ドキドキスケルツォ
21
長旅を終え家に着くと、まず花京院は彼女の部屋の場所を教えた。次にトイレやバスルーム、冷蔵庫を示して歩く。
「想像していたよりもずっと広いです。お一人なんですよね?」
「うん、実は知り合いに家を借りているんだ。彼は別の場所に自宅を持っているんだけど、ここには海洋の研究でたまにやってくる。そんな時に使うのさ。だから彼の部屋もある」
「海ですか。学者さんか何か……?」
「ああ、そんなものだ。その道では有名らしいけど、僕にはさっぱりでね」
この家の経緯は複雑だ。
過去に寝泊り用の貸家を探していた一人の男が兄に相談を持ち掛ける。彼の兄はスピードワゴン財団と接する不動産で一大財産を築き上げつつあり、この地にもパイプを持っていたので弟の為に不自由のない家を探し、二、三人は収まるほどの一軒家を用意した。当然男は呆れ果てたが、兄の狙いは世界中に別荘を持つ点にあった。うるさい親友や部下から仕事をせっつかれない隠れ家が少しでも多く欲しい彼は舌なめずりをして弟の要求に応え、こうして海洋学者のメッカの近くに表札がかけられたのである。
とはいえ、男も兄も世界を飛び回る身だ。二人とも自宅を持っているし、疲れた時はそこへ帰る。大きな家は自然と無人になり、安全面でも問題が浮上した。
そんな時に手を挙げたのが花京院だった。
この地方での仕事を望んでいた花京院は歓迎され、家の番という名目で独り身には余る邸宅に住むことになったというわけだ。
噛み砕いた説明に思わぬ力が入った花京院は、もちろんその理由もわかっていた。『彼』が関わるとついムキになってしまう。
少女は人間関係を呑み込んだ。その『男』と『兄』がジョースターの血筋かもしれないと察したのは後々になってのことだった。
「今になって何をと思うかもしれませんが、お邪魔ではないでしょうか」
「金銭面の負担で言うなら、邪魔ではないよ。もちろん慈善事業で引き受けているわけじゃない。多少、知り合いの頼みに弱かったところはあるけれどね」
花京院は正直に言った。
「だけど半月後に同居人が増えてもいいように心の準備はしておいたし、掃除だってした。綺麗だろ。普段はここまでじゃあない」
「私も掃除は苦手です」
「そう。僕は恋人もいないし、友人を家に呼んだりもしない。君は騒ぐタイプじゃないと聞いているし、まあ、珍しい彼からのお願いに応えてもいいかなと思ってしまった。生活面で君が邪魔か邪魔じゃないかはしばらく生活してから決めようと思っているよ」
少女はホッと息を吐いた。すごく歓迎されるよりも、嫌々を隠して裏で邪魔に思われるよりも、花京院のフラットな態度が心地よい。
「ありがとうございます。お邪魔にならないように気をつけて、自分のことは自分でできるようにします」
「家事は得意かい?」
偽っても、同じ空間で暮らすのだからすぐに事実が露呈するだろう。少女も花京院と同じように正直になった。
「いえ、あまり。でも、覚えます」
「僕もだ。覚えてご馳走してくれると助かるね。最近はもっぱらコンビニ弁当ばかりだから」
花京院は手を差し出した。反射的に彼の手に手を重ねた少女は、力強い握手を受けた。
「これは挨拶の代わりだ。これからよろしく」
あんなに緊張していたのに、この微笑で身体から力が抜けていくようだった。本当に安心した少女は、はい、としか言えなかった。
改めて案内されたバスルームをぎこちなく使い、初めて日本語で「おやすみ」を交わし、少女は与えられた部屋で眠った。
とても穏やかな夢を見た。