バイタルちゃんとぐだ子さん



「いらせられませー。こちらバイタル自動測定機能付きカルデア浄化装置管理用サブカルチャー部門対応システムでございますー。ぐだ子さん、今日もご利用ありがとうございます。では早速検査に入りますねー」
「あの、その『ぐだ子』っていうのやめてもらえませんか……? ちゃんと名前があるんですけど……」
「すみませんぐだ子さん。我が創造主であるダ・ヴィンチちゃんさまがぐだ子さんのことをぐだ子さんと呼ぶ限り、私も別の呼び方をするわけには参りませんでして。というわけで、えーっと、心拍数問題なし、血圧大丈夫、赤白オッケー、鉄オッケー、斑紋なし、体重変化なし、体脂肪率変化なし、骨量オッケー、体内に影なし、と。健康体ですねー」
「そうですか、よかった。ありがとうございます」
「マスター業は不測の事態がつきものですからね。何もなくて安心です」
一部のサーヴァントから『ぐだ子』と呼ばれる少女は、同意の意味を込めて頷いた。頷く先にあるのは人ではなく、小型のテレビに似た機械の画面でくるくると回転する知恵の輪のような動画だ。
スクリーンセーバーと見間違ってしまうような無機質な映像は、陽気な機械音声で流ちょうに言葉を紡いだ。
「本日のご予定はいかに?」
「特に決めてはいないんですけど……何か用事がありますか?」
「いえいえ、ちょーっと資料室に行って、ダ・ヴィンチちゃんさまが欲しがっていた資料を取ってきてもらいたいな、なんて一言も……」
「取ってきてもらいたいんですね」
「取ってきてもらいたいです!」
「あれ……でも、資料室のデータとは連動してるって言ってませんでしたっけ。サブカルチャー部門対応システムだし」
データくらい簡単に手に入れられるのでは、と言外に問いかける。
「そこはそれ。なんと言いますか」
システムはもにょもにょと照れるように言い淀んで見せた。プログラムされた存在とは思えないほど人間的な言動に感心する。ダ・ヴィンチの能力を改めて知るとともに、ダ・ヴィンチのみを主と定めるバイタル自動測定以下略システム――ダ・ヴィンチいわく、略してバイタルちゃん――の珍しい姿に首をかしげる。お茶目っぷりはいつものことだが、幾分か『本当に』言いあぐねているようにも感じられたのだ。相手は0と1の存在であるにも関わらず。
(サーヴァントがいるんだから、人間的な人工知能がいたっておかしくないけど)
英霊を従えるすべがあるのだから、レオナルド・ダ・ヴィンチの天才的に万能な叡智によって『人間』が再現されてもおかしくない。というか、彼女たちはもうそういった事実を認めざるをえない状況にあった。
長考したバイタルちゃんは、「先ほどですね」と無い口を開いた。
「私に問い合わせがありまして。その、こちら、一部監視カメラも取り扱っておりますことですから。あ、もちろん個人のお部屋は管理外でございますけどね」
慌てた様子だが、よくわかっているので大きく首を振る。心配しなくても疑ったことはちょっとしかない。
「ぐだ子さんがどこにいるか知らないかとアンデルセン氏からメールが入ったのです」
「アンデルセン?」
「はい。三十分ほど前ですかね。あ、正確に申し上げますと二十七分と――」
「あ、三十分ほど前でいいです」
止めないとどこまでも細かく続いてしまう。こういうところは、プログラムなのかなと思わなくもなかった。
軽快な口調に親しみを感じる彼女としては、少し寂しい一瞬だ。
「アンデルセンに探されるなんて珍しいなあ」
「ですよね。というわけで私も記憶するようにしまして、資料室に向かったことは把握済みですので、こうしてさりげなーく邂逅を演出させようとしてみたわけです」
「全然さりげなくない」
「はわわぁー、バイタルちゃんってば失敗しちゃったぁ」
眼差しは自然と白くなる。ティーチがサブカルチャーについて意気投合するのも理解できる。むろん、バイタルちゃんは『そういうふう』に創られたのだが、実際に向き合っているときには、そんなことは忘れてしまうものだ。
意識をアンデルセンに切り替える。
「まだ資料室にいますか?」
「ええ。なにせ三十分ほど前に行ったばかりですから。Aの棚にいらっしゃるので、よければそこからアリババについての資料をお願いします」
「はあい」
「資料はいつでもいいですからね」
「はあーい」
少女は軽く両手を上げて降参した。慈愛に満ちた声音で正式に頼まれてしまっては断れない。そもそも断るつもりもさらさらなかった。バイタルちゃんにはいつも世話になっているし、そうでなくても友人のように思っている。
スクリーンセーバーに似た映像は喜ぶようにうねり、冗談みたいにぬるぬると動いて人の影そっくりになった。男女どちらともつかない姿で少女に手を振る。少女も手を振って、服の裾を翻して部屋をあとにした。

バイタルちゃんは知恵の輪状に戻ると、誰もいないのに小さくつぶやく。
「ダ・ヴィンチちゃんさまあ。アンデルセン×マスターフラグが立っちゃったらどうするんですかあ」
外に音声は漏れず、研究室で通信を受けたレオナルド・ダ・ヴィンチだけが機械の音声を聴く。
空間を隔てているにも関わらず、すぐそこで会話しているような自然さがある。天才の御業といえるだろう。
「おや、バイタルちゃんはご不満かい? 少しくらいならいいと思うけどね」
「恋愛は自由ですけどー、ほかにも矢印いっぱいじゃないですか?」
「ああそうか、君は牛若丸×ぐだ子ちゃん派だったっけ?」
「私は誰派でもありませんよぉ。しいて言うならダ・ヴィンチちゃんさま×ぐだ子さん派です」
「主のヨイショがうまくなったねえ。感心だ。じゃ、次は私の隣で眠気覚ましを飲みすぎて死にそうになってるドクターの応援も頼むよ」
「バイタルチェックはいらなそうですねえ」
「睡眠薬でもぶっ刺しておこうか。口移しでね」
「わあ過激ぃ! ダヴィ×ロマだぁ!」
「アハハ。我が傑作ながら俗っぽくなったものだなあ」
ダ・ヴィンチは軽やかに笑った。トリッキーな英霊はさすがである。いつしかカルデア内に混沌をもたらす矢印の束が暴走しないようにはらはらするように自己成長したシステムを、褒めるような声音だった。
ちなみに彼女はバイタル自動測定機能付きカルデア浄化装置管理用サブカルチャー部門対応システム略してバイタルちゃん×ぐだ子ちゃんがもっとも有力なダークホースカップリングなのではないかと思っているが、知らぬは本人たちばかりであった。

頑張れ、恋するサーヴァント。






2016 10