ドキドキスケルツォ



16



午後のカフェは賑わっていた。普段はテラス席に出ている職員が、雨に降られて店内の席に移動しているためだ。
少女はいつもは並ばない列に加わった。前に立つ職員が振り返ってぺらぺらと話しかけてくるので、こくこくと気圧されるまま首肯する。気を遣われているとわかるからこそ答えづらい。知っている『友人』が相手ならば多少迂闊な間違いをしても許されるが、時々こうして抜き打ちテストのように何気ない話を持ち掛けられると緊張して舌がもつれた。
何とかやり過ごしてカプチーノを注文する。フォームミルクがたっぷりおまけされたので、少女はだいぶ慣れた笑みでお礼を言った。
「やあ、こっちこっち。こっちに来なよ」
席を探すと、上階から声を掛けられる。初めは自分が呼ばれているとは思わなかったが、名前を呼ばれればさすがにわかる。二階を見上げると、階段の手すりから身を乗り出す金髪の青年が、奇抜な服装で少女に手を振った。断る文句も浮かばない。
階段をのぼると、メローネは彼女をさらに上へ誘った。三階の席は真ん中で部屋が仕切られ分煙されている。窓際の席は喫煙席と近いため、いつも人気がない。ガラスでほぼ完ぺきに区切られているとはいえ、気分的にはあまりよくないのだろう。
窓際の席からは中庭が見下ろせる。普段は木の幹や花壇にしか目がゆかないが、三階席へ誘われた時は、葉を重そうにつけた深緑の木を上から眺めて会話の合間を繋いだ。
普段、人の多い場所が苦手な少女を気遣ってこの席を選ぶのはジョルノだ。輝く瞳を持った穏やかな少年は、温厚な表情に似合わない強引さで少女をここに連れてくる。日々の何気ない出来事を訊ね、自分の状況を打ち明ける。少女はわかりやすい言葉を使って話すジョルノのことを、彼の覚悟と強さに裏打ちされた美貌も相まって、好意的に思っていた。
同じ金髪の『イケメン』でも、メローネとジョルノは大いに違う。だから余計に、この二人が同じ席について会話をしている姿が珍しかった。
「日本に行くんだってね」
少女は四人のイタリア人に囲まれている。丸いテーブルを二つくっつけ、決して小柄ではない身体を詰めて椅子に座る。この場には少女と、ジョルノと、メローネと、ギアッチョと、それから今朝に彼女の部屋を訪ねたミスタがいた。
口火を切ったのはメローネだった。
少女は頷く。
ミスタが思い出したように指を鳴らした。そうだよ、とポケットから二つ折りの携帯電話を取り出す。青年らしいごつごつとした手に似合う、厚みのある携帯電話だった。落としても問題のないつくりになっているのだろうなと少女は思った。
「アドレス、教えろよ。通信ついてっか?直打ち?」
「あ、あの……送信できます」
「んじゃあ送ってくれ」
ぱちんと機体を振って携帯電話を開いたミスタは、少女がしっかりした手つきでボタンを押すのを確認して、受信モードに切り替えた。携帯電話のヘッドを合わせる。すぐに少女の情報が機械の間を移動した。
その間に、メローネも携帯電話を出している。
「俺ともしようよ」
少女は露骨に嫌そうな顔をした。感情を隠しきれていない姿に、ジョルノが笑いをこらえる。
「それなら、僕とも交換しませんか?あなたが日本に行っても、やりとりがしたい」
今度は少女は拙く微笑んだ。送信の準備をして、メローネよりも先にジョルノの携帯電話に自分の携帯電話を触れ合わせる。
メローネは少女があまりにも躊躇しているので、声を立てて笑った。売ったりしないのに、と不穏なことを言う。こうして脅すような台詞を吐くから余計に警戒されるのだが、理解してやっているのだからギアッチョも助けの出しようがない。
「ギアッチョには俺から渡すから通信しなくていいぜ」
「要らねえよ」
キャラメルラテを飲む男は携帯電話を出しもしない。
メローネは身を乗り出して少女のモバイルの画面を覗いた。
「通信したくないならそれでいいぜ。今、直で打っちまうから」
指が素早く動く。ジョルノがメローネの手元の動きを目で追った。打ち込まれる英数字の羅列は、ジョルノが新しく登録した文字列と一つも違わない。
「人を嫌がらせるプロですね」
爽やかな罵倒だ。悪意があるのかないのか判別しづらいが、メローネはまったく気にしなかった。
賑々しいテーブルで時間を過ごし、少女のアドレス帳に四人の名前が増えた。