02 私は、あなたを、助けたい
わいわいとしたファミレスのような所に連れてこられた。
ドアを開けた女性に促され、びくびくしながら中に入る。彼女はポッドが私についてドアの隙間をすり抜けたのを確認してから手を離した。
キョロキョロと辺りを見回してから、んー、と悩んだ様子でつま先を迷わせるのがわかる。私が下ばっかり向いてるからだ。
だって、これからなにが起こるのか、私にはさっぱりわからない。
ポッドはある程度把握したり予測したりできているんだろうけど、この人の前だからかあんまり喋ってくれないし。
そりゃあ私は外国語ができないから通訳するのも面倒くさそうだし、機械の処理能力とかで最後に総まとめして説明したほうが効率がよさそうだとも思う。私だってそうする、かもしれない。
でもでも当事者からすると不安で仕方がない。
女性の手が軽く私の肩をたたいた。大げさに驚いてしまったら、どうやら席が決まったらしい。早足になるのは店のお客さんの割合がかなりモンスター寄りなためである。早く落ち着く場所に行きたい。
上座、っていうんだったっけか、店内が見渡せるような奥側のソファを勧められるもこれはポッドに無理だと伝えてもらった。見渡したくない。
女性は英語で申し訳なさそうに謝罪のような、ソーリー、に近そうな言葉を言ってから位置を変えて席に着いた。私もようやく腰を下ろす。
ドッと疲れがあふれて、一気に足がむくんだ気がした。
私たちが落ち着いて会話できる環境にあれたと判断したポッドは、「以後、同時通訳を行う」と機械っぽく言った。機械だけど。
女性がメニュー表のようなものを差し出してくれる。
「疲れてるでしょう?何か食べる?」
「えっ、と。……ハンバーグ……」
「ライス?パン?」
「ライスで……」
「飲みものはどうする?私は、そうね、んー……」
女性が悩むうちに急いで英語を読む。やばい全然ピンとこない。嘘でしょってくらいわかんない。
当たり前だけど私だってオレンジだのピーチだの紅茶だのくらいは読める。赤点で叱られてたってコーヒーも読める。キャラメルも読める。正直、書けないけど。
でも、なに、この、知らない単語がたくさんありすぎるのは。
「久しぶりにコーヒーフロートでも飲んでみようかしらー、……って……どうしたの?」
「えっ、あの、ちょっと待って」
「推測:一部の物体はの文化圏に存在しない。あるいは食用ではない」
「あ」
片目が綺麗にまるくなった。
「あー、ごめんなさい、そうね、アタシ……私ったらすっかりコッチに慣れちゃってたわ。ウン。そうそう。ここから下は異界向けなの。たとえばこれはグラメタナムって果実の生ジュースなんだけど、奇妙に感じるわよね。普通の紅茶にしておきましょうか。いい?」
「は、はい」
人生で一度も聞いたことのない果物の名前だったし、人生で一度も食べてみたいと思ったことのない果物の名前だった。
「……つめたい紅茶で……」
「オーケー」
なぜオーケーの部分は訳さないのか、ポッドにも雰囲気を感じ取る機能が備わっているならもっと活用してほしい。
先に出された飲みものを無駄にストローでかき混ぜるこの気持ち、誰かと分かち合えたらいいのにな。そういうとこ、ポッドは役立たずに近い。悪いけどさ。
けれどぶすくれた顔をしてはダメだ。
なんかわかんないけど私は学んだ。学んだっていうかひしひしと感じた。
この街はおかしい。私の知らない場所だ。これはハイテクポッドのお墨付きである。
言葉だってわからない。ポッドがいなかったら私なんか路頭に迷ってる。考えたくなくても、泣きそうでも、それが現実だったと思う。
だけど。
だから。
ポッドがいる限りは、ポッドが助けてくれる限りは、絶対に帰ることを諦めちゃいけない。
アイスだって食べきってない。
友だちとカラオケも行ってない。
補習がないのはありがたいけど、今は補習があるほうがずっといい。
蒸し暑い道を歩きたい。新しいリュックが欲しい。映画が観たい。漫画を読みたい。近所のおせっかいなおばさんが整理を諦めてわさわさ生やしたままのアロエを味見してみたい。
やりたいことがたくさんある。
私は帰りたい。帰りたいんだ。
だから帰る手がかりがあるならつかまなくちゃいけないし、理由はわからないけど助けてくれるって言うなら助けてもらう。
感情がたくさん押し寄せる。ぐっと奥歯を噛み締めた。
がんばる、って、私にとってはいま使う言葉なんだ。
ポッドは通訳で、話すのは私だった。
「私はです。どうしてかはわからないけど、車に撥ねられたと思ったらこの街に倒れていました」
女性は私に目を合わせてじっと聞く。
「こっちは私がポッドって呼んでる機械です。同じように、気づいたらここにいたって言ってます」
どう話せばいいのか、口を動かしながら考えている感じだ。
「どうすれば帰れるのか、私たちにはわからないんです。もしお姉さんが帰り方を知ってるなら教えてください、お願いします。私は帰りたいんです。それに、ポッドも私が帰るまで私から離れないって約束してくれたからポッドも動けなくて、ここはぜんぜんわかんなくて、グラ、ナントカも知らないし、人がヒトなのかもわからない。見たことない。こんなアメリカなんて知らない。私は帰りたいんです。日本なんです。この世界じゃない日本なんです。生きて帰りたいんです!」
やっぱり支離滅裂のぐちゃめちゃになった。やっぱりこうだ。気持ちが高ぶって、配膳されたハンバーグよりもジュウジュウと焼けている気がする。あと、身を乗り出した拍子に鉄板に手が当たって「あっつ!!」って叫んだんだけどポッドがそれを丁寧に通訳してくれていてそれはいらなくない?と思った。
ずうっと興奮しっぱなしの私に、女性はまっすぐ背筋を伸ばして言った。
「ごめんなさいね。正直に言うと、現段階で即座にあなたを帰還させてあげられると断言することはできない。けれど解決の手助けは必ず行うし、その為に働くと約束もする。私たちはあなたの味方になれる。……ハンバーグが冷めるから、食べながら聞いてちょうだいね」
食べながら聞ける話だろうか。
ナイフとフォークで挽肉を切り分ける。湯気が立ちのぼった。
「私の名前はK・K。ここ、異界都市ヘルサレムズ・ロットを中心に活動する組織に所属する人間よ。私たちは簡単に言うと世界規模の治安維持活動を行なって、これまで数々の事件を解決、鎮圧してきた。この活動の根本は『均衡』にあるの。世界のバランスを取る。放置しては必ず均衡の崩れる存在がいるからこそ我々は構成され、ここまで活動が続いてる」
女性が、K・K……という人が喋っている間、私はずっと同じ肉を噛んでいた。
「ポッドよりへの質問」
「え、な、なに?」
「平易な単語に変換した同意義の訳が必要か否か」
「……」
バカにしてんのか。
いや、バカにしてないとわかるからやるせない。ポッドにとっては単純な思考の一端なのだろう。これまでの言動から読み取った私の知能レベルに合わせただけで。善意ですらなく。
いい、と首を振った。なんか悔しいから自力で理解する。すればいいんでしょ。
要するに、K・Kさんは世界のバランスを取る仕事をしている。バランスが崩れるとなんかヤバいからだ。異常気象とかで水不足になったら大変だから、水不足になった地域にお水を分ける、みたいな?そういうことにしておく。
じゃあ、私たちは異常気象だ。私たちが来たことでどこかに何かが起こるかもしれない。起こらないかもしれない。けれど明らかに『異様』な事態。
K・Kさんたちはそれを解決する義務がある。だから私たちを助けてくれる。
えーと。でもつまりさ、ポッド。
私が結論に辿り着いたとわかったか、ポッドは私のほうに機体の正面を向けてふよふよした。
「え?これって、よーするに結果だよね?」
「肯定」
だ、だよね。
K・Kさんたちからの献身的な助力は世界のバランスを取るお仕事の為のもので、なんかさ、つまりさ、要するにさ、さっきから要しすぎだけど、要せてないけど、なんかさ。
純粋に私たちが帰還するのを助けてくれるってわけじゃないんだね。
すっごく微妙な気分だけど、まあ、うん、いいのかな。帰れればいいんだし。大人はこんなときどうするんだろう。怒るのか、裏切られた気持ちになって傷つくのか、開き直るのか。
(開き直るのが一番ラクそう?)
目を伏せて、ハンバーグをぱくり。ライスをぱくり。
噛んで飲み込んで納得する。
やけに凪いだ心の私とは反対に、K・Kさんのほうが苦しそうに眉根を寄せる。
「……だから私はさっき、本当は、純粋にちゃんを助けたくて判断したんじゃなかった。『引き止めなければならない事案』として処理したの。あの映像も音声も本部に流れてた」
「……」
「いい大人のふりをした……、迷子になって心細かったあなたには、きっとそう見えると思う」
K・Kさんが次に口にしようとすることが何か私にはわかった。
「ちょ、謝んないでください!」
咄嗟に言う。ポッドがすかさず英語に訳す。K・Kさんは目をぱちくりさせた。私も私がどうしてこんなに早口になったのかよくわからない。
声を鞭のようにしならせて会話をぶった切ったものの先が続かない。
「怒ってないから、謝らないでください」
えーと、これでいいのかな?なんて言えばいいんだろう。罪悪感を抱かれたことがないから対応できない。
「私は、K・Kさんたちを利用することにします。利用して、あの、帰ります。だから謝らなくていい、と思います……けど……あの……、……ポッド、私おかしくない?」
「分析する限り、K・Kの思考能力であればの発言のニュアンスを理解可能」
「ん?あれ?私バカにされてる?」
「当機体はK・Kの思考能力を数値化しただけで、の知能レベルについて言及してはいない」
「そうかも」
丸め込まれたような気もするが錯覚だろう。
途中から日本語でやり取りしだした私たちを見つめながら、K・Kさんはアイスコーヒーが濁っていくのも構わずこちらに手を伸ばした。白い手だ。恐怖する私の背をさすった優しい手だ。
「私たちは、必ずこの事件を解決する」
それから彼女は私と手をつなぎ、ゆっくりと、ゆっくりと、とてもとてもゆっくりと、私にもわかるように、赤ちゃんに言い聞かせるように囁いた。
「私は、あなたを助けるわ」
ポッドが訳さなくても、温度のある言葉はするりと私の身体に溶け込んであたたかく広がっていく。
うん、と頷いた。
手を握り返す。
「さんきゅー。あい にーど ゆー。ぷりーず へるぷ みー」
これすら合ってなかったら英語の先生にぶっ飛ばされるなあ。
K・Kさんは赤ペンチェックの代わりに、ぎゅっと手に力をこめた。
痛いくらいに。
うん。
言えなかったけど、すごく痛かった。
あとからポッドに痛かったって話をしたら、ポッドはK・Kさんの握力の試算を教えてくれた。
聞いた私は、殴られたらやだなーと思ってちょっとだけ引いた。