ハローモーニング
寮の名前が飛び交う大広間。ひそひそとさざめく不安と期待に満ちた子供の声。星空を模した天井。だいたいみんな黒ずくめのローブ。うん。
「(うん)」
どう見てもホグワーツです本当にありがとうございました。
手紙が届いてドン引きした。フクロウ。まじでフクロウ。何をご褒美にしたらいいのかわからなかったからナッツをあげてみた。正しかったのかはよくわからない。
ダイアゴン横丁、なにあれ。浅草もかくやという混雑。渋谷のスクランブル交差点をまっすぐにした感じ。買い物して、少女の身体では全部持ち運べないから郵送してもらうことにした。これもやっぱりフクロウが持って来るんだろうか。大鍋とか大丈夫なの?って心配してたら、お宅に暖炉はありますかって訊かれた。アッ暖炉経由するんだ?へえ。
荷物は列車の中に置いておけばいいって楽ちんだけど、どれが誰のものかごっちゃにならないのかな。私は紛失防止のために大きめの名前シールをぺたりと貼っておいた。怖いじゃん、私の趣味の品が他の生徒の目に触れるとか。ないわ。
ていうか私、魔法族だったのか。天涯孤独の身になって久しいので両親から何かを教わったことはなかったが、今思うと今わの際の父が口にした「すべて流れに任せればうまくいくよ」という言葉はこれを示していたのだろう。手紙が来たよ銀行の鍵もついてきたよがっぽがぽだよアイテム揃えたよチケットも届いたよレンガづくりの柱に突っ込んだよ列車に乗ったよ頭良さそうな少女と会話したよローブに着替えたよボートに乗ったよ静かにしろよって忠告されたよ大広間に通されたよなんかみんな帽子かぶってるよ。ハイ。流れに任せた結果がこれだよ。
家名のあとに、ポルポ!と名前を呼ばれた。タコ乙。私だ。なんか私の前にざわざわしたのがシーンと静まったりどっかのテーブルがうわあああと盛り上がったりしていたけど割愛。はいはいポッターポッター。
椅子に座って帽子をかぶせられる。ふーむ、じゃねえ。なんだこの帽子。なんで喋ってんだろう。誰がつくったんだよ。脳みそがどこにあるのかわからないものを信用しちゃいけないって言ってるひとがいたけどこれはいいの?
「その忠言はある面では正しいが、この場合はわたしを信じてもらわないと困る」
「おう」
脳内覗かれてるのか。どういう仕組みなの?開心術なの?レジリメンスしちゃう?ヤメテー。いたいけな新入生の心を覗くのはヤメテー。プロテゴー。
「……君は勉強熱心だね。年齢にそぐわない冷酷な面もある。おどけているように見えて物事を冷静に見極める性格だ。八割が雑念で構成されているが」
「失礼じゃね?それかなり私に失礼じゃ」
「スリザリン!」
「聞いてよ」
二度もスルーしたね親父にもスルーされたことないのに。
スリザリンのテーブルはあちらですよとマクゴナガル先生が教えてくれたのでそっちに向かう。もースリザリンて。スリザリンてなんやねん。めんどくせえ寮じゃねえか。
「君の家のことは聞いているよ。我々は君を歓迎する。スリザリンへようこそ」
そりゃどうも。なるたけ丁寧に挨拶して勧められた席に着いた。飯をくれ。とにかく私はお腹が空くんだ。飯をくれ。大事なことなので二度言いました。私、いま子供だからおっぱいぺたんこなのに燃費悪いんだ。将来のおっぱいへの投資?
周りの子と挨拶したり会話したりしながら、あっ、と思い出した。なんでこんな注目されてるのか不思議だったけど、私目が赤いんだわ。いや充血とかじゃなくて。名前を言ってはいけない例のあのひとと同じ色だね。ばっかやろう私からしたら珍しくねえんだよ。私が知ってるだけでも赤目のキャラはいっぱいいるわ。覚醒したら赤目になるひととかいっぱいいるわ。
「君の瞳は、なんだか……夕暮れみたいだね。赤い瞳は不吉に思われることが多いけれど、君のはとてもきれいだ」
ロマンチックなことを言われてしまった。イギリス人ヤバい。私より年上の男子生徒に口説かれたかと思ったわ。
「モルト・グラッツェ。目の色のせいで友達ができなかったから心配だったんですけど、そう言ってもらえるとホッとします」
「あぁ、君はイタリアの血が混じっているんだったね。大丈夫、スリザリンの寮生は君のような優れた"仲間"を大切にするよ」
その仲間ってアレですかね、純血の繋がりですかね。なんか私の家は純血の樹形の末席に位置しているらしいよ。よかったね私。初っ端から嫌われてたらやっていけねえよ。いやまあどうでもいいですけど。ご飯食べてのんびり暮らせればどうでもいいですけど。あ、一度箒に乗っかって空飛んでみたいなー。空飛ぶスタンドってなかったからさ。もしかしてエアロスミスに掴まってたらちょっとは浮けたんだろうか。あるいはスティッキィフィンガーズのジッパーが閉じる勢いに乗っかって……?
「スリザリンの寮監はセブルス・スネイプ教授だ。とても素晴らしい先生だよ」
グリフィンドールのいびり方的な意味で?
へー、と相槌を打って教師陣の席を見上げて、寮監より先に、ある色を見つけて目だけで二度見した。目が合ってる。えっちょ、え?
「ああ、スネイプ先生の隣にいらっしゃるのがネエロ助教授だ。スネイプ先生は魔法薬学を担当しているんだけど、その補佐役として去年から就任しているんだよ。君と同じ赤い瞳だから最初はみんな怖がっていたけれど、スネイプ先生が認めるほど優秀な方なんだ」
えっちょ、え?え?リゾット?え?
意味がわからなくて、説明してくれている上級生を見てにっこり頷かれて、ネエロ先生(私と彼の英語に齟齬がなければ)を見た。やっぱり目が合った。ていうかあのひとずっとこっち見てね?
他人の空似じゃ済まされねえな。記憶がなくて転生したのなら、ただ私の赤目が珍しくて見ているのかもしれない。よくわかんなかったから、へらっと笑って顔をそらした。ネエロ先生。やべえウケる。やべえ。脳内で復唱するたびに笑いの衝動がこみ上げる。
「格好いい先生ですね」
当たり障りのない評価を上級生に言うと、彼はふふ、と上品に微笑んだ。さすが純血貴族の多いスリザリン、10代の子どもなのに礼儀正しいしきちんとしている。私も気をつけようっと。ナニに?あー、がっついて食べないように?
「そう、ネエロ先生は密かに人気なんだ。プロシュート先生には負けるけどね」
今度こそジュースに噎せた。反対側にいたボブカットの女の子がびっくりしてから背中をさすってくれる。大丈夫?う、うん、ありがとう、珍しい名前だから驚いちゃって。あたしも驚いたわ。
「プロシュート先生ってどの先生ですか?」
「今は校内の様子を見まわっているからいらっしゃらないけれど、凄く―――そうだね、最近の言葉で言うとイケメン、になるのかな?男気あふれて、女生徒からの人気もそうだけど、同じくらい男子生徒にも慕われているんだ」
へ、へえー。プロシュート先生。っべー。っべー。ローブを着ているプロシュート先生が想像できない。ローブなのに前ガン開きなのかな?あのペンダントしてるのかな?え?見てえ。めちゃくちゃ見てえ。あっすみません、とか言ってプロシュート先生の前で躓いてみたい。どういうふうに助けてくれるの?腕掴むのかな?かなり多くの女生徒がプロシュート先生の前で躓いたことだろうね。そのたびにしっかり助けてあげて、足元に気をつけろよって言って華麗に去るのかな?煙草は吸ってるのかな?え?気になる。
「あぁ、あと、何かあったら保健室に行くんだよ。マダム・ポンフリーがたいていの怪我や病気を治してくれるから」
「その治療、痛いの?」
私の隣の女子がひょいっと身を乗り出して上級生に訊ねた。そういう時もあるよ、とにこやかな先輩。マダム・ポンフリーの助手にはペッシ医療事務がいるから、彼のほうが馴染み深くなるかもね。やさしいひとだよ。あぁ、さっき言ったプロシュート先生の弟さんなんだって。兄弟揃って優秀な魔法使いだなんて、凄いよね。
臨界点を突破したのでかなり冷静に対応ができた。そうですね。プロシュート先生、どんな先生なのかしら!ね、気になるわよね?隣の女子に同意を求められたので、万感を籠めて頷いた。すんげえ気になってるよ。
着々と進む組み分け。聴こえてきた家名に馴染みはなかったけど、雑念でいっぱいだった私はそれを聞きのがさなかった。顔を上げた。マジかよ。
「――・メローネ!」
即行でスリザリンに組み分けされてた。ええええ。もう驚くのに疲れた。残っているまばらな新入生に目をやって、もっとげんなりした。いや、嬉しいよ。彼らの姿をもう一度見られたのはもう飛び上がってハグしちゃうくらい嬉しいし、たぶん嬉しすぎて涙が出ちゃうんだけど、このタイミングだと喜ぶ気力も出ない。
10代の少年になった薄水色のもじゃもじゃ赤眼鏡がいた。え?ギアッチョ?本物かな、と思ってじっと見ていたら少年はこちらを見て、チッと舌打ちするそぶりを見せた。えええ。なんだよ。見てたから怒ったの?組み分けのためにマクゴナガル先生が呼んだ名前は確かにギアッチョだった。ギアッチョじゃん。何年ぶりだよ。
じゃあホルマジオとイルーゾォとソルベとジェラートもいるのかな。いてほしいな。そんな儚い願いを胸に宿して、ちょっとしんみりして俯いていたら、なんかものすごく聞き馴染みのある声が上がった。2つ。
「新入生くん、メローネちゃんだっけか?スリザリンへようこそ!ふはっ、ぐふふッ」
「おいおい笑ってんじゃねえよソルベ、メローネに失礼だろ?あぁ、こっちがソルベで俺がジェラート。うまそうな名前だろ?」
「そうだね、先輩」
「なんかあったらおにいさんたちに相談しろよ、ぷくっ、なんでも解決してやるぜ」
立ち上がったノッポでひょろいおにいさんたちを見て、なぜかあのマスクで目元を覆っているメローネを見て、私は静かに指を組んだ。肘はつかない。ソルベ先輩とジェラート先輩の向かいの席から野次が飛んだ。あんたらに任せてたら解決するもんもしなくなるだろ!よく言ったイルーゾォ、とまったく知らないスリザリン生の声がその声に同意する。イルーゾォ?え?イルーゾォ?え?そうだね、あんたはスリザリンだよね。あんたがいるってことはもしかして、とごくりと唾を飲み込んだ。予想は正しく当たった。
「新入生に絡んでんじゃねェよソルジェラよォー、さっさと座らせてやれや、先輩」
「ぎゃはは、やっさしーじゃねえかホルマジオ?ほら、メローネここに座れよ。……あー、おーい、ギアッチョくん、あんたもこっち来いよ!」
「おにいさんたちがやさしーく寮生活の手ほどきをしてやるぜ!」
スリザリンに組み分けされたギアッチョを手招きするソルジェラと、そんな2人に一瞬嫌そうな顔をしたギアッチョ。結局3人は合流して、ギアッチョはメローネの隣に座った。
私は、苦笑してその光景を見ていた上級生に訊ねた。
「……ソルベ先輩とジェラート先輩と、えーっとイルーゾォ先輩とホルマジオ先輩は、かなり元気ですね……?」
「美形なのにもったいないわ……」
ボブカット女子の痛烈なひと言。上級生がそれに同意した。どうやらスリザリンではソルジェラは残念なイケメンと認定されているらしい。
「ソルベとジェラートは僕と同じ、3年生さ。イルーゾォとホルマジオは2年。元々家同士の付き合いがあったみたいで、最初からみんな仲が良かったよ。そういえばネエロ先生とプロシュート先生とペッシ医療事務ともかなり親しいみたいだ。3年の2人はかなり笑い上戸でうるさ―――いや、賑やかだから、困った時以外は近づかないほうがいいかもね。まあ、新入生のメローネくんとギアッチョくんみたいに、彼らが興味を持った生徒には積極的にベタベタ付きまと―――仲良く絡んでいくんだけど」
かなりの問題児じゃねえか。記憶の有無にかかわらず、ソルジェラって元気なんだね。ていうかスタンドどうしたんだ。魔法に切り替わっちゃったの?え?スタンド……もったいねえな……。
適当に会話して広く浅い交友関係を築きながら、下品にならない程度にもぐもぐもぐもぐ食べていたら、君のその身体のどこに食べ物が入ってるんだって言われてしまった。胃袋に決まってるだろ。私の胃袋は108あります。
ちなみに私の隣に座っていたボブカット女子の名前はパンジー・パーキンソンでした。花の名前がとっても似合ってるね、かわいいね、って言ったらパッと照れてから、同い年の女の子に口説かれたって嬉しくないわとツンとされた。ほっぺ赤いよ。かわいかった。