ドキドキスケルツォ
04
少女のノートには日本語で、多くの名前が書かれている。スピードワゴン財団で出会った『イケメン』の名前だ。
一列に並べられた名前の下に、二行あけてもう一列ぶん、数人の名前が書いてある。
『ジョナサン』に対応するのは『エリナ』であり、『ブチャラティ』に対応するのは、『アバッキオ』であった。ジョナサンとエリナの間には、横から『スピードワゴン』と『ディオ』の名前が付けくわえられている。『ジョルノ』には『ミスタ』が。『シーザー』には『ジョセフ』が。『プロシュート』にはハテナマークが対になっていた。誰かの存在は感じられても、具体的な名前を少女は知らなかった。
どちらが『攻め』であるのか。
少女の中にくすぶり、ドキドキとした背徳的な高揚をもたらす疑問は、いつまでも熱を鎮めなかった。少女は『イケメン』たちに会い、短い会話をするたびにそのことが気になった。さりげなく関係性を追求したりもしてみたが、なかなか答えは得られない。そうやって追い求めることこそが、少女の毛嫌いしてきた分野に向けての第一歩であるかもしれない、という可能性には目をつぶって、恋人同士であると推察する二人の名前を、毎日眺めては考えた。
その姿はさながら、腐った沼に足を踏み入れる旅人だ。
『×』マークを初めて入れ、左右を明らかにした組み合わせは、もっともなじみ深いブチャラティたちの名前だった。ブチャラティとアバッキオが密やかに口づけを交わす瞬間を、少女は見てしまったのだった。
重厚なドアは薄く開いていた。漏れ聞こえた声に、彼女は自然と息を殺した。
「アバッキオ、今は仕事中だぞ……っ」
「誰も見てねえだろう、ブチャラティ」
少女は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。胸をくすぐる何かがあった。燃え上がっていく感覚は、街のすべてがゲームの世界に見えたあの時の、茫洋としたものとは違っていた。異世界だからだろうか。わからなかったけれど、少女は全身全霊で、ここに誰も来ませんようにと願った。
後ろ髪引かれる思いを振り切り、少女は足音を立てないように気をつけながら部屋へひた走った。ノートを取り出し、鍵を開け、急いで、初めての『×』マークを引いた。会話をメモし、耳にしたすべてを、目にしたすべてを、そっくりそのまま罫線の中に映し込んでいった。汚い字は余計に汚くなったし、自分でも何を書いているのかわからなくなる時があったが、ハッと気づくと埋まったページは数枚に及んでいた。時間はすっかり過ぎ、散歩の予定は消え去っている。それでも満足だった。
ここに祝そう。彼女が人生で初めて目にし、記したカップリングは、アバッキオ×ブチャラティだった。そしてこれが、彼女の腐女子としての目覚めになるのである。