ドキドキスケルツォ
07
プロシュートには恋人がいる。少女は推理でそれを当てた。数多くのフラグを立て、折り、舐め、最適な選択肢を導き出したゲーマーとしての勘と、『お約束』に当てはめる少女の悪癖が揮った。
長めの金髪を頭の後ろで小分けに括り、びしりと黒のスーツを着こなすイタリアの男。美麗な顔立ちをしており、意志の強そうな瞳は暗闇でも輝くだろう。細く引きしまった肉体は力強く、生命力に満ちている。革靴の先までぴかぴかに磨かれ、どこからとっても完璧な『イケメン』だった。
男は言葉の通じない少女に対しても対等な態度で接した。多少厳しかったので懐きはしなかったが、少女は惚れ惚れと男の横顔を眺めては考えたものだ。
(この人は周回しないと攻略できないだろうなあ……)
現実離れした空想だ。この空想のおかげで、少女は彼の『攻略』を諦められた。
そんなプロシュートは、いつも香水をつけている。挨拶のハグをするとふわりと香る、色気のある嗜みだった。
ある日、少女はいつものようにプロシュートに駆け寄った。面倒見のいい金髪の美丈夫はわざわざ煙草を消し、灰皿に捨てて少女に挨拶をした。
ふと感じた匂いは、香水のものでも、煙草のものでもなかった。知らない気配がそこにあったのだ。
怪訝に思った。この場には自分とプロシュートと、通りすがりの誰かしかいない。つまり、この『誰か』の痕跡は別の場所でついたのだ。
少女は何事もないように会話をしたあと、ずばりと訊ねた。彼に回りくどい言い方をすると怒られるし、英語で冗長なことを言う自信もなかったので、要点を隠さなかった。
「誰かと会ってましたか?」
プロシュートは一瞬、ハッと首に手をやりかけて動きを止めた。あたかも最初からそうするつもりだったと言わんばかりに、その手は髪の筋を整えるために使われた。
「ああ……ちょっとな。会ってたぜ、仲間にな」
彼は詳しい説明はしなかった。少女も問い詰めなかった。論点はそこではない。
もしも透視能力があれば、とどうしようもないことを悔やむ。スーツと同じ色のスカーフの下に、いったい何が隠れているのか。当時の少女はまだ同性愛に理解がなく、『こぶつき』だとしか思わなかったが、今ならばわかる。
きっとあそこには、親密すぎる交流の痕が残っていたのだ。
鍵付きのノートを開けるキーは、少女が常にポケットに入れている。最近になって、それだけでは不安をおぼえた彼女は、お小遣いを少し使って雑貨屋でネックレスチェーンを購入した。洒落っ気のあるキーにチェーンを通して首にかけて持ち運ぶ。中身は見られては困るのだ。日本語で書いてあるが、調べられれば趣味を疑われるどころか、人間関係が崩壊しかねない。
そのノートで『×』マークが確定したのは、アバッキオとブチャラティの名前だけだ。他の数人は疑惑と、それから彼女自身も気づいていない願望があるのみで、本当に恋人同士なのかはわからない。
少女は机に肘をついて、シャープペンシルの頭を頬に押し当てた。
プロシュートの名前に対応する『男』の名がわからない。
知らずのうちに、彼女はすでに相手の性別を確定してしまっている。これで『女』だと言われたら、それこそ目を丸くして驚いただろう。
ノートの余白をペン先でつつき、ささやかな凹凸をつける。一切姿形も、名前すらわからないプロシュートの恋人が何者なのか、同じ『チーム』に所属するホルマジオたちならば知っているだろうか。
問いかけてみようと決めたものの、そう簡単には巡り会えない。財団は広いし、少女とは違い、各々仕事がある。
燃料がなければ火は消える。
数日後に馴染みのコーヒーショップでチャイを飲んでいた少女は、プロシュートのことを忘れたまま勉強に打ち込んでいた。
日本への移住手続きはまだ始まっても居ない。少女が結論を出し渋っているせいでもあった。
このままただ日本へ行くことが、果たして安心につながるのだろうか。
スピードワゴン財団はインターネットに接続できる環境ではある。少女の部屋にも、望めばパソコンが導入されるだろう。元の世界で自室に居心地の良さを感じていたのは、ネット環境があって、好きな物に囲まれている状況に満足していたからだ。ここでも同じことができた。この世界で、日本を選ぶ特別な理由はない。しいていえば、言葉が通じる利点くらいか。言ってしまえばそれだけだ。
こちらの方が知り合いは多い。いつまでも財団の居住空間を間借りできるわけはないが、できれば彼女は、この関係を終わらせたくなかった。遠くの見知らぬ母国よりも、近くにいる異国の知り合いがよかった。
いつまでも結論の出ない考えに埋もれそうになった時、彼女は一人の男を見つけた。
「あっ、ディオさん!」
「む……?」
背の高い金髪の男を呼ぶ。椅子を蹴って立ち上がった少女は、大男に駆け寄って短く英語で挨拶をする。彼は言った。
「私はお前にいつも、DIO……とハッキリ発音しろと言っているが、わからないか?」
「すみません……」
ハッキリと発音し直すと、DIOは満足そうに上から少女を見下ろした。必死に顔を上げる少女はこの男の金髪から、同じ色を持つプロシュートを連想していた。ずっと抱えていた疑問は情報通の彼に答えを求めなければ解決しない気がして、気を惹こうと口を開いた。
「お茶を奢りますから、少し付き合ってもらえませんか」
DIOは「ほう」と顎を撫でて言った。
「お前の金ではないのに、『奢る』という言い方で構わないのか?」
「……」
少女は言葉に詰まって下を向いてしまう。自分の卑小さを突きつけられ、ぐさりと胸を貫かれた少女を放置したDIOは、さっさとカウンターに向かって注文を済ませてしまう。自分のカードで支払いを済ませる。
立ち尽くす少女の所へ戻って来ると、彼女の参考書が広げられた席にえらそうに座った。
「気が変わる前に早くしろ」
「えっ」
気まぐれもあったものだ。
急いでDIOの目の前から余計なものを除け、あの、と声を潜めて身を乗り出す。
プロシュートに恋人はいないのか、などと訊ねることは愚の骨頂だ。少女はおかしなところで自分を信じていた。恋人はいるだろう。彼女が知りたいのは、それが誰であるのかだ。
恐ろしささえ感じさせる美貌の前で緊張に乾いた唇を舐めるのは気恥ずかしく、少女は唇を噛んでから質問を決めた。
「DIOさんは、プロシュートさんの上司の方とはお食事なんかはされるんですか?」
「リゾットのことか?」
「リゾットさんと言うのかは知りませんけど」
「プロシュートの上司なら、リゾットだろう。ジョルノの知り合いだ」
いったいどういう横のつながりなのか、はたまた斜めなのか、少女には見当もつかない。
しかし、手掛かりは手に入れた。プロシュートの上司は『リゾット』というのだ。
二度ほど話したことのある『メローネ』と名乗る奇抜な青年は、自分がホルマジオとプロシュートの同僚であり、『パッショーネ』からスピードワゴン財団へ派遣されて来ているのだとぺらぺらとまくしたてた。リスニングには自信がなかったが、聞いたことのある名前には反応できる。
ブチャラティたちが組織に戻った今現在、この財団にいる『パッショーネ』のメンバーは九人のはずだった。メローネ、ホルマジオ、プロシュート、イルーゾォ、ペッシ、ソルベ、ジェラート、ギアッチョの名前を知っている八人に加え、姿さえ見たことのないリーダー格の男を数える。
リゾットとは、初めて聞く名前だった。
(間違いない、そいつだ)
DIOが少女の頬を抓り上げるまで、少女はまだ見ぬ『リゾット』への興味を募らせていた。
プロシュートのスカーフの下にナニかが隠れていた時、彼は「仲間に会っていた」と言った。つまり、九人のうちの誰かだ。
ここからの推測は、どこまで突き抜けても彼女の主観だった。
(プロシュートさんレベルの人が『受け』になるくらいなんだから、よっぽどすごい人なんだろう)
ただそれだけの理由で、見知った七人は候補から却下されたのである。