バイタルちゃんとぐだ子さん 2
「いらせられませー。こちらバイタル自動測定機能付きカルデア浄化装置管理用サブカルチャー部門対応システムでございますー。ぐだ子さん、今日もご利用ありがとうございます。では早速検査に入りますねー」
「あの、その『ぐだ子』っていうのやめてもらえませんか……? ちゃんと名前があるんですけど……、っていうかこのやりとり何回目ですか?」
「まだ日は浅いと思いますよぉ。さてさて、では機械っぽいところを見せちゃいますね。はいはい……ふむ」
円の中心に立つように言われ、リストバンドのようなものを手首に巻き付ける。すぐに外す許可が下り、マジックテープがばりばりと音を立てた。
「問題ありませんね。でもちょっと体重が増加しているようです」
人間のように喋って見えても、バイタル自動測定機能付き以下略通称バイタルちゃんは0と1の存在である。デリカシーというものはプログラムのうちでしかなく、健康状態の変化はあけすけに暴露してくるのだ。
どうせロマニやダ・ヴィンチには伝わってしまうのだし、人類最後のマスターといわれる少女ももはや恥ずかしがりはしないがちょっぴり気持ちは落ち着かない。
目をそらしがちに、「ごはんがおいしくて」と呟いた。
最近は特異点での異常事態も少なく、こまめに出撃する必要がなくなった。時どき熟練度が切りよくなったサーヴァントたちが『もっと強くなりたい』と訴えたり、カルデアの職員から素材の収集を依頼されたためにレイシフトするくらいだ。新たなる大事件を発見するまで、つかの間の休息を楽しむことができていた。
油断は禁物とわかってはいても、どうしても気持ちがゆるむ。常に緊張の真っただ中に置かれていては心もすり減るというものだ。たまにはつるつるのゆでたまご肌に戻したい。
カルデアの視界を一手に担えるシステムを搭載されたバイタルちゃんは、画面の中でくるくると人の形を作って影のように笑った。
「いやあ、確かに成分的に見てもおいしそうですもんねえ」
味の話題を持ち掛けていいものか、ぐだ子は少々迷ってしまった。バイタルちゃんはもちろん味覚の機能を持たない。
気にした様子もなく、人工知能は話を変えた。
「そういえば、メフィスト・フェレスはどうですか?」
「え?」
影の指がふりふりと振られた。
「ほら、前に言ってらしたじゃありませんか。独断行動が多かったり協調性がなかったりトリッキーだったりで新入りに怖がられまくってるって」
「……それね」
もちろん敵ではないし、協力もしてくれており、決して悪いサーヴァントではないのだが、どうにも混沌としすぎていて扱いづらい。
愚痴をこぼしたのをしっかり憶えていたのだろう。当たり前か。膨大な記録をものともせず管理できるのが、この人工知能なのだから。
「ねえ、令呪ってサーヴァントに言うことを聞かせられる絶対命令権なんですよね」
「そうですねえ」
「三画全部使えば、戦闘不能状態のサーヴァントを無理やり全回復させられるし」
「ええ」
「で、無理やり全回復は令呪じゃなくて聖晶石でもできますよね」
「そうですね。聖晶石は特殊なものですから」
「ですよね。『貴様の魂と覚悟を見せてみろ――』みたいな戦いでも振りかぶって投げつけたら相手を昏倒させてとんずらできますもんね」
「これまでそういうとんずらの仕方してたんですか」
「とげとげしてて痛そうだから……」
可哀そうになってくる。
「令呪と聖晶石には似た部分があるんですから、令呪の代わりに聖晶石を三つに砕いて無理やり飲ませたりぶつけたりしたら命令できませんかね」
「サーヴァントとの絆は犠牲になりそうですけど、いい発想ですね」
合成音声のあと、画面にぷつんと横に線が走り、すぐに消えて再び同じ影が現れる。
ダ・ヴィンチから回答を得たのだろう。ちょっと申し訳なさそうにしょんぼりしているような気がすることから、否定をくらったに違いないと察して肩をすくめた。期待はしていなかったが、もしも可能なららくちんだったのになあと思う。他にも喧嘩っ早いサーヴァントはいくらかいるし。
予想通りの答えを告げたバイタルちゃんに、ぐだ子は首を振る。申し訳なさそうにされるとこっちの胸が痛くなる。
それから他愛のない話をしているうちにふと思い出した。
「静謐ちゃんが言ってたんですけど、『魔力供給』ってあるじゃないですか」
「ありますねえ」
「あれは必要なんでしょうか」
現在はカルデアから供給される魔力によって力や姿を保っているが、マスターであるこの少女から直接受け取る方法だって存在する。むしろ古来から何度も使われてきたのはそのやり方だ。
マスターへの負担は重いが、効果は抜群。相性が良ければ、疑似的なものなどでは決してかなわない甘露をすすることができるだろう。
「必要か必要でないかと問われると、必要ではありません。ですがなさりたいのでしたらどうぞご自由になさってください。ただ、どろどろ三角四角五六角関係となってカルデア内に派閥が出現すると今後に差し障りそうなのでできるだけ穏当にお願いできたらと……」
「いや、しないしない、しませんけどね! やる必要がないならしませんけど!!」
少女は耳まで赤くして声を上げた。一人相手だってそんな勇気はない。
バイタルちゃんがころころと笑う。
画面をにらみつけた少女は、不機嫌そうに唇をとがらせる。
「……その、……たとえばレイシフト先で異常事態が発生して、カルデアとの連絡が取れなくなって、エネミーに襲われてサーヴァントの魔力が尽きてしまい、令呪もなくなって戦闘不能になった場合はどうしたらいいですか?」
無情な答えが返ってくるかと思いきや、バイタルちゃんはけろっとして言った。
「聖晶石を一つ消費して全員を無理やり全回復させてください」
「あっ、そういう……」
「便利ですよぉ。ちゃんと持ち歩いていてくださいね、ぐだ子さん」
きっとにっこりと微笑みかけられ、少女はかくりと頷いた。
2016 10