ドキドキスケルツォ
03
少女はまだスピードワゴン財団にいた。財団のトップが予定に都合をつけて個人の為に異例の会談を開いても、演技ではないしおらしさで、呑み込めない現実を一つずつ噛み砕いていった。
「私は帰れないんですか?」
「まだわからないんだ」
ジョナサンと名乗った男は、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
広い部屋の中で机を囲むのは、少女と、顔に傷のある男と、がっしりとした体型の男だ。ブチャラティは途中で退室し、少女の今後の生活についてはスピードワゴン本人が説明することになった。世話係の女が通訳を務めている。
親身な様子にも緊張と羞恥の様子を解かなかった少女は、スピードワゴンとジョナサンの態度に少しずつ表情を緩めた。
「私は日本に行くことになるんですか?」
「今のところは、その予定になっている。ここでもいいが、お嬢ちゃんは言葉ができねえだろう」
「大丈夫、日本にも財団の支部はあるからね。君への手当はきちんとするつもりだ」
人の良さそうな目が優しく細められる。大丈夫だと全身で言われた気がして、少女は喉が詰まったような気がした。カッと頬を赤くして俯いた少女をどう解釈したのか、ジョナサンはスピードワゴンの肩に左手を置いて穏やかに言った。
「大丈夫だよ。そうだろう、スピードワゴン」
「ああ、もちろんだ。……そうだ!日本にはジョースターさんの親戚もいるんだぜ。地域が近くなるかはお嬢ちゃんの希望に依るが、きっとうまくやれるさ」
下手くそな慰めだった。
少女は安心できなかったが、二人の気持ちを感じてぎこちなく頷いた。
嫌な話が途切れ、お互いになんと声をかけていいのか躊躇った空気が漂う。少女は目に留まったきらめきを見て、まったく関係のない疑問を抱いた。
「ジョナサンさんはご結婚されているんですか」
自分の左手を撫でる仕草は、ブチャラティがアバッキオの名を出した時と同じ暖かさと照れを含んでいた。
「うん。妻はエリナって言うんだ」
その瞬間、スピードワゴンの唇に走った感情は何だっただろうか。少女は既視感をおぼえた。少女がブチャラティに話しかける傍ら、アバッキオが浮かべた眼差しに似ていた。苛烈な彼よりもずっと静かでつつましい感情で、スピードワゴンは確かにその瞬間に、心から愛する誰かの幸福を願ったのだ。
「スピードワゴンさんは……」
「俺ぁ独身だ。結婚するつもりもないぜ」
少女は、なぜか確固たる自信を持って察知した。スピードワゴンは、ジョナサンのことが好きだったのだ。ジョナサンが知らないままでも、ずっと。
流石の少女も気づいた。この財団は何かがおかしい。
彼女が目立って会話をした人物は、誰もが容姿端麗で物腰の柔らかな人当たりのいい男ばかりだったが、その中でも恋人の有無を確かめた人間には、必ず恋人がいた。特定の相手を愛していた。
それだけならば、「異世界トリップをしても恋愛は自分の自由にならないのだ」と自戒するだけで済む。何もうまく行かない現実が、彼女にとってのリアルなのだとまざまざと思い知らされ、自分の浅はかさを嘲笑するだけで終わる。
だが男たちが『相手』として示す名前はことごとく男性名であり、互いに愛し合い、あるいは片方の強い想いの向こうにいる『恋人』は、男だったのである。
少女は同性愛に理解がない。二次元の男は『ヒロイン』と結ばれることが常だという世界にどっぷりと浸かって生きてきたためだ。男に気があるキャラクターでも、ヒロインが猛アタックを掛ければころりと転がってハッピーエンドに到達する。
その彼女に言わせても、この世界は、ホモまみれだった。
一体どういうことなのか、考えてみても始まらない。ホモなのだから仕方がない。人の好みは左右できないし、それこそ『スタンド』の仕業でもなければ心変わりはしないだろう。「たまたま好きになった相手が男性だった」だけの話であるが、それにしても、多すぎた。
「ホモの巣窟かよ」
監視カメラのない部屋で、彼女はぼそりと呟いた。呟いてしまったためか、それは現実として痛いほど身に沁みた。
次に、とんでもない発想が彼女を襲った。
「……」
レーティングレベルの高い作品であっても、彼女はある程度ならプレイしている。精神的には大幅に未熟ながら、性に関する知識も現代の少女らしく、かなりアブノーマルな部分にまで通じている。
愛し合う人々は、必ずと言っていいほど『とある行為』をする。それでは、男同士の場合はどうなるのか。意図的に知覚を遮断してきたが、改めて考えてみると、少女には到底理解のできない事情にぶつかる。
(どっちが、……上なの?)
攻め受けの通称は知っていたが、それだけだ。
そしてこの些細な発想が、彼女の運命を決定づけた。