やさしい色の花
に抱き着いたのはメローネだった。
よりも高い背をそっとかがめて、頬に頬を押し付ける。リップ音が連続して響き、止まない。
「あの……メローネ……」
中途半端に浮かせたの手にはオレンジジュースのボトルが握られている。もう片方の手にはコップがあった。引きはがそうにも手がふさがっている。
「ん?なんだい?」
困惑したの声音に気づかないふりをして、あるいは本当に気づいていないのか、メローネは自分の頬をの頬に押しつける。
ぎゅうと力いっぱい抱きしめると、腕の中から「ぐえ」とつぶれた声がした。
「おいおい、おいおいおい!な、なにやってんだよ!」
ようやく引きはがされたのは、メローネの体重に耐えきれず名前が膝を折ったころだった。
床に座り込んでしまったをそれでも離さず、メローネは腕の中に閉じ込め続ける。
鏡の中からそれを目撃したイルーゾォが慌ててメローネの肩に手をかけると、メローネは嫌そうに呻ってイルーゾォを睨みつける。
「ほっとけよイルーゾォ、メーワクかけてないだろ?」
「かけてるだろ!に!」
メローネはきょとんとイルーゾォを見つめる。
すぐにに視線を戻すと、こてりと首をかしげて見せた。
「、迷惑?」
「……えっと、迷惑ではな」
の言葉はメローネの肩口に吸い込まれた。気を利かせたイルーゾォがの手からボトルとコップを取り去る。
は手でイルーゾォに礼を示すと、メローネの背中をやさしくたたいた。
「あの、どうしたの?」
背中を撫でさする手つきに、腕の力を強めると、メローネはの肩に顎を乗せてぼそりと呟いた。
「危なかったって」
「え?」
「……が危なかったって聴いたから……」
「……」
心配してくれたのだと、はようやく気づいた。力の強さは、をうしないたくないと思う気持ちの表れだった。
メローネ越しにイルーゾォと目が合ってそっと頷かれると、はメローネの背中に手を回した。少し恥ずかしかったが、彼の気持ちを思うと自然に身体が動いていた。
精一杯の力で抱きしめ返すと、メローネがぐずりと鼻をすすった。
「え?!ないてるの!?」
「泣いてないよ」
ぱっと身体を離し、向かい合ったメローネは確かに泣いていなかった。はほっと安心して腕をほどく。
昨日の疲れと恐怖から、シャワーを浴びてすぐに泥のように眠り込んだは、隣の部屋からの打電に気づかなかった。不審に思ったメローネがの部屋の扉を叩いても返事がない。深く、夢も遠い眠りのなかにいたにはその音が聞こえなかった。
初めて感じた死の恐怖に震え、泣いているのかと心配になったメローネが鍵をぶち壊し部屋に突入すると、本当にかすかな寝息が耳に届いた。
そっと枕元に寄ると、眉根を寄せ、枕を握りしめるの表情がわかった。
白い頬に手を伸ばすと、むにゃりとした感覚が指先に伝わった。
メローネの目は、わずかなまつ毛の震えも見逃さなかった。
「起きる?」
小さな声でたずねると、は寝言のように「うん」と頷いた。
言葉どおりに瞼が開けられ、黒い瞳が薄暗い部屋と、メローネの顔をとらえた。
「……え?」
「おはよう、」
困惑し、大きく目を見開いたに挨拶をすると、少女は小刻みに首を動かして様子を確かめた。
灯りすらつけず、カーテンも開けず、ただメローネがを見ていたのだと理解すると、重い体を起こして目元をこすった。
「おはよう……。えっと、鍵……かけてなかったっけ?」
「大丈夫。開けたから」
「あ、あぁ、そう?」
どのように大丈夫なのかはわからなかったが、とりあえずは首肯した。
自然な動作で手を差し伸べられたは、その手に自分の手を重ねてベッドから降りると、毎朝の習慣で洗面台に向かうと顔を洗い、冷蔵庫からジュースを取り出す。
食器棚からコップを選んで、「メローネも飲む?」そう訊ねようと口を開いた瞬間、はメローネの突進を受けた。
「うっ」
メローネはよろめいたを自分の腕で支え、体勢を立て直させると、そのまま細い体を強く抱きしめた。
はイルーゾォからコップを手渡され、なみなみと満たされたオレンジジュースに口をつけた。半分飲んで、コップをテーブルに戻すと、メローネが残ったジュースを一気にあおった。
「何やってんだよ……」
「俺も喉渇いたから」
「あ……そう」
呆れてしまったイルーゾォを放置して、メローネはに向き直った。
強く呼び掛けると、びくりと肩をすくませてはメローネの顔を見る。
意外なほど真剣なまなざしで、メローネはの手を取った。
「ねぇ、の花をもう一度くれよ」
「え?」
メローネは不安だった。
花が散るように、葉が枯れるように、いつが消えてしまうかわからないと再認識したのだ。
暗殺チームの中にあってもは無力で、身を守るはずのスタンドだって、ただ花を生み出すだけの力しかない。
心を許した相手がいなくなる恐怖を理解し、メローネは全身で訴えていた。が遠ざからないという確かな証が欲しかった。
そしてそれは、から生み出される不滅の花しかないと思った。
はうなずいて、メローネの手に自分の手を軽く打ちつけた。ぺちん、と音がして、白く華奢な花が生まれる。はそれを、メローネの露わな耳にかけてやった。
「似合う似合う」
同意を求められたイルーゾォが漏らした呻き声も、この花があれば甘美な賞賛にきこえた。
▼ずっと飾ることにしたそうですよ。
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