プロローグ



私はヨルハ型戦闘機体随行支援ユニット、ポッドX-12である。
プロトタイプであるが故に本来ならば正式なナンバリングは為されていなかったが、便宜上個体識別の一環として製造時に刻印された記号『X』が使用されている。
当機を所有していたヨルハ型戦闘機体は重大な規定違反を犯した反逆者として司令部により処分を受け、通常、当機体はデータの初期化および新たな所有者登録を受けることになるはずだった。
しかし所有者であったヨルハ型戦闘機体ロスト時の衝撃に巻き込まれ水没。回収は不可能と思われたため情報保全の為に自主的なスリープモードに移行した。
浮遊するのみとなった当機体は…………
これまで読み込んだことのない情報に満ちた世界で、一人の少女に拾われた。

私がこの『ナントカ』という機械を拾ったのは、わけのわからない奇妙で信じられなくてアンビリーバボーで逆立ちしたって理解できない街に放り出されてすぐのことだった。
真夏の補習帰り、さして成績のよくない私はあいも変わらず可哀想なことに貴重な夏休みを消費して学校に通っていたわけだけれども、駄菓子屋のおばちゃんにマケてもらった棒アイスを食べながら雲の数を数えていたところをがつんとやられたのだ。
何にかは正確にはわからないけど、ブレーキみたいな音が聞こえたから車じゃないかなと思っている。
普通はそれで死ぬわけじゃん。
でも私は死ななかったみたいで、気づけば汚れた薄暗くて細い道の突き当たりに横たわっていた。
もちろんこんな所、地元じゃないし、私が歩いていた道の近くでもない。
のろのろと起き上がると、怪我はしていなかったけれどセーラー服が小石や砂まみれできたなくなっていてちょっぴし悲しかった。気に入っていたのだぞ。
にっくき宿敵たる勉強道具の入った学生鞄はどこかに行ってしまったらしく見当たらなかった。スマホと定期券(ピッてするやつがようやく駅に入ったのだ)はスカートのポケットに入れていたから無事である。慰め、に、は、ウーム。
かわりに、辺りを見回した私の目に飛び込んできたのは、ヘンテコな箱だった。
ツルツルした素材でできている。重そうだ。汚れてる。ちょっと濡れてない?なんか手だか足だかみたいなの、あるし。
膝で這って近づいてみる。
「なにこれ」
「記録読み込み中……、5秒後に再起動」
「ええっ!?」
ちょいっ、とつついたら箱が喋った。
見つめるうちに5秒経ったらしく、未知の物体は見えない糸に吊り上げられるように宙へ浮き上がった。
「私はヨルハ型戦闘機体随行支援ユニット、プロトタイプX-12。休止状態より約85時間42分6秒が経過したのち、人的声音および体温との接触により再起動された」
「え、なに、マジなに、なに言ってるかわかんないんですけど……、再起動?」
「肯定。現在、再起動から56秒」
「……」
「1分12秒」
意味がわからなすぎる。
箱とお話ししている場合か?という疑問もわいて、私はよろよろと立ち上がった。
箱はふわりと私の視線の高さまで移動すると、目もないくせにこちらを覗き込むようにした。
「要求:起動者の情報」
「……私のこと?」
車に撥ねられた……ような感覚がまだ身体に残っているのか、恐怖が刻み付けられたのか、膝が笑ってふらついた。壁にもたれかかってしまう。
いつもの調子を取り戻したくて、乱れて砂がついた髪を手ぐしで整えた。
「ていうか、なに?誰?……そっちが誰?」
「ヨルハ型戦闘機体随行支援ユニット、プロトタイプX-12」
「ぜんっぜんわかんない」
「要求:起動者の情報」
さっぱりだけど、名乗られたらしいのに名乗り返さないのも不義理だ。

を随行支援ユニットX-12の所有者として登録」
「あ、うん、ありがと」
思わずお礼を言ってしまったが全然ありがたくないしなにこれもっと意味がわからないんだけどどうしよう。
「……と、とりあえず……、あっ、家に電話……、って画面つかないし!!」
テストのご褒美に買ってもらったのにこれじゃあただのスプラッタじゃないか。
「訂正:スクラップ」
「あ、ごめん……」
さらによくわからないサポートまで受けてしまった。
「とにかく、電話かなんかで連絡取れるトコまで行かないと」
「現状の情報がなく共有も十分ではない状態での行動は無謀」
「じゃあどうしろって」
「当機体が街路の偵察、撮影を行う。はその映像を視聴し現在位置の特定を試みる」
そんなことができるのか、便利だ。空を飛べるし、手みたいなのもついてるし(なにに使うんだか)、録画もできるなんて。最先端のマシンなのだろうか。聞いたこともない。
ていうか、そうだ、本当にこんな機械のことなんて聞いたことがない。どこで作られたものだろう。有名な会社に違いない。喋るし。
なんと言っていたっけ、ヨルがどうとかこうとか。ヨルってなんだろう。
考えているうちに、箱は道の向こうに行って、私のほうに戻ってきた。
石壁に向けて光が向けられる。
無機質で情緒のないスクリーンに投影されたのは。
「……なにこれ」
「同意」
どうとも言えない、世界の怪奇を詰め込みました!って言いたくなる、幕の内弁当みたいな映像だった。

2人(片方は機械だけど)で議論した結果、ここは『私たち』どちらにとっても知らない場所であることが判明した。
にもわかりやすく説明すると、現在我々が存在する時空間は当機体が支援ユニットとして活動していた時代の数千年前に位置するものであり、また、我々アンドロイドが引き継いだ人類史の記録においては存在しないものである」
「ちょっと罵倒入れるのやめてよ」
でも確かにアメリカやニューヨークは知っていてもニューヨークがこんなおかしい場所だとは知らなかったし……ていうかありえないし……、と黙り込む。
ポッドX-12とかいうのによると、ポッドX-12は超未来のハイテク機器で、ワケありの末に事故って、この場所に来た。私も事故って、この場所に来た。それで、この場所はどちらもなーんにも知らない、いわゆる異世界だった。
たぶんなんの繋がりもない偶然なのだろうけれど、私たちは同時に迷子になってしまったわけだ。
「ポッドX-12からへ提案がある」
顔を向けると、無機質な箱がふよふよしながら手みたいなものを動かしてみせた。会話するときの無駄な動作に似ていて可愛いなと思った。
「当機体ポッドX-12は異常事態が発生した場合、論理汚染等の影響がない限り月面基地へのデータのアップロードおよびバックアップを行なった後、自己データを初期化するようプログラムされている。しかし現在バンカーは存在せず、プログラムされた行動を遂行することは不可能である」
言っている内容は半分くらい聞き流した。
「同様に、は『家に帰りたい』と主張している。この『家』とは認識の上で現在位置するアメリカ、ニューヨークの存在しない空間であると考えられ、たとえ国境を越え、の述べる住所を訪れても、そこがの生活していた場所である可能性は限りなくゼロに近い」
痛い現実ばかり突きつけられている気がして涙が滲む。こいつ、無機質な声で淡々とぐさぐさしやがって。
そのくせこんなことを告げてくるのだ。
「提案:へのポッドX-12による随行支援」
「私が帰るのを手伝ってくれるの?」
「肯定」
「自分より優先してくれるの?」
「肯定」
「なんで?ロボットは人間を助ける、とかそういうこと?」
「肯定。我々随行支援ユニット、およびアンドロイドは人類の為に存在する」
そこは冗談でも私の為と言えよなと思ったけど、きっと情緒とか優しさとかはプログラムされていないのだろう。
欲されて、壊れたスマホを箱に差し出す。箱はそこに細くて小さな栓抜きのようなものを突っ込んでしばらくいじくり、数秒後、私にスマホを返した。
受け取って、じっと見つめる。
帰らないと。
だって、アイス、食べ終わってなかったし。
だって、明日は友だちと会う予定だったし。
だって、だって、だって。
だってさ、帰らないとじゃん。
「……じゃあ、……よろしく。……エックス……、……なんて呼べばいい?」
「複数以上の個体が付近に存在しない場合、多くのアンドロイドは随行支援ユニットを『ポッド』と呼称」
「わかった、ポッド」
握手はしなさそうだ。そもそもできるのかな。手(確定?)はあるから言えばやれそうだけどまた色々喋るんだろうな。やめよ。
「提案:情報収集可能な媒体への接近」
街頭テレビとかってことかな。
頷いて、スカートの砂埃を払う。
「……提案」
一応、これから一緒に行動するわけだし。
「私のことは、下の名前でいいから」
「と、いうと」
「だから、『』でいいんだってば。いちいちフルで呼ばれるの変な感じするし。ね」
「了承」
ポッドは私のほうをまっすぐ見た。
頑張ろうとはさっぱり思えなかったけど、ひとりよりずっと、安心する、……かもしれない。