08 おめでとうございます、新鮮なライターです!
お土産話を集め始めて2日ほど経ったある日、クラウスさんは私をあの不思議な建物に連れて来た。
またどうしてと思ったら、スティーブンという人が私たちに会いたがっているらしい。
スティーブン。聞いた名前だ。
「肯定。スティーブン・アラン・スターフェイズ」
「長い……」
確か背が高くてスーツを着こなした男性だったはずで、第一印象としてはまずまずの怪しさだった。顔かたちはレッドカーペットを歩いていても違和感のない洗練具合だし声も低くて優しげなのに気が抜けない。
「さんの話が聞きたいそうだ」
ええー……?としか言えない。どんな話?成績がめっちゃ悪かったって話?
私のことを名前で呼ぶようになったクラウスさんは、私がこのヘルサレムズ・ロットで見聞きした物事を報告するととても嬉しそうにする。私たちはこの世界に嫌でもしばらく滞在せざるを得ないんだから、せめて少しでも楽しい気持ちになって欲しいのだろう。
スティーブンさんと話をしててちゃんと楽しい気分になれるかは微妙なんだけど、まあ……言えないし……。呼ばれたなら行くしかないし……。
扉の向こうには男の人が2人いた。
片方はスティーブンさんで、もう片方は知らない顔だ。
同時に顔を向けられてぎくりとするが、こっちのバックには誰より権力がありそうな社長(……ポッドに言ったらどうせ違うって言われるんだ)のクラウスさんがいる。恐れることなどない。
スティーブンさんは私を見て笑顔を浮かべた。
「やあ、お嬢さん。おはよう。元気かい?」
「は、はい」
「困ったことがあったらすぐに言うんだよ。飲み物のリクエストはある?」
「ないです……」
あれよあれよという間にお尻がソファに落ち着いて、目の前には冷たい紅茶が差し出された。
クラウスさんはスティーブンさんと私のやり取りを微笑ましそうに静観して、ポッドは通訳に徹している。知らない男の人は缶ジュースをちびちび飲みながら様子を窺うようにジメーッとした視線を寄越してくるし、控えめに言っても居心地が悪い。あと今さらだけど私もそのジュースが良かったな。
スティーブンさんは手に持っていた書類を誰かのデスクに置いた。十中八九自分のデスクだ。
仕事を中断してまで私と対話しようとするなんて恐ろしすぎる。ってか今日は平日でランチタイムもまだまだ先なのにいいのかな、やっぱし業務扱いなのかな、なんて的はずれなことも考えた。
クラウスさんが窓際の大きな机に向かい、パソコンの電源を入れる。ギルベルトさんもクラウスさんの細々としたことをお手伝いし始めそうだ。
(て、敵しかいない!!)
敵なんて言ったら失礼だけど!
「この街はどうかな?」
「はあ……その……ハチャメチャだなって感じです」
「わかるよ、僕も初めはついていけなかった。ミスター・ポッドはどうだい?」
「回答不能。質問の具体化を求める」
「びっくりした出来事はある?」
「否定」
びっくりって感情を知ってる気もしないのは私だけかな。感情だし……。
だってポッドは自分に感情があるとは言わないもん。たぶん何回訊いても、仕組みは知ってるけどー、みたいなことしか繰り返さないはずだ。
「そういえば、ミスター・ポッドには燃料なんかは必要ないのかな。僕たちで用意できる物だったら協力させてもらいたいんだけど。ミスター・ポッド自身のハイテクさや付属する機能を考えると、消費するエネルギーはかなりの量じゃないかと思うんだ」
「不要。内蔵機関のみで稼働可能。また、内蔵機関に不具合が生じた場合にエネルギー源として代用できる合成物質の素材がこの地域に存在することも確認済み」
「……なるほど。ちなみにその素材は『機密』に値するのかな?」
「肯定。への質問:回答するか?」
急にこっちに振らないでって毎晩寝る前に言ってるのにちっとも聞いてくれてないんだな。好きにしなよと投げ出したい。でもそれじゃあポッドは回答しないし、ポッドが回答しなかったらスティーブンさんがまわりまわって私のことをどう思うかわからないから私はきちんと頷くのだ。もうただひたすらに損な役割じゃん。アイスティーがおいしいのだけが救いだよ。
ポッドは物の名前を何個か言った。
スティーブンさんは「ジュニアスクール並みの感想だけど、未来って凄いな」と微笑みを浮かべたまま呟いた。
こんな超ヤバい未来の世界のハコ型ロボットの非常用燃料が綺麗な水だのキノコだのと言われたら、私だって気が遠くなる。
「ってか待って、キノコとか生えてた?」
「食料品店で入手可能」
買えるんかい!!
一気に脱力した。
どれくらい何を話せば満足してもらえるのかはわからないが、この人たちにも日常のお仕事というのはあるだろうし、ある程度キリのいいところまで会話を進ませなくてはならなそうだと考える。
さっきはあっちが話したから、普通にいくと次はこっちがメインになるはずだ。
でも私は話のタネを持ってない。
今日までの思い出話を華麗にご披露するには話術に欠ける。
この世界に来る前にどれだけの赤点を取ってきたかって話もオチがないからしたくない。奇跡的にオチをつけられたとしても個人的に笑えないから嫌だ。
となると『質問』が楽チンだ。パッと名案を思いついた。
うん、質問してしまおう。スティーブンさんも質問ばかりで自分側の世間話なんてしてないわけだし、同じことである。
「スティーブンさ……、あー、えっと、スター……フェイズさん?」
「良ければスティーブンと呼んでくれ。僕もさんと呼んでも?」
「あ、はい、もう呼び捨てでも何でも」
「そうかい?ありがとう、。じゃあそうするよ」
ニコッとまっすぐに視線を合わせられるとどうしたらいいかわからなくなる。
「報告:の心拍……」
「わかってるから報告しなくていいよ!」
純粋な乙女心を数値化して本人の目の前で晒そうとするのは勘弁して。
ごほんと咳払い。
「えーと、スティーブンさん。というか、皆さん。この辺りで釣りができる場所ってありますか?」
「釣りかね?」
「……釣り?」
「釣りィ?」
ライブラの人たちが首を傾げた。だよね、とめちゃくちゃ賛同する。私もあのときはこうなった。
「ポッドは釣りもできるみたいなんです」
「なんと、ポッドくんは釣りも得意なのか……!もし差し支えがなければあとで未来に生き残る水棲生物についての話を伺いたいのだが良いだろうか?」
なんかクラウスさんが釣れた。ポッドと重ねて許可を求められる前にこくこくしておく。
「釣りか……」
「プロトタイプの場合、水深が50センチメートル以上あることが条件。それ以下は着水時に本体が損傷する可能性がある」
「そりゃああんな勢いで飛び込んだらそーでしょうよ」
新型だったら改善されてるのかな。釣りの機能を改善するアンドロイドたちの姿はなかなか想像しづらい。娯楽とか?それとも実用的なもの?戦闘型のアンドロイドを支援するんだから、やっぱり戦いに関係するとか?
質問は寝る前にした。
答えは単純で、釣り用のワイヤーは水辺で戦うアンドロイドが転けたり吹き飛ばされたりして水中に落ちてしまう場合に助ける為にあるとのことだ。なるほど納得。
しかしそれを何がどうなって誰が本来の釣りの形で応用するようになったのかは教えてくれなかった。
「『飛び込む』?……まさか本体が直接水中に?」
「肯定」
「……勢いを知っているということは、はミスター・ポッドと釣りをしたのかな」
「はあ、まあ、そうですね。こないだ……タバスコ……マンホール?だったっけ?赤い水が漏れて水たまりになってる場所があったんです。工事の人に見物させてもらって。そしたらポッドが急にそこに飛び込んで、しばらくしたらバシャバシャ動き回って……」
ポッドと釣りをしたっていうよりポッドの釣りにドン引きしてたって感じだ。
なにゆえか感動しているクラウスさんを尻目に、名も知らぬ男の人がジュースの缶を手でベコッとへこませて放り投げた。目標をチラとも見ないままだ。缶は素晴らしい放物線を描いてゴミ箱に入った。
缶ゴミを分別しなくていいだなんてニューヨークもといヘルサレムズ・ロットって自由な街だなあと思ったけど、これはあとから怒られていた。
「タバスコ・マンホールってアレだろ?シャッフルで混ぜこぜにされてたまに漏れてくるヤツ。バシャバシャ動き回ったって魚なんか釣れねえんじゃねーの?」
そう、そうだよね!絶対釣れないと思うよね!私も思った!さらに実際、魚なんか釣れなかったよ!
激しい同意の気持ちを込めて大きく首を振る。
「それが魚じゃないのが釣れたんですよ!」
「死体か?」
「ちがうし!!」
物騒な街だ。もし水の赤色が血液のそれだったとしたらぞっとする。
私はカバンの内ポケットから『釣果』を取り出した。
誰かの落し物かガラクタか。拾ったなら交番に届けたほうがいいのかをクラウスさんに教えてもらおうと思ったまま忘れていたやつだ。
手のひらで包んでそっと差し出すと、スティーブンさんと缶ジュースの人がこちらに顔を近づけた。
イケメンだ。
ドキッとしたけどポッドには悟られまいと深呼吸する。
「うおああああ!」
「え!?」
「俺のだよ!!ナニ釣ってんだよバカじゃねーの!?ッシャアアー!!」
缶ジュースさんが飛び上がった。そして私の手首を思い切り掴んだ。
痛みに顔を歪める。突然の乱暴に目を白黒させると、スティーブンさんが素早く間に入って距離を取らせてくれた。その際に手の中を指さされ「良い?」と言われたので素直に差し出す。
火のつかない、おかしな形のライターを。
スティーブンさんの長い指の先がライターをもてあそび、親指がピンと蓋を弾く。
「支給金、2ヶ月と20日分だな」
「えっマジすか」
「再オーダーなら倍はかかってたろ。ミスター・ポッドに感謝しなくちゃな」
私はポッドと顔(……ポッドに顔があるのなら)を見合わせた。
私からしたら水没して火すらつかない謎なフォルムのジッポライターなんてガラクタ同然だけど、この人にとってはとても大切なようだ。交番に届けなかったのは正解だった。ふふん、私のうっかりもたまには良い方に働くじゃないか。
「釣り場と言われるとすぐには思いつかないけど、水がたまっている所なら近くにもいくつかあるよ。もっとも、だいたいが公園の噴水池だったり『大崩落』の影響で浸水したままのパイプばっかりだから期待するような結果が出るとは限らない。あとは……パイプから排水路に入ることもできなくはないけど……若い女の子にはオススメしないかなあ」
オススメされても行きたくないかなって思いつつ相槌を打った。
いずれもしかして万が一にも釣りへの強いこだわりが芽生えたら野山を越えてパイプを這って薄暗い中でポッドを投げまくり存在するのかも定かでないオオモノを狙って日の出から日没までを釣りでつぶすことになるのかもしれないけど今はいい。
まあ、どーせなんにも釣れないだろうけどさ。むしろ逆に釣れて欲しくない気持ちもあるけどさ。排水路で釣れた物に触る勇気がイマイチ出ない。
缶ジュースの男の人は、スティーブンさんから手渡されたライターをしきりにいじくり回した。握りの部分の調子を確認したりしている。
握って、蓋を弾いて、閉じる。
握って、蓋を弾いて、また閉じる。
「俺はザップ・レンフロだ。偶然たぁ言え、感謝するぜ」
「えっ、いえいえ全然!ポッドの力ですから」
「たりめーだろ。俺はオメーじゃなくてそっちのロボテクに言ってんだよ。オメーに感謝する理由がどこにあんだ」
「……」
正直過ぎてびっくりだ。ヘルサレムズ・ロットで経験した会話の中で一番びっくりした。
ザップ・レンフロさんはソファから身を乗り出した。
「なあミスター・ロボット。機械だけに細けえ作業にゃツエエよな?このライター直せねえ?」
「肯定。材料があれば修理可能」
「材料っつうと?」
「またキノコかい?」
「否定」
キノコで直るジッポライターがあるなら見てみたい。
ポッドはいくつもいくつも名前を挙げていく。それはポッドの合成燃料の素材よりもずっと多かった。
「なんで?」
「プロトタイプのポッド・システムは人類の過去の遺物を再現する能力に欠けるため。尚、個体差については言及しない」
「へー……」
なんだってできると思われたポッドでも、ライターは不得意らしかった。
ザップ・レンフロは盛大に舌打ちして唇を噛んだ。
お金を払わずにいたかったんだな、とちょっぴり同情した。私も家ではお小遣いがとても限られてたからどうにかしてやりくりしようって頑張ってたんだよなあ。
世界は違っても感覚は同じだ。
……なーんて、ほんの少し親近感がわいた瞬間に彼の本音が聞こえよがしに大爆発。
「チッ、使えねーの」
これさえなければほのぼのした気分で終われたのにね!