メローネ



太陽が中天を目指す、うららかな晴れの日のことである。
メローネは昼食のプレートをきれいに食べつくし、さらにまだ満たされない小腹と相談をしていた。今日はなにを食べようか。
甘いものか、しょっぱいものか。
おもての看板に出ている『本日のおすすめ』の字がイイ感じのケーキを示していたなら、それにしてみようか。

「おにいさん!」
「ん?」
声をかけられて振り返る。
若い、東洋人とおぼしき女の子が、きらきらした目でメローネの顔を覗き込んだ。
「とつぜんすみません!今、お暇ですか?ごはんタイムですか?」
「ごはんタイムは終わった。どのケーキ食べようか考えてたとこ」
少女のイタリア語は、文法や単語こそ正しかったが、発音がいささかおぼつかない。これじゃあ聞き取るのも大変かもしれないなと気まぐれな思いやりをみせたメローネは、ショーケースと看板を交互に指さしてみせた。
おかげで彼女はメローネの現状をまるまるきちんと理解した。
「ここのケーキはおいしいですか?」
「うん?うん、うまいよ。きみ、ここ初めて?ていうかイタリア初めて?」
「はい!イタリアに来たのもここに来たのも初めてです」
「ガイドブックにも載ってないのによくこの店見つけたね。知り合いに教えてもらった?」
「いえ、カッコイーおにいさんがいたので、ちょっと立ち寄ってみたんです!正解でした」
「へー、そのカッコイーおにいさんってもしかして俺のこと?さっきからこっち見てたよね」
そういえば黒髪がちらりと視界の端をかすめたような気がしたのだ。
確信はなかったけれど、図星だったらしい。
「えっ!ばれてましたか。そうなんです、私おにいさんに一目ぼれです!ぜひ一緒にケーキを食べてください!」
「ヘエー」
まあ、悪くない顔立ちだ。可もなく不可もなし。目はちょっとぱっちりしてるかな。向かい合ってケーキを食べてもイライラはしなさそうだ。メローネはかなり無情に判断した。
「いいよ。じゃあ一緒に食べようか。俺のおすすめはこれだから、きみ、これ食べなよ。あ、名前なんての?」
「おいしそうですね!私はっていいます。おにいさんは?」
「俺はメローネ。じゃあ俺のケーキ、が選んでよ」
「メローネさん、よろしくお願いしまうー。これが似合いそうですね!」
ラズベリーソースが鮮やかなチーズタルトだった。
うん、嫌いじゃあない。
「おっちゃん、これとこれよろしく。あと俺はカッフェとー……」
「私はラッテで!あまくしてください!……あ、せっかくですから私が払いますよ!一緒にお茶してくれるお礼です!」
「えぇー?女の子に払わせるのはちょっとねー」
「紳士ですねおにいさん!」
純粋な賛美に、メローネは一瞬、きょとんとした。


「イタリア語、自分で勉強したの?」
「そうなんです。すてきな人を見つけたら逃さず口説けるように、恋の言葉を重点的に勉強しました!」
「あははは!色んな人をナンパしてるの?君みたいなカワイイ子だったら男なんてイチコロだろ?」
「それが、なかなか皆さんガードがかたくて……。このケーキおいしいですね」
「見る目ない奴ばっかだねー」
男のほうも、のほうも。どうせなら俺みたいなノリのいいやつをナンパすればいいのに、このイタリアで女の子からのナンパを断りまくるやつはガードが堅いにもほどがある。……と、メローネは思った。
「どうですか?私と電話番号交換する気になりますか?」
「俺の番号高いよー?」
「あー、オカネないですねー。ユーロ、レート厳しいです」
「どっから来たんだい?」
「日本ですよ!」
「ジャッポーネの女の子はもっと照れ屋かと思ってたけど、はそうでもないんだね?」
「私の心臓今ばくばくですよ!照れてますけど面の皮が厚いんです!」
「面の皮なんてそんな言葉、ガイドブックに載ってた?」
「ん?これ普通の言葉じゃないんですか?顔が赤くなりにくいって意味です」
「あーそっち」


「ごちそうさまでした」
はフォークを置くと両手を合わせて、穏やかな声に似つかわしくなくメローネがびっくりするくらいガクンと首を動かした。としては、軽い会釈のつもりである。
「そうだ、お近づきのしるしというか、一緒にお茶してくれたお礼をしたいです!」
初めて声をかけてきたときから変わらない、きらきらした瞳だ。
メローネはちょっとした悪戯心から、にやにやしながら自分の唇を指で押した。
「じゃあチューしてくれるかい?」
「いいですよ!」
これまたメローネがびっくりするくらい躊躇なくうなずいたは、片手をきつねのかたちに組んで、その指先をメローネの唇に押し当てた。
「はい、チュー」
「あはははは」
「メローネさん唇めっちゃやわらかいですね!ヤバイ!」
「ヤバイってなに?」
「日本語で色んな意味を持つ言葉です。今は褒め言葉です!」
「へー」
異文化で育ったとの会話に、メローネは自分の心がゆるんでいくのを感じていた。たまにはこういう健全なやりとりも悪くない。
いや、むしろ今のメローネに必要だったのは、こんなふうな、些細でバカバカしくって可愛らしい時間だったのだ。
唇に触れた少女の指のぬくもりを思い出してくすりと笑うと、眩しそうにメローネの笑顔を見たは「あっ」と何かに気がついたように声を上げた。
「そうそう。あとこれをどうぞ!」
きつねをほどき、ぱちん、と音を立てて彼女は指を鳴らした。
マジックのように花びらが舞い、黄色い花弁に赤色のめしべが鮮烈な小花がいくつも現れる。
それらを慣れた手つきで小さくまとめると、は即席のミニブーケをメローネに差し出した。
「メローネさんにプレゼントです。魔法の花なので枯れないですよ!」
って……」
「はい?」
何か狙いがあって近づいてきたのか、それともただの偶然なのか。
メローネの中に瞬間的に警戒心が膨れ上がった。
しかし彼は何も言わなかった。
「……うん、なんでもない。ありがと」
「いえいえ。じゃあ私はお先に失礼しますね!メローネさんとお茶ができて楽しかったです」
「俺も楽しかったよ。また会おう」
「はい!……あ、電話番号交換しますか!?」
「んー、そうだね。トクベツだぜ」
「やったー!アドレス帳に、『イタリア人のお友だち』って項目を作ったんですけど、だれも教えてくれなくてしょんぼりだったんです」
「最近物騒だからじゃない?電話貸してみ」
「はい」
まるで彼女は疑うことすら知らないようだ。これはむしろ、今までナンパした『カッコイーおにいさん』たちがガードの堅いまともな人間だった幸運をたたえるべきだろう。
内心呆れるメローネに気づかず、はにこにこと口角を持ち上げたまま楽しそうにしている。
ふ、と息をひとつ吐き出して、メローネは肩をすくめた。ナンパされて、お茶をして、花をもらって、なんだか久々に楽しかった。今はそれで十分だ。
「これでいいよ。あとでメール送る」
「嬉しいです、待ってますね!」





▼アドレス交換ができました。




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