バイタルちゃんとぐだ子さんのレイシフト
思ったんですけど、と少女が言った。
赤茶けた髪。あどけない顔立ち。右手の甲、白い肌の上には赤い紋様が刻まれ、しかし彼女はそれを隠そうともしなかった。だって、普通に考えてこれくらいのボディペイントは珍しくもない。教義の下の行為かと勝手に察されることも多く、それだけは面倒だったものの。
片耳に挿し込んだ小さな補聴器のようなものから、少女の言葉に合わせるように返事がよこされる。聞きなれた機械音声だ。いつも道案内をしてくれる二人は忙しくしているようで、レイシフト先での補助は、神がつくりたもうた万能の叡智を結集して組み立てられた万能システムによって行われている。
ただの、中性的なひとの声。
ヒトではないと言われたって信じられないくらい自然な音の運びに、知らず唇が弧を描く。どんなに緊張していたって、『彼女』がついていると思えば怖くない。
「バイタルちゃん」
「どうしました、ぐだ子さん」
「見たところ、どこにも歪みがあるようには思えないんですけど」
「それはぐだ子さんの目が曇っているからですよぉ。冷静になってください。どこからどう見ても狂ってます」
さもありなん。
ぐるりと周囲を見回せば、雑多な風景は嫌でも目に飛び込んでくる。うーん、と少女はうなった。
確かにこの時代、あるいは世界、それとも『可能性』はびっくりするほど奇天烈だ。
しかし魔術王の手が及んでいるかというと、そのような気配もない。霊脈のよさげな場所に拠点を立てるあいだも、蟻の子一匹、反抗してこなかった。おかげでカルデア所属の一行は、小汚い路地裏の壁に背をもたせかけて顎に指を添え、悩んでしまう。
事前に仕入れた情報では、キーとなる存在はあるらしい。レオナルド・ダ・ヴィンチとドクター・ロマン、それからバイタルちゃんはその存在を『血界の眷属』と呼んだ。この世界でもそう呼ばれているそうだ。
「まさか現代のアメリカにくることになるなんてなあ」
「そうですね……。はたしてここをかの国の一部と考えていいのかはわかりませんが……」
「隔絶されているもんね」
うん、と伸びをして、大きくため息をつく。
刹那、通信機器から緊張――もちろんシステムどおりの――が伝わってくる。バイタルちゃんは少々声音を高くして警告を走らせた。少女が反応すると同時に、マシュ・キリエライトも振り返る。
大通りから異音がした。
「敵性サーヴァント、……いえ!あれは血界の――……、ぐだ子さん!」
行こう、と手を握りしめる。こぶしが白くなるほどのストレスが一気にのしかかる。
けれど、重荷を分かち合うように、マシュはマスターの手を取った。かるくキュッと握られて、優しく強い眼差しで微笑まれる。
「行きましょう、先輩!」
「……うん!」
二人は駆け出した。
大通りはしっちゃかめっちゃかなありさまだった。レストランのテラス席はばらばらにとっ散らかされ、悠々と立ちふさがる男に立ち向かう数名の青年たちがいる。現地で『敵』を相手に戦い続ける人たちだ、とすぐに察しがついた。
――手を出さないほうがいいのでは?
――だってまだ、何が異常なのか、わかってない。
そんな思いも駆け巡る。
ためらった少女に、バイタルちゃんは冷静に告げた。
「リード完了。大柄なものがバーサーカークラス、小柄なものがアーチャークラスです。混沌の爪と無間の歯車、蛮神の心臓、凶骨が望めますねえ」
「よし行くよマシュ!」
「はいっ、先輩!」
躊躇いは消えた。手のひら返しもいいところである。
少女はたかだかと右手を宙にかざす。
「マシュ!クー・フーリン!アンデルセン!ランスロット!ジャンヌ・オルタ!ディルムッド!」
呼応するかのように、黄金色の粒子が舞い散り形をつくる。
闖入者の存在を認識した血界の眷属は驚愕に目を見開いた。
「貴様は……!?」
サーヴァントの口上で聖徳太子状態のマスターにはそれが聞こえない。
ただ、すべてを振り切って叫んだ。
「令呪によって命ずる!……素材を、ひとつ残らず、もげ!!」
2017 8