06 ともだち



ベンチに座って足を揺らす。
「いたい」
踵の皮膚は赤くなり、小さい水ぶくれができている。
つま先に引っかけたサンダルがじゃじゃ馬だったのだ。
心臓に悪い釣りをやめ、ポッドの案内で辿り着いた靴屋で気に入った靴を見つけたところまではよかった。手持ちの靴がスニーカー1足と汚れたローファーというのはちょっと寂しいものがあるからと可愛い色のローヒールなサンダルを購入する。
ここで「どうせだし」と思いついてしまったのが敗因か。
どうせいつかは履き慣らさなければならない。だったら気分の乗っているいま始めるのも悪くない。
私はスニーカーを脱いで靴を履き替えて街に戻った。
そしてしばらく歩き、歩き、歩き、気づくと足が痛みを訴えていたというわけである。
そこらへんにあったベンチに腰掛けてぶーたれながらひと休みする私をポッドは慰めない。一言も発さない。必要性を感じないからだろう。身勝手にふてくされるならどうぞお気の済むまでご自由にって感じだ。
そっちがその気ならこっちも勝手にぶすくれさせてもらおうじゃん。
盛大に不満ですって顔をつくって自分の足を睨みつける。自業自得!すみません!でもいたい!
「……あの……」
この状態で帰り道を歩くのってつらいだろうなあ。やだなあ。結構遠くまで来ちゃったから、地下鉄を使ってみようかなあ。
「……あのー……?」

不意にポッドが私の目の前に回り込んだ。
思わず顔を上げる。
するとそこには男の子がいた。
「え?」
同い年か、もしくは彼のほうが少し歳上に見える。
だぼついた服の首元にゴーグルをかけた彼は、困惑したようにポッドと私を交互に見てから口を開いた。
「具合とか……悪くないですか?」
「えっ、具合?」
「わっ!この箱が喋っ、……あ、通訳……してるのか」
「肯定」
ものすごく呑み込みが早い。
彼は私の足を見た。アキレス腱から踵にかけて赤くなった皮膚と痛々しい水ぶくれに目をとめる。
「靴擦れ……だけ?……でも……じゃあ……」
眉根を寄せた怪訝そうな表情は、まるで他にも何かなければおかしいと言わんばかりだった。
「うん。……どういう意味?……ですか?」
「あ、いや、こっちの話です!あの、もし良ければ絆創膏を買って来ましょうか?」
あそこで、と道路を挟んだ向こうにある小さな店を指がさす。
私はこの街が危険だと教わってはいたけれど、身にしみて実感したことはあまりない。
元の世界の家の近所だって夜道の角から飛び出して襲いかかってくるのはじーじのトコの犬だけだったし、絶対的な味方であるポッドが側にいることもあって、善意を疑うという発想は頭のどこにも存在しなかった。
「ありがと!後払いでいい?……ですか?」
「気にしないでください!じゃ、すぐ戻って来ますから!」
良い人だなー、私だったらベンチに座ってる私に声かけたりしないのに。
無償の優しさがあるとすっかり思い込む私にポッドの冷静な指摘が刺さった。
「疑問:人型の相手に対する油断の大きさ」
「……ポッドは人型じゃないしー」
「質問:反応が必要か否か」
「いらない……」
自分でも意味わかんない反論だなって思ったもん。

紙箱から絆創膏を取り出して水ぶくれの上に貼る。
動くのは私じゃなくて彼の手だ。
わざわざしゃがみ込んで真剣にしてくれるから遠慮するのもなんだかなーと思い「おねがいします」とお任せしたが、こんな体験は初めてだからソワソワする。
異性の手が足に。素足に。
しかもよく見たら意外に格好イイ、かも、だぞ!
の心拍数が上……」
「ポッドしゃらっぷ!」
危ない危ない。日本語だけど危ない危ない。健康診断は今はいい。
縦と横に何度か絆創膏を重ね貼りして、何回も「痛くないですか?」と心配してくれた彼の名前は耳に馴染みやすかった。映画俳優にも、美術の授業で習う人物にもいる。
「レオ、でいいですよ。それに、丁寧な言葉もいらないです」
「じゃあレオも『』って呼んで。タメ口きいてよ」
「わかった。と……」
「プロトタイプ・ポッドX-12。『ポッド』で反応可能」
レオは何度か頷いた。
絆創膏のお金を払おうとして拒まれる一幕のあと、私はそうだと思いついて、レオに連絡先を交換しようと提案した。
クラウスさんたちの仕事に繋がるような情報は持ってないし、連絡先って言ったってただのメルアドだ。電話番号ですらない。ポッドにも通信の管理機能があるとのことで、万一の事故もナッシング。
聞くところによると、戦うアンドロイドたちは本部からのメールを地上の各地に設置された機械で受信するのだそうだ。ポッドたちはその管理や通知も仕事のうち、とのこと。安全管理はばっちりだ。
だったらやる。とりあえず知り合いが欲しいという邪念もなきにしもあらずだけど。
レオもヘルサレムズ・ロット歴は短いそうで、そんなトークにも花が咲く。
ベンチで隣り合って座るうちにだんだんと肌寒さが濃くなり、ひとつかましたくしゃみのおかげでようやく時間の経過に気づけたほどには夢中で喋くり倒した。ポッドもレオも聞き上手だった。
「また会おーね、レオ」
「もちろん。メールするよ。さん、じゃなかった。……、帰り道に気をつけて、帰ったらちゃんと足の手当てするんだぞ」
「はあい。ありがとう!」
大きく手を振って、レオに背を向ける。
足の痛みは靴擦れの分際で主張が強い。
でも嫌な気持ちはどこかに吹き飛んで消えていた。
「ポッド、レオって良い人だったね」
の印象に従う」
「はいはーい。今はどんなお返事されてもご機嫌なさんだよーっと」
自然と緩む頬を片手で押さえた。
ポッドの指示どおりに道を進むと、半日前に私が通り抜けた門が見える。これは「ただいま」と言うべきだろうか。それとも「お邪魔します」かな?

セキュリティを抜けながら、ふとポッドを仰ぎ見る。
「ねえ、ポッド」
ほんの些細な違和感だ。
「初めに、どうしてレオはあんなに『具合』について訊いたんだろう」
そうだ、そういえばあのときも不思議だった。
まるで他にも何かなければおかしいと言わんばかりの……。
ポッドはちっとも迷わず言い放った。
「不明」
「ですよねー!」
私は考えるのをやめた。ポッドにわかんないのに私にわかるワケがなかろう。
今度直接質問しよう、と頭の隅っこに留め置いておく。
もっとも、頭の隅っこ過ぎてポンと忘れてしまったのだけれど。