ドキドキスケルツォ
14
抱きたいか、抱きたくないかで言えば、メローネはギアッチョを抱きたい。しかし、ギアッチョが望むのならば受けに回ることもやぶさかではない。
この気持ちはいったいどこから来るのだろう。
あの男をとても好きで、手に入れられたら幸せだと思う。人生が楽しくなるだろう。彩りが加わり、世界がより美しく見えるに違いない。性別の壁は些細な問題だった。いくつか検索をして知識も仕入れている。もっとも、練習と割り切ってもギアッチョ以外の男を抱くのには非常に抵抗があったので、いまだに実践経験はないのだが。
いつ行為になだれ込んでも準備はできている。最後までギアッチョの様子を見て、抱くか抱かれるかを決める心構えもある。
一向に機会がやって来ないのは、もちろんギアッチョにその気がないからだ。そもそも、メローネの気持ちに気づいているのかも怪しい。
馴れ馴れしく肩を組んでも、頬に頬を寄せても、無視をされるか押しのけられるか、はたまた思い切り床に叩きつけられるかのどれかに尽きる。相手からの思わしい反応はない。テーブルの下で足を蹴られることすら嬉しいメローネに比べて、ギアッチョはひどく冷めていた。メローネを、『ただちょこまかと動いている後輩』としか見ていないのではないかと疑ってしまうほどだ。あれほどアピールをしているというのに、あまりにも酷ではないか。
メローネの悩みは、一つ解消された。嫌な打算を交えてギアッチョを横目に見ていた少女が、何を思ったかころりと態度を変えたのだ。
時々敵情視察をしにカフェへ行ったが、そのたびに彼女の面差しはしっかりしたものになっていったように思う。何があったのやら、まったく興味は湧かなかったが、ギアッチョに対する値踏みの視線が消えたので、メローネはいつも通りのペースを取り戻した。
通じないイタリア語で無駄話をまくし立てては、常識人の苦笑を買う。時には後から叱られもしたが、メローネはけろりとしていた。
そんなメローネの心をかき乱すのは、たった一人の存在だ。
ギアッチョは平然としたもので、こんなメローネの悲痛な声にもびくともせずそっぽを向いている。
「ああ、もう!あんたって結局何なんだよ。もしかして、俺の知らないところに恋人がいるワケ!?」
「うるせえよ、耳元で叫ぶな。いようがいまいがオメーには関係ねえだろうが」
「いるのかよ!?」
「いねえよ」
慌てて前に回り込むと、やはり五月蠅そうに顔を掴んで押しのけられる。ホッとしたのも束の間、訳もなく―――訳はあるのだが―――怒りがこみ上げる。あまりにも身勝手な憤慨だったので、メローネは気持ちを落ち着けた。スッと冷静になり、ギアッチョの指先をべろりと舐めておく。健康に問題はないようだ。
「気持ち悪いんだよ!!近寄んな!」
思い切り殴られ、メローネは何やら自然と笑顔を浮かべていた。
抱くも抱かれるも、考えるだけ無駄なのかもしれない。確かに即物的な欲望は毎晩メローネを苛むし、本当は毎晩どころではなく昼夜を問わず苦しめられているのだが、そんなことよりも高尚な幸福があるのだろう。この日常が、何物にも代えがたいのだ。
ギアッチョを大好きだ、とラブを冗談交じりに見せかけて少女に暴露したその時も、テーブルの下で手を握ってみても、ギアッチョは何も言わなかった。メローネの気持ちを知っていて沈黙を選んでいるのだとすると、彼はとてもメローネを焦らすのがうまい。
「俺、こうしてあんたに殴られているのが一番幸せかも……」
メローネの胸の内で起こっていた本能と理性の葛藤などつゆ知らぬギアッチョは、あまりの言葉に怖気立って手を引いた。