椅子を勧められたのでありがたく座る。ネエロ先生とスネイプ先生のどっちを見ればいいのかわからなかったので教官室の内装を見た。羊皮紙が整然と積まれていたり、ホワイトボードらしき板になにかスネイプ先生の字が書かれていたり、出勤と退勤(があるのかはわからないけど)を表す魔法界チックな銀のプレートにそれぞれ名前が刻まれて壁に並んでいたり、木造の棚やガラス棚、引き出しのたくさんある物入れが使い込まれているのに清潔に保たれていたり、"魔法薬学の教授たちの執務室"といった感じだ。
「ああ……そういえばミスポルポはメローネと仲がよろしいのでしたかな?」
知らんぷり遊びの途中だけどちょいちょい頻繁に絡んでくるんだよねメローネが。談話室ではみんなで楽しくお喋りしてるし、そういう話が伝わっているのかもしれない。
「うん、仲良しですよ。先生もメローネと仲が良いんですか?」
「我輩が?面白くない冗談ですな。彼の薬学への興味とその能力は非常に高い。恐らくこのままゆけば、6年になる前に生ける屍の水薬を調合できるようになるだろう。我輩もその優秀さは買っている。だが、個人的に、我輩はあやつと席を共にしたくない」
メローネはいったい彼にナニをしたんだ。詳しく聞きたい。
スネイプ先生に食いつこうとしたら、かちゃり、と私の前にカップが置かれた。ソーサーに角砂糖はなく、スプーンも添えられていない。見上げると、リゾ、じゃなかったネエロ先生が言った。飲むと良い。おおっ、ありがとうございます。お客用のカップとかあったんですねとは言わなかった。野暮だ。
スネイプ先生に促されて、ネエロ先生がひと巻きの羊皮紙を取り出す。たくさん羊皮紙の束が積み上げられているのに、迷いもせずに私のレポートを取り上げたのは、判別しづらい単語がひどすぎて気になっていたからだろうか、リゾットが几帳面だからだろうか。それとも、それが私のレポートだったからだろうか。なんか悪いことしてる気分になるね。ていうか私、楽しい反面接点がなくて寂しいしね。
ミルクティーにフーフーフーフー息を吹きかけていたらスネイプ先生に厭味ったらしく(表現として適切なだけで、まったく気にならないけれど)笑われた。ミスポルポは早急に熱冷ましの呪文を習得すべきですな。そんなんあんの?まじで習得してえわ。魔法スゲー。
ひと口飲んで、おっ、と目を瞠った。
「うあああ、おいしい……!」
甘さといい紅茶の濃さといい、なんと私好みなのか。これはリゾットの記憶力がホルマジオレベルにずば抜けているのか、愛の成せる業なのか。ていうかリゾットはまだ私のことを好きでいてくれてるのか?大丈夫?今までまったく疑ってなかったけど、よく考えたらリゾットからすると20数年―――……じゃなかった、デブポもとい本物のポルポが存在して私が存在しない世界に逆行して1から人生をやり直して途中でもうやだこの世界ってなって早すぎる死を受け入れた的なことを6人がサラーッとなんでもないことのように笑って言っていたから20数年プラス今世の年齢分の年月じゃねえか。
まあ、なんか、アレよね。6人の話を聞いている限り、というか6人の態度を見る限り、忘れられてはいないわけだし、どうやらみんな"私"の存在を捜していたらしいし、問題ない、のかな?
もうひと口。
「おいしー……、……スネイプ先生、あげませんよ」
「我輩がひと言でも欲しいと言ったかね?」
「言ってみただけです。ネエロ先生ありがとーございます」
「……いや、口に合ったようで良かった」
「よくわかりましたね、私がこの味が好きだって」
ちょっと鎌をかけてみる。
するとネエロ先生は、スネイプ先生を一瞥した後、静かに言った。
「見ていればわかる」
「ネエロ、ミスポルポをつけ上がらせるな。熱烈なラブレターが届いても我輩は知らんぞ」
私のことを何だと思ってるんだろうね。
ネエロ先生は私のレポートを紐解いた。来いよと手でくいっと呼ばれたので、カップを置いてそっちに向かう。スネイプ先生とネエロ先生の机は向かい合わせなんですね。私の気分が高揚するからもっとやってほしい。
ネエロ先生、なんかもうリゾットでいいかな。リゾットは自分の机の椅子をひいて私を座らせた。私いま11ちゃいだから慣れない。この身長差慣れない。
どれどれ、とレポートに目を走らせると、ここだ、と指で示された。座っている私に対して、リゾットは隣に立って机に片手をついている。重力に従うローブの袖のドレープ。これ芸術。
「おお、こりゃ書き間違いですな。たぶんこの時、私お腹すいてたんだと思います」
「ミスポルポが空腹でない時があったらぜひとも我輩に教えていただきたいものだ」
「わかりました。今度教えます」
「謹んで遠慮しよう」
スネイプ先生の心は秋の空だ。
訂正したほうがいいですかね、と軽く背もたれに背を預けてリゾットを見る。タイムラグなく目が合ったんだけど、あんたレポートじゃなくて私見てた?え?レポート見ろよ。私が記憶ナシで転生したいたいけなポルポちゃん11歳だったら、たぶん君にドン引きしてるぞ。5回生まれ変わったら5回とも違う学校に通って5回とも違うバイトをして5回とも違う友達をつくってそして5回とも君を好きになってる?私はナニ上ナニ姫ちゃんだよ。共通点は巨乳しかないぞ。そして今の私にはそれすらないぞ。
私が雑念に思考を飛ばしている間、リゾットは私と目を合わせたままだったんだけど、そうだな、と突然空気をレポートに引き戻して私にインクに浸した羽ペンを差し出して来たから驚いた。今の空白はなんだったの。私の目から何か読み取ったの?私は全然読み取れてなかったわ。ていうか読み取るっていう選択肢がすっぽ抜けていた。すまん。
意味はないけど、肘辺りのローブをちょっぴり引っ張って袖をまくるふり。一応やっておかないといけない気になる。ちゃちゃっと書き直して羽ペンをペン置きに戻してミッションコンプリート。
「これでオッケーですかな?」
「あぁ。……休暇中なのに些細な指摘をして悪かったな」
「いえいえ。休暇中なんて本読むかご飯食べるか寝るかしかやることないんで、こんなあったかい部屋でお茶が飲めるってだけでなんでもカモンって感じですよ」
私は元の椅子に戻ってまたカップを持った。ふう、とひとつ吹き冷ます。
「そんで、スネイプ先生はどうなさったんですか?クィレル先生のことがお嫌いなんです?」
「……ふむ、ただのすっとぼけた慢性エネルギー欠乏症の1年生かと思っていたが、……それは野生の勘かなにかかね?」
「先生私のことそんなふうに思ってたの」
否定しづらいところが悔しい。もっと素直に褒めてくれよ。賢明だねとか洞察力があるねとか。そんな和やかなスネイプ先生はたぶんどこを探しても見つからないだろうが。
「では賢明な君に我輩から忠告を送ろう。……クィリナス・クィレルには近寄るな。奴の部屋で2人きりになるなど、貴様は決してしてはならん」
その心はいったいなんだろうか。クィレル先生が怪しいというおぼろげな記憶は正しかったのかな。なぜクィレル先生が危険かは憶えてないけど、まあ例のあのひと関連なのだろう。そして例のあのひとと言えば蛇寮の赤目の秀才、だっけ?なんかすごい頭いいんだよね?
でもそれひどくね?赤い目が気になってるんだったらリゾットのことも自室に引っ張り込めよ。
「じゃあたとえば、先生たちがいま私を連れてきたように、成績を盾に取られたらどうしたらいいですか?DADAの成績評定をあなたのものだけ、んー、えーっと、Tにする、とか言われたら?」
「Tにさせたまえ。成績表は我輩の管理下にある。不自然な点があれば我輩のほうから抗議する」
「先生カッコいい……!」
正直、自分がスリザリンに入れられた理由がちょっとよくわからないんですけど(私べつに冷酷じゃなくない?身内と他人の区別は普通につけるだろ)、スネイプ先生が寮監だってことで完全に受け入れました。これから7年間がんばれそうです。
「クィレル先生の目的は存じませんけど、たとえば服従の呪文をかけられて連れ込まれたらどうしましょう。未成年略取」
「相手が成人であっても服従の呪文を使うことは法律違反だがね。その場合は遅かれ早かれ、君の友人が異常を報せに来るだろう。奴の目的は―――さよう、君を殺すことではない」
「じゃあ安心ですね」
私もダンブルドア校長先生のおひざ元で、かつ彼らが揃っていてむざむざ殺されるとは思っていないけど、クィレルさんの中ボス感に気づいて狙いを察しているスネイプ先生がそう言うのなら、そうなのだろう。ミルクティーをすーっと呷る。ソーサーに戻す。
「ごちそうさまでした。ミスポルポは読書に戻ります」
立ち上がってリゾットとスネイプ先生を見る。スネイプ先生が私に念を押す。
「間違っても、授業以外でクィレルに―――」
「"近づくな"。了解です、先生」
引っ張り込まれそうになったらなんかリゾット呼べばすぐ飛んできそうだよね。アンパンマンかなんかと間違えているのかな私は。
「ポルポ」
辞去の挨拶を口にしたら、リゾットに呼ばれた。なんじゃね、と顔を向けると、「俺からもひとつ忠告しよう」と彼は真顔で私を見つめた。
「身体が冷えることは控えろ」
「……あ、はい」
お母さんかあんたは。ありがたく受け取った。
ドアのノブに手をかける。失礼します、と言いかけて、悪戯心が湧いた。くるっと振り返ると、私のローブと髪の毛がきっとふわっとひるがえった。
「なんかあったらカッコよく助けに来てくださいね、先生がた」
ぱちんぱちんと2人と視線を合わせて、返事がある前に失礼しますと教官室を出た。
0.5 がんばれ!スネイプ先生
「……ネエロ」
「何だ?」
「正直に言え。お前とミスポルポは知り合いか?」
「そうかもしれないな」
「ネエロ」
「……」
「11歳を相手にした無理強いは、犯罪だ」
「俺を何だと思っているんだ?」
「明らかに恋情を抱いているだろうが!!他人に興味を持たん貴様が!!あのスリザリンの馬鹿者六人以上に!執着しているようにしか見えん!なんだあの好みを把握した紅茶の淹れ方は!!さらにはファーストネームで呼び捨てるだと!?」
「問題はない」
「はあ……はあ……、どこに問題のない点がある?」
「無理強いではない」
「き、さ、ま、が、決めるな!!」