ドキドキスケルツォ



17



カフェから戻る道で背の高い金髪の男を見かけ、少女は咄嗟に顔を背けた。相手が誰かはわかっている。
少女は彼の目を見ただけで蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。足元から身体に走るのは畏敬の念に近い。従ってしまいたくなる度量の深さを感じてしまう。ジョナサンと似ているのに、それよりもずっと地面に根を這わせ、絡みついた触手で相手を離さない。食虫植物のような男だと、少女はそう思っていた。あるいはそれをカリスマという。
DIOは頼れる男だった。孤独になってしまった少女に様々な情報を与える一方、意味深な笑みを浮かべ、彼女の頭がパンクするのを眺めている。
DIOは少女を見つけた。観葉植物の鉢の隣でぐるりと振り返り、ニコリとも笑わず人の波を避けて少女の頭に手をのせる。少女は渋々、挨拶をした。
「ジョルノと会っていたのか?」
「えっ、どうしてわかるんですか」
挨拶だけは丁寧に返し、DIOは腕を組む。なぜわかるかと問われれば、答えは一つだ。親子の絆があるからである。
スタンドエネルギーから伝わってくる『絆』というものに、DIOは信頼を置いていなかった。どうでもいいとすら考えており、煩わしさに捕らわれるのは唾棄すべきことだと快く思っていなかった。
しかし、無駄な場所で役立つものである。ぴんと直感を働かせた男が指摘すれば、少女は水を掛けられた動物のように驚き目を瞬かせた。
随分と成長した瞳をしている。
正統なる正義や『白』へのこだわりには思うところがある。『安定』から程遠い生活を送ろうとする選択は愚かしく映ったが、ある種の意固地な気高さがどこから来ているのか、彼らの魂の在り方は気になった。
少女はどちらでもない。DIOの精神にも、正反対に属するジョナサンの精神にも及ばない。迷い、決めかねている。
それが良い、とDIOは見ていた。そうして右往左往しているのが、人の正しい在り方だ。ジョナサンと自分だけが特別なのだ。誰もと同じ『人間』であるにも拘らず、彼にはそんな意識がどこかにあった。
「何を話していたんだ?」
「私が日本に行く話をしました。それから、メールアドレスを交換して、お茶を飲んで……あの人たちには次の会議があるそうで、ついさっき解散しました」
「なるほど。……メールアドレスを交換したのか。ジョルノと?」
「はい」
悪いことがあっただろうかと眉根を寄せた少女の前で、DIOは落胆と理不尽さを噛み締めていた。
「私はまだだ」
「……何がですか?」
少女は一瞬、本当に一瞬だけ、自分と連絡先を交換したいのかと思った。すぐに考えを振り払う。自信過剰な考え方は良くないと身に染みていた。
彼女の考え通り、DIOは腰に手を当てて言った。胸を張って背筋を伸ばす男からは威圧感が漂い、平均的な体型な少女を圧倒する。
「私はまだジョルノのアドレスを知らないのだ」
何と言うべきか迷い、少女は覚えたての表現を使った。
「心中お察しします」
それなりに綺麗な英語がDIOを突き刺した。
なぜこの小娘は良くて、父であるこのDIOは許されないのか。
間にどのような溝があるのか、DIOにはわからない。ジョルノはとにかくDIOのやることを「効率が悪い」と言って歯牙にもかけず、父と子の関係性などどこへやったか、ぞんざいな態度ばかり取る。DIOはため息を隠さない。
教えてくれとは言わなかった。この少女はDIOに怯んではいるが、『友人』の情報を『他人』に流したりはしないだろう。
代わりに要求した。
「お前のアドレスを私に教えろ。書いて渡してやるから、名前と情報を添えて返信するのだ。いいな?」
「な、なんで、どうしてですか?ディオさんの……」
「『DIO』だ」
男は譲らなかった。拙い発音を指摘する。
少女は言い直した。
「DIOさんのアドレスは、あの、……持っていても仕方がないのでは」
「言うようになったな」
確かに、役には立たないだろう。少女から彼にメールを出すことはなく、多忙を極めるこの男が少女一人にかまける暇を持つとは思えない。
ジョルノのメールアドレスが目当てでないのなら、狙いはいったい何なのか。胡乱な顔で見上げていると、DIOは唇の端を持ち上げて笑った。
「ジョルノのアドレスが入っていて、私のアドレスが入っていない。……親子のバランスはとるべきだ」
「何を言っているのか、さっぱりわかりません……」
それでも二人は携帯電話の頭を突き合わせ、お互いの情報を交換したのだった。