圧迫面接(仮)




腕を引っ張られ、黒塗りのいかにもといったふうの車に押し込められる。
「……えっと……」
言葉を失うをよそに、金髪の少年は運転席の男に車を出すよう指示をする。
バックミラー越しに後部座席に目をやった運転手は、少年の隣に腰かけるを見てあんぐりと口を開けた。
「あ! お前、じゃねーか!」
「え!? ……あぁ! ミスタさん!」
ミラー越しに目を合わせて、二人は互いの名前を呼びあった。
数日前にが声をかけ、楽しくお茶のできた人物だ。
ナンパをされるのは久々だと言って、終始ニコニコと面白い話をしてくれた人。
「やはり知り合いでしたか。ミスタ、すみませんが先に車を出してください」
「おう」
エンジンが低く唸り、タイヤがコンクリートの上で周る音がする。じりじりと小石を踏みつぶし、イタリアの車は道を進みだした。
ミスタは運転が荒い方だが、ボスを乗せているとなれば話は別である。
小刻みにハンドルを動かし、角を曲がる。
「あぁ、すみませんさん。これをつけていただいても構いませんか」
そう言って差し出されたのはアイマスクだった。
首をかしげながらもが素直にそれを装着すると、何も見えなくなる代わりに誰かが「ふ」と笑う気配を感じる。
はしっかりと覆われた目元を指さし、「これでいいですか?」と少年の方に顔を向ける。
ジョルノはそっと指を持ち上げ、の耳元でねじれていた紐を直した。震えた肩を撫でて、「えぇ」と頷く。それから座席に身体を預けると窓の外に目をやった。
ミスタは後部座席の様子を気にかけながらアクセルを踏む。意外なことに、昼下がりのバルではあんなに元気がよく饒舌に喋っていたは、いまはまったく口を開かない。ストローをくわえるのももどかしいほど笑ってみせた表情も、ミラーで見るとまったくの無表情だ。ぽってりとした唇は軽く閉ざされ、目隠しされた顔からは表情が読み取れない。もっとも、理由もわからず視界を奪われ、にやにやと笑っている方がおかしいのだろうが。
上司の意図を汲んだわけではないが、ミスタは規定通り、普段よりも多く角を曲がり、平衡感覚と土地勘を狂わせる運転をすると、やがてゆるやかにスピードを落とした。
完全に停車した車のドアに、ドアマン代わりの部下が近づいてくる。
さんを先に」
「わかった」
短い指示を受け、ミスタは親指で側の扉を示す。正しく理解したドアマンは、向かっていた先とは反対側の扉を開けた。
さん、降りられますか?」
「えっと、まだとっちゃだめですか?」
「そうですね。もう少し待ってください。……彼女の手を取って差し上げて」
「はい」
空間を探るようにふらついていた白い手を、手袋に包まれた男の手がすくいあげる。びっくりして顔を上げたを安心させるように、男は無表情のまま柔らかく手を引いてやった。
もう一人駆け寄ってきたドアマンが、ジョルノ側の扉を開ける。
慣れたように高級なシートから降りたジョルノは、素早くスーツをはらった。
堂々たる表情を見れば、同じ姿をしていたとしてももはや誰一人として駅前の小銭稼ぎと同じ人物だとは気づかないだろう。
誘導され、ジョルノのもとへやってきたの手を取ると、ジョルノはミスタを連れて建物の中へ入る。すれ違う人に深く礼をとられても、ジョルノは軽く応じるだけで動じた様子はなく、後ろを歩くミスタも同様だった。唯一驚き震えるであろう少女も、今はアイマスクで視界を奪われている。

階段を上り、扉を開ける。
そこはジョルノの執務室ではなかった。大きな机の置かれた会議室である。
会議とは名ばかりに、そこは幹部が信頼のおけると考えた部のリーダーに直接書類で仕事を指示する場になっている。
今回で二度目になる異例のやりとりは、数十分前に完了したのか、今はそれぞれのメンバーがお互いの担当する地区の情報を思い思いにやりとりしているだけだ。
まともに仕事をしているのは数人で、残りは時間つぶしの手慰みにふけっている。
扉の開く硬質な音に振り返った彼らは、ジョルノの姿を見ると同時に立ち上がった。威勢の良い衣擦れの音に身をすくませたは、実用的でないイタリア語に首をひねりながら立ち尽くしていた。はやい。ネイティブは発音がはやい。
目の前からジョルノが退き、視線が一斉に集中しても、何もわからない。
「あ、ああー!」
声をあげたのは、衝動を我慢できない数人だった。忍耐を知る多数にスッパンと頭をひっぱたかれ、数人も口をつぐむ。
「やはり見覚えがあるみたいですね。……ああさん、もう取って構いません」
「あ、はい。ありがとうございます」
アイマスクを取り去ると、は数十分ぶりの眩しい世界にちょっと顔をしかめた。
何もかもが鮮やかに見える視界の中で、ジョルノの金髪と色とりどりのスーツが目に刺さる。
「……あれ?」
が怪訝な声をあげたのも当然だった。そんなはずはないのに、仕組んだように見覚えのある顔ばかりだったのだ。
「あの、……これはいったい……」
にこ、と容赦のない微笑みで黙殺され、は口をつぐむ。
ジョルノが手招きで一人を呼ぶと、彼は大股でのかたわらに寄った。
「ないとは思いますが、さんはもともと彼らが"こういう者"だと知っていたんですか?」
「え? どういう人なんですか?」
「端的に言うと、組織の一員である、ということです」
「そしき」
「組織」
の沈黙は短かった。そしき、の意味を頭の中の辞書と照らし合わせて、首を横に振る。
「いえ、わからないです。みなさん、お顔立ちがすぐれていらっしゃるので、つい声をかけてしまっただけです。まさかみなさんがお知り合いだったなんて」
横目でボスに視線を向けられ、ブチャラティは首を振った。嘘をついている様子はなかった。
「そうですか。まあ、そうだと思っていました」
「あの、……えっと……どうして私はここに連れてこられたんでしょうか?」
もっともな質問である。
ジョルノはに椅子を勧める。大人しく腰を下ろしたに微笑んでみせると、「いえ、ね」と天使のように囁いた。
「もしも狙って僕たちと接触しているのだとしたら、困ったことだと思ったんですよ。なにぶん、こういう仕事ですからね」
「……は、……はあ、……そうでしたか……」
不明瞭な返事に、耐えきれずにミスタが噴き出した。
「わかってねーだろ、
「えっと、すみません、イタリア語難しくて。これってつまり、私がスパイか何かと疑われていたってことでしょうか」
「端的に言うとそうですね」
「わあ!」
の理解の範疇から180度くらい飛び出た話だった。スパイなんて映画のなかだけの話かと思っていた。ミッションがインポッシブルだったりとか大作戦がどっかんどっかんだったりするやつだ。
スパイを疑わなくてはいけないような彼らの仕事は何なのだろうか。
見覚えのある面々をぐるりと見回して、ひらひらと手を振るメローネにちょっと笑って、視線をジョルノに戻したは頷いた。
「なるほど。危ないお仕事なんですね」
「とても」
にこり。
裏なんてなさそうなジョルノの笑顔に、しかしは安心できない。
ジョルノが口を開くとき、誰もその言葉を邪魔しようとしない。しかも、よく見れば彼らは無造作に立っているように見せて、が不用意に動けばすぐに確保できるようになっている。そのくせどこまでも自然体だ。見るだけで堅気ではないと理解できた。
今さら冷や汗が出てきた。もしかすると私はとんでもない場所に足を踏み入れてしまったのではないか。
「えっと……こうして私は皆さんの顔を見て、お仕事に察しをつけてしまったわけですが、……も、もしかして、私はナンパが原因で死にますか?」
青い顔をしてこちらを見上げてきたに、彼らは笑いを禁じ得ない。
ミスタはよじれる腹を抱えているし、メローネの表情は愉悦でいっぱいだ。プロシュートも口元をまげてそっぽを向いていて、ホルマジオもと目を合わせようとしない。ふとが視線を動かすと、まじめくさった顔をしているブチャラティですらそっと目をそらした。
「僕もできればそうしたくないんですよ。あなたのチャーミングな能力は僕らの害になるものではありませんし。ですが、もしもあなたが僕らの敵対勢力に目をつけられ、拉致だったり拷問だったりと非人道的な行為に曝され、我々の姿かたちなどの情報が漏れてしまうと困るんです。僕たちはそれほど秘密主義ではありませんが、だからといって手放しに公にするほど迂闊でもないつもりですから」
「……そ、そうですね。ゴウモン……コマル……」
「えぇ。ところでさん、あなたはどうしてイタリアに?」
「……え!? イマソレ!?」
日本語が混じっていても何を言っているのかだいたいわかるのがすごいなあ、と何人かが同時に考えた。
「あ、あの、はい、えっと、もともと日本に住んでいたんですが、実は親戚がドイツのほうに家を持ったまま亡くなって、そのまま数十年がたっているって聞いて、彼の親戚は私しか生きていなかったみたいで、相続……ハキ……えっと、相続を断るのってなんていうんでしたっけ?」
「相続破棄ですね」
「ありがとうございます! えっと、その相続破棄をしようと思ってドイツに行ったら、彼と生前交流があったという方が待っていらして、書類の手続きなんかはしてあげるから家を引き継いですぐ売り払っちまえ! って言われて……」
「ずいぶん豪快な」
「ですよね! 私もそう思ってお断りしようかと思ったんですが、その方は国の財産にするくらいなら若い子の未来に投資した方がずっとその親戚も喜ぶって仰って……。それでその手続きに半年くらいかかって、その……お世話をしてくださった方がアメリカで不動産をやっていらっしゃったのでごたごた揉めたりして……。で、お金は手に入ったんですけど、そんなお金使い道もないし、日本に戻っても高卒で半年強も外国で留学でもないのにだらだらしていた女に就職口なんてないだろうし、良い思い出もあまりないので……そのアメリカの方と一緒にいる間、イタリアに思い出があるんだってずっと話してくださっていたので、だったら言葉の勉強とコミュニケーションの力を養うためにラテンの国にいってみるか、と思いまして。いただいたお金を使ってアパートを借りて、一か月から暮らし始めたんです」
「どうしてイタリアだったんです? ドイツでもアメリカでもよかったのでは?」
「イタリア語は日本語に発音が似ているってきいたことがあって。ドイツ語はとても難しそうです。アメリカは……その、……さっきの不動産の方があまりにもよくしてくださるので、申し訳なくて。その方ももうご高齢ですし、今さら気を遣う存在が身近になっても困るでしょうから」
つっかえながらもイタリア語でなされた説明はうまいものだった。数か月前から勉強を始めたにしては、抜群の語学力である。
「もしかするとさんは語学がお得意なのでは?」
「え……そうでしょうか? でも英語の成績はよかったです」
ふむ、と顎をなぜたジョルノは、リゾットとブチャラティにそっと視線を向けた。二人はそれぞれその意図を読み取ると、お互い唇の動きだけでやりとりをした。
「今もお仕事は……」
「ない、ですね。小論文なんかが得意だったので、文字を書く仕事をしたいなと探していたんですけど、やっぱり高卒の日本人だと難しいですね。でも、毎日楽しいですよ」
「ではうちで働きませんか?」
「……あぇ?」
「文章と語学に長けた方がいると助かります。ですよね?」
頷いて見せた長身に、もつられて頷いた。
「あなたの身柄はこちらで預かっておかないと危険です。かつてこれほど、メンバーと短時間で接触した人間はいませんでしたからね」
自分のことをまたもや棚に上げ、ジョルノはさらりと言ってのけた。その背後から差し込む陽の光と一望できるイタリアの街並みに、一瞬目がくらむ。
「リゾットの疲労が伝わってくるようで自分もつらいと言っている人もいましたしね」
は視線を彷徨わせて、一番疲れた顔をしている人を探した。ばちりと音がしそうなほど激しくメローネと目が合って、向けられた笑顔に顔が引きつる。彼じゃないに100ユーロ。
「ブチャラティ……幹部直下のチームに入れてしまうと反発が予想されますので、ここはリゾットたちの方に組み込みましょう」
「そうですね」
「構いませんか?」
振り返るその姿も絵になっている。
有無を言わせぬ微笑みだったが、九人はわざと拒絶しなかった。
そういうことですので、と向き直られ、はびくっと肩をすくませた。
「アパートは引き払って、彼らと同じ建屋に。必要な書類はまとめさせます」
が口を開く前に、彼らの話はまとまっていた。
「……えっ……?」
もう一度ご覧いただこう。
が口を開く前に、彼らの話はまとまっていた。





何の組織ですかと訊けたのは三時間経ってからでした。


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