14 彼がなくしたブロマイド
「」
「へ?」
夜道を歩く私の背中にポッドが声をかける。
「生体に熱量放出機能の付属した機器を埋め込んだ人物がいる。しかしその機器は該当人の重心を狂わせているようだ」
「はあ」
「質問:指摘するか?」
そんなことを訊かれても困る。
カラダの中に機械を埋め込むなんてこの世界じゃ当たり前かもしれないし、いちいち不調を教えて回っていたらきりがない。
でもこのポッドが口に出すくらいなんだから、よっぽどバランスが悪くて今にも死んじゃいそうなのかも……?
どこどこ、と立ち止まって首をめぐらせる。ポッドは目のような部分(……ないけど……)を一点に固定して1人の男性を示した。
ちょっと大柄だけど温和そうな顔をした人だ。
ポッドの言った『熱量放出機能』がどういったものかはわからないけれど、持病かなんかがあったら大変だもんね。
声をかけようとしたところで、彼はスッと道を歩いて誰かのグループと合流した。
親しげに言葉をかわすように見えて、なんでだろう、舌舐めずりをする獣のような気配を感じてゾクリとする。
美男美女の集団は清潔でキレイでシンプルなドレスを身にまとい、髪を花飾りのコームで飾ったりしていた。一見、ただの結婚式の二次会帰り。
彼らは大きな建物に足を踏み入れた。私がボケーッと眺めていることなどつゆ知らず、ボタンで部屋番号かなんかを押してちょっぴし喋って、施錠の解かれた自動ドアをくぐり抜けてロビーにヒールの音を響かせる。
「あの人、大丈夫かな」
「心配か」
「そりゃ、さ、ポッドが言うってことは相当なんでしょ?」
「巧妙ではあった。ただポッドシステムであれば検知可能だったというだけ」
ポッドシステムってすごいんだなあ。
「教えたほうが……いいよね?ボウハツ、とかしてドーン!ってなったらひどいもんね?」
「否定。に責任はない」
「気分の問題!」
「質問:追うか」
「ポッド的には?賛成じゃなさそう」
「当機体の目的はただひとつ。の安全な帰還を支援することである」
要するに余計なことに首突っ込んでんじゃねーよバカ、って言いたいのかな。被害妄想も甚だしいだろうか。でもポッドってたまに辛辣だからさ……。私がバカなのもあるけどさ……!
うーん、と悩む。
建物を見上げると、明かりがいくつもついている。高級そうな集合住宅、マンションか何かなんだろう。
心配な気持ちはあるけども。
「このマンション、高性能そうだし。引っかかんなかったってことは大丈夫ってことかな」
「了解」
ポッドは目についた重要そうなことを教えてくれる。でもそれがすべて大ごとかといえばそうではない。ポッドなりの基準があって、それを満たしたときに口を開くだけだ。判断するのは結局私で、その選択が正しかったのか間違っていたのかは今のところ報告されたことがなかった。たぶん。忘れているのでなければ。
今回もポッドは簡単に意見を引っ込めた。
夜の帳が下りつつあるしんしんとした空気を読んだのか、黙り込んでふよふよとただ浮かぶ。
私は手にさげた紙袋を持ち直した。
中には新品のノートパソコンが入っている。こんなハイテクな機器を持つのは初めてで手汗が滲む。
この世界に来る前の私は、情報の授業でようやく何世代も前のパソコンに触れたような情報弱者だった。みっちり半年間習ってやっとこさキーボードを見ないで文章が打てるようになったくらいだ。
日本にいたときよりもずっと不可思議な機械製品を傍らに置いて一緒に生活するうちに、ふと私は考えた。
(このままだと、ぶらいんどたっち、忘れちゃうんじゃない?)
困る。めちゃめちゃ困る。居残りまでして会得した技術を時間の経過ごときに奪われてたまるものか。
といったことをできる限りオブラートに包んで丁寧に丁寧に丁寧にクラウスさんに訊ねてみた。
「ブラインドタッチって忘れますか?」
「どう……だろうか。私はパソコンを毎日使っているから、『忘れる』という感覚が想像できない。さんはパソコンが苦手なのかね?」
「いじることがあんまりなかったからわかんないんです。忘れちゃったらもったいないなって思って」
「確かにそのとおりだ」
クラウスさんは深く頷いた。
「良ければこれから買いに行こう」
そしてケロッとすごい発言をぶちかます。
ポッドの通訳を通していない直接のやりとりなのに返事には少しの時間がかかった。
「何をですか?」
「パソコンだ」
「なんで?」
「やり方を忘れてしまうのはもったいないのでは?」
「あ、うん、そーだけどさ」
フツー、『買う』なんて発想する?
どことなくワクワクした感じのクラウスさんを押しとどめる。
しかし買ってくれることは確定しちゃったらしく、その日の晩にはどこからともなく取り寄せられた電化製品のカタログが私の部屋に置いてあった。
文字と写真で見ても『スペック』はよくわからない。
だから機械に超強そうな、ってか強いポッドを連れて直接お店に行くことにした。こう提案したらクラウスさんが納得してくれたからだとも言う。
店員さん顔負けな知識と判断力で最良のパソコンを吟味したポッドは、最終的に薄型のノートパソコンを私に勧めた。
飽きてしまって読めもしないゲームソフトのコーナーをつらつらと眺めていた私は、「どうか?」と問いかけられて思わずムッとする。
「可愛くない!」
フォルムは少しゴツゴツした感じで、スタイリッシュなのに存在感があった。
私はもっとつやつやしていたりだとか丸みを帯びていたりだとかの女の子っぽいやつが良かったのだが、ポッドのお眼鏡にはかなわなかったようだ。機能性重視。デザインは二の次。とりあえず私が落としても壊れないことを第一に。そんな考えなのに違いない。
しばらく睨み合ってもどこ吹く風でふよふよされ続けた。
頬を膨らませていじけてみても無駄である。
仕方ないのでせめて色だけは好みのものを選び、オマケにBluetoothのマウスだとかいうのをつけてもらって店を出た。
一連の買い物のきっかけは、ついこの間行ったばかりの遊園地にもある。
厳正なる先着順によって選ばれし観客が集うひとつの演目、『なみだの小鳥』。
ランダムに配置されたショーの『当たり』の中から偶然にも栄誉を引き当ててしまった私は初めこそ呆然としていたが、やがて軽率な性格が顔を出して胸に囁きかけた。
自慢したくない?
したい。すっごいしたい。
だって宝くじに当たるようなものなんでしょ。みんなが欲しがるブロマイドも手に入れて、まあそのブロマイドはスティーブンさんにあげちゃってスティーブンさんもブロマイドを欲しがっている知り合いにあげちゃったから実質私が手に入れた証拠はどこにもないけど良いとして。
きっとあの遊園地とショーは有名だから、インターネットにファンクラブでもあるだろうと思いついた。
そして私が踏み込んだのはネットカフェと呼ばれる所だ。
操作はポッドに教わって、カチリカチリとクリックをしたり、ポチリポチリとキーボードを打ったりした。そんでもって配列が違ってよくわからなくなったらお約束どおりポッドに頼ったりした。
不特定多数の人と英語の文章でやりとりするのは難しく、私は目を白黒させるばっかりだった。
けれど、私の事情を知らない誰か遠くの人が同じ話題を共有して笑ったり悔しがったりしているのだと想像するとなんだか陽気な気分になった。
それでパソコンが欲しくなったのだ。
つめたく冷えたテラスにはもはや一瞥もくれず、彼は窓もカーテンもそのままに室内を通り抜けるとためらいなく外へ出た。
どこへともあてはなく、足の向くまま道を歩く。
泣いたりはしなかった。胸につっかえるかたまりが急速にトゲを持ち、内臓を刺してくるような感覚だけがある。
バカバカしかった。
初めから無理だった。
ありえない話だったのだ。
そう、彼は気を緩めすぎていた。
誰かを懐に入れすぎた。
眉間のあたりが強く痛む。
胃の腑が重くて、吐き出した息は白く濁っていた。
バカバカしかった。
ふよふよと浮かんで私を先導するポッドは、何日も前の事件だっていうのにまだ頭を強打した私の体調を案じてくれている。昨日だってメトロを乗り逃しそうになって階段を駆け降りようとしたら襟首の後ろを謎のアームで引っ掴んで止められたもん。おかげで仔猫みたいにぶら下げられて首が絞まるかと思った。
帰り道からちょぴっと外れ、ゲーセンを覗きに行く。これはナイショだ。遊びはしないけど、むわっとした金臭さと騒音にまみれた空間でUFOキャッチャーのようなゲームを見るのは面白い。
UFOキャッチャーなのかどうか確信が持てないのは、キャッチャーの部分が明らかに生きているからだ。なんかこう、虫的なかたちで。おぞましい。
景品の大きなぬいぐるみはフカフカで柔らかそうだから許そう。
ポッドにねだればカンペキパーペキパーフェクトにゲットしてくれそうだけど、それじゃあロマンがないしそこまでして欲しいわけでもない。
今日も今日とて健全な速度で歩きつつ、運動がてら公園をぐるり。
「あれ……」
柵に凭れて黄昏てる人がいたから不審者かと思った。
違った。
ポッドから放たれる柔らかい明かりに照らされ、ゆるりと振り返った人影は知った顔だ。
「スティーブンさん?」
「?……君んちはこっちだったかな」
「買い物帰りにお散歩してたんです。スティーブンさんこそ、このへんにお住まいだったんですね」
「まあね。何を買ったんだい?」
「パソコンです。クラウスさんが買ってくれました」
「君も何かを欲しがるんだな」
どういう意味だ。嫌な響きではなかった。
「あの遊園地でのことを掲示板に書き込んでみたんです。そのやりとりがすっごく楽しくて、つい……。相手は私を知らないし、私も相手を知らない。なんか怖いけど気が楽っていうか、えっと」
「わかる気がするよ」
優しさが痛い。
スティーブンさんは不安定な場所でまた頬杖をついて、思い出したように呟いた。
「ごめん」
不真面目な姿勢に似つかわしくない重い声だ。
心当たりはまったく皆無。
「なにがですか?」
「君に貰ったブロマイド。『小鳥』のブロマイド。あれをなくしてしまったんだ」
「え?お知り合いにあげたんじゃなかったんですか?」
「うん、あげたんだけど、なくしてしまってね。ごめんよ」
「はあ……?その人がなくしたならスティーブンさんは全然悪くなくないですか?謝らなくていいですよ!?」
あまりにも律儀すぎない!?大丈夫!?私この人のこと怖いって思ってたけどこんなに性根の優しい人だったの!?
罪悪感に苛まれる私に、スティーブンさんの紅茶色の瞳が向けられた。
薄暗闇と、相反する街のネオンが混じり合った奇妙な光があった。
ぺぷ、とクラクションが鳴ったのはそんなさなかだった。
左ハンドルの車から降りてこちらを、正確にはスティーブンさんを見上げた異界の女性(……たぶん?)がパチクリさせるつぶらな眼差しがポッドに照らされる。
「あら、旦那さま?」
後部座席から小さい子も出てきたのでついうっかり「既婚者!?」って叫んでしまって慌ててポッドを胸に抱き込んだ。通訳されたら困る。
しかし言われるまでもなくびっくり具合で内容を悟った察しのいいスティーブンさんは丁寧に誤解を解いてくれた。既婚者なのは異界人の女性だけのようだ。
そのうちにブロロローとエンジンだかタイヤだかの音を立ててスクーターが走ってきて、私は疲れきってやつれた友だちと謎に再会したのだが、それはもう余談である。
スティーブンさんのお友だちはもう『小鳥』のブロマイドを見られない。
私はべつになんだってよかったけど、私なんかにお願いしてまでその人の為に手に入れたブロマイドをなくされちゃったのは可哀想だなあとだけ感じた。