09 注文を受け付ける雑貨店



地下鉄に挑戦してみよう。
ポッドの補助なしで切符を買えれば、元の世界に帰って海外旅行をしたときに得意げな顔ができるかもしれないじゃないか!
冷たい階段をくだり、生ぬるい風に髪をあおられる。
では、読みづらい綴りの駅が並ぶ路線図とのにらめっこを始めよう。
図は所々がはげていてわかりづらい部分もあったが、目を細めてじっくり解読するとなんとなくだけれど繋がりが読めてくる気がした。
もっとも、じゃあどの切符を買えばいいのかって訊かれるとパッとは答えられない。
お金の管理はポッドに任せているから、必要分だけの切符代を伝えておそるおそる券売機に入れる。
間違えてたら訂正してってお願いしてあるし、何も言われないってことはこれで大丈夫なんだよね。たぶん。……たぶん!
「ポッドの分もいるのかな?」
「不要」
お得なことだ。

どこまで行くのかと言えば、テレビで見た雑貨屋だ。
可愛いノートから無骨な家具まで取り揃えた店だと紹介されていた。
意外にも、その品揃えに興味を持ったのは私ではなくポッドだった。
辿り着いた店の外観は北欧風のたたずまいと言ったところか、扉にはナチュラルな色合いの中に民族調の彫り込みがあったりする。
一方で、建物を取り巻く生垣には、なんて名前だったっけ、人の顔がたくさん重なり合った柱みたいなのがドンと刺さってよく目立った。
どこを目指した設計なのやらちっとも理解できない。デザイナーは正気じゃないと思う。正気だとしてもどうでもいいけど、何にせよ私が自分からは絶対にここに近づかないことだけは確かだ。
「あだっ!!」
扉を開けるとすぐにゴツゴツしたものが額に当たった。ボールチェーンののれんだった。オシャレな言い方があるのかもしれないけど、痛かった恨みを込めてのれんって呼んでやる。
めっちゃ声が出ちゃったけど、まさか開けてすぐにのれんの洗礼を受けるとは思わないからしょうがない。
重たいそれをかき分けて奥に入る。
中は、どこにでもありそうな雑貨屋そのものだった。
棚があって台があって、階ごとに売り場が分かれているのもありがちだ。
ここは文房具と、えーと、あっ、なるほど、アクセサリーがメインなのだろう。正面のテーブルには遠目からでもわかるくらい可愛い腕時計や髪飾りや耳飾りが所狭しと配置されている。
こんなにもあらゆる金属がぴかぴかして綺麗なのにうっかり見落とすところだった。なぜだ。
(……もしや女子力のいちじるしー低下の兆候……危険すぎる……)
何人かのお客さんと話をしていた女性が、ひょいっとこちらに顔を向けた。
ハードロックなファッションで全身を固めた人だった。
「いらっしゃい」
「あ、お邪魔します」
「フフ……」
ポッドが通訳するのを見て、彼女はちょっと面白そうに肩をすくめた。やっぱし機械を通して話すのは変な姿に映るのだろうか。
「や、緊張してて可愛いなと思っただけだよ。ごめんごめん。今日は何かお探しで?」
重い足音が床を通して私の靴底に伝わってくる。別に太っていないから、あのブーツが重いのか。走るときは大変そうだ。
「ポッド、何が欲しいの?」
「天然ゴムを10個。異界の山茶花芥子の種を5粒。樹液を10ml。種類は問わない」
「……それ雑貨屋になくない?特に天然ゴムとかいうやつ」
「あるよ」
「え!?」
「待ってな、出してきてあげる。それとも一緒に来る?」
顎で階段を示される。
ポッドがふよふよしながら物言いたげに私の周りをまわり始めた。これが無言の圧力か。

秘密の地下室でもあるのかと思いきや、明るい上の階に案内された。
そしたらもう、あるわあるわ、ポッドに目がついてたらキラッキラに輝いたに違いない。
植物の種も液体入りの小瓶も細かい部品みたいなのもネジも鉄くずも見たことない石も、取り出された全部がわらわらと机に積み上げられる。
「さ、好きなのを選びなよ」
私には良し悪しも名前もわからない。ポッドの選択に任せよう。
(そもそもなんでこんなのが欲しいんだろ?)
ハッとしたのは、ポッドのエネルギー源だという内蔵機関が故障して自力で燃料を作らなくちゃいけなくなった可能性に気がついたからだった。
この薄情なハコは私に相談なんぞしないに決まってる。知らぬ間にピンチになって知らぬ間に解決するのだ。
店員の女性も使い道が気になったみたいで、首を傾げてポッドを見つめた。
「君、異界の人?私もこんなのは道楽で集めてるトコロがあったけど、君もコレクターだったりする?」
「否定。本体の改造に使用する」
「改造?」
「通常は専門のアンドロイドに依頼するが、部分的であれば自己改造が可能」
「よくわからないけどそいつは凄いね。サービスにキャンディもあげるよ。食べられる?」
「不可能」
「じゃあお嬢さんにあげよう。その改造ってのは時間がかかるの?特別な器具やらが要らないならウチでやって行きなよ。ちょうどこっちも暇してたんだ」
いや、1階にはお客さんが何人かいたのに?
別のスタッフがいるのかもしれない。広いお店だもんね。きっとそうだ。よもや放置はしないだろう。
作業は1時間程度で終わるとポッドが言ったので、私たちはキャンディを舐めながら並んで自己改造の過程を眺めることとなった。

ポン、ポン、と短い音が連続する。
ポッドが空中で向きを変えると、柔らかい色のスポットライトも向きを変えて店のあちこちを照らし出した。
ライブラの人たちにギョッとされたスキャナーだ。
「強くなったりした?」
「安定性が向上」
「おっ、良かったじゃないか。正直どの素材がどう作用してスキャナーの安定性が向上したのかはサッパリわからないが良いことに変わりはない!」
すごい、この人私が言いたいことを丸ごと代弁してくれた!!
「他に変わったトコは?」
「レーザー発射時の本体のブレを0.08mm修正」
はたしてそれは必要なのか?シャー芯未満じゃん。やっぱりポッドのスケールについていくのは無理だ。聞き流そう。
私の心は虚無って感じだったけど、店員の女性は興味深そうにしていた。わくわくした表情で自分を指差す。親指で、というのがクールで格好いいなとぼんやり思った。
「人をスキャンしたら健康診断ができるのかな?ちょっとやってみてよ」

「どーぞー」
「了解」
ポッドの放つ光は、女性の顔、胸、お腹、足を照らしながら床まで滑り降りた。
たとえば私がヨルハ部隊のアンドロイド……っていうか、つまりポッドと機能を共有できるような存在だったら私にも光の中身が見えたのかもしれない。でも残念なことにただの人間だから、光は光にしか見えないのだ。
当たり前だけど女性もヨルハ部隊のアンドロイドじゃない。
「へえー、車のヘッドライトみたいだ。何か病巣はなかった?」
「……これまでに記録したデータを参照する限り、異常は見られない」
「なんかポッドらしくないね。どしたの?」
言い淀んだように感じられる。
「当機体には以外の人類の健康状態をスキャニングした前例がない。よって異常がないと判断する為には記録された他の人類のデータの参照が必要だ。しかしプロトタイプにはその情報が少なく、正確性に欠ける。気になるのであれば、純正な医療機関での診断を推奨する」
一瞬だけ室内が静かになり、またすぐに笑い声が響いた。
「あは、あは、あはは!あははは!ご尤もだ!病院行くよ!あははは!ふは、あっはっは!」
ウケている。とてもウケている。ここまでウケている人を見ると『もしかして今のって私がわかってないだけでポッド流のギャグだったのかな?』と不安になる。空気読めてなかったらどうしよう。

ポッドは女性が笑い終えるのを待ってから、伝票ぴったりの料金を払った。正しくは私がポッドに指示された金額を財布から取り出して女性に手渡した。お返しに「毎度あり」とどこにでもあるようなレシートを渡される。
彼女はポッドをすっかり気に入ってしまったらしく、帰り際には名残惜しそうに眉根を寄せていた。
「また来てよ、お嬢さんにポッドくん。いろいろ揃えておくからさ」
「はい、連れて来ます。キャンディご馳走さまでした!」
「どういたしまして。連絡してね、味のリクエストのほうもいつでも承ってるから」
私たちはついでに連絡先も交換した。商品の入荷情報のお知らせや取り寄せの依頼までできるように取り計らってくれると言われたらやらない理由はない。至れり尽くせりだ。
手を振る彼女に背を向けようとして、ついてこないポッドにふと気づく。
「ポッド?」
「ん?忘れ物?」
このときポッドに心があったらいったいどんな気持ちだったのか、無理やりこじつけていいのなら私にもわかる気がした。
知識が、データが欲しかったのだ。
ポッドが自分で言ったとおり、プロトタイプには少ししかインプットされていない人類についての知識が欲しかったのだ。
「質問がある」
「私に答えられることかな?」
「不明」
ポッドは女性に問いかけた。
にはなく、あなたには光がある。理由を問いたい。自覚がないのであれば、回答不要」
罵倒されてるのかと思った。
でも、そうじゃなかったらしい。
女性はこてんと首を傾げた。それから言った。
「ひかり?……何色?」
「赤」
「あはは」
軽く笑って肩をすくめる。
「うん、それね、たぶん私が人類じゃないからだ」
「え!異界の人だったんですか?」
見た目は完全にヒトなのに、まさにこれが『人は見かけによらぬもの』というやつか。上手いことを言ってしまったなと自画自賛した。でもポッドには永遠に自慢しない。無機質な沈黙がつらいから。
にしても異界の人だったなんて、まったくわからなかった。私の中の『異界人』のイメージがゲテモノ(……って言ったら悪いけど……)で固められつつあるから余計に驚きだ。じろじろと視線を送ってしまう。
異界から来た人なら、どこかに人類とは違う特徴があったりするのだろうか。
「フフ……、うまく擬態してるからね。わからないでしょ?」
「わかんないです!」
「お嬢さんは可愛いねえ」
なんか褒められた。どれが琴線に触れたかは知らないけど。
「私たちみたいなのはその辺を歩いてる人間と大して変わらない。当然、見分けるのもコツを知らないと難しい。だと言うのに、いやはやポッドくんのスキャナーは実に凄い!その機能の一部がウチの部品で補強されてると思うと感慨深いよ。凹んだソケットとかさあ……、要る?って思うのに有効利用するんだからねえ」
人間ではないらしい女性は、少しだけ声をひそめた。
「だけど、私が人間じゃないことは内緒にしてね。私はまだここで商売をやってたいんだ。ひっそりと、さ」
「……私たち、テレビを見て来たんですけど……?」
「それはそれとして」
彼女と私では『ひっそり』の基準が異なるようだ。
「回答に感謝する」
「どういたしまして。寒くならないうちに気をつけて帰りなよ」
「あ、はい……ありがとうございました!」
「また来てねー」
陽気な声に見送られ一歩踏み出す。
ポッドはきちんとついてきて、振り返ると、女性がひらひらと手を振っていた。
奇天烈なオブジェに反射して、あるはずのない夕陽が彼女を照らす幻覚を見た。
そして「あ」と思い出す。
「わかった!」
「……」
店に入ってすぐ真っ正面に設置されたアクセサリーコーナーを見落としそうになった理由だ。
必ずと言って良いほど備え付けられた鏡が、店内には1枚もなかったのである。
「落として壊れちゃったとかかな?」
はー、違和感の正体がわかってすっきりした。
次に来るときは、念の為に手鏡を忘れないようにしようっと。