05 新機能発見!



食事のマナーなんて知らなかったから、1からぜーんぶ教えてもらった。まだマスターしたとは言えない。
「調査は我々が行おう。くんたちの協力が必要なときはお願いするが、それ以外は自由にしていてくれて構わない」
と言われたけど、自由ってもすることがない。
スイートルーム!って感じのベッドでゴロゴロしながら考える。
私たちがここに来てしまった意味はなんだろう。
世界を救ったりだとか大恋愛をしたりだとか?急に不思議な力が湧いてスーパーヒーローになれたりして。
そんなことがあるはずもない。
特別な存在と呼べるのはポッドだけで、私自身はただの女子高生だ。交渉術も美貌もなく、偏差値もそこそこ……って言ったら先生に怒られるくらい伸びしろに期待するしかない女子高生。
でも私はこんな見知らぬ街や見知らぬ世界を救いたいわけじゃないから気にならない。まあちょっぴり悔しい気持ちはあるけどさ、無い物ねだりだ。私にはポッドがいるしね!それで十分だし!開き直ろう。全部ポッドの手柄であって単なる所有者でしかない私は関係ないってとこは目を瞑る。
「ポッドはしたいことある?」
「質問の内容が曖昧」
「ヘルサレムズ・ロットでやりたいこと。ポッドたちは機械生命体と戦ってるんでしょ?強くなれる情報とかがあるかもしれないし、そういうのを探したりしたい?」
「否定。現時点での最優先事項はの支援」
「うーん……そしたら私がしたいことを探さないといけないのか。……お土産話を見つけたりとか?どう?」
「どう、とは」
「賛成?反対?」
「当機体はの行動を支援する」
「……」
自分で決めろって言ってるんだな。この調子だと、私ってば帰れるころには決断のエキスパートになっているに違いない。
クラウスさんたちが解決の糸口を見つけてくれるまでの間、つまんない腐りかたをするのももったいないし、なんだかんだ言ってたってきっとポッドも外を見たいだろう。自分が知る『過去』の歴史とはまったく異なる世界が広がっているなんて不思議すぎるもん。知識を蓄えておけば、随行支援ユニット(……だっけ?)としてヨル……ナントカって人たちと一緒に敵と戦うときにもっと役立つかもしれない。
勢いよく起き上がって気合を入れた。
「よしっ!ヘルサレムズ・ロットを見て回ろう!」
クラウスさんたちの許可も下りている。
涙無くしては語れない経緯で引き換えたいくばくかのお金と、クラウスさんから渡された別途の支給金的なやつをポッドの内部に預ける。
ちなみに『的な』と表現したのは、目で見て納得できる形のお金ではないためである。それはピッカピカのカードなのだ。
悪いけれど、ほぼ見ず知らずの怪しい迷子の為だけにクレジットカードを用意してポンと渡してしまうクラウスさんの感覚と善意にこっそりドン引きした。
さて、同時に渡された特別加工の発信機つき防犯ブザーを握りしめ、私は新品のスニーカーを履いて立ち上がった。私があんまりにもボロボロな格好だったから、こちらもクラウスさんたちが替えを用意してくれたのだ。
でも。
「まずは服屋から!」
ファッションでテンションを上げていこう。
「各地に点在」
「プチプラ!」
「基準が曖昧。服飾雑貨店は移動可能圏内に59件。内、平均価格が低くヒトに近い形の女性体用の品物を扱う店舗は21件。利用者の年齢層がに近い物は14件」
「一番近いトコから行きたい」
あとポッドはどこからこんな情報を手に入れたの。無茶振りなのに普通に答えられて驚きだ。
「目的地をマップにマーク。ナビゲーションモードに入る」
ポッドは教えてくれなかった。私がポロッと暴露したらマズいデータバンクかなにかにアクセスした、なんてことはないよね。公然とした方法であれと願う。

中性的な声のポッドだが、試着室の中までは入って来ようとしなかった。そういえばシャワータイムも1人にしてくれたっけ。
でも見えない所で誘拐されたら困るから、カーテンの中に引っ張り込んだ。乙女の下着姿だって見るのは無機物だ。
躊躇なく脱いで躊躇なく着た。
ウエストが絞られた膝丈のワンピースはくるりと回ると裾が大きく広がる。
襟元にビーズが縫われたチュニックとショートパンツ……は攻め過ぎかなあ。
ゆったりしたブラウスにハイウエストのスカートを合わせてみたり。
こっちの長いスカートは使い勝手が良さそうだ。
6分丈のぴったりしたズボンには少しかっちりしたアウターが似合うかな。
ついでにイヤリングもつけて指で弾く。
「もしかしてさ、これってニューヨークの最先端ファッション!?」
「訂正:ヘルサレムズ・ロット」
「じゃあヘルサレムズ・ロットの最先端?」
「回答不能」
「だよねー。……ね、ポッドはどれがいいと思う?」
「回答……」
「『回答不能』はナシ!」
「……」
硬質なボディが鏡の中の私に向き、続いて実物の私に向いた。
これまで着ては脱いでハンガーにかけ直しまくった洋服を眺めるようにして、謎の、手みたいな部品を動かした。
「この組み合わせはヨルハ部隊スキャナーモデルの支給服に類似。動き易く、気温の変化への適応に優れる素材」
「……ねえ、私の質問の意味わかってる?それ私に似合う?似、合、う?」
「我々には人類の『似合う』が判断できない」
ゴネるのも可哀想か。ファッショントークはポッド以外とするしかない。
とはいえ店内には店員さんしかいないし、店員さんと会話をするにはポッドの通訳が必要だから時間がかかる。べつに時間なんか有り余ってるけど、買い物はちゃきちゃき進めるに限った。
スキャナーモデルとやらの制服に似ているらしいコーディネートとブラウスとショートパンツを買うことに決めて、デザイン違いの傾向が近いやつも何枚か腕に抱える。
レジでカードを差し出すときは手が震えた。
受け取った店員さんが目をぱちくりさせて私の顔を二度見したのも不安を煽る。やっぱし、分不相応な色のカードなんだ。ものすごく申し訳ない。使わなきゃよかった。
お会計自体はつつがなく終わり、サインも証明書もなにも求められなかったのだが、こんなもんなんだろうか?使った経験どころか手にしたこともなかったからサッパリわからない。
「さ、さんきゅーべりーまっち」
「こちらこそありがとうございましたー!またお待ちしておりまーす!」
見送りがてらニコッてされた。
店員さんの笑顔が無邪気だったおかげで肩の力が抜けて、私もニコリと笑い返せた。
紙袋をさげて街を歩く。後ろにポッドをくっつけてることを除けばただの通行人に見えるはずだ。
「次は靴屋ね!」
「了解。検索開始……」
たぶんまたたくさんの検索結果から条件に合わせて絞り込んでくれるのだろう。
面倒な作業を一手に任せ、道の隅っこで反応を待つ。
すると路肩に停まっていたトラックの運転席に、ゴツめの男が話しかけた。喧騒に負けないような大声だったので数人がそちらに目を向ける。
「ポッド、なんて言ってるの?」
「通訳を開始」
検索を中断させてしまって申し訳なかったが、好奇心が勝った。
「あーりゃダメだ、湧いてる」
「おいおい、こっちに溢れやしねえだろうな」
「溢れる心配はナシだ。でもこりゃあ抜くのが面倒だぜ……休みは返上だな」
「くそ、新作の映画でも観に行こうと思ってたのによ。とりあえず看板立てとけ、看板」
えんえんと嘆く男たちにそろりそろりと近づいていく。作業服だろうか、ツンとした刺激臭が嗅覚を刺した。
「どうかしたんですか?」
彼らは日本語で話しかけた私と即座に通訳したポッドの無機質な声にびっくりした様子で振り返った。
しかしヘルサレムズ・ロットではこの程度の珍妙さはよくあるものなのか、すぐに表情をやわらげる。
「ガミガミしちまって悪いな。あっちの道の奥に『タバスコのマンホール』ってのがあるのは知ってるかい?半年前のストリートシャッフルで水道管がおかしな具合に繋がっちまって、頻繁に水が溢れるようになったのさ。俺たちは見回り担当さ。今のところ溢れたことはないんだが、放置するわけにもいかんだろ?」
「どうしてタバスコなんですか?」
「気になるなら見てみるかい?」
「えっ、いいんですか!」
「害はないよ。ちょっと臭いけどな」
作業服を自分で嗅いでみて顔をしかめている。私も思わず自分の服装を見直した。臭いがついたら、買いたての服を早速おろそう。

飲食店とアパートの間に挟まれた道の奥から、ポコンポコンと泡のはじける音がする。
酸っぱいような鋭い臭いが空気に混ざり始めた。
ほら、と顎でしゃくって示された先には赤い水たまりがあった。
熱くもなさそうなのに時おり泡立って、そのたびに臭いをまき散らす。
「タバスコっぽいだろ?」
「うーん」
私の知ってるタバスコとヘルサレムズ・ロットのタバスコは違うのかもな。
「こいつを元に戻すまでは外に看板を立てとくんだ。入るのは自由だけど責任は持ちたくねえ」
入れるんだ。
フリーダムだなあ……と感心する私の横で、ポッドが事務的に呟いた。
「釣りが可能」
「……んっ?」
なにを言っているんだろう、このハコは。
思いもよらぬお知らせに硬直した。
確かに、漏れてきてるんだから水の大元はあるはずだ。水道管がどうだかこうだかとこの男の人も言っていた。
いや、でも、釣りが可能って。
(……あっ!待てよ、『できる』だけで『釣れる』わけじゃないってことか!)
ハッと気づいて息をついた。
危うくポッドの客観的すぎる分析に惑わされるところだった。ちゃんと自分の頭で意味を考えて裏を読まなければいけないのだな。うんうん。
男性は私たちの日本語のやりとりには首を傾げたものの、どうやらこの水たまりを珍しがっているらしいと見たみたいで、「ま、溺れない程度に遊んでな」と言い残して去って行った。去り際にくしゃりと頭を撫でられた。ちょ、ちょっとキュンときたぞ。
の心拍数が上昇」
「だって頭撫でてくれんの近所のじーじくらいだったんだもん!」
じーじもこないだ腰痛めて寝込んでるし!ってか今は私が異世界にいて会えないし!
私の言い訳を、ポッドはふよふよしたまま聞き流していた。
ドキドキワクワクから一番遠い世界で宙に浮いていそうだから仕方ない。
深呼吸を数回繰り返して心拍数がある程度元に戻るまで待ち、腕を組む。
「ポッド、『釣り』って私でもできるの?どんな道具があればいい?」
「この場合、道具は不要」
「どの場合よ」
「随行支援ユニットが同行している場合」
「んんん?……ポッドたちが釣り道具を内蔵してるって意味?」
「肯定。選択:釣りを開始するか?」
目の前にあるのはどうせ何も釣れない赤くて深い水たまり。
仕組みはよくわからない。でも、行動自体は今すぐできるらしい。
「じゃあやる」
「了解。釣りを開始」
言い残して、ポッドが投身自殺した。
「ポッドー!?」
ぼちゃんと音を立てて着水し、水たまりから半分頭を出している。
あわあわ言いながら紙袋を放っぽり出して水たまりのフチまで駆け寄った。
「大丈夫!?壊れてない?ポッド?」
何度呼びかけても返事はなく、相棒を失ってしまうような恐怖と焦燥が身体中を駆け巡る。
「だ、だれか……、どうしよう、どんくらい深いんだろう」
泳げるだろうか。
焦る私をまるっと無視して、全身で水をかいたのはポッドのほうだった。
バシャバシャと激しい音とともに水面に波を立て、何事もなかったかのような顔で(……顔ないけど!!)こっちに戻ってくる。
そのハコに何かをぶら下げて。
「報告:新鮮」
「……」
呆然と手に取った。
変な形だけど、ライター、みたいだ。
試しに蓋を開ける。ピン、と軽い音がして中身があらわになった。水没したせいか火はつかない。
「……新鮮……かな……」
数千年後の未来って、やっぱり感覚がおかしいのかもしれない。