プロシュート




は、まんまるにした目をひとりの男性に奪われた。
(うわーっ、めっちゃイケメン!!これがイケメンかあ!周りの空気まできらっきらしてる!あっ女の人が突撃した!かっこいい!女のひともかっこいいしあのイケメンもカッコいい!なんか兄貴ってカンジする……絶対堅気じゃない……)
男の髪は金髪で、撫でつけるように後ろへ流され括られている。太陽の光がその束をキラキラさせた。
力強い瞳をふちどるのはマスカラ不要の長いまつげだ。まばたきしたらパサパサと風が起こりそうである。
そんな彼に話しかけた女性は、二言三言を笑顔で交わすと、気分を害した様子もなくごく自然に手を振って、どうやら『チャオ』と言ったらしい。逆ナンだったのではないかとあたりをつけるは、断り方まで完璧だなんてあのイケメンさんはすごいなあ、と重ねて尊敬の念を抱いた。
(さすがにあんなに視線が集まってるとナンパしづらいなあ)
だって彼がとても気になる。
これまで彼女は自分の中にある勇気を振り絞って、全身全霊でイタリアのナンパを楽しんでいたのだ。みんなだいたいが良い人だったから悪い思い出もなくて、まだ少女と呼ばれてもおかしくない彼女は無邪気に頬杖をついた。
あの人にも声をかけたいけれど、衆目の中に飛び込むのはちょっとだけ恥ずかしい、気が、した。さっきの美女のあとだし、余計にだ。
「あらお嬢ちゃん、あなたも彼が気になるの?」
「ひゃ!……あ、さっきあのおにいさんとお話してた方ですよね?どっちも美人でお似合いだなって思ってたんです」
「まあ嬉しいこと言ってくれるわね。彼、最近ここのバルに来るようになったの。ふふ、あなたと同じね」
「えっ?」
「気づかなかった?私、ここの店員なのよ。一週間くらい前からここに来てたでしょ?あなた。東洋の人だからよくわかったわ」
「全然気づきませんでした!私、ここのジュースを全制覇しようと思って頑張ってるんです」
「そうみたいね。いっつもジュース飲んでて、子リスみたいだと思ってた。ねえ、今なら彼、注文待ちだからフリーよ!話しかけてみれば?」
「え?!いいんですか!?お姉さんたちの派閥かなんかで、よそ者が話しかけたらリンチかと思ってました!」
「あははははは!やだこの子、本当面白いわね!きれいなものを見つめるのに敵も味方もないわ。みんな同志よ。さ、当たって砕けてきなさい!」
口元に手を当てて快活に笑った美女が、あっけにとられるの頭をくいくいと撫でた。純粋そうな顔つきをして、おいしそうにジュースを飲んで、ちゃんとイタリア語で会話をするのことを、この店員は可愛く感じたらしい。
すっかり彼にお熱だと思われてしまったけれど、あながち間違いでもなかったから、は否定しないで大きくうなずいた。
「はい!当たって砕けてきます!」


「きれいなおにいさん、すみません」
「……あ?」
「うわっこわい!」
ケータイ電話に目を通そうとした瞬間に声をかけられ、プロシュートは気の利いた反応を捨てて視線を上げた。
椅子に腰かける彼よりも高い位置から、東洋人らしき少女がニコニコして彼を見つめていた。どうやらこのお嬢ちゃんが声の主のようだ。
「思ってることと言ってることが逆になってるって顔してるぜ」
目はきらきらしているのに、プロシュートの低い声に驚いたのか口がぽかんとあいている。
「すみません。あんまりにもおにいさんが格好良かったのでつい動揺してしまいました。私、直接間近でこんなにきれいな人を見たのは初めてです。お忙しいところ失礼しますが、ちょっとお話宜しいでしょうか。あ、これ、ナンパです!」
「あぁ、いいぜ。そんな直接的に誘われたのは久々だ」
「じゃあありがたくお邪魔します」
と言ったわりに、少女はそこに突っ立ったまま、奇妙なくらい唐突にかくんと首を動かしてお辞儀をした。知識にはあっても実際に見ると心臓に悪い動きだ。
「私、っていいます。でもおにいさんは名乗らなくても大丈夫ですよ!」
「あん?ナンパする相手の名前を知りたがらねーだなんて、なかなか奇妙な話じゃあねぇか」
「私、イタリアに来て学んだんです。世の中には知らなくていいこともあるんだ、って」
「そうか。随分と悪くない勉強をしたみたいだな」
何があったかはわからないがやけにしみじみとした声音だ。
「ところでここにはよく来るんですか?私は一週間前から、ジュースのメニューを全制覇しようと思って通い詰めてるんですけど」
「たまにな。仕事の合間にちょっと休憩を取るくらいだ」
「へえ、お仕事。あてていいですか?」
「俺の仕事をか?バンビーナに当てられるとは思えねぇが、好きにしな」
「よし。じゃあ一発勝負で」
「あぁ」
悩むを観察しながら、プロシュートはコーヒーカップを持ち上げて口をつけた。気が向いて甘くしてみたものの、これは舌がしびれるレベルだ。失敗だった。
「おにいさん、手きれいですね」
「あ?……そうか?」
世間話のように言われてついつい自分の手を日に透かす。
「ていうことは、手荒れしない仕事ですね。でも会社員じゃないです。インクの擦れ跡も営業鞄もありません。だいたいそんな胸の開いたスーツで許される仕事なんてなかなかなさそう」
一般社会の事情なんぞ知ったこっちゃあないが、プロシュートは軽く肩をすくめてみせた。常識的に考えれば彼女の言うとおりだ。
「でも、ホストって柄じゃないですよね。人に奉仕するタイプじゃなさそうです」
「あぁ……、まぁな」
「おにいさんはここに来てから一度も腕時計を見ていません。でも今は仕事の合間だと言います。ということは、時間にルーズ……あるいは個人で動く仕事をしているということ。財布も持ってなさそうですし、カード一枚で決済して、領収書ももらわないでいい立場。"誰かの上司"、"自由な職場"です。だけどケータイは見ようとしました。腕時計はしているので時間を確認するためとは思えません。だとすると、どなたかから連絡が来る可能性があるってことじゃないでしょうか。いろいろ候補はありますけど、仕事仲間からの連絡、って考えるのが妥当ですよね」
「悪かない」
「見たところ筋肉もきれいについてますし。身体を使うお仕事かなあ」
こてんと首をかしげる。
「そもそも眼光が堅気じゃないです」
「……で?」
堅気じゃないと言われた眼光をわざと中空に流すと、少女はニコニコしながら自信ありげに結論を出した。
「私の妄想では、お兄さんはワルイお仕事ですね!」
「……どんなふうにワルイんだ?」
「わかりませんけど……」
「なかなかいい洞察力だぜ」
「当たってますか?」
「半分くらいな」
「やったー。じゃあ、ちょっと握手してください」
「なんでだ?」
「悪いことはしませんよ!ちょっとしたマジックです!お近づきのしるし!」
すべての行動に脈絡のないバンビーナだ。
プロシュートはそう思いながらも、推理を褒めるつもりで手を差し出した。
「そーれ!」
はプロシュートのかたい手のひらに自分の手をぱちんとぶつけ、音を立てた。
その隙間から花びらがこぼれ、地面に散る前に風に流れて消えていく。
残ったのは、プロシュートの手の中で咲き誇る大輪だけだった。
「お前ッ」
「え!?」
細い手首を素早く捕まえる。は本能的な恐怖で身体をちぢめた。
それでもおそるおそる、小動物のような弱弱しい目でプロシュートを見つめてくる。
「……これがマジックか?」
「え、えぇ……。これ、枯れないんですよ。私からの愛です!どうぞ!」
捧げられた花を手でいじり、プロシュートが細く息を吐き出すと、呼応するように異形が彼に寄り添った。
「えっ、う、わ!?なんだこれ百目小僧!!」
「見えるのか、やっぱり」
「えっえっ、お、おにいさん、なんですかそれ!背後霊ですか!悪霊ですか!でも悪い感じしませんね。撫でていいですか?」
「スタンド使いが俺に何の用だ?さっきの遊びも何かの仕掛けか?」
「す、すたんど。昨日もその言葉を聞きました。こういうのを、スタンドっていうんですか?」
「何も知らねぇのか?」
「何も……とは」
男女の体温の差など関係なく、プロシュートはの手首をしっかりとつかんでいる。場所を考えなければいつだって始末できるだろう。
「……いや、いい。で、お前の能力は何だ?この花を出すだけか?」
「はい。身体と身体で音を鳴らすと、私のほうから花が出てくるんです。花びらが散るだけのこともありますけど、こうして花の形になったら、ずっと枯れないんです。だからせっかくお近づきになれたお礼に差し上げようと思って……」
「握手の形にしたのは、俺を驚かせようとしたのか?」
「はい。おにいさんはカッコいいので、いろんなアピールに慣れてるだろうなあと思って」
「なるほどな」
嘘を見抜く正確な技術をプロシュートは持たない。
しかし人を見る目は確かだった。
「ビビらせて悪かったな。これ、なんて花だ?」
「私、あんまり詳しくなくて。実在する花なのかもわからないです」
骨ばった指が茎をつまんで、傘のようにくるりと回す。
「ナンパに花言葉は必須だぜ、バンビーナ」




▼電話番号をもぎとられました。



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