12 新機能発見 ぱーとつー!
風が鳴る。
ふよふよと浮かぶポッドを引き連れてやって来たるは遊園地。
異界から来訪した移動式のアミューズメントパークだそうで、とても小規模だけれど客足が絶えることはない。
私の知るテーマパークや遊園地は日本のものばかりだし住んでた地域からしてもなかなか遊びに行けたもんじゃないから、もしかするとこんな華やかな光景を目にするのは人生で初めてかもしれない。
異界人のキャストが空気銃の引き金を引くたびにスポンスポンと軽い音を立てて銃口から紙吹雪が飛び出て舞い上がる。
それを浴びながらチケットを買って(……ポッドの分はいらなかった!すごい!)入り口でもぎってもらうと、引き換えに折りたたみのカードを渡される。
スタンプカードだった。
10個全部集めると特別な景品が貰えるらしい。太っ腹だなあ。
「頑張って見つけようね!」
「了解」
淡々と見つけそうだ。
移動式だからか、遊園地はそれほど広くない。遊具の種類も、目立つものは3つくらいであとは小ぢんまりとしたテントや屋台に限られた。
それでもジェットコースターはあるし観覧車もあるしメリーゴーランドもある。この値段と敷地だったら充分すぎるくらいだ。
「1人で遊園地に来たの初めて」
「……」
「ポッドを数に入れてないわけじゃないけど」
人間と、って意味でさ。
そもそも遊園地に行った回数自体が少ない。本当に小さいころに連れて行ってもらったのと学校の修学旅行で遊んだのとが数のうちだ。
小さいころの記憶なんてあって無いようなものだし、修学旅行は時間制限が厳しかった。思う存分遊べたかと言われると不満が残る。
のびのびと楽しめる初めての遊園地が異世界のそれだなんて意味がわかんないにも程があるけど、このチャンスは無駄にできない。思いっきり楽しもうではないか。
そんな話をメリーゴーランドの列に並びながらポッドに聞かせる。返事は期待しない。予想どおり何も言われなかった。
「どの馬がいいかなー。青かな?黄色かな?……あ、これにしよ!」
「安全の為、ベルトの着用を推奨する」
「子供じゃないんだから大丈夫っしょ」
周りの人たちは家族連れ以外誰もつけていない。
メリーゴーランドは緩やかに動き出し、馬はゆったりと上下しながら走り始めた。ポッドが速度を合わせてついてくる。
心なしか馬のたてがみがザワザワして耳がぴくぴく動いて脚が空をかいて首をめぐらせつつブルルと唸ったような感じがしなくもなかったが気のせいだろう。ワクワクしてるから幻覚を見たのだ。うん。メリーゴーランドの馬は作り物に決まってるから。体温とかないから。当たり前だ。
でもちょーっと伝わってくる温もりが上昇するにつれてメリーゴーランドの速度も上がっているような……。
いやいや。作り物だから。異界の移動式遊園地だからって、メリーゴーランドの馬は本物じゃないから。乗ったときは冷たかったし!
ファンシーな音楽が止まって、馬も、今までの温度が幻だったかのようにひんやりした素材に戻る。
降りてガン見してもぺたりと触ってもピクリともしない。
「……」
不安になってきた。
アトラクションは後回しにしよう。
パレードやショーを見物することに決めて、タイムテーブルが貼り出された掲示板を見上げる。
書かれた英文は不思議な記号混じりのオシャレな字体で、たとえ英語ができたとしても解読には時間がかかりそうだった。
幸いにも近くにスタッフの……うーん……人間……ではなさそうな太っちょな人がいたので直接訊いてみる。ポッドならすらすら読めるだろうけど会話ができるなら話したほうが早いかなって思ったのだ。
「ポッド、通訳お願い」
「了解」
もちろんポッド任せである。
「あのー、すみません」
太っちょのスタッフは丸い顔をニッコリさせて、かぶっていたシルクハットを取って胸に当てた。
「おめでとうございます。あなたは今日わたしに話しかけた1人目のお客さまです。こちらを差し上げましょう」
「ええ!?」
よくわかんないけど景品を貰った。
「さて、ご用件を伺いましょう」
「パレードとかショーが見たいので、オススメを教えてください」
「畏まりました。パレードは夜になりますが、ショーでしたらあちらのテント内でこれから開催されるものがひとつございますよ。『なみだの小鳥』という演目です」
タイトルからすると、切ない系の内容っぽいぞ。
「すぐ見れますか?」
「ええ」
じゃあそれにしよう。
スタッフがシルクハットをかぶり直した。
「どうぞお楽しみください」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げてから指さされた方向に歩いて行く。
何人か人が集る大きめのテントには確かに看板がかけられていた。
異国情緒たっぷりな色づかいで、鳥籠に入った小鳥の絵が描かれている。
「これかー」
「粗筋。『小鳥は空を知らぬまま、鳥籠のゆくすえを知らぬまま、泣き声のあげ方を知らぬまま、暗闇の深さのみを知る』」
「全然わかんないのは私がバカなせい?」
「回答不能」
「じゃあひたすら嫌な予感がするのは私の気のせい?」
「回答不能。注意書き。『これは観客参加型の演目です』」
「もっとわかんない……」
薄暗い室内は思ったよりも重厚な造りだった。
椅子もベンチやパイプ椅子なんかじゃなくて映画館のそれに似ている。
舞台には金色の刺繍が施された赤い幕がかかり、開演時間が近づいてくると客席もちょうど半分くらいが良い具合に埋まって、いかにも準備完了といったふうになる。
私はポッドを膝に置いて(……と言ってもポッドはすごく重たいから微妙に浮いたままでいてくれてるけど)ど真ん中の席に陣取った。
「お客さまにご案内申し上げます。この演目はお客さまによる自由なご参加が可能になる場面がございます。当該の場面はアナウンスが無くとも皆さまにお察しいただけるようになっておりますので、ご希望の方はお席の右手側にある肘掛の赤いボタンをご確認ください」
右側の肘掛を見る。
確かに、肘を置くとちょうど人差し指で触れられそうな辺りに赤いボタンがあった。
私たち2人(……私とポッド)のように何も知らない人たちは興味深そうにしげしげと見たり試しに押したりしてみている。私も押した。何回やってもカチカチ言うだけだった。
やがて、ブザーと共に会場が暗くなる。
幕が上がり、スポットライトを浴びた異界の女性たちが低音の音楽に合わせてステップを踏み始めた。
想像してたのと違うぞといよいよドキドキする。もっとこう……イェーイ!ハッピー!ダンス&ダンス!エンジョイ人生!みたいなやつが遊園地のショーなのかなって思ってた。
超低確率だけどこの陰鬱なピアノの旋律が一転してハピネスな雰囲気になる希望は捨てないでおく。
「おお小鳥よ、わたしを恨んでくれるでないぞ。おまえが雛であった時分、わたしはおまえに言ったではないか。うつくしく育ちうつくしく巣立てと言ったではないか。今がその時であるのだ。おまえは誰よりうつくしい」
「ああご主人さま、誰があなたさまを恨みましょうか。わたくしはあなたさまの為だけに生きて参りました。あなたさまに拾われた時分、あなたさまだけに生涯お尽くしすると心に決めました。あなたさまがそうせよと仰せになるのならば、わたくしはこの身を焔の中にも投じてみせましょう。けれど心はあなたさまの元にございます。どうかそれだけをお許し下さい」
うつくしい少女が涙を流しながらそう言っている。
やっぱり希望は捨てたほうが良さそうだ。
舞台は一旦暗転した。
そして明かりがついたとき、そこには大きな鳥籠に入れられたうつくしい少女がいた。さっきの『小鳥』だ。
木槌を持った偉そうな黒服の男が大仰に声を張り上げた。
「さあ、世界の誰よりうつくしい小鳥をご覧あれ。流れる髪は絹のよう。透きとおる肌は陶器のよう。唄う声はさえずりのよう。そして彼女の嘆く姿は、比類なき生きた芸術なのです。まずは100から始めましょう」
すかさず客席のどこかから音がして小さなライトがつき、「150!」と声が聞こえた。
一瞬ざわついた会場が一気に熱を帯びる。理解が追いつかない私を置いてけぼりにして、客席内を音とライトと数字が飛び交った。
「なになに?え?あの人が売られてるってこと?」
「肯定。人身売買のオークションを模したショーと推測」
「キモッ!!犯罪じゃん!!」
「実際に売買が行われるわけではない」
「そりゃそーだけど!」
みんな嬉々として参加し過ぎじゃない!?私が知らないだけでこれは楽しい遊びだとか?異界ジョーク?
「オークションなら、一番高い価格を出した人が落札できるんだよね。言うだけなら簡単にめっちゃ高い数字を言えるんじゃない?成り立つの?」
抵抗感はたっぷりだけれど好奇心に負けてボタンを押す。
するとただツルツルした材質だと思っていた場所に数字が現れる。そこには『0〜5000』とあった。
矢継ぎ早に価格を叫ぶ声を聞きながら考える。
他の席の事情は知らないけど、よく耳をすませるとこれまで聞こえていた声のうちいくつかが消えているとわかった。
このショーは客が勝手に席を選べる自由席制だ。もしかすると席ごとに数字(……価格)の上限が決まっているのかもしれない。
その上、実際には買えないわけだからみんなの目的は『オークションを楽しむ』ことだけになる。だったらオークションごっこを長引かせたほうが面白い。それでわざと数字を小出しにして、トランプのスピードゲームみたいに遊んでいる……とか。
「そろそろお時間が近づいて参りました。現在の最高価格は3800。3800です。他にいらっしゃらなければ、席番号58番の方が落札となります!」
「4000!」
「4100!」
また始まった。私はげっそりだ。
「質問:参加しないのか?」
「うーん……、そーだよねー……せっかくだもんね」
ポッドが私に英語での言い方を教えてくれる。
口の中で復唱した。発音はダメそうだ。
ボタンを押すのは簡単だった。手応えも軽い。
ライトが私に当たる。
「5000でお願いします!」
この空気の中で声を出すのはすんごく勇気が要った。へたくそな英語だし、初めてのことだし。
場内がしんと静まり返った。
そんなにヤバい発音だった!?
挙動不審な私に視線が集まる。
カン!と男性が木槌を台に打ちつける。
「席番号108番、5000で落札です!」
「ええええ!?」
あちこちから聞こえる落胆の声がのしかかる。
どこからともなくスタッフの異界の人がやって来て私に立つよう促した。意味がわからない。まさかここが当たりの席だったのか。
連れられるままに客席の階段を下り、ステージへ招かれる。
「おめでとうございます。これより本日の『小鳥』はお客さまのモノとなります。現在のお気持ちを一言いただけますか?」
「えええー……?」
にこやかに言われても……。
「びっくりしました……」
「はい、ありがとうございます!」
彼は鳥籠の鍵を外して扉を開けた。
音もなく立ち上がった少女が素足で舞台に降り立ち、そっと私の手を握りながらとてもとても綺麗な声で歌を唄う。
私は何もかもに唖然とし硬直していたし、ポッドも翻訳できない異界の言葉だったのかこいつらしくもなく情緒を気にしたのか空気を読んだのか、黙ったまま静かにしていた。
舞台袖まで優雅に引っ張って行かれた私はスタッフと役者さんたちから口々にお祝いの言葉をかけられたけれど、とにもかくにも疲れ切ってぐったりしていたのでほとんどが右から左にスールスル。
「景品として『小鳥とのキス&ブロマイド』『園内フード無料チケット』『次回入場半額チケット』『泪ストラップ』『小鳥ハンカチ』『闇オークションっぽい仮面』『スタンプ10個』のどれかをお選びいただけますよ!」
ポッドによる通訳の一拍があるためちょっぴり無言タイムが生まれる。
それを『悩んでいる』のだと捉えた黒服の男性は、ニコニコしながら私の背を謎に押した。
「お悩みでしたら『小鳥とのキス&ブロマイド』がオススメですよ!さ、それでは小鳥」
「はい、支配人」
綺麗な綺麗な少女が私の顔を両手で包んだ。
「ちょっ、待って!」
私のファーストキスが死ぬ!!綺麗な女の子が嫌なんじゃなくてこういう散り方が嫌だ!!
でも、すうっと寄せられた顔はあまりにも魅力的で、私は言葉を失った。
柔らかくてしっとりした唇が口角に押し当てられる。
少女から香る良い匂いで夢見心地な気分になるうちに、彼女はチュッと小さな音を立てて私から離れて行った。
頭がクラクラする。
少女は可憐に微笑んで、どこからともなくハガキサイズの封筒を取り出してこちらに差し出した。
ハッと気づくと私はテントの外で棒立ちになっていた。
手に封筒を持って。
「……」
開けて見る。
現実離れした光景がまるまる切り取られたみたいな写真がたくさん入っていた。
すべてが夢だったような気がする。
「……これリアル?」
「肯定」
「……催眠術とかかかってる?」
「解析不能。但し、心身に異常は見られない」
「そっか……」
ブロマイドを見下ろす。
儚げに一筋の泪をこぼす少女の姿は切なかった。
「……スタンプ10個が良かったなあ……」
私はブロマイドを元どおりにしてカバンにしまった。
色々と衝撃が強かった。
楽しみだったジェットコースターに乗る気にもなれず、ふらふらした足取りで向かうのは遊園地の中央にそびえ立つ観覧車だ。
説明によると全周に20分かかるスローペースな運転で、今なら待ち時間も少なく乗れるらしい。
ゴンドラのカラーを選べると聞いてテンションが持ち上がった。女子だからーとか言うつもりはないけど、私はこういうのに弱いのだ。
赤青緑黄色黒白ピンクにレインボー。
「レインボー!レインボーがいい!絶対レインボー!」
単色よりも特別っぽい!
もはや通訳も必要ないくらいレインボーを連呼してしまって軽く苦笑された。
「レインボーですね、畏まりました。ただ、当遊園地では特別ペアチケットをお持ちのお客さまをレインボーゴンドラへご案内しておりますので、しばらくお待ちいただけますか?」
「ペアチケット?」
「はい。あちらのお客さま方が……」
ちょうど別の階段からやってきた2人組と目が合った。
「ん?」
「あれ?」
「ちゃん!?」
ハイヒールを高く鳴らして駆け寄って来たのは、サングラスをかけているけれど見間違うはずもない、K・Kさんだった。そして歩いたまま彼女を追いかけるのはスティーブンさんだ。
列を区切る為の柵を掴んで身を乗り出したK・Kさんに驚いてしまう。
「K・Kさん、どうして遊園地に……えっと、しかもスティーブンさんとペアで……」
まさかデート、とハッとする。知り合いにバレてはいけないシークレットなデートだったらどうしよう!?K・Kさんのサングラスはともかく2人とも素顔丸出しだけどもしもシークレットだったら!?
「あーっと!私何も見てませんから!レインボー乗るのもやめます!ってか帰りますね!」
「待って待って待ってちゃん!何かおぞましい勘違いをしてないかしら!?」
「大丈夫です、誰にも言いません!」
「やっぱり!違うのよ、落ち着いて話を聞いて。悪いのは全部この男なの!」
「その台詞、似たようなのを今日だけで300回は聞いてるよ」
ポッドの通訳が追いつかないレベルの早口に圧倒される。
「あの、お客さま……。後ろの方がつかえておりますので、お知り合いでしたらご同乗を……」
というわけで、時系列順に通訳するポッドがこの提案に辿り着かないうちに、私たち3人とハコ1つは虹色のゴンドラに乗り込むこととなったのだった。
レインボーゴンドラの内装は至って普通だった。レインボーかなーって擁護できるのは窓に貼り付けられた虹のシールくらいだ。特別なのは外側だけか。ガッカリした。
2対2で向かい合える椅子では当然のようにスティーブンさんが片側に1人で放置されていた。隣には絶対に座りたくなく私の隣にも配置したくないK・Kさんによるハブ作戦だ。この人、K・Kさんに何したんだろう。
「つまり……デートじゃないってことですか」
ポッドの通訳が追いついてようやく理解する。
スティーブンさんが友だちからこの遊園地のペアチケットを貰って、誰かに譲ろうかと思ったけどその友だちに景色を送れよと念を押され、休みも重なったのでなあなあで何となく行く流れになってしまい、じゃあ誰とペアを組もうかと考えていたところでK・Kさんがこの観覧車に乗りたがっていると知ったので誘ってみたら、盛大な抵抗を受けたすえ一緒に来ることになった、と。
「景色くらい誰かにチケットを譲って撮って来てもらえばいいでしょうに」
「無駄に嘘をついてもなあ」
「別行動はしなかったんですか?」
「ペアが揃ってないと恩恵が受けられないんだ。今回は景色を撮るのとK・Kを観覧車に乗せるのが目的だったから、短い間は我慢してもらったよ」
「だったらチュロスを買う必要はまったくと言っていいほど無いと思わない?だけどチュロスを買ったのよ。嫌がらせよ嫌がらせ。そういう男なのよコイツは」
「うまかったよな」
K・Kさんも食べたんじゃん。
私は2人の関係を誤解したことを謝った。
K・Kさんはホッとしたように許してくれる。
スティーブンさんはどこ吹く風で何も気にしていないように見えた。
でも涼しい顔だけど座席に1人っきりだからなんだか可哀想に思えてくる。
余計なお世話とわかっているけどポッドに目配せしてスティーブンさんの隣に行ってあげて!と頼んだのだが当然のごとく通じなかった。ゆえにスティーブンさんは未だに1人だ。
「たちは何かに乗ったりしたかい?」
「メリーゴーランドに乗りました」
「ああ、『リダーニャ』のメリーゴーランドは有名だから」
この遊園地の名前である。
「有名なんですか?」
「ん?知らなかったかな。あれは実際に異界の馬に似た生き物を繋いでるんだよ」
「……えー……」
本当に生きてたんじゃん……。
事前に知ってたら絶対乗らなかったのに……。
「あとはショーを観ました。タイトルなんだっけ」
「回答:『なみだの小鳥』」
「それそれ!」
「ウソ、ちゃんそれ観たの!?入れた!?」
「え、はい。フツーに。空いてました」
「えええ!!入ってみれば良かった……!」
こっちも有名だったか。全然下調べしないで来ちゃってるから驚かれるたびに驚いてしまうぞ。
「1日に一公演だけしかやらないのよ。先着順で、一定数に達すると満席じゃなくても入場が打ち切られちゃうの。だから空いてるように見えるのよ。席にはランダムで『当たり』が設定されてて、当選するとすんごい景品が貰えるって噂で……」
「あ、私当たりました」
「えええええ!?」
「冗談だろ……、まさかこんな身近に当選者がいるなんて……」
もしかしなくてもかなり貴重な体験だった?今週の運とか使い切ってない?
すごく驚かれてるんだけど私自身にはサッパリ響かない。そんなにとんでもないことだとは思わなかった。
「ね、ちゃん。どんな内容だった?」
「えーっと、……人身売買の闇オークション……」
「ってことはが競り落としたのか」
「はい」
「意外とエグいのね、ちゃん」
否定したいけどどう否定していいかわからない。競り落としたのは事実である。
「景品でブロマイドを貰いました。主役の『小鳥』の」
カバンから封筒を取り出して、誰に手渡そうか迷ってからK・Kさんに差し出した。
爪がつやりとした指先が封筒を開けて写真を抜き取る。彼女の口はみるみるうちに感嘆のかたちを作って、ほうっとため息をついた。
わかる。めちゃくちゃわかる。
あまりにも美しいのだ、少女の姿は。
スティーブンさんが手を伸ばすと、K・Kさんは意外にもすんなりと何枚かを彼に貸した。
彼もまた僅かに目を瞠る。
(キスのことは黙っとこ……)
居心地悪く小さくなっていると、ぽわぽわする感覚を振り切ったK・Kさんがスティーブンさんからブロマイドをもぎ取って封筒におさめ、お礼の言葉を添えて私の膝に置いた。
「素晴らしい物を手に入れたわね」
彼女は自分のことのように祝ってくれた。
「でも私、これの使い道がわからなくて。私はブロマイドとか集める趣味、ないし」
そういうのは、いわゆるオタクの人たちのやることだと思っていたし、私はブロマイドについてそれほどの情熱はない。
「だから誰かこういうのが好きな人を知ってたら、あげて欲しいんですけど」
私の手元にあっても色褪せさせちゃうだけである。
躊躇いがちに口を開いたのはスティーブンさんだった。
「僕の友人に『小鳥』の大ファンがいるんだ。もし良ければ、彼にプレゼントしてもいいかな」
「もちろんです!」
彼は、親戚の子供に送るような眼差しで私を見た。
「ありがとう」
「いえいえ!」
ファンの手元に届いたら、ブロマイドも幸せに違いない!
スティーブンさんのスマートフォンが鳴ったのはそんなほのぼのタイムの最中だった。
友だちかお仕事か、なんだろう。
興味がないフリをしつつもつい耳をそばだてちゃうのは別にこの人の弱みを握りたいからだとかそんな理由ではなくてただのやじうま根性だ。
スティーブンさんの声が徐々に真剣みを帯びるのを感じる。横目で見た表情もこわばっていた。
「わかった。ちょうどその観覧車に乗っていて……頂点の辺りだから地上までは大体10分くらいだ。キャストには客を乗せないようにして……ああ、うん」
「……」
「それで具体的にどの、……は?レインボー?」
なぜかスティーブンさんとガッツリ目が合った。
意味がわかんなかったから私はポッドを見た。
こっちをガン見する理由がどこにあるのか、ポッドの通訳からは理解できない。
スティーブンさんはスマホを耳から離した。
「ミスター・ポッド。このゴンドラに『余計な物』がないかスキャンしてくれないか。それがどんな形かはわからないが君が『観覧車』の仕組みを把握できているなら判断できるはずだ」
「選択権はにある」
「えっ、これも?」
「。悪いけど急いでる」
「はいっ!!ポッド!」
「了解」
かつてなく鋭い声に縮み上がった。
K・Kさんが私の手を握ってくれる。
ポッドの発する光がスティーブンさんの座る座席の下を照らし出す。ポン、ポン、という音はとても短い間隔で鳴っていた。
暖房とか冷房とかの風が出てくるんだなと一目でわかるような金属製の薄い板が嵌め込まれ、その部分から奥を覗くことはできない。
「中かい?」
「肯定」
「振動じゃないよなあ……」
「肯定」
「ねえ、何?なんの話してるの?」
ポッドが光を消して言った。
「爆発物を発見」
極まりきった爆弾発言だった。しまった、また上手いことを言っちゃったや。白い目で見られそうだから誰にも自慢しないけどさ。
「まさかとは思うけど、あんたの尻の下に爆弾があるんじゃないわよね?」
「そのまさかなんだよ」
「ウケるー。ポッドちゃん、爆発の条件はわかる?」
ウケてて良い問題とは思えない。
「回答:固定を解除すると20秒後に自動的に爆発する」
「規模は?」
「大型タンカー1台分。但し正確ではない。これであればにも理解可能」
「またそーやってバカにする!!」
タンカー1台分とか言われたほうがわかんないよ!!どのタンカー!?
「ああ、うん……なんとなくわかった気がする」
スティーブンさんもちょっと動揺していた。ポッドの気づかいの方向性にであって私の知識と想像力不足についてではないと信じることにした。何がなんとなくわかったんだろうね。爆発の規模だよね。そうだよね。
「よし、取り出して花火にしましょう。ちょうどてっぺんにいるし」
「K・K、固定を外さなければ動き出さないんだから、下まで降りてからゆっくりやればいいんじゃないかな……、というかミスター・ポッドなら解体できるんじゃないか?」
確かに、ポッドはメカに強い。この間の雑貨屋さんで自己改造をしてもいたし何とかできるんじゃなかろうか。
「否定。メインの機能として備わっていないためリスクが高い。確実でない以上、の安全を優先する」
「ポッド……!」
ポッドにも不得意があるんだなってトコと私を一番に考えてくれるトコに感動した。ちなみに今がそれどころじゃない場面だっていうのは一瞬忘れてた。
「よって」
誰もが終わると予想したポッドの発言は、淡々と続いた。
「当機体はの緊急避難を実行する」
「へ?」
「0.1倍短距離レーザー発射」
「はっ?」
バキーン!
まさにそんな感じの音と瞬間的なフラッシュに全員が咄嗟に身を引いた。
風が吹き込む。外からの風が。
内側からは開けられないつくり(……だよね!?)の留め金は死体になってぶらんと垂れ下がるだけで、スライド式のドアが高所の風圧に負けて盛大にひらく。
至近距離まで接近してきたふよふよマシンなポッドの手(……確定で)が、戸惑う私の手を掴んだ。
K・Kさんとスティーブンさんの手が素早く私を追いかける。
片方は服を、片方は腕を掴んだ。
私はポッドを誰より信頼してるけど、どっちかっていうと今は2人に手を伸ばしたかった。
「やだ、ポッド、何すんの!?やだやだ、落ちるよ、ねえってば!K・Kさん、スティーブンさん!」
「ちゃん!……っポッドちゃん、何をするつもりなの!?」
「どう考えてもこのゴンドラから逃げるつもりだよ。爆発物の近くに置いておくのは安全じゃないからな……!問題はそれが『彼女にもできる脱出方法』なのかだ」
「可能」
「君の基準はアンドロイドだろう。彼女はこの高さから飛び降りたら確実に死ぬぞ」
スティーブンさんの反論に超同意だ。
ポッドは私の手を強く引いた。ポッドとK・Kさんたちの両側から引っ張られて痛い。
あと服が伸びる!遊園地だからって無理言ってポッドに選ばせたのに。ぶっちゃけまともに選んではくれてないけど。
「随行支援ユニットは所持者の活動を支援する。が『家に帰る』まで、私はを支援する」
機械の声なのに、とても頼もしく聞こえた。
K・Kさんの手の力が緩む。
ポッドは、ドアのふちにしがみつく私にすり寄るようにした。
「可能」
この場にいる誰もが私の身を案じてくれている。
でも、私の選択は初めから決まっていたのかもしれない。
「あの、あの、2人は爆弾を何とかして、みんな無事に帰れるんですか?」
「ミスター・ポッドの解析どおりならね」
違ったとしても簡単に帰りそうだ。
「……じゃあ、……私、あの、……ポッドの言うとおりにします」
頑ななポッドを止められそうにもないし。
スティーブンさんの力も緩む。
外を見下ろすと心臓が嫌な音を立てる。
ジェットコースターみたいなモノだ。大丈夫。ポッドに任せれば大丈夫。何するのかぜんっぜんわかんないけど大丈夫。
ポッドに引きずられて、片足が外に出た。
そして怖気づいた。
「ねえポッド、マジで大丈夫なんだよね!?私でもできるんだよね!?」
「可能」
さっさとしろと言わんばかりに、ポッドは宙に浮かび上がって私を吊り下げた。
「計算上は」
「は?」
「え?」
「ほらな……」
3つの声が重なって、どれもが風に飛ばされる。
「やっぱりヤだああぁあー!」
「可能」
「うそだー!!」
ユラユラと風になびきながらゆっくりと自然落下する私を、観覧車の虹色ゴンドラから男女がハチャメチャにハラハラしながら見送った。
結果としては『可能』だった。
でも地上でK・Kさんたちと合流したとき、あまりにも泣き叫びすぎた私は声がカッスカスで顔がグッチャグチャで腰を抜かしていた。
やればできるとしても、できないことはある。
矛盾する世界の真理を悟った1日だった。