01 目的地をマップにマーク



そぉーっと路地から顔を出して一歩踏み出し、すぐに引き返した。
日本画とかによくある妖怪に似ている生きものだったり、空を飛んでる魚みたいなのだったり、フツーっぽく見える女の人とかもいるけど視界の暴力が激烈すぎて印象に残らない。
しかも、雑踏から聞こえてくる言葉は日本語からは程遠く思えた。街角の貼り紙も、遠目からだって太字のアルファベットに見える。私の知らない単語だし。
「む、無理だよ、私行けない」
「立ち止まることのメリットについての説明を求める」
「メリットとかじゃなくて、わかんないの!なに言ってるかとか!みんなモンスターみたいだし!」
「この地域で使用される主流な言語はこの時代の日本国で義務教育が始まると同時に学び始めるものと記録されている。義務教育を終えている人物であればある程度の行使は可能と推察される」
「人によるんだよ!!ポッドのいたトコにもいたでしょ?数学苦手な人とか!」
「基礎的な学習能力および知能はアンドロイド製造時にチップに搭載される」
ダメだ、話が通じない。アンドロイドが優秀なことだけはよくわかった。そんな超人的なロボットをつくったポッドの時代の人間もさぞ有能なことだろう。ふん、と鼻を鳴らす。どうせ赤点ですよ!
言葉が通じない、読めないという危機的状況は、私ひとりでは解決できない。ポッドもそれはわかっていた。
ポッドはいつもの淡々とした声音で、「同時通訳を試みる」と言った。
「そんなことできるの?」
「対象の発言内容を相互理解可能なように変換するだけならば、人類も似たようなことを行なっていた」
確かに、テレビとかで有名な俳優なんかが来日したときに見たことがある。
「じゃあお願い」
「了解」
おっかなびっくり外に出て、右左と道を見る。大きい交差点が近く、街頭テレビから、ワイドショー……か何か的な映像が流れていた。
ポッドに知識を渡せば勝手に応用してくれるとわかったので、情報源になりそうなものを探す。新聞とかだろうか。ゴミ箱を見たら捨てられてたけど、拾いたくない。
ポッドは私にぐるりと街をまわるよう提案した。逆らう理由もなく歩く。薄汚れたセーラー服の女子が手ぶらで歩く姿はどんなふうに見えるのだろう。うちの近所だったら「藪に突っ込んだの?」とか言われそうだ。
人にぶつからないよう気をつけながら歩く私とは対照的に、ポッドはオート機能でもあるのか浮かびながらよどみなく人混みをよけている。だからかはわからないけど、街ゆく人も特にその存在を気にした感じはない。まあこれだけ意味がわかんないものだらけの街だったら多少のことはどうでもよくなっちゃうのかもだけど。くわえてあんまり存在感がないから私もちらちら振り返っちゃってる。
横断歩道や街角をでたらめに歩いてすっかり足が疲れたころ、ポッドはとある建物の前で私に声をかけた。
煤けてるのか、窓ガラスはきたない。中を覗き込むと、カウンターテーブルの奥で新聞を読むガリ勉ふうの男がいた。
「提案:携帯端末の売却」
「はあ!?ちょっ、なに、なに言っちゃってんの!?これ私のだよ!?」
「理由はふたつ。第一に、端末は修復不能なほど破損している」
「こんなおかしい世界なんだからヤバイ技術で直るかもしんないじゃん!」
「肯定:その可能性を否定することはできない。しかし第二に、修復が可能だとしてもデータを復元させることで『の世界』とこの世界の交わりをこれ以上増やす必要性を感じない」
「……」
ぽつねんと立ち尽くす、そんな気分だ。もしここが種類豊富なドリンクバーが設置されたファミレスだったとしたら、今すぐ立ち上がってくそまずいジュースをつくってポッドにぶちまけてやるのに。もったいないってお母さんに怒られると思うけど、だってそんな気分なのだ。
要するにポッドはこう言いたいんでしょ。
「仮に超常的技術によって修理されたとして、現在媒体としての役に立たない端末を持ち続けることは単なる自己満足」
「もー!!うるさいな!今それ考えてたもん!」
睨みつけてもどこ吹く風だ。機械だから仕方ない。っていうかこいつの目ってどこよ。
スカートのプリーツに隠れたポケットを漁って、壊れて画面にかすり傷のついたスマホを取り出す。
短い付き合いだった。
友だちのアドレスだって、写真だって、メールだって入ってたのに。
八つ当たりのように唇をつきだして言う。
足取り重く店に入り、今か今かとこちらの様子を窺っていた店主が新聞をたたむのを見た。
あとはもう、ポッドと店主が英語で喋っているのを聞くだけだ。機械音声は英語もペラペラ。私は暇つぶしに、壁にかけられたモデルガン(だよね?)とか棚の上の、なんていうんだっけ、吊りさがった金属っぽい球体がかちんこちんいうオブジェを眺めた。

「なに?」
「本体保護用の装備について問われている。値はつかないため、引き取るか、処分するか」
振り返ると、丸メガネの店主がにこやかにスマホケースを掲げてくれた。
「はいはい、どうせ自己満とか言うんでしょ。捨ててもらっていいよ」
可愛いケースだったけど、使いみちがないんじゃそれこそ自己満足っていうかお荷物っていうか邪魔だ。ポケットは有限だもん。
横目で見ていると、ポッドの通訳を受けた店主は、本当に、ほんとうに軽くそれを捨てた。クシャミをしたあとのティッシュペーパーのようだった。
その気軽さにひどく胸を傷つけられたような気がする。かえしてよ、と叫びたくなった。決断したのは自分なのに、どうしてこんなに悲しくなるんだろう。
それなりの金属パーツは紙幣と硬貨に変わった。ポッドはそれらを貯金箱のように収納し、必要に応じて出してくれるらしい。日本円しか使ったことがない私にとってはありがたい話だ。
しばらくは、値段を選べばごはんも食べられるだろうと思うと安心もする。
だけど喪失感はやまない。
情報を集めるふりをして、大きな看板の前に立ち止まる。
そりゃ、ポッドがいるからここまで落ち着いていられてるし、私の気持ちは理不尽だとわかってるからふざけんなとかそんなふうに感情的になったりはしないけどさ、やっぱ、ひと言くらい慰めてほしいよね。
ふと、ひどいことがよぎった。
(どうせ機械だから無理なんだよ)
たとえ慰めてもらえたとしても同じように思うのかなと想像すると、そんなふうに考える自分が嫌になって大きなため息が落ちる。
どんどんと気持ちがマイナスに寄る。
の呼吸リズムから、精神状態において不安定な要素を察知。原因の究明と解決を推奨する」
「……、……原因はスマホ。解決はしばらく無理。終わり」
「原因の具体性を求める」
「っ、もぉー!!」
両手でハコを引っ掴んだ。
「スマホは役立たず!だよねー!でもでも友だちのアドとかメールとか写メとか入ってたの!日記とかちょっとつけてたし!」
「内部データのバックアップは完了済み」
「いっぱい写真撮っ、……へ?」
「記録媒体としてエクスポートしに預けることも可能だ。解決後は帰還前に出力する予定」
手の力が緩むと、ポッドはするっとそこから抜け出してまたふよふよし始めた。
目がどこにあるかはやっぱりわからないけども、なんだか見つめ合えている気がする。
全部持っていてくれたの。いつ抜き出したんだろう。あ、そういえば初めのときに……。
勝手に裏切られた気分になって、勝手に救われた気分になる。私は身勝手だ。私が少女漫画のヒロインだったら連載と同時に打ち切り決定である。絶対ダメだ。
「……ごめん」
「謝罪の意味が理解できない」
「……八つ当たり……」
「人類は感情の起伏を表すことで相互理解を深めていた。独善、一方的なものであれ、精神の安定あるいは成長が望めるのであれば有益と判断できる」
「なんか逆にハードル高いんですけど」
安定あるいは成長が望めない八つ当たりは無益って言い切ってるし。まあそうなんだけどさあ!?
もう一度「ごめん」と謝ると、ポッドは手をうねうねと動かした。
もしかすると、コミュニケーションのひとつのつもりだったのかもしれない。たとえば慰めだとか、そんな、プログラムからは遠そうな。
テキトーにやってきた場所だったけど、近くの看板地図を指さして細い線をたどる。今はここにいるらしくて、もう少し行くと地下鉄の駅だ。
言われるまま駅に向かう。
階段を一段だけ降りてみると、ポッドが瞬時に光を放った。車のヘッドライトが反射したと間違えてしまうほど薄い光。膜のようになったそれは素早く地面を走り抜けビル壁をのぼり、景色をすっぽり包み込むようにしてから何事もなかったかのように消えた。
「周辺の地図情報を入手」
私のぶらぶらした散策(ポッドの指示)と地図の読解(ポッドが読んだ)にくわえ、キーとして『駅』が使われた。これでポッドはこの地域にすっかり詳しくなったわけだ。ありがたいったらない。
早速、ごはんが食べられる所に行きたかった。歩き通しでお腹がすいたのだ。
しかしポッドは無情である。
「西の方角に巨大建造物を発見。内部に膨大な情報量を確認」
「……え……行くの……もうやだ……おなかすいたし……疲れたよ……」
「疑問:帰宅の意志」
「そっ、そりゃ帰りたいけど!!生きて帰りたいの!!」
干物になるのは勘弁だ。
「方角は同じ」
「うー……」
宿泊施設が同じ方にあるとそそのかされ、渋々歩く。ポッドのあの淡々とした声で言われるとなんでも正しく聞こえるからずるいんだ。
不機嫌って顔で道を進むと、ポッドに教わらなければ通り過ぎてしまいそうなほど目立たない道が横にぐねぐねとのびていた。
より高く浮き上がったポッドを目で追う。とても高い建物が私たちを見下ろしている。こんなに大きいのにどうして気づかなかったのかわからない。
この建物に、情報……とやらが集中しているらしい。ポッドに搭載されている機能で解析するとサーモグラフィーのように歴然と確認できるそうだ。ふぅんとしか言いようがない。
でも、どんな建物なんだろう、と興味はわく。
ついさっきまで疲れ切って不満たらたらだったのにげんきんなもので、私は道の中に踏み込んだ。
「先ほどまで空腹と疲労を訴え文句を並べていたの行動としては非合理的」
「わかってるけどさー、気になるしー」
「行動理由の詳細な説明を求める」
気になるからとしか言いようがない。
ポッドも、知らない所に丸腰で乗り込むようなものだから心配してくれているのだろう。相手はとてもたくさんの情報を持つ、なんだろな、警察か何かかもしれないんだし、捕まったら大変だ。
でもポッドなら何とかできる。そんな慢心と無駄な信用がある。
「これが入り口?……なにこの漢字?……逆向き?」
突き当りには、想像の数倍へんてこな扉があった。表札、ではないし、落書きにも見えないし、おまじないかなにかだろうか。あ、風水ってやつかな。そんなに興味はなかったからポッドに訊くのはやめた。端から端まで説明してくれそうだから。
「ここってなになの?あ、待って」
答えようとした機械音声を遮り質問を変える。曖昧に訊くと話がややこしくなるから、ちゃんと要点をまとめないといけないんだってわかってきた。
「えーっと。情報が集まってるってことは、ここは警察とか政治家の何とかとか、大企業だったりする?」
「否定:ただし、治安を維持するという点では警察組織に類似」
「ちあんいじ。……火の用心みたいな……?」
かんかんと乾いた音を立てながら注意を促すおじさんたちを思い出した。ちいさかったときはあれに参加させられてすごく嫌だったものだ。ご褒美のジュースがなかったらばっくれてた。
ぼうっと過去について考えるうち、ポッドはこの治安組織についての説明をしてくれていたようだった。

「ん、あぇ?なに?」
「ここは、世界にとって非常に重要な情報を保有する組織の本部である」
「う、うん。そーだ、ね?うん」
ポッドから、ポン、ポン、ポン、と心地よい音が小刻みに流れ始めた。リズムはだんだん早くなり、正面の小型ライトが何かを照らし出す。しゃがみこんで覗いたドラム缶の陰には、明かりに照らされたカメラがあった。
ぞっとした。
「っひ」
離れようとして尻もちをつく。カメラの首がこっちを追いかけるのを、ポッドはありありと照らし続ける。いいよもう、なんかカメラの動きちょうキモいし、見たくなさすぎる。
辺りを何度も見回してしまう。
どうしよう、私、完全に不審者だ。重要な組織の建物の入り口の前で立ち止まってキョロキョロしていたのだから、不審者以外の何物でもない。しかもなんか変なハコが横にいる。会話してる。
ドキドキする胸をおさえて、泣きそうになった目にぐっと力を入れた。
「つ、つかまる?犯罪者?」
「この段階では解答できない。ただ、建物内部の空洞を利用したワイヤーに沿って箱状の機器が移動し、上階からこちらへと移動している」
「なにそのよくわかんない発明品?そんなんあるの?」
「10秒後に到着」
「げっ!!」
あたふたと立ち上がる間に、無情なカウントはゼロを刻んだ。
転んだ拍子に、きっとスカートはめくれているだろう。膝も擦りむいたかもしれない。情けなさと痛さと怖さで「ポッド……」と呼びかけたが、声がかぼそかったせいか明確な命令がなかったせいかあいつは無反応だった。シカトだ。最低なハコである。
背後から足音が近づいてきて、影が私に差した。ふわりと香ったのは香水だろうか。鮮烈な色のコートと、白くてきれいでモデルみたいな肌の太ももが目に飛び込む。
「大丈夫?転んじゃったのね、びっくりさせたかしら。立ち尽くしてたから、どうしたのかと思って見に来たのよ」
「あ……」
少し低くて、でも優しくて。
綺麗な顔によく目立つ眼帯には驚いたけれど、それより焦ったのは彼女が英語を喋ったということだ。実際、こんな状況に陥らないときっとわからなかったと思うけど、相手の格好とかより何より一番私の意識が行くのは言語の違いだった。
すかさずポッドがやってきて、説明と通訳を行ってくれる。さっきはシカトばかとか思ってごめんと心の中で謝った。
どんな説明をしたのかはわからない。
ただ、彼女はふむふむと真剣な顔で頷いて、ポッドと私を見比べたりいくつか質問をしたりして、それから立ち上がり私に手を差し伸べた。唇が滑らかに動く。私には意味がわからない。
ポッドはそれをありのまま、告げられたままの台詞を、ひとつも取りこぼさず、ひとつも意訳せず私にとおした。
「彼女に伝えて。……協力させて、って」