03 眠る
仮宿として与えられた一室。
私は明日、K・Kさんの勤め先で面接のようなものを受ける……らしい。
今日はゆっくり休んでね、なんて言われたけれど心落ち着くはずもなく、急場で用意しましたって感じの殺風景な部屋をうろうろしてしまう。
ポッドは私に付き合う気がないのか一箇所にとどまったままだ。それでも私がいる方向にはゆるゆると正面を向け続ける。支援だのなんだのというよりも、飼いたての動物が粗相をしないか気をつけているように思えた。
クリーム色の壁紙に可愛くないラックが寄り添う。てっぺんに置かれたデジタル時計が示す時刻と外の明るさはどことなくマッチしなかった。外はどこかぼんやりして見える。
小さなテーブルと椅子が2脚。
無造作に放ったビニール袋の中に持ち帰りのハンバーガーが入ってて、これが私の夕食だ。まあ、さっきファミレスでハンバーグを食べたばっかりだから明日の朝ごはんになるかもしれない。テンパってたとはいえとっさにどっちもハンバーグ系を選んじゃうとかどんだけハンバーグが好きなんだって感じだ。
申し訳程度のキッチンを覗き込めば、これまた小さな冷蔵庫と電子レンジがあった。コンロの下の収納はからっぽだ。引き出しには食器でも入れられるのか間仕切りがある。
廊下とドアを通りぬけた先には別室が。パイプ、っていうのかな、全然オシャレじゃない素材でできたベッドと、その横に小ぶりな棚みたいなのがあって、ここにも時計が置かれていた。アラームでもかけろってことだろう。私の場合はポッドがいるから必要なさそうだけど、まあ邪魔にはならないからそのままにしよう。一応開けてみた引き出しの中にはメモ用紙とペンがあった。あと卓上ライトのリモコン。
ボタンを押してみたけど効きが悪い。
「電池入ってなくない?」
「本体の通電が必要」
「……あー」
コンセントがささってなかった。
だよね、急場で用意された部屋だもんね。はいはい、私が悪かったですよ。
ベッドを避けて窓際に寄り、カーテンの隙間から外を見る。
部屋自体が建物の6階だからだろう。落下防止のためか窓があまり開かないようになっていた。
部屋の探索を終えて居間に戻る。
「つっまんない家」
呟いた言葉は、響くこともなく壁に吸い込まれたような気がした。
私には何もない。
ポッド以外の持ち物(……ポッドを持ち物扱いしていいなら、だけど)はスクラップに変わってたしそれも売られた。
部屋にもなーんにもないから暇つぶしだってできない。
だからポッドに手を伸ばして、近づいてきたハコをつかんで引き寄せた。
垂れ下がる部品をわずかに動かしたけど、ポッドはされるがままだった。
ハコの表面は基本、つるつるだ。ところどころに指触りの悪い部分があるのはポッドが元居た場所で大変な目に遭った名残に違いない。私の膝に擦り傷があるようなものだ。
「ポッドは痛みを感じるの?」
「否。ポッドシステムは人類に似た神経を有さない」
「たとえば爆発しても痛くないの?」
「我々にとって『痛み』とはデータのひとつに過ぎない」
「ふーん」
ポッドと私の距離は今までになく近かった。私がポッドを抱き寄せているのだから当然だ。
人肌からはぜんっぜん程遠い金属の塊なのに、落ち着いた中性的な声を聴いているとすごく安心する。
「じゃあポッドは寂しくないの?怖くないの?」
「その感情がどのようなメカニズムによって生まれるかを推測することは可能だ」
「ふーん」
私にはわからない。ぜんぜんわからない。
私は寂しいし、怖いし、もう何も考えずにぼーっと壁と天井の境目だけを見つめるだけの時間が欲しいなって疲れ果てた気持ちになったりするけれど、ポッドはそうではないと言う。
それは便利なことなのだろう。
きっとすごいことなのだろう。
私がスマホでダウンロードして遊んだオセロのアプリみたいに、私が置いた黒いコマを淡々と白に変えていくだけ。
コンピュータには『相手の色を変える』ことしかインプットされていなくって、私が四つ角を取って得意げになったって何も感じない。別の手に切り替える。それで十分楽しかった。
でもポッドとは、もっと楽しいオセロがしたい。
「ドラマみたいにさ、いつかポッドも感情を持ったりするのかな」
「回答不能」
「だよねー」
両手からポッドを解放する。
ポッドはふわりと浮き上がり、また、それなりの距離を保って宙にとどまった。
部屋の鍵は渡されていない。
だから外に出られなくて、着られる服はバスルームに用意されたフリーサイズのパジャマと、袋に入ったままの新品の下着だけだった。うえ、と抵抗感がわく。衛生面では大丈夫なんだろうけど、漠然と、人間として扱われていないような錯覚に陥った。
複雑に顔をゆがめた私に、ポッドが寄り添うように身を寄せる。
「人類は単純な部品交換やデータチェックで回復を図れるわけではない。体温と血中の主な濃度を計測する限り、には465kcalの摂取ののち1時間の休息を経て7時間43分の睡眠が必要と判断可能」
「細かっ!!」
寄り添ってくれたわけじゃなかった。
カロリーを摂れと言われても食欲はない。お腹の中でハンバーグと付け合わせのポテトがもだもだしてもいる。
明日にする、と言って早々に引き上げた。テレビも英語でつまんない。陽気なお笑い番組もポッドに同時通訳されなきゃ見られないんだし、それってどうなんだって思うじゃん。ギャグには抑揚も大切だ。ポッドは向いてない。
丁寧に折りたたまれた硬い布団をお腹までひっぱりあげる。
お気に入りのセーラー服はハンガーにかけてクローゼットにぶらさげた。汚れて、スカートの裾なんか、ちょっとほつれてる。本当に気に入ってたのに。可愛いのに。
しかもこれ、着替えがないから明日も着なきゃいけないんじゃんね。
がっくりと肩を落とす。
話し合いかなにか、難しいことが終わったら、絶対服を買ってやるんだ。
枕元の時計に触れると、遮るようにポッドが言った。
「当機が睡眠リズムを計算し、適切な時間に起床を促す」
「あ、ありがと?……じゃあアラームかけなくていいの?」
「必要はない。しかし、の行動を制限する理由もない」
「……ん。わかった。じゃあいいや。おねがい」
「了解」
私はリモコンで明かりを消した。
うっすら、夜光型のデジタル時計の数字が光る。
毛先がちょっと湿った髪を枕にこすりつけて、「あーあ!」と誤魔化すように大声を出した。
「もっといいベッドで寝たかったな!」
「……」
「スイートルーム的なさ!」
「……」
「思わない?」
「がいるのであれば、場所を問うことはない」
「……イケメンかよ」
ポッドがいてよかったなあと改めて感謝した。何にかな。私の日ごろの行いのよさとかかな。落とし物を拾って交番に届けたから?
私は緩慢に目を閉じた。
機械の声が「おやすみなさい」と私に言った。