04 信頼できるもの
え、まじ?ヤバくない?
私は笑顔もつくれず、挨拶の形で固まった口をぽかんと開けたままでいた。
緊張しながら連れてこられた、くだんの建物。K・Kさんは安心させるように背中をさすってくれた。リラックスできるはずもない。
彼女は軽く悩むようにしてから壁を手で押した。
ドアノブも何もない扉がゆっくりと開く。
ただの自然光なのに、射し込んだ光を直視できない。ひたすら自分のつま先を見つめて、K・Kさんのかかととコートの裾を追いかけるようにした。がんばるって決めたのにくじけそうだ。
「ちゃん。彼がリーダーのクラウスよ」
挨拶しなきゃ。
からからに渇いた口の中を無理やりつばで潤した。
「わ、わた、私はです!」
どうにでもなっちゃえ!と顔を上げる。
かたまった。
「……えっと、……あの……」
待って。
すんごい怖くない?
(うそ、なに、顔めっちゃ怖いんだけど!っていうかデカッ!!牙ある!?ラスボス!?)
恐れ慄いて後ずさる。同じ分だけポッドが動いた。
リーダーだという人は大きな窓を背にして立っていた。
体格がよすぎる彼は当然のように私を見下ろすことになり、威圧感が半端ない。
そりゃあ普通の組織じゃないっていうのは教わってたしこの街だってとんでもないからある程度覚悟はしてたけど、まさかこんな恐怖を感じるとは思わなかった。
うろたえたままの私に向けて、彼は丁寧に自分の名前を名乗ったらしい。ポッドが通訳してくれた。
長い名前だ。一発で覚えられるかな。ポッドに任せちゃいたい。
圧倒されたまま、勧められたソファに腰を下ろす。
くらうす、さんが真向いに座る。
その隣に、これまた知らない男の人が立った。
K・Kさんは私から離れず、隣に立ったままでいてくれる。反対側にはポッドが浮遊。うん、私のほうが数が多いもんね、きっと大丈夫だ、もっと落ち着いていこう。
すっ、と飲み物を出してくれたぴしっとしたおじいさんがあちら側に控えたから同数になってしまった気がするけど思い過ごしだ。
そろり、相手を窺う。控える男性2人は、目が合うとニコッと笑ってくれた。
(敵じゃない敵じゃない敵じゃない。よしっ)
改めて口を開く。
「私はです。K・Kさんから聞い、……お聞きになっているかもしれませんが、事故に遭って気がついたらこの街にいました。こっちのポッドも同じ境遇です。昨日来て、とりあえず周りの地図とかお金とかご飯とか寝る場所とかを確保しようって相談してたときにここを見つけて、ついじろじろ見てしまいました。ごめんなさい」
3倍くらい丁寧な言葉づかいで訳してもらえないかなと思った。
「ポッドはすごく頭がいいからもしかしたら自力で解決できるかもしれません。でもそれが何年後何十年後になったら私、おばあちゃんになっちゃうし。……うわっ!それヤバい!想像しちゃった、マジヤバい。ありえなすぎ」
クラウスさんは生真面目そうに頷いた。
嫌な予感がしてポッドに訊く。
「全部通訳した?」
「可能な限り」
「ヤバいーとかも?」
「可能な限り」
やっぱり。ポッドに気づかいや臨機応変さを求める私がバカだ。しょっぱなから印象悪くなってないかな。
でもみんな何も突っ込まず静かに聞いてくれている。
「だから原因や解決方法について調べてくださるなら、私もできる限りなんだって協力したいです。帰りたいんです。どうかお願いします、私たちを助けてください」
「もちろん」
ようやく聞こえた返事に、私は飛び上がるくらい驚いた。
「に、日本語!!」
クラウスさんが喋ったのは日本語だった。
ごりごりの外国人に見えるのにとても流暢でよどみがない。勉強熱心なのだろうか。
まじまじと見たら失礼だ。わかっているけれど瞳に惹きつけられる。
「うむ、すまない。私は日本語を学んだことがあるのだ。もしかすると私の知る日本語とさんの話す日本語が異なるかもしれないと思いポッド氏に任せてしまっていたが、どうやら同じのようだから、これからは直接話をさせていただきたい」
「え、えええ!?ポッドは知ってた?」
「肯定。瞬きのタイミング、視線の移動、呼吸のリズムから推測」
「言ってよ!!通訳なしにしてもらったのに!」
「疑問:他4名に対するの配慮の無さ」
「うっ……ごめんなさい……」
そうだよね……。
と、ここで眉根を寄せた。
「4名?」
ぐるりと見回してもこの部屋には4人しかおらず、クラウスさんは除くから、通訳が必要な人は3人だ。
クラウスさんは少し目を瞠ったあとスーツの男の人に険しい顔で何かを言った。
先ほどニコリと微笑みかけてくれたその男性は英語でそれに答え、短い単語を発する。
人の名前だとわかったのは、すぐに影が現れたからだ。
今度こそ腰を抜かすかと思った。
私のすぐ隣に、女性が、座っていたのだから。
「うわあぁあ!?」
びっくりしすぎてソファから転げ落ちかけた私を細い手が追いかける。
引っぱられて、なんとか座り直した。
K・Kさんはスーツの人に鋭い視線を向けた。
「あんた、どういうつもり」
「どういうことかね、スティーブン」
「チェインは情報に強い。あとから伝えるよりも実際に見聞きしてもらったほうが早いよ」
「では我々はそれを彼女に伝えるべきだった」
「そうだな、それについては謝るよ。知らない外国人に多く囲まれるとお嬢さんが萎縮してしまうかと思ったんだ。でも結果として怖がらせることになってしまったね。ごめんよ、お嬢さん」
優しい声音の謝罪は、ポッドの淡々とした音声に変わって耳に届いた。
さすがに赤点バカでもわかるんだけど、これ、この人たち、クラウスさんとK・Kさん以外信用できないんじゃないか。
特にこの、誰だ、映画に出てきそうなすらりとした男の人は。
「あなた、どうして私の存在がわかったの?」
「選択:ポッドよりへ。回答すべきか否か」
「はあ!?私に訊くの!?」
「肯定。当機体の所持者はであり、機能に関する情報の必要以上の開示については登録者の許可を問う」
「ええ……?昨日から今まで出血大セールでぶちまけてない……?」
こういうときだけ従順ぶらないでほしい。
まあ、いいけど。基準は理解しがたいが、ポッドなりの配慮なのだろう。もしくはプログラムされたルールのひとつだ。
秘密にさせるのも余計な軋轢を生みそうだから、こくりと首を振っておく。
「回答:スキャン用のポッド・プログラムがセットされているため」
「スキャン……。この時代の光学機器の範疇からは逸脱した技術、ってこと……?」
スーツの女性は「んんん」とうなって腕を組んだ。
「ね、そのスキャンするやつでポッドたちは何を見つけてたの?やっぱ隠れてる……なんだっけ、機械生命体、とか?」
「比較的ヒットし易い物は鉱石」
「こうせき」
「鉄鉱石、銀鉱石などが採取され易い。他にはキノコやネジなどの素材」
「キノコ」
「ネジ」
「アンドロイドが自力では発見しづらい場所にある素材を探知した」
スーツの男女がおのおの自分の口を片手で覆った。
「マジかよ……」
「素材扱い……っ」
なぜか女の人はかなり傷ついていた。
この街はヘルサレムズ・ロットといい、とっても奇妙で危険な地域だ。
ポッドがいても、異世界の女子高生がひとりで暮らしていくには不安がある。
クラウスさんは神妙な顔で異文化をいくつか挙げた。
見てわかるとおり、異界人の存在。慣れぬ目には優しくない。
異界から持ち込まれた道具や薬物の存在。知らぬ者には害がある。
そして街全体に及ぶ超常現象のたぐいだ。
開かずの踏切ならぬ帰らずのビルディング。
小地域一帯の区画を切り売りしパズルのように再配置するストリートシャッフル。
素直に経年劣化で危ない鉄橋。直せばいいのに。
「故に我々はさんを保護したい。目の届く範囲にいていただければ、すぐに何くれと手助けができる」
「目の届く範囲って、どこですか?」
昨日泊まったガラガラの部屋かな。
見つめ合い、私とクラウスさんは同時に首をかしげた。
「……どこにしたいだろうか?」
「は?」
なに言ってんだろ、それをそっちが決めるんじゃん?
首の角度をさらにおかしくする。
「クラっち、何が言いたいの?」
「まさか引き取ろうなんて考えてるのか?」
「彼女さえ良ければ、なのだが」
さらになに言ってんだろ、この人。
「ちょっとクラっち、やだ、ちゃんは女の子なのよ!そりゃあクラっちを疑ってるワケじゃあないし全世界どこを探したってクラっちレヴェル!の紳士はいないかもしれないけど?無事故無違反はアタシも確信を持てるけどね?ちゃんからしたら怖いものかもしれないでしょ?……私たちはある意味ちゃんの命運を握ってるようなもの。そんな組織のリーダーから急に申し出を受けて断りきるのは大人だって難しいわ。だからその提案は、一番最後に取っておいてあげてね」
ポッドの通訳を聴き終わり、思わず安堵の息をついた。確かに断りきれなかったかもしれない。助かった。
男女がどうとかではなく、クラウスさんを前にするとうろたえちゃうもん。
怖さよりも、私が何をしても好意的に受け止めそうな得体の知れない感じがすごくする。
この中で唯一、彼だけは無償で私を助けようとするだろうと思うのだ。
たとえ私がどんなに汚い犯罪者であっても、脳みそだけしかない肉塊であっても、必ず救うと断言してくれる人だろうと。
高潔さってやつなのかな。
真似ができない高みにあるから怖く感じる。あ、これが吸血鬼の気持ちかな!?いますごくピンときたぞ。太陽を見るとウワーッてなるんだよね。あれはきっとこんな感じだ。違いない。
「言っとくけどこの男はダメ。ポッドちゃん、強く訳して。3回は繰り返して。この腹黒の家だけはダメ!」
綺麗な指がさす先には、油断ならない男性がいる。助けてもらう分際で申し訳ないけどこの人だけはこっちからお断りだ。
「その、私の家も……留守が多いので」
「ザップの家は論外だしなあ」
「ギルベルトさんはクラっちと一緒だしねえ」
選択肢、ひとつしかないんじゃないの?
言わなかった。
チラチラと見られる気配がする。
「こ、行動を制限?とかされたりするんですか?」
「生存率の低い地域には行かないようにしてもらいたい、というような要望はあるのだが、他には特に何もない。ただ、生活に必要な衣食住だけは保証させて欲しいのだ」
「そ、そーですか」
悩むふりをするも道はない。私にとっては得ばかりな条件が揃い踏みで、断るほうがバカヤローとののしられそうだ。
「私に君を守らせてほしい」
ためらいがちに頷いた。
「よろしくお願いします……」
クラウスさんはパッと胸を開いて何度も小刻みに頷いた。嬉しいのかな。
「もちろん、ポッド氏のことも」
「感謝」
そこだけほのぼのした空気だ。
このとき私は知らなかった。
クラウスさんの生家がめちゃくちゃハイソだということを。
ヘルサレムズ・ロットで寝食する邸宅も、私にとっては限りなく異世界だったということを。