01


誰にも言ったことのないヒミツの大特技を教えて進ぜましょう。
いえ待って、特技と呼ぶには相応しくない?特技とはなに?生まれつき備わっていた能力も特技と呼べるの?呼べることにしておきましょう。
我らがさまの大特技。聞いて驚くそれは百発百中ハズレ無しのドンピシャ正解刺突術。
さまがひとたび本気を出せば、彼女の視界には薄ぼんやりと浮かぶのである。
「右から、……コーンポタージュ。ローストビーフサンド、アボカドサーモンサンド、ソルト&オリーブオイルドレッシング。揚げた魚にタルタルソース」
歓声が上がり、キャンディポットに紙幣と小銭が差し出される。
「すげえ、本当に最後に食べたものがわかるんだな……!」
嗚呼、さま。こんな素晴らしい能力を小金稼ぎに使うなんてもったいのうございます。
さようならと手を振って、は小芸人として借りていた広場の一角で荷物をまとめる。小型の旅行用キャリーバッグは一時期流行った可愛いデザインで、彼女の荷物はこれだけだ。中に全部が詰まっている。服?そんなものは現地で買えばいいのである。世の中には魔法のカードがありまして、引き出し口座にはさまのご実家が管理する素晴らしく潤沢なそれが用意されているのだ。
ストッパーを掛けたケースの上に腰を下ろすさまのお顔は本日も麗しく、表情などは聖母のごとき清らかさを内包していらっしゃる。
最後に食べたものがわかる謎の異能をお持ちのさまは、現在、大規模なカオスが氾濫する街を楽しくご旅行中。お小遣いを自分で稼ぐ高揚感もお知りになりまして、着々と心を潤わせ魂を震わせ、美しい女性へと階段を上る只中なのでございます。
(右から、……メアリ・レーネ。恋人。スザンナ・セリーヌ。お友だち。アリアナ・ソネット。母親)
さまの見抜ける『お食事』は、何も口に入るものに限った話ではないのでありました。

について必要な情報は以下の3つで充分である。
ひとつ。お金に困らない家に生まれ、お金に困らない生活をしている異界人であること。
ひとつ。つい先週、ヘルサレムズ・ロットへやってきて、場所を転々としながら見聞を広めている真っ最中であること。
ひとつ。目を凝らせば、相手が最後に『食らった』ものがわかること。
生家にいては、精々が両親や使用人の食事内容を把握する程度にしか使えない。
時は過去、三角眼鏡の家庭教師が行き帰りで違う相手を『食べて』いた時の衝撃は幼い彼女に下世話な趣味を植えつけた。が何事をしても許してくれる老執事と両親が手放しでの能力を褒めそやし高らかに歌い上げたので、逆に冷静になれたのは幸いだったと言えよう。そうでなければ人の道を踏み外していたに違いない。下世話な趣味は、『食事』のいきさつを勝手に空想する方向におさまった。
それ以外には使い道のない能力だと思われていたが、彼女は家の外に出て、大勢の人間を見て、初めて、自分の能力が金になるとも知った。
とはいえは箱入り娘。上手いやり方を知らず、金を持っていそうな人物を見つけて脅しつけるなんて野蛮な行為には及べなかった。
膝をのばし、腕を上げる。外していた色付き眼鏡で変装完了。まるでお忍び旅行のようで、彼女はこれを気に入っていた。
そんな色付き眼鏡をちょっと上にずらす。春先のように色づいていた視界に、本物の色彩が戻る。
青年と少年が並んで歩いていた。少年のほうは、と同じくらいの年ごろだ。片方は『クレア・サマーズ』でもう片方は『チキンエッグパスタ』だった。ふむふむ、チキンエッグパスタ。クレア・サマーズとかいう知らない女性には無関心だ。
目を凝らすとお腹がすく。
もともとはいっぱい食べる少女である。いっぱい食べるお嬢さまのお姿はこの老いぼれに活力を与えてくださいます。おお、なんと気持ちよく食べる娘だろう!ちゃん、もっとお食べなさいな。そう言われ、とろとろな環境ですくすくと育ったのだ。は大食にも関わらず太らなかったので、見映えの問題で以外はきつく制限されていた生家から出た物知らずな彼女は、恰幅の良い人を見て悲鳴をあげかけるほど驚いたものだった。
は成長期でもあって、こちらの世界の食に興味津々だった。おいしそうな名称を見つけては無茶に突撃して店の名前を教わったりする。不埒な輩におかしな場所へ連れ込まれそうになったこともある。なんの疑いもなくついて行ったは危うく自分の名前が『食事』に加わるところだった。
チキンエッグパスタは名前からしてとってもおいしそう。
がらがらと小刻みな音を立ててキャリーバッグを引きずり、「そこのあなた、待って」と声を上げた。
最初、彼らは自分たちが呼ばれているとわからなかった。二度呼びかけられて振り返り、自分を指さす。が大きく首を振ると、きょとんとしつつもつま先をに向けた。
「なんですか?」
「初めまして。私はです。チキンエッグパスタはどこで売られているの?グランメゾン?カジュアルレストラン?ファストフード?バー?カフェ?」
「……はいい?」
「どこなの?私も食べたい。どうしても食べたいの。チキンエッグパスタってどういうおいしさ?蒸し鶏と目玉焼き?」
「え、ええ。蒸し鶏とブロッコリーのパスタに薄く焼いた卵をのせて……」
「あんた、なんでそんなことをピンポイントでこいつに訊くんだよ」
「だって食べたじゃない」
上から見下ろす青年の目を、色付き眼鏡越しに無垢に見つめ返す。身長の高くないは、青年の意図でなくとも威圧感に萎縮してしまってもおかしくないのだが、蝶よ花よと育てられた彼女には根本的に、世界が自分に優しいものだという認識があるので、怯まなかった。
青年は視線を移した。
「オメー、食ったのか?チキンエッグパスタ」
「さっき昼に……」
この少女はこいつの食事内容をマジで知ってるらしい、と眉根を寄せる。奇妙な能力を持っているのだ。
「どこで食った?」
「いつものダイナーの近くです」
「一夫多妻はガキにゃ早え。で、そっちの……」
。あなたは?」
は食ったモンがわかんのか」
答えないザップに気を悪くしたが、大きく頷いた彼女に、ザップは自分が食べたものも訊いてみた。じっと目を合わせられ、すぐに「チーズパン」と答えられる。合っていた。使い道のない能力だと彼は思った。
本当にパスタを食べたい気持ちだけで話しかけてきたのだと理解した少年は、店の場所を口頭で教えようとした。しかし角を3つ曲がる段階で、は悲しそうに肩を落とす。
「まだ詳しくないの。地図を描いて」
誰も紙とペンを持っていなかったので、少年とザップは顔を見合わせた。
行きずりの観光者にそこまでする義理はなかったが、放置して道に迷われ、嫌なことに巻き込まれるかもしれないと想像すると後味が悪い。
レオナルドは、に笑いかけた。
「良かったら、僕たちが店まで案内しましょうか」
「きっと言ってくれると思ってたの!ありがとう!」
「すんげえ何様発言だな」
「僕はレオナルド。この人はザップさんです」
「レオナルドにザップね。私は。もう言った?」
「はい」
はにこりと微笑んだ。

芸をする為に借りた一角の使用許可証を返却しなくてはならないは、道中で役所の場所も教わった。タクシーを使わず足でゆくのが、彼女の想像する旅行なのだ。たとえ道がわからなくなっても。力説したお嬢さまに、レオナルドは多大な不安を抱いた。

青色の看板を掲げた店の前で、は少年と青年の手を順に握って感謝を伝えた。
たくさんたくさんお礼を言われ、しかものそれは下手に出たやり方ではなかったので、道を戻ることにはなったけれど大した手間でもなかったレオナルドは申し訳なさすらおぼえたし、ザップもなんとなくやりづらくて「お、おう」と歯切れ悪く頷いた。
食べたいと思った料理にありつける喜びを前に、の顔は輝いている。2人に向けて生家に伝わる祝福の詞を述べた。意味を問われて答える声も弾む。
そして彼女はザップに、特別な安寧を祈った。
「クレア・サマーズさんとお幸せに!」
「……は?なんでクレアのこと……」
どろどろした世界もあるのだとよく知っている彼女にしては迂闊だった。鋭くなった視線を誤解したは、驚きと自責でハッと口元を手で覆った。素早く謝罪する。
「すみません、私、てっきり恋人だと思ってしまったの」
ザップの脳裏にさまざまな推理がよぎった。
粗忽なスパイか、クレアの友人か、何かを読み取るのか。だがザップはと会う前も今も、クレアのことなど名前すら思い浮かべていなかった。最後に摂った食事の内容がわかるという能力自体には嘘がないとすると、それ以外にも記憶を読めるのだと暗に脅してきているのか、いやそれはびっくりするほど考え無しだ。
「……『食ったものがわかる』っつったよな?」
「ええ……、言ったわ……」
「……メシだけじゃねーな?」
もっともアホらしいものを口にする。「いやいや何言ってんスか」とレオナルドが笑い飛ばした。食事の他に何が、と続けようとして、首肯したと、明らかに女性の名前である『クレア』の響きで頬が引きつる。
自分と同じか妹くらいの彼女が見抜く『食事』の内容とは。
ザップはしばらく腕を組んで考え込んだ。店先の通路で固まって、大迷惑である。
気の利く少年が我に返ってそれを指摘するまで、沈黙は続いた。
突然、長い指がぱちんと鳴らされる。気まずいはそろそろと顔を上げ、しかつめらしく自分の両肩を掴んだザップに怯えた。
「よーくわかった。メシには俺たちも付き合う。一人旅ってのはたまに寂しくなるモンだ。それから軽く。かるーく、見てもらいてえモンがある」
「見てもらいたいもの?」
「おう。できれば何日か置きに見てもらいてえんだよ」
「そのどなたかの……お食事を?」
も内心で高揚を隠せなかった。自分はどんなふうに利用されるのだろう。もしかするとその人は男女関係に乱れがあると思われるのに、しっかり隠し通しているのかもしれない。あるいは特定の恋人の存在を明らかにしたいとか。どうしてかしら。
彼女の頭の中では空想が練られ始めた。真剣に自分に任務を依頼する彼は、その人物に恋をしていて、本当のところを知りたいのだったりして?それとも弱みを握りたい?
「わかった。ザップに協力する。助けてもらったんだもの」
少女の力強い答えとザップの握りこぶしに、レオナルドはまず誰に告げ口しようか、ばっちりしっかり予定を立てた。
彼には、この2人が利害で通じ合ってしまったのは非常なる不吉の前触れであると、疑いようもなく確信できたのだ。



20151223
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